薬師寺の雨


02054
雨のなかに人を待たせて少年の指いきいきとダイヤル廻す
アメノナカニ ヒトヲマタセテ ショウネンノ ユビイキイキト ダイヤルマワス

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.193
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (31)


02055
ちりぢりに睡蓮の葉の浮ける見え乗せたるごとく白の花咲く
チリヂリニ スイレンノハノ ウケルミエ ノセタルゴトク シロノハナサク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.193
【初出】 『毎日新聞』 1970.7 水の音 (3)


02056
川岸の薊のつぼみぬき出でて毳にこまかき雨を溜めたり
カワギシノ アザミノツボミ ヌキイデテ ケバニコマカキ アメヲタメタリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.194
【初出】 『形成』 1970.10 「無題」 (7)


02057
見てゐる間に雨脚ほそくなりゆけり根もと開きつつ京菜を洗ふ
ミテヰルマニ アマアシホソク ナリユケリ ネモトヒラキツツ キョウナヲアラフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.194
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (38)


02058
旅行きをとめられて長き身に思ふ薬師寺の雨宍道湖の虹
タビユキヲ トメラレテナガキ ミニオモフ ヤクシジノアメ シンジコノニジ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.194
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (39)


02059
憶測し苦しむわれと気づくとき同じ梢にまだ鶸はゐる
オクソクシ クルシムワレト キヅクトキ オナジコズエニ マダヒワハヰル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.195
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (85)


02060
伐木のあとあらはなる空間に春の終りの雨降りはじむ
バツボクノ アトアラハナル クウカンニ ハルノオワリノ アメフリハジム

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.195
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (86)


02061
球場の照明のなか雨を衝きて一気に戻りくるボール見ゆ
キュウジョウノ ショウメイノナカ アメヲツキテ イッキニモドリ クルボールミユ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.195
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (88)


02062
新しく塗り直されし噂聞くみまかれる人はしづかなるべし
アタラシク ヌリナオサレシ ウワサキク ミマカレルヒトハ シヅカナルベシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.196
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (25)


02063
伸びすぎし葱の花茎切る音の歯切れよくして中空の音
ノビスギシ ネギノハナクキ キルオトノ ハギレヨクシテ チュウクウノオト

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.196
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (27)


02064
ゆるやかに土手のぼり来し目の先をいたく短き電車過ぎゆく
ユルヤカニ ドテノボリコシ メノサキヲ イタクミジカキ デンシャスギユク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.196
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (28)


02065
つばくろは一生をかけて飛ぶならむ橋を渡れば麦を刈る村
ツバクロハ ヒトヨヲカケテ トブナラム ハシヲワタレバ ムギヲカルムラ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.197
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (51)


02066
青鬼は少しおどけて逃げゆけり赤鬼たちもながくは追はず
アオオニハ スコシオドケテ ニゲユケリ アカオニタチモ ナガクハオハズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.197
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (23)


02067
発車待つバスにゐたれば対岸の日あたるビルは窓暗く見ゆ
ハッシャマツ バスニヰタレバ タイガンノ ヒアタルビルハ マドクラクミユ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.197
【初出】 『形成』 1970.3 「無題」 (6)


02068
灯したるまま夜となる地下室に電気剃刀を鳴らすはたれか
トモシタル ママヨルトナル チカシツニ デンキカミソリヲ ナラスハタレカ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.198
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (45)


02069
紙の上に垂りしインクの赤き色ひろがりゆきてとめどもあらず
カミノウエニ タリシインクノ アカキイロ ヒロガリユキテ トメドモアラズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.198
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (44)


02070
時ならず雲間より陽の射すに似て人はやさしくわれの名を呼ぶ
トキナラズ クモマヨリヒノ サスニニテ ヒトハヤサシク ワレノナヲヨブ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.198
【初出】 『形成』 1971.1 「無題」 (6)


02071
護符の鈴つね持つことも知られつつまた縛られむここの仕事に
ゴフノスズ ツネモツコトモ シラレツツ マタシバラレム ココノシゴトニ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.199
【初出】 『形成』 1970.1 「無題」 (7)


02072
きりもなく同じ動作をくりかへす虫見てゐしが次第に激す
キリモナク オナジドウサヲ クリカヘス ムシミテヰシガ シダイニゲキス

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.199
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (82)


02073
言ひ抜けむすべなきときに目ざめつつ握りしめゐし拳をひらく
イヒヌケム スベナキトキニ メザメツツ ニギリシメヰシ コブシヲヒラク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.199
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (84)