幾たびも手を


02146
花売りの昇りたるあと石階の垂直の面寒き影なす
ハナウリノ ノボリタルアト セキカイノ スイチョクノメン サムキカゲナス

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.225
【初出】 『短歌研究』 1971.3 幾たびも手を (1)


02147
破るための戒律といへり雲の下におびただしき蜆蝶湧きてをり
ヤブルタメノ カイリツトイヘリ クモノシタニ オビタダシキ シジミチョウワキテヲリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.225
【初出】 『短歌研究』 1971.3 幾たびも手を (2)


02148
胸ふかく刃をひそめゐむわれかをりかさなりて冬の波寄す
ムネフカク ヤイバヲヒソメ ヰムワレカ ヲリカサナリテ フユノナミヨス

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.226
【初出】 『短歌研究』 1971.3 幾たびも手を (3)


02149
海上のクレーンが吊りて揚げしもの藻をまとひゐて水したたらす
カイジョウノ クレーンガツリテ アゲシモノ モヲマトヒヰテ ミズシタタラス

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.226
【初出】 『短歌研究』 1971.3 幾たびも手を (4)


02150
数知れぬ抛物線を夜の空にゑがきて海のいづこへ届く
カズシレヌ ホウブツセンヲ ヨノソラニ ヱガキテウミノ イヅコヘトドク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.226
【初出】 『短歌研究』 1971.3 幾たびも手を (5)


02151
何事もなかりし如くたひらかに潮曇りして今朝の海原
ナニゴトモ ナカリシゴトク タヒラカニ シオグモリシテ ケサノウナバラ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.227
【初出】 『短歌研究』 1971.3 幾たびも手を (6)


02152
ところどころ雨に光りて野をよぎりかすかに勾配なすレール見ゆ
トコロドコロ アメニヒカリテ ノヲヨギリ カスカニコウバイ ナスレールミユ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.227
【初出】 『短歌研究』 1971.3 幾たびも手を (8)


02153
報復は神がし給ふと決めをれど日に幾たびも手をわが洗ふ
ホウフクハ カミガシタマフト キメヲレド ヒニイクタビモ テヲワガアラフ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.227
【初出】 『短歌研究』 1971.3 幾たびも手を (7)


02154
ふり向きしとき見据ゑられゆくりなく土蜘蛛といへる面に会ひたり
フリムキシ トキミスヱラレ ユクリナク ツチグモトイヘル ツラニアヒタリ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.228
【初出】 『形成』 1971.1 「無題」 (3)


02155
音立てて春の落ち葉ら吹かれゆき突つ立つ棒のごときかわれは
オトタテテ ハルノオチバラ フカレユキ ツツタツボウノ ゴトキカワレハ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.228


02156
象形文字の鳥といふ字を見てゐしが人を思はぬしづけさにゐよ
ショウケイモジノ トリトイフジヲ ミテヰシガ ヒトヲオモハヌ シヅケサニヰヨ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.228


02157
葉牡丹の芯深く陽の届く見つ耳栓されゐてもろき時間に
ハボタンノ シンフカクヒノ トドクミツ ミミセンサレヰテ モロキジカンニ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.229
【初出】 『短歌研究』 1971.3 幾たびも手を (10)


02158
カーテンの白を怖るる心理など告げられてゐて他人事ならず
カーテンノ シロヲオソルル シンリナド ツゲラレテヰテ ヒトゴトナラズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.229
【初出】 『形成』 1971.2 「無題」 (3)


02159
埋めたての野に向ける窓すべもなく一日瓦礫を雨に打たしむ
ウメタテノ ノニムケルマド スベモナク ヒトヒガレキヲ アメニウタシム

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.229
【初出】 『短歌研究』 1971.3 幾たびも手を (11)


02160
卓灯の位置をずらして坐りたりどのあたりまで些事とわがなす
タクトウノ イチヲズラシテ スワリタリ ドノアタリマデ サジトワガナス

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.230
【初出】 『短歌研究』 1971.3 幾たびも手を (13)


02161
機械音くぐもる地下の書庫にゐて人の声よりわれは乱れず
キカイオン クグモルチカノ ショコニヰテ ヒトノコエヨリ ワレハミダレズ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.230
【初出】 『形成』 1970.6 「無題」 (1)


02162
陸橋の下の路面の白く照り渡る時刻の遅きに気づく
リッキョウノ シタノロメンノ シロクテリ ワタルジコクノ オソキニキヅク

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.230


02163
濡れそぼち横たはる石のかたはらの立てる石には木洩れ陽が差す
ヌレソボチ ヨコタハルイシノ カタハラノ タテルイシニハ コモレビガサス

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.231
【初出】 『短歌研究』 1971.3 幾たびも手を (12)


02164
あけがたの眠りに浮きて紙雛のごとくに裾の捩ぢれつつ飛ぶ
アケガタノ ネムリニウキテ カミビナノ ゴトクニスソノ ヨヂレツツトブ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.231
【初出】 『短歌研究』 1971.3 幾たびも手を (14)


02165
夜もすがらわれに来てゐて雪の上に跡も残さず去りし何もの
ヨモスガラ ワレニキテヰテ ユキノウエニ アトモノコサズ サリシナニモノ

『花溢れゐき』(短歌研究社 1971) p.231
【初出】 『短歌研究』 1971.3 幾たびも手を (15)