花溢れゐき


02074
血のうすき感じに著莪の花咲けり今朝はまとへるコートが重し
チノウスキ カンジニシャガノ ハナサケリ ケサハマトヘル コートガオモシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.200
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (1)


02075
ゆれゐるはドアの硝子と気づくまで身すがら揺れてわれの立ちゐつ
ユレヰルハ ドアノガラスト キヅクマデ ミスガラユレテ ワレノタチヰツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.200
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (2)


02076
くぐまりてつくづくと見て買ひゆけり幾つつぼみを持てる皐月か
クグマリテ ツクヅクトミテ カヒユケリ イクツツボミヲ モテルサツキカ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.201
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (3)


02077
坂道に汗ばむ季節少女らの制服ばかり黒くかたまる
サカミチニ アセバムキセツ オトメラノ セイフクバカリ クロクカタマル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.201
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (4)


02078
風に鳴る造花の桜見られゐる感じ背中にありて歩めり
カゼニナル ゾウカノサクラ ミラレヰル カンジセナカニ アリテアユメリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.201
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (7)


02079
のばしつつたるませつつ電線を張りゆけり仰ぎゐて声を放つ者なし
ノバシツツ タルマセツツデンセンヲ ハリユケリ アオギヰテコエヲ ハナツモノナシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.202
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (8)


02080
母の死ののちの年月思ほへばいづれの部屋も火を置きをらず
ハハノシノ ノチノトシツキ オモホヘバ イヅレノヘヤモ ヒヲオキヲラズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.202
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (10)


02081
手の届くところに辞書を立てしより思ひ直して机に向ふ
テノトドク トコロニジショヲ タテシヨリ オモヒナオシテ ツクエニムカフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.202
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (12)


02082
何待ちてゐしかと思ふ夜の更けに水車はゆるく廻りはじめぬ
ナニマチテ ヰシカトオモフ ヨノフケニ スイシャハユルク マワリハジメヌ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.203
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (40)


02083
いつの日に長崎絵にて見し船か人買ひ船と母は教へき
イツノヒニ ナガサキエニテ ミシフネカ ヒトカヒブネト ハハハオシヘキ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.203
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (47)


02084
首太きモジリアニの女乗りくると思ふときのま揺られて目ざむ
クビフトキ モジリアニノオンナ ノリクルト オモフトキノマ ユラレテメザム

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.203
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (46)


02085
次々に砂糖のポット廻しつつたれかがものを言ひ出づる待つ
ツギツギニ サトウノポット マワシツツ タレカガモノヲ イヒイヅルマツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.204
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (58)


02086
垣内は卯の花ざかりはすかひのカーブミラーに雨降りながら
カキウチハ ウノハナザカリ ハスカヒノ カーブミラーニ アメフリナガラ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.204
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (97)


02087
人ひとり忘れ得べしや濃みどりの服地探して街をゆく日も
ヒトヒトリ ワスレウベシヤ コミドリノ フクジサガシテ マチヲユクヒモ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.204
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (41)


02088
桃の木は葉をけむらせて雨のなか共に見し日は花溢れゐき
モモノキハ ハヲケムラセテ アメノナカ トモニミシヒハ ハナアフレヰキ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.205
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (73)


02089
能面のごとくに顔を塗りて見つ少し笑へば物狂めく
ノウメンノ ゴトクニカオヲ ヌリテミツ スコシワラヘバ モノグルヒメク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.205
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (66)


02090
トランプの一枚を今抜かしめよグラスの水のかすか泡だつ
トランプノ イチマイヲイマ ヌカシメヨ グラスノミズノ カスカアワダツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.205
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (92)


02091
病む犬を病院へ伴ふ幾日に路地変へて幼稚園のあることも知る
ヤムイヌヲ ビョウインヘトモナフ イクニチニ ロジカヘテヨウチエンノ アルコトモシル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.206
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (12)


02092
ブロックの塀の高さをやや抜きて今年の柘植の若葉萌えたり
ブロックノ ヘイノタカサヲ ヤヤヌキテ コトシノツゲノ ワカバモエタリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.206
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (14)


02093
めざましのオルゴール鳴り終るまで鳴らして妹の目ざむるを待つ
メザマシノ オルゴールナリ オワルマデ ナラシテイモウトノ メザムルヲマツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.206
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (15)


02094
窓枠にしばしとどまる蜉蝣の凍れるごとしガラスに透きて
マドワクニ シバシトドマル カゲロフノ コオレルゴトシ ガラスニスキテ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.207
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (18)


02095
朝よりのタイプに倦めば万葉の歌をローマ字に打ちてなぐさむ
アサヨリノ タイプニウメバ マンヨウノ ウタヲローマジニ ウチテナグサム

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.207
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (19)


02096
隣より洩れくる議事のはげしきにひとりの声を聞き分けてゐつ
トナリヨリ モレクルギジノ ハゲシキニ ヒトリノコエヲ キキワケテヰツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.207
【初出】 『形成』 1970.3 「無題」 (2)


02097
爪切りてややになごめる夜のこころ後生といふはいかなる生か
ツメキリテ ヤヤニナゴメル ヨノココロ ゴショウトイフハ イカナルセイカ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.208
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (91)


02098
たまひたる胡桃握りて鳴らしつつ区切りつけたきことの身にあり
タマヒタル クルミニギリテ ナラシツツ クギリツケタキ コトノミニアリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.208


02099
用なさぬ弁証法と思ふときわが脈膊のどこか乱るる
ヨウナサヌ ベンショウホウト オモフトキ ワガミャクハクノ ドコカミダルル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.208
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (63)


02100
遊歩路に灯の入れる見つつ帰りゆくたのむ思ひもかそかになりて
ユウホロニ ヒノイレルミツツ カエリユク タノムオモヒモ カソカニナリテ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.209
【初出】 『形成』 1970.6 「無題」 (6)


02101
夜の明けの地震に醒めゐて生き死には一如といへる思ひに遠し
ヨノアケノ ナヰニサメヰテ イキシニハ イチニョトイヘル オモヒニトオシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.209
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (93)


02102
声の出ぬ夢を幾夜も見続けて言ひたきことの模糊溜まりゆく
コエノデヌ ユメヲイクヨモ ミツヅケテ イヒタキコトノ モコタマリユク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.209
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (100)