風のやうに


02188
ちぎれさうになりつつ旗が吹かれをり厚きガラスをわれはめぐらす
チギレサウニ ナリツツハタガ フカレヲリ アツキガラスヲ ワレハメグラス

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.15
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (1)


02189
盛りあげて活けゆく花に目の前をしばしなりとも塞がれてゐよ
モリアゲテ イケユクハナニ メノマエヲ シバシナリトモ フサガレテヰヨ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.15
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (2)


02190
てのひらをかさぬるごとき落ち葉かとみづからの手の位置を意識す
テノヒラヲ カサヌルゴトキ オチバカト ミヅカラノテノ イチヲイシキス

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.16
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (3)


02191
いつのまに小さき蜂の数増して石蕗の花のめぐり賑はふ
イツノマニ チイサキハチノ カズマシテ ツハブキノハナノ メグリニギハフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.16
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (4)


02192
口数の少なく過ぎし日と思ふ草のもみぢに道の明るむ
クチカズノ スクナクスギシ ヒトオモフ クサノモミヂニ ミチノアカルム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.16
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (5)


02193
麻酔切るる時々刻々に身の痛みを超え得し神とわれは思はず
マスイキルル ジジコクコクニ ミノイタミヲ コエエシカミト ワレハオモハズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.17
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (6)


02194
つらなめて輝ける把手風のやうに開きていざなふドアなどあるな
ツラナメテ カガヤケルノブ カゼノヤウニ アキテイザナフ ドアナドアルナ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.17
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (7)


02195
円柱は何れも太く妹をしばしばわれの視野から奪ふ
エンチュウハ イズレモフトク イモウトヲ シバシバワレノ シヤカラウバフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.17
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (8)


02196
帰らざるわれの子犬は夕焼けの真下の原を駆けゐむころか
カエラザル ワレノコイヌハ ユウヤケノ マシタノハラヲ カケヰムコロカ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.18
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (9)


02197
少女らの語れる町の名の幾つ雪降れりとふ母のふるさと
オトメラノ カタレルマチノ ナノイクツ ユキフレリトフ ハハノフルサト

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.18
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (10)


02198
手首より襟回りよりほどかれて混沌と積もるまだらの毛糸
テクビヨリ エリマワリヨリ ホドカレテ コントントツモル マダラノケイト

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.18
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (11)


02199
底深く羊歯の匂ひの溜まりゐむ井戸を思ひてをれば眠りぬ
ソコフカク シダノニオヒノ タマリヰム イドヲオモヒテ ヲレバネムリヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.19
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (12)


02200
一息にわが描く薔薇は花びらのない真つ黒な色のかたまり
ヒトイキニ ワガカクバラハ ハナビラノ ナイマツクロナ イロノカタマリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.19
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (13)


02201
巻き貝の芯まで今朝は明るむと思へることもながく続かず
マキガイノ シンマデケサハ アカルムト オモヘルコトモ ナガクツヅカズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.19
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (14)


02202
航跡雲あとかたもなく消えてをり思ひかくまで澄む日のありや
コウセキウン アトカタモナク キエテヲリ オモヒカクマデ スムヒノアリヤ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.20
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (15)


02203
朝より落ち葉しやまぬ銀杏の木事務室に見て風あるも知る
アシタヨリ オチバシヤマヌ イチョウノキ ジムシツニミテ カゼアルモシル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.20
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (16)


02204
手に余るまで拾ひ来し樫の実をまた一つづつ地上へ返す
テニアマル マデヒロヒコシ カシノミヲ マタヒトツヅツ チジョウヘカエス

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.20
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (18)


02205
人知れぬ賭けの如きか地に落ちし柘榴は割れてかたち崩しぬ
ヒトシレヌ カケノゴトキカ チニオチシ ザクロハワレテ カタチクズシヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.21
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (17)


02206
曇りのまま日の傾きて川下の椎の木立の遠き翳りよ
クモリノママ ヒノカタムキテ カワシモノ シイノコダチノ トオキカゲリヨ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.21
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (19)


02207
青胡桃握りてをれば生涯のたつた一つの獲物ならずや
アオグルミ ニギリテヲレバ ショウガイノ タツタヒトツノ エモノナラズヤ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.21
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (20)


02208
わが庭の胡蝶花に似てゐむ花びらの欠けたるままに点くシャンデリア
ワガニワノ シヤガニニテヰム ハナビラノ カケタルママニ ツクシャンデリア

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.22
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (21)


02209
日の暮れに連れ出づる犬の在らぬこと思ひてをれば妹の言ふ
ヒノクレニ ツレイヅルイヌノ アラヌコト オモヒテヲレバ イモウトノイフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.22
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (22)


02210
音立てず漂ひゐしが尾の鰭の懈き感じのままに目ざめつ
オトタテズ タダヨヒヰシガ オノヒレノ タユキカンジノ ママニメザメツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.22
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (23)


02211
似顔めく人間ばかり見たる日かまばたきて一つ一つと消さむ
ニガオメク ニンゲンバカリ ミタルヒカ マバタキテヒトツ ヒトツトケサム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.23
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (24)


02212
芝庭の陶のスツール秋深むゆふべゆふべの雨に打たるる
シバニワノ タウノスツール アキフカム ユフベユフベノ アメニウタルル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.23
【初出】 『短歌』 1972.1 風のやうに (25)