敗るる勿れ


02233
思ひあたる理由といふもすべなきに臥しゐて右の腕が重し
オモヒアタル リユウトイフモ スベナキニ フシヰテミギノ カヒナガオモシ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.32
【初出】 『形成』 1972.2 「無題」 (5)


02234
妹に揺りおこされぬ何かしきりに訴へゐしといふは憶えず
イモウトニ ユリオコサレヌ ナニカシキリニ ウッタヘヰシト イフハオボエズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.32


02235
前後無くなりし記憶に火に巻かれ誰か無電を打ち続けゐつ
ゼンゴナク ナリシキオクニ ヒニマカレ タレカムデンヲ ウチツヅケヰツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.33
【初出】 『形成』 1971.5 「無題」 (5)


02236
顔寄せて窓を窺へばしろじろと触れむばかりに辛夷咲く枝
カオヨセテ マドヲウカガヘバ シロジロト フレムバカリニ コブシサクエダ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.33
【初出】 『形成』 1971.6 「無題」 (1)


02237
黒鍵のエチュードに今日より入らむとしいたく小さし妹の手は
コクケンノ エチュードニキョウヨリ イラムトシ イタクチイサシ イモウトノテハ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.33
【初出】 『形成』 1972.2 「無題」 (1)


02238
さまざまに手をかけてなほ萎れゆくベゴニアなどに敗るる勿れ
サマザマニ テヲカケテナホ シヲレユク ベゴニアナドニ ヤブルルナカレ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.34


02239
熊笹のなかへ戻しやる蝸牛をもの言はぬ虫と決めゐてよきか
クマザサノ ナカヘモドシヤル カタツムリヲ モノイハヌムシト キメヰテヨキカ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.34


02240
雨あとをよぎる薔薇園黄の薔薇の咲きゐるあたり殊に明るむ
アメアトヲ ヨギルバラエン キノバラノ サキヰルアタリ コトニアカルム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.34
【初出】 『形成』 1971.9 「無題」 (1)


02241
おぞましきまでに椿の散りしける道あり風の凪ぎたるゆふべ
オゾマシキ マデニツバキノ チリシケル ミチアリカゼノ ナギタルユフベ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.35
【初出】 『形成』 1971.5 「無題」 (2)


02242
靴箆を踵へ入れしときのまに会ひたる悔いの身にひろがりぬ
クツベラヲ カカトヘイレシ トキノマニ アヒタルクイノ ミニヒロガリヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.35
【初出】 『形成』 1968.5 「無題」 (6)


02243
蘭の名をあまた覚えて何にならむ罷り来てまた闇にまぎるる
ランノナヲ アマタオボエテ ナンニナラム マカリキテマタ ヤミニマギルル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.35
【初出】 『形成』 1971.4 「無題」 (6)