木などになれず


02166
押しつけて机の上に置くときに見知らぬ枝のやうなわが手よ
オシツケテ ツクエノウエニ オクトキニ ミシラヌエダノ ヤウナワガテヨ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.7
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (1)


02167
みどり児のゆびさす方に何もあらずまぶしく空のひろがる日なり
ミドリゴノ ユビサスカタニ ナニモアラズ マブシクソラノ ヒロガルヒナリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.7
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (2)


02168
人はみな円筒形をなして立つ赤信号に堰かれゐるとき
ヒトハミナ エントウケイヲ ナシテタツ アカシンゴウニ セカレヰルトキ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.8
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (3)


02169
決して目を閉ぢてはならず線描のマーガレットは萎れてしまふ
ケッシテメヲ トヂテハナラズ センベウノ マーガレットハ シヲレテシマフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.8
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (4)


02170
足もとに降り積む雪を見てをれどさびしくてわれは木などになれず
アシモトニ フリツムユキヲ ミテヲレド サビシクテワレハ キナドニナレズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.8
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (5)


02171
書きさしのまま等高線はとぎれゐてこの崖を墜ちし人かと思ふ
カキサシノママ トウコウセンハ トギレヰテ コノガケヲオチシ ヒトカトオモフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.9
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (6)


02172
窓ぎはのひひらぎ咲きてわが思ひ外へ外へと向ふ日のあり
マドギハノ ヒヒラギサキテ ワガオモヒ ソトヘソトヘト ムカフヒノアリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.9
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (7)


02173
約束の時を過ぎつつわがバスはタンクローリーとふたたび並ぶ
ヤクソクノ トキヲスギツツ ワガバスハ タンクローリート フタタビナラブ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.9
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (8)


02174
住む町のふるさとよりも遠き日かひとりひとりの歩幅が違ふ
スムマチノ フルサトヨリモ トオキヒカ ヒトリヒトリノ ホハバガチガフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.10
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (11)


02175
われに気づき右手あげたる妹に黒の手袋させゐてさびし
ワレニキヅキ ミギテアゲタル イモウトニ クロノテブクロ サセヰテサビシ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.10
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (12)


02176
クレーンに吊りあげられし鉄材がどこかで地上のわれと釣り合ふ
クレーンニ ツリアゲラレシ テツザイガ ドコカデチジョウノ ワレトツリアフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.10
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (13)


02177
雪の野に残る枯れ木はむらさきの影を短く置きてしづまる
ユキノノニ ノコルカレキハ ムラサキノ カゲヲミジカク オキテシヅマル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.11
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (14)


02178
死にたるはいつまでも若くキャンバスをかかへて来るに幾たびか会ふ
シニタルハ イツマデモワカク キャンバスヲ カカヘテクルニ イクタビカアフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.11
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (15)


02179
真みどりのクレパスをもてぎざぎざの葉を逞しくたんぽぽは描け
マミドリノ クレパスヲモテ ギザギザノ ハヲタクマシク タンポポハカケ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.11
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (16)


02180
夜の更けに蛇口を洩るる水の音昨日の音のやうにも思ふ
ヨノフケニ ジャグチヲモルル ミズノオト キノウノオトノ ヤウニモオモフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.12
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (17)


02181
夢に見てながく忘れず蛹から出てゆくときのかの恐ろしさ
ユメニミテ ナガクワスレズ サナギカラ デテユクトキノ カノオソロシサ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.12
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (18)


02182
対岸の森のこころに重き日よそらしてもそらしても焦点が合ふ
タイガンノ モリノココロニ オモキヒヨ ソラシテモソラシテモ ショウテンガアフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.12
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (19)


02183
暗き網におほはれしやうな道を来て夜は樹木の匂ひがはげし
クラキアミニ オホハレシヤウナ ミチヲキテ ヨルハジュモクノ ニオヒガハゲシ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.13
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (21)


02184
アメーバのやうな一枚花びらの花の無数が夜空に開く
アメーバノ ヤウナイチマイ ハナビラノ ハナノムスウガ ヨゾラニヒラク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.13
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (22)


02185
人間ひとりの骨の嵩ふと思ひたり落ちてしづまる棕櫚の葉の雪
ニンゲンヒトリノ ホネノカサフト オモヒタリ オチテシヅマル シュロノハノユキ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.13
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (23)


02186
知らざれば禍ならず吊り皮にすがる手ばかり見えて立ちゐつ
シラザレバ ワザハヒナラズ ツリカワニ スガルテバカリ ミエテタチヰツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.14
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (24)


02187
バスを降りし人ら夜霧のなかを去る一人一人に切りはなされて
バスヲオリシ ヒトラヨギリノ ナカヲサル ヒトリヒトリニ キリハナサレテ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.14
【初出】 『短歌』 1972.4 木などになれず (25)