しのぎて在りて


02332
唐草の銀のフォークを添ふるともエクレア一つ食む人ならず
カラクサノ ギンノフォークヲ ソフルトモ エクレアヒトツ ハムヒトナラズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.69
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (1)


02333
僥倖をたのむ思ひに日々ありき落ち葉降る日は落ち葉掃きつつ
ギョウコウヲ タノムオモヒニ ヒビアリキ オチバフルヒハ オチバハキツツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.69
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (2)


02334
狼煙あがる空はいづこかわざはひは怖るる者にのみ来るといふ
ノロシアガル ソラハイヅコカ ワザハヒハ オソルルモノニ ノミクルトイフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.70
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (3)


02335
今はもう聞かれずなりぬ問ひ詰めて臓腑ゆすぶるごとき言葉も
イマハモウ キカレズナリヌ トヒツメテ ゾウフユスブル ゴトキコトバモ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.70
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (4)


02336
残されて草抜くこともあへなきに植ゑおかれたるサルビアは咲く
ノコサレテ クサヌクコトモ アヘナキニ ウヱオカレタル サルビアハサク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.70
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (5)


02337
降りやまぬ雨を見てゐる今のわれは水漬きて立たぬ草の如きか
フリヤマヌ アメヲミテヰル イマノワレハ ミヅキテタタヌ クサノゴトキカ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.71
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (7)


02338
印捺してめぐりさわだつ思ひせり一つ一つとわれを去りゆく
インオシテ メグリサワダツ オモヒセリ ヒトツヒトツト ワレヲサリユク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.71
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (8)


02339
遅れゐるバスを待ちつつ悲しみは不意に怒りのやうに噴き上ぐ
オクレヰル バスヲマチツツ カナシミハ フイニイカリノ ヤウニフキアグ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.71
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (9)


02340
うす雲に大き虹なす月の暈地上は雨の香を残しゐて
ウスグモニ オオキニジナス ツキノカサ チジョウハアメノ カヲノコシヰテ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.72
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (10)


02341
降り来り餌をついばみて土にゐる雀にも及ばず死にたるものは
オリキタリ ヱヲツイバミテ ツチニヰル スズメニモオヨバズ シニタルモノハ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.72
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (11)


02342
何からの予告なりしや白き紙を折りつづけゐつ幾夜の夢に
ナニカラノ ヨコクナリシヤ シロキカミヲ オリツヅケヰツ イクヨノユメニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.72
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (12)


02343
赤鉛筆を削るかたはらもう二度とわが名を呼ばぬ人の横たふ
アカエンピツヲ ケズルカタハラ モウニドト ワガナヲヨバヌ ヒトノヨコタフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.73
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (13)


02344
ひとときののちの心を押し鎮め机に向ふわれは阿修羅か
ヒトトキノ ノチノココロヲ オシシズメ ツクエニムカフ ワレハアシュラカ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.73
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (14)


02345
朝明けて白布に顔をおほひやり今いつさいをわれは失ふ
アサアケテ ハクフニカオヲ オホヒヤリ イマイツサイヲ ワレハウシナフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.73
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (15)


02346
してやらむこと何もなく名を呼びて水を替へたる花籠を置く
シテヤラム コトナニモナク ナヲヨビテ ミズヲカヘタル ハナカゴヲオク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.74
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (16)


02347
かかる日のあると思はず銀いろの大き花環はわが門に立つ
カカルヒノ アルトオモハズ ギンイロノ オオキハナワハ ワガカドニタツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.74
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (17)


02348
明日のことを言ひて眠りき明日の無い人と知ります神などゐしや
アスノコトヲ イヒテネムリキ アスノナイ ヒトトシリマス カミナドヰシヤ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.74
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (23)


02349
まだ何か奇蹟を待ちてゐるわれにをりかさなりて弔電は来る
マダナニカ キセキヲマチテ ヰルワレニ ヲリカサナリテ チョウデンハクル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.75
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (18)


02350
濡れそぼち泥にまみれて行く犬も仲間のやうに思へてならず
ヌレソボチ ドロニマミレテ ユクイヌモ ナカマノヤウニ オモヘテナラズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.75
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (19)


02351
眉墨を刷きてやらむにせともののやうにつめたし死人の頰は
マユズミヲ ハキテヤラムニ セトモノノ ヤウニツメタシ シニンノホオハ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.75
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (20)


02352
葛の葉を鳴らして渡る雨の音居眠りしことの醒めてあさまし
クズノハヲ ナラシテワタル アメノオト イネムリシコトノ サメテアサマシ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.76
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (21)


02353
さまざまに思ひ乱れてもう一人ゐては叶はずわが如き人
サマザマニ オモヒミダレテ モウヒトリ ヰテハカナハズ ワガゴトキヒト

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.76
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (22)


02354
どのやうに角度変へてもわれのゐて鏡に映る範囲灰いろ
ドノヤウニ カクドカヘテモ ワレノヰテ カガミニウツル ハンイハイイロ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.76
【初出】 『形成』 1974.7 「無題」 (3)


02355
水道をとめて思へばかなしみは叩き割りたき塊をなす
スイドウヲ トメテオモヘバ カナシミハ タタキワリタキ カタマリヲナス

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.77
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (24)


02356
妹よ父よ母よとつぎつぎに蓋をして蠟の火を消しゆきぬ
イモウトヨ チチヨハハヨト ツギツギニ フタヲシテロウノ ヒヲケシユキヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.77
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (25)


02357
文字板は黒く光りてもう一人わが法名を記せば終る
モジイタハ クロクヒカリテ モウヒトリ ワガホウミョウヲ シルセバオワル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.77
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (26)


02358
幾夜経てうすばかげろふのひそむ部屋音をたててものがれむとせず
イクヨヘテ ウスバカゲロフノ ヒソムヘヤ オトヲタテテモ ノガレムトセズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.78
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (27)


02359
畳の上の菊の花びらあつめつつ何かきつかけを得たき思ひよ
タタミノウエノ キクノハナビラ アツメツツ ナニカキツカケヲ エタキオモヒヨ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.78
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (28)


02360
さまざまの死に会ひひとり残されぬ湿布の匂ひ点滴の音
サマザマノ シニアヒヒトリ ノコサレヌ シップノニオヒ テンテキノオト

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.78
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (29)


02361
われを離れしわれのもろ手はたをやかに黒と銀との水引を結ふ
ワレヲハナレシ ワレノモロテハ タヲヤカニ クロトギントノ ミズヒキヲユフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.79
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (30)


02362
タムタムも死ねば止むとぞ水面は日ぐれを待たずかげりてゆきぬ
タムタムモ シネバヤムトゾ スイメンハ ヒグレヲマタズ カゲリテユキヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.79
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (35)


02363
かつがれてたやすくしなひ土を擦り運ばれゆきぬ大きゴムの木
カツガレテ タヤスクシナヒ ツチヲスリ ハコバレユキヌ オオキゴムノキ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.79
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (36)


02364
手抜かりはわれにありしや逝かしめて思へることのおほむね暗し
テヌカリハ ワレニアリシヤ ユカシメテ オモヘルコトノ オホムネクラシ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.80
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (37)


02365
はかなげにゐし日を思ふ片羽根を閉ぢて墜ちたる鳩と告げつつ
ハカナゲニ ヰシヒヲオモフ カタハネヲ トヂテオチタル ハトトツゲツツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.80
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (38)


02366
スクリーンの藍が屋根まで降りて来てたちまち暮るるビルの向うは
スクリーンノ アイガヤネマデ オリテキテ タチマチクルル ビルノムコウハ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.80
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (41)


02367
黄の蝶につきて出でゆき今ここにをらざるわれと誰も気づくな
キノチョウニ ツキテイデユキ イマココニ ヲラザルワレト タレモキヅクナ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.81
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (42)


02368
半ばよりそれてありしを取り戻し帰らむと立つ会議終りて
ナカバヨリ ソレテアリシヲ トリモドシ カエラムトタツ カイギオワリテ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.81
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (45)


02369
天日にまたさらされぬ音もなくあきたるドアをまろび出づれば
テンジツニ マタサラサレヌ オトモナク アキタルドアヲ マロビイヅレバ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.81
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (46)


02370
すれすれに車をよけてよけ得たるわれを不思議のごとくに思ふ
スレスレニ クルマヲヨケテ ヨケエタル ワレヲフシギノ ゴトクニオモフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.82
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (47)


02371
寄る波のどの部分かが光りつついつしか明けてゐる海の上
ヨルナミノ ドノブブンカガ ヒカリツツ イツシカアケテ ヰルウミノウエ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.82
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (49)


02372
遠くまで引きたる波は新しき励みを得たるごとく寄せくる
トオクマデ ヒキタルナミハ アタラシキ ハゲミヲエタル ゴトクヨセクル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.82
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (50)


02373
砂山の稜線を白く波だたせ押しよせてくる雨のいきほひ
スナヤマノ リョウセンヲシロク ナミダタセ オシヨセテクル アメノイキホヒ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.83
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (51)


02374
いちめんに咲く曼珠沙華どの花も花火のやうに中心を持つ
イチメンニ サクマンジュシャゲ ドノハナモ ハナビノヤウニ チュウシンヲモツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.83
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (54)


02375
歩むことやめて見をれば万象の音を吸ひ込むやうな没り日よ
アユムコト ヤメテミヲレバ バンショウノ オトヲスヒコム ヤウナイリヒヨ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.83
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (55)


02376
もうどこにもゐないと思ひみひらくに不意にかげりて午後三時の日
モウドコニモ ヰナイトオモヒ ミヒラクニ フイニカゲリテ ゴゴサンジノヒ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.84
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (60)


02377
神経の集まりゆけりピンひとすぢ抜けてゆるびし髪の根もとへ
シンケイノ アツマリユケリ ピンヒトスヂ ヌケテユルビシ カミノネモトヘ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.84
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (61)


02378
モデルなどのありて描きしやルオーの絵の小人は前の歯が欠けてゐる
モデルナドノ アリテカキシヤ ルオーノエノ コビトハマエノ ハガカケテヰル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.84
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (62)


02379
位置替へて鳴きつづけゐる虫のこゑ木が立ててゐる声かと思ふ
イチカヘテ ナキツヅケヰル ムシノコヱ キガタテテヰル コエカトオモフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.85
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (65)


02380
起きゐるといふのみになり机の上の錐の先など輝きはじむ
オキヰル トイフノミニナリ ツクエノウエノ キリノサキナド カガヤキハジム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.85
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (67)


02381
生まれかはることのありとも物陰をうそうそ這ふ虫などにはなるな
ウマレカハル コトノアリトモ モノカゲヲ ウソウソハフムシ ナドニハナルナ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.85
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (68)


02382
雨あとのしづくをおとす松を見て指の先までほほけて坐る
アメアトノ シヅクヲオトス マツヲミテ ユビノサキマデ ホホケテスワル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.86
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (69)


02383
目の前に鏡が置かれ水分の切れたるごときわが顔映る
メノマエニ カガミガオカレ スイブンノ キレタルゴトキ ワガカオウツル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.86
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (70)


02384
十六夜と暦に読みて出でし朝雲は散りばふ花のごとくに
イサヨヒト コヨミニヨミテ イデシアサ クモハチリバフ ハナノゴトクニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.86
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (71)


02385
毎日の勤めのなかに思ひをり人に乞はれてなすはたやすし
マイニチノ ツトメノナカニ オモヒヲリ ヒトニコハレテ ナスハタヤスシ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.87
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (73)


02386
ガラス戸にひらめく蝶の羽根をたたみとまれるときにわが目に見えず
ガラスドニ ヒラメクチョウノ ハネヲタタミ トマレルトキニ ワガメニミエズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.87
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (77)


02387
ほのぐらき紫いろに返り咲くひたかたまりのあぢさゐの花
ホノグラキ ムラサキイロニ カエリサク ヒタカタマリノ アヂサヰノハナ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.87
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (78)


02388
身を細めゐし妹かせがむことの少なくなりてありたる思ふ
ミヲホソメ ヰシイモウトカ セガムコトノ スクナクナリテ アリタルオモフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.88
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (79)


02389
思はぬ近みに花火あがれり見ようともせぬ人多きバスに過ぎゆく
オモハヌチカミニ ハナビアガレリ ミヨウトモ セヌヒトオオキ バスニスギユク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.88
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (82)


02390
ふだん使はぬ荒き言葉を投げてゐし夢より醒めていつものひとり
フダンツカハヌ アラキコトバヲ ナゲテヰシ ユメヨリサメテ イツモノヒトリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.88
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (86)


02391
灰皿を洗へばなさむことなくてリボンフラワーの埃も払ふ
ハイザラヲ アラヘバナサム コトナクテ リボンフラワーノ ホコリモハラフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.89
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (90)


02392
音立てぬ呼吸なしゐて壁面の鏡を見れば動き出す部屋
オトタテヌ コキュウナシヰテ ヘキメンノ カガミヲミレバ ウゴキダスヘヤ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.89
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (92)


02393
この夏をしのぎて在りてゆく末に盲ふるほどのよろこびあれよ
コノナツヲ シノギテアリテ ユクスエニ メシフルホドノ ヨロコビアレヨ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.89
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (93)


02394
坐りても立ちても雨の音溢れ今年は犬も妹もゐず
スワリテモ タチテモアメノ オトアフレ コトシハイヌモ イモウトモヰズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.90
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (96)


02395
亡き人と見たる花より小さめにオランダつゆくさいまだ咲きつぐ
ナキヒトト ミタルハナヨリ チイサメニ オランダツユクサ イマダサキツグ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.90


02396
伴はむひとりさへなく秋ふかきふるさとの町へ発つ日近づく
トモナハム ヒトリサヘナク アキフカキ フルサトノマチヘ タツヒチカヅク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.90
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (98)


02397
明日の夜になさむ仕事を残しおく眠りゐる間に死なざらむため
アスノヨニ ナサムシゴトヲ ノコシオク ネムリヰルマニ シナザラムタメ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.91
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (99)


02398
旅立ちの用意の何かととのはずみ骨を置きていづこへ行けむ
タビタチノ ヨウイノナニカ トトノハズ ミホネヲオキテ イヅコヘユケム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.91
【初出】 『短歌研究』 1972.1 しのぎて在りて (100)


02399
指先がつららのやうに尖りゐきさびしき夢を見て起き出でぬ
ユビサキガ ツララノヤウニ トガリヰキ サビシキユメヲ ミテオキイデヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.91
【初出】 『形成』 1972.10 「無題」 (7)