地軸


02103
たますだれ咲く路地深く住み古りて今に雉子を飼ふことも知る
タマスダレ サクロジフカク スミフリテ イマニキギスヲ カフコトモシル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.210
【初出】 『短歌研究』 1966.1 冬の素描 (79)


02104
人の名も本の名もみな忘れたし野いばらの香は睡りを誘ふ
ヒトノナモ ホンノナモミナ ワスレタシ ノイバラノカハ ネムリヲサソフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.210
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (75)


02105
目に見えて滞るごとき時間あり窓におりくる蜘蛛一つ無く
メニミエテ トドコオルゴトキ ジカンアリ マドニオリクル クモヒトツナク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.211
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (11)


02106
散らかせる部屋に入り来し妹の梔子の花をわれに嗅がしむ
チラカセル ヘヤニイリコシ イモウトノ クチナシノハナヲ ワレニカガシム

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.211
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (24)


02107
鏡台に古き紅皿しまひおく姉の形見も少なくなりぬ
キョウダイニ フルキベニザラ シマヒオク アネノカタミモ スクナクナリヌ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.211
【初出】 『短歌研究』 1966.1 冬の素描 (76)


02108
変ることを怖るる勿れといふ言葉若き日に読み今また思ふ
カワルコトヲ オソルルナカレ トイフコトバ ワカキヒニヨミ イママタオモフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.212
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (1)


02109
水替へてふたたび黄薔薇挿さむとし壼のうちなる暗闇ふかし
ミズカヘテ フタタビキバラ ササムトシ ツボノウチナル クラヤミフカシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.212
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (21)


02110
仰向けの髪つくづくと梳かれゐて地軸といふはどの方角か
アオムケノ カミツクヅクト スカレヰテ チジクトイフハ ドノホウガクカ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.212
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (22)


02111
みづからを促して出づるほかはなく今朝は新しき白の靴履く
ミヅカラヲ ウナガシテイヅル ホカハナク ケサハアタラシキ シロノクツハク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.213
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (16)


02112
店先に荷のほどかれてまろぶなか濡れし馬鈴薯幾つまじれり
ミセサキニ ニノホドカレテ マロブナカ ヌレシバレイショ イクツマジレリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.213
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (5)


02113
何事かつぶやきながら急ぎゐる足音なれば追ひ越さしめぬ
ナニゴトカ ツブヤキナガラ イソギヰル アシオトナレバ オヒコサシメヌ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.213
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (20)


02114
客足のとだゆる待ちて少年の同じところを幾たびも掃く
キャクアシノ トダユルマチテ ショウネンノ オナジトコロヲ イクタビモハク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.214
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (24)


02115
十年目のわが犬のため朱の色の首輪サイズを確かめて買ふ
ジュウネンメノ ワガイヌノタメ シュノイロノ クビワサイズヲ タシカメテカフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.214
【初出】 『形成』 1970.4 「無題」 (4)


02116
その音をたのしむ児らか積まれゐる土管一つ一つ叩きて数ふ
ソノオトヲ タノシムコラカ ツマレヰル ドカンヒトツヒトツ タタキテカゾフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.214
【初出】 『短歌研究』 1971.3 幾たびも手を (9)


02117
入り口に近くたちまち崩さるる絵本積むことも仕事の一つ
イリグチニ チカクタチマチ クズサルル エホンツムコトモ シゴトノヒトツ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.215
【初出】 『短歌研究』 1971.3 幾たびも手を (60)


02118
クレパスの色を変へつつ幼な子は雲のかたちを作りて倦まず
クレパスノ イロヲカヘツツ オサナゴハ クモノカタチヲ ツクリテウマズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.215
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (49)


02119
地下室に小半時ゐて気がつけばけものの如く手足のよごる
チカシツニ コハントキヰテ キガツケバ ケモノノゴトク テアシノヨゴル

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.215
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (59)


02120
うとましき思ひもまれのよろこびもあらはに言ふをわれは好まず
ウトマシキ オモヒモマレノ ヨロコビモ アラハニイフヲ ワレハコノマズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.216
【初出】 『形成』 1969.11 「無題」 (3)


02121
囚はれの時間のなかに疑問符のキイ叩くとき強し小指も
トラハレノ ジカンノナカニ ギモンフノ キイタタクトキ ツヨシコユビモ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.216
【初出】 『短歌新聞』 1969.1 明日読む本 (3)


02122
蟻地獄探しゐて出口を見失ふ怖れのごときを今に持ちつぐ
アリジゴク サガシヰテデグチヲ ミウシナフ オソレノゴトキヲ イマニモチツグ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.216
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (48)


02123
伴ふはたれとも知れず行く旅の夢醒めて見ゆる野川ひとすぢ
トモナフハ タレトモシレズ ユクタビノ ユメサメテミユル ノガワヒトスヂ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.217
【初出】 『形成』 1971.2 「無題」 (2)


02124
目の前に湧きて殖えゆく穂すすきの遠き異変を伝へてやまず
メノマエニ ワキテフエユク ホススキノ トオキイヘンヲ ツタヘテヤマズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.217


02125
対岸は何の工場か昼すぎて壁の曇りの消えざる日あり
タイガンハ ナンノコウバカ ヒルスギテ カベノクモリノ キエザルヒアリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.217
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (1)


02126
くだりゆく坂の片側月さして泡だつさまに砂利のかがやく
クダリユク サカノカタガワ ツキサシテ アワダツサマニ ジャリノカガヤク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.218
【初出】 『短歌研究』 1967.3 石の船 (50)


02127
喪の幕に仕切られて寒き土が見ゆ幾たび人を葬りしならむ
モノマクニ シキラレテサムキ ツチガミユ イクタビヒトヲ ハフリシナラム

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.218
【初出】 『短歌研究』 1966.1 冬の素描 (8)


02128
眠りゐる仔犬の耳のふとうごきやがてとなりのドアのあく音
ネムリヰル コイヌノミミノ フトウゴキ ヤガテトナリノ ドアノアクオト

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.218
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (33)


02129
毛糸の玉はやさしく膝へ帰りつつ妹に編む青のストール
ケイトノタマハ ヤサシクヒザヘ カエリツツ イモウトニアム アオノストール

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.219
【初出】 『現代』 1969.11 青のストール (98)


02130
告げられぬ病名を思ひ出でて来て繃帯まみれの男に出会ふ
ツゲラレヌ ビヨウメイヲオモヒ イデテキテ ホウタイマミレノ オトコニデアフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.219
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (26)


02131
いづこまで帰るやガラスの指輪して夜毎のバスに落ちあふ少女
イヅコマデ カエルヤガラスノ ユビワシテ ヨゴトノバスニ オチアフオトメ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.219
【初出】 『短歌研究』 1970.8 花溢れゐき (98)


02132
歌垣の夜のごとき月のくぐもりに音をかさねて落ち葉降りつぐ
ウタガキノ ヨノゴトキツキノ クグモリニ オトヲカサネテ オチバフリツグ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.220
【初出】 『形成』 1971.1 「無題」 (5)


02133
含みたるチーズの舌につめたくてたはけのわれをうつつに返す
フクミタル チーズノシタニ ツメタクテ タハケノワレヲ ウツツニカエス

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.220
【初出】 『形成』 1971.2 「無題」 (1)


02134
唐突に木の実降る音屋根に来てわが呼び醒ます木枯らしのこゑ
トウトツニ コノミフルオト ヤネニキテ ワガヨビサマス コガラシノコヱ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.220
【初出】 『短歌研究』 1968.5 いづこも遠し (13)


02135
上野までの一時間がほどに思ひたることの大方降りて跡無し
ウエノマデノ イチジカンガホドニ オモヒタル コトノオオカタ オリテアトナシ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.221
【初出】 『形成』 1971.2 「無題」 (7)


02136
紫のサリーの少女歩みたりひさびさに行く銀座のよひに
ムラサキノ サリーノオトメ アユミタリ ヒサビサニユク ギンザノヨヒニ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.221
【初出】 『形成』 1970.11 「無題」 (1)


02137
身一つの置きどころふと韃靼の踊りのなかにまぎれゆかしむ
ミヒトツノ オキドコロフト ダッタンノ オドリノナカニ マギレユカシム

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.221