花を撃つ


02463
このままに埋るるもよし家ぐるみひしひし雪に包まれてゆく
コノママニ ウモルルモヨシ イエグルミ ヒシヒシユキニ ツツマレテユク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.115
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (1)


02464
藻屑のやうにうち寄せられしわれの目に白く泡だつ波も見えゐき
モクズノヤウニ ウチヨセラレシ ワレノメニ シロクアワダツ ナミモミエヰキ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.115
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (2)


02465
生き残ることのさびしさかたはらに犬の首輪もうづめてやりぬ
イキノコル コトノサビシサ カタハラニ イヌノクビワモ ウヅメテヤリヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.116
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (3)


02466
われの名の不意にやさしく呼ばるるをふり返り得ず涙ぐみゐて
ワレノナノ フイニヤサシク ヨバルルヲ フリカエリエズ ナミダグミヰテ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.116
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (4)


02467
コートぬぐ瞬間寒し生きものの気配のあらぬ部屋に戻りて
コートヌグ シュンカンサムシ イキモノノ ケハイノアラヌ ヘヤニモドリテ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.116
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (5)


02468
聞く人もあらぬに声を憚りて独りごと言ふ事の区切りに
キクヒトモ アラヌニコエヲ ハバカリテ ヒトリゴトイフ コトノクギリニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.117
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (6)


02469
山深く樹氷を見むと旅立ちし若き二人の目つむれば見ゆ
ヤマフカク ジュヒョウヲミムト タビタチシ ワカキフタリノ メツムレバミユ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.117
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (7)


02470
思ふことみなちりぢりに肩寒くてのひら寒く目ざめてをりぬ
オモフコト ミナチリヂリニ カタサムク テノヒラサムク メザメテヲリヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.117
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (8)


02471
殺さるる悪魔のやうに口をあけ喘ぎゐしわれの醒めてまだゐる
コロサルル アクマノヤウニ クチヲアケ アエギヰシワレノ サメテマダヰル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.118
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (9)


02472
間を詰めて来襲ふ咳に堪へむとしのがるるすべに死を思ひゐつ
マヲツメテ キオソフセキニ タヘムトシ ノガルルスベニ シヲオモヒヰツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.118
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (10)


02473
時かけて煎じくれたる薬湯の残りの滓ものみくだしたり
トキカケテ センジクレタル ヤクトウノ ノコリノヲリモ ノミクダシタリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.118
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (11)


02474
春を待つほかなきものを見の限り雑木林はいまだ芽ぶかず
ハルヲマツ ホカナキモノヲ ミノカギリ ゾウキバヤシハ イマダメブカズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.119
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (12)


02475
死者に呼ばるるといふこともなく病み古りて冬の苺の切り口青し
シシャニヨバルル トイフコトモナク ヤミフリテ フユノイチゴノ キリクチアオシ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.119
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (13)


02476
病むことはこころまで痩せてゆくことか帰り来て医師を待つ宵々に
ヤムコトハ ココロマデヤセテ ユクコトカ カエリキテイシヲ マツヨイヨイニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.119
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (14)


02477
注射終へて直ちに帰り行かすとも短き逢ひをかさぬるに似む
チュウシャオヘテ タダチニカエリ ユカストモ ミジカキアヒヲ カサヌルニニム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.120
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (15)


02478
夜毎夜毎かよひ来ましぬひとたびは医師のためにも癒えねばならず
ヨゴトヨゴト カヨヒキマシヌ ヒトタビハ イシノタメニモ イエネバナラズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.120
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (16)


02479
白湯といふ母の言葉のよみがへり冷むるを待ちてもろ手にかこむ
サユトイフ ハハノコトバノ ヨミガヘリ サムルヲマチテ モロテニカコム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.120
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (17)


02480
何が効き何が効かぬか分き難し人参の酒はうすく濁れる
ナニガキキ ナニガキカヌカ ワキガタシ ニンジンノサケハ ウスクニゴレル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.121
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (18)


02481
ヘリコプターの音に醒めつつまなうらに黄味を帯びたる空がひろがる
ヘリコプターノ オトニサメツツ マナウラニ キミヲオビタル ソラガヒロガル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.121
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (19)


02482
電話なす時刻はかりて待ちゐるにあとの五分がなかなかたたぬ
デンワナス ジコクハカリテ マチヰルニ アトノゴフンガ ナカナカタタヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.121
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (20)


02483
かかる日は何してすごさむと問ふ人もあらず朝より小糠雨降る
カカルヒハ ナニシテスゴサムト トフヒトモ アラズアサヨリ コヌカアメフル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.122
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (21)


02484
大束のままを買ひ来しフリージア供華としわれの机にも活く
オオタバノ ママヲカヒコシ フリージア クゲトシワレノ ツクエニモイク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.122
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (22)


02485
ともづなのふつつり切れし反動にまかせて経たる月日と思ふ
トモヅナノ フツツリキレシ ハンドウニ マカセテヘタル ツキヒトオモフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.122
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (23)


02486
陸橋を渡らむとして夜更かしをしたる懈さの俄かにきざす
リッキョウヲ ワタラムトシテ ヨフカシヲ シタルタユサノ ニワカニキザス

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.123
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (24)


02487
雨やめばまた風となりひとひらの布きれの如し吹かれて帰る
アメヤメバ マタカゼトナリ ヒトヒラノ ヌノキレノゴトシ フカレテカエル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.123
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (25)


02488
さまざまに窺ひて人は過ぎてゆきゆふべゆふべの空の茜よ
サマザマニ ウカガヒテヒトハ スギテユキ ユフベユフベノ ソラノアカネヨ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.123
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (26)


02489
幾時ごろかと思へるのみに眠りゐき向ひの家をたれか呼びゐき
イクジゴロカト オモヘルノミニ ネムリヰキ ムカヒノイエヲ タレカヨビヰキ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.124
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (27)


02490
海上も霧深しとぞカーフェリーの欠航を告げてラジオは終る
カイジョウモ キリフカシトゾ カーフェリーノ ケッコウヲツゲテ ラジオハオワル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.124
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (28)


02491
友だちは裏切るものと本に読めり読みてなぐさむわれと思はず
トモダチハ ウラギルモノト ホンニヨメリ ヨミテナグサム ワレトオモハズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.124
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (29)


02492
祝園は山峡の村少女われらの作れる手榴弾など如何になりけむ
ハフゾノハ ヤマカイノムラ オトメワレラノ ツクレルテリュウダンナド イカニナリケム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.125
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (30)


02493
おこなひを正して待てと教はりき終戦を見ずに死にし父より
オコナヒヲ タダシテマテト オソハリキ シュウセンヲミズニ シニシチチヨリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.125
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (31)


02494
いづこにか死せる家族らあつまりて語らひゐずや訛りあらはに
イヅコニカ シセルカゾクラ アツマリテ カタラヒヰズヤ ナマリアラハニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.125
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (32)


02495
ふるさとは冬長き国路の上に凍てゐし繩などをりをりに見ゆ
フルサトハ フユナガキクニ ミチノウエニ イテヰシナワナド ヲリヲリニミユ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.126
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (33)


02496
遠き日に見たる夢また見てゐると思ひつつ海へくだりてゆけり
トオキヒニ ミタルユメマタ ミテヰルト オモヒツツウミヘ クダリテユケリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.126
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (34)


02497
ブザー鳴りて覚めしまなかひいつぱいに三角波のかがよひやまず
ブザーナリテ サメシマナカヒ イツパイニ サンカクナミノ カガヨヒヤマズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.126
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (35)


02498
守るほかなきひとりのくらし芽キャベツの一つ一つに十字入れつつ
マモルホカナキ ヒトリノクラシ メキャベツノ ヒトツヒトツニ ジュウジイレツツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.127
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (36)


02499
煩はしき仕事が待つを朝戸出に花びらのやうなぼたん雪降る
ワズラハシキ シゴトガマツヲ アサトデニ ハナビラノヤウナ ボタンユキフル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.127
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (37)


02500
墨汁をうすめて文字を書く毎に見知らぬ人をもわれは喪ふ
ボクジュウヲ ウスメテモジヲ カクゴトニ ミシラヌヒトモ ワレハウシナフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.127
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (38)


02501
縦横の罫を原紙に引き終へて墓の仕切りのやうなしづけさ
タテヨコノ ケイヲゲンシニ ヒキオヘテ ハカノシキリノ ヤウナシヅケサ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.128
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (39)


02502
中座して帰り来にしが病む者の驕りのごとく思はれはじむ
チュウザシテ カエリキニシガ ヤムモノノ オゴリノゴトク オモハレハジム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.128
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (40)


02503
誘はれてなし難きことの多き身か妹の亡きあともかはらぬ
サソハレテ ナシガタキコトノ オオキミカ イモウトノナキ アトモカハラヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.128
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (41)


02504
石ならばいかなる色か形かと身の頑なをうとむことあり
イシナラバ イカナルイロカ カタチカト ミノカタクナヲ ウトムコトアリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.129
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (42)


02505
香焚けばむせつつ病むと気づかずに焚きゐき休みのつづく幾日に
カウタケバ ムセツツヤムト キヅカズニ タキヰキヤスミノ ツヅクイクヒニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.129
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (43)


02506
仕事のほかに何が残れる供華の水を替へてみてまた机に向ふ
シゴトノホカニ ナニガノコレル クゲノミズヲ カヘテミテマタ ツクエニムカフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.129
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (44)


02507
共に行きてヨークシャにヒース見たしなどと言ひたりき死の幾日前か
トモニユキテ ヨークシャニヒース ミタシナドト イヒタリキシノ イクニチマエカ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.130
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (45)


02508
熱中しやすきわが性仕事して切れ目切れ目にかなしくぞゐる
ネッチユウ シヤスキワガサガ シゴトシテ キレメキレメニ カナシクゾヰル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.130
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (46)


02509
ライターを置きて行かしし真意などは測ることなくこよひ眠らむ
ライターヲ オキテユカシシ シンイナドハ ハカルコトナク コヨヒネムラム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.130
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (49)


02510
わが耳に届くことなし臓深くいまだ鳴るとふ不穏の音は
ワガミミニ トドクコトナシ ゾウフカク イマダナルトフ フオンノオトハ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.131
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (50)


02511
家族などのふえたるに似て幾人ものわれのゐる夢賑はしからず
カゾクナドノ フエタルニニテ イクニンモノ ワレノヰルユメ ニギハシカラズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.131
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (51)


02512
愛憎のきざすを癒ゆるあかしとしなほ日も夜も五体たゆたふ
アイゾウノ キザスヲイユル アカシトシ ナホヒモヨルモ ゴタイタユタフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.131
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (52)


02513
音のして隣の家の夕仕度癒えゆく日々をとりとめもなし
オトノシテ トナリノイエノ ユウジタク イエユクヒビヲ トリトメモナシ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.132
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (53)


02514
ドア抑へ待ち呉るるなり風強き朝を出で来し甲斐ある如し
ドアオサヘ マチクルルナリ カゼツヨキ アサヲイデコシ カイアルゴトシ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.132
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (54)


02515
勤めを持つゆゑに紛れてゐるわれと帰る身仕度なしつつ思ふ
ツトメヲモツ ユヱニマギレテ ヰルワレト カエルミジタク ナシツツオモフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.132
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (55)


02516
看過ごして帰り来てより苦しみぬ見たることさへ罪のごとくに
ミスゴシテ カエリキテヨリ クルシミヌ ミタルコトサヘ ツミノゴトクニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.133
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (56)


02517
胡椒などの残り少なになりゐるを朝の目ざめに思ふまで癒ゆ
コショウナドノ ノコリスクナニ ナリヰルヲ アサノメザメニ オモフマデイユ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.133
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (57)


02518
身は残りこころのはやる幾日かエリカはつづるこまかき花を
ミハノコリ ココロノハヤル イクニチカ エリカハツヅル コマカキハナヲ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.133
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (58)


02519
薄氷の張れるをそのまま出でてゆく日の暮れてから戻る厨べ
ウスラヒノ ハレルヲソノママ イデテユク ヒノクレテカラ モドルクリヤベ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.134
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (59)


02520
亡き人をかなしむゆとりも失ひて幾日病みけむ過ぎつつ思ふ
ナキヒトヲ カナシムユトリモ ウシナヒテ イクヒヤミケム スギツツオモフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.134
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (60)


02521
霜どけになづみ来て供ふる菜の花をひとりのわれをいづくより見る
シモドケニ ナヅミキテソナフル ナノハナヲ ヒトリノワレヲ イヅクヨリミル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.134
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (61)


02522
読みさしの本伏せて来てわが手折る椿の花を待てる女童
ヨミサシノ ホンフセテキテ ワガタオル ツバキノハナヲ モテルメワラハ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.135
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (62)


02523
一週に一度しか見ぬわが庭に低く芽ぶけり忘れな草は
イッシュウニ イチドシカミヌ ワガニワニ ヒククメブケリ ワスレナグサハ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.135
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (63)


02524
戸をあけて見るにもあらず何鳥か呼びかはしつつしばらくをゐる
トヲアケテ ミルニモアラズ ナニドリカ ヨビカハシツツ シバラクヲヰル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.135
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (64)


02525
小鳥らのささめきもいつかをさまりて隣の家の影に入る庭
コトリラノ ササメキモイツカ ヲサマリテ トナリノイエノ カゲニイルニワ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.136
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (65)


02526
花咲かぬままに若葉のととのへる梅の木のことたれにも言はず
ハナサカヌ ママニワカバノ トトノヘル ウメノキノコト タレニモイハズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.136
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (66)


02527
はじめより鳥なりしかば声やみてわが手に残す小さなむくろ
ハジメヨリ トリナリシカバ コエヤミテ ワガテニノコス チイサナムクロ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.136
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (67)


02528
曇りのまま日は暮れむとしジャスミンの香のたつ紅茶いれてもひとり
クモリノママ ヒハクレムトシ ジャスミンノ カノタツコウチャ イレテモヒトリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.137
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (68)


02529
うすくうすく人参をそぎ胡瓜をそぎいつしかわれのこころ遊べる
ウスクウスク ニンジンヲソギ キュウリヲソギ イツシカワレノ ココロアソベル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.137
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (69)


02530
日のくれに山椒の若葉摘みに出づ去年は妹が摘みて呉れにき
ヒノクレニ サンショウノワカバ ツミニイヅ コゾハイモウトガ ツミテクレニキ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.137
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (70)


02531
選り分けて洗ふうづら豆美しき斑を持つ粒のたちまち歪む
エリワケテ アラフウヅラマメ ウツクシキ フヲモツツブノ タチマチヒヅム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.138
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (71)


02532
亡きあとの月日ながれてわがためにひたすらなりしことの離れず
ナキアトノ ツキヒナガレテ ワガタメニ ヒタスラナリシ コトノハナレズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.138
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (72)


02533
あわてずに処置なししこと冷酷な仕打ちのやうに思はれてくる
アワテズニ ショチナシシコト レイコクナ シウチノヤウニ オモハレテクル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.138
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (73)


02534
眠れる間も声を求めて醒めてゐる耳といふもの二つ身に持つ
ネムレルマモ コエヲモトメテ サメテヰル ミミトイフモノ フタツミニモツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.139
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (74)


02535
黒真珠の指環はめつつかすかなる装ほひをなすことも久しき
クロシンジュノ ユビワハメツツ カスカナル ヨソホヒヲナス コトモヒサシキ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.139
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (75)


02536
確かむることを怖れてこころ貧し雨に打たるる夜の桜は
タシカムル コトヲオソレテ ココロマズシ アメニウタルル ヨルノサクラハ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.139
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (76)


02537
会堂を出で来し人ら街灯に影かさねつつ通りを流る
カイドウヲ イデコシヒトラ ガイトウニ カゲカサネツツ トオリヲナガル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.140
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (77)


02538
へだたりて従ひゆけば咲き残るユッカは人の背より高し
ヘダタリテ シタガヒユケバ サキノコル ユッカハヒトノ セイヨリタカシ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.140
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (78)


02539
惜しからぬいのちと思ひ乗りをれば俄かに折れて灯の海に入る
オシカラヌ イノチトオモヒ ノリヲレバ ニワカニオレテ ヒノウミニイル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.140
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (80)


02540
足首の濡れて歩めば不確かな記憶のごとし今日の逢ひさへ
アシクビノ ヌレテアユメバ フタシカナ キオクノゴトシ キョウノアヒサヘ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.141
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (79)


02541
解体の進む駅前かよひつつすさむかと思ふたれのこころも
カイタイノ ススムエキマエ カヨヒツツ スサムカトオモフ タレノココロモ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.141
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (81)


02542
拒むやうに迎ふるやうに見ゆるドア理由はいつもわが側にある
コバムヤウニ ムカフルヤウニ ミユルドア リユウハイツモ ワガガハニアル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.141
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (82)


02543
靴の音遠ざかりゆけり人を撃つことも花を撃つこともわれには出来ぬ
クツノオト トオザカリユケリ ヒトヲウツコトモ ハナヲウツコトモ ワレニハデキヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.142
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (83)


02544
昨日見し瓦礫の山は今朝あらず無意味と思ふ堪へゐることも
キノウミシ ガレキノヤマハ ケサアラズ ムイミトオモフ タヘヰルコトモ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.142
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (84)


02545
紅潮しゆく両の耳背後より見てゐつ何を語れる時か
コウチョウシ ユクリョウノミミ ハイゴヨリ ミテヰツナニヲ カタレルトキカ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.142
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (85)


02546
遠くにて雲雀の声のせることも言はずに歩む何から言はむ
トオクニテ ヒバリノコエノ セルコトモ イハズニアユム ナニカライハム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.143
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (86)


02547
この目にて見たることさへ告げがたし雲は形を崩してゆきぬ
コノメニテ ミタルコトサヘ ツゲガタシ クモハカタチヲ クズシテユキヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.143
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (87)


02548
幾たびも誰何せるあと声嗄れのわれをあはれむ遠き電話に
イクタビモ スイカセルアト コヱガレノ ワレヲアハレム トオキデンワニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.143
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (88)


02549
冬中を病みてありしとまた思ふ言ひわけばかりしてすごす日に
フユヂユウヲ ヤミテアリシト マタオモフ イヒワケバカリ シテスゴスヒニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.144
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (89)


02550
突き刺さるパワーシャベルを見て過ぎぬ掬はるるもよし土くれとして
ツキササル パワーシャベルヲ ミテスギヌ スクハルルモヨシ ツチクレトシテ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.144
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (90)


02551
買ひたきもの余さず買ひて帰る日のわれのうつろは人に知られず
カヒタキモノ アマサズカヒテ カエルヒノ ワレノウツロハ ヒトニシラレズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.144
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (92)


02552
縫ひものをなす日も稀にたまひたる蘭の鉢置くミシンの上に
ヌイモノヲ ナスヒモマレニ タマヒタル ランノハチオク ミシンノウエニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.145
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (93)


02553
働きてひとり生くるもいつまでかしだれ桜は葉となりてゐる
ハタラキテ ヒトリイクルモ イツマデカ シダレザクラハ ハトナリテヰル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.145
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (94)


02554
怠ればたちまち寄するかなしみをくり返しつつ忌の日近づく
オコタレバ タチマチヨスル カナシミヲ クリカエシツツ キノヒチカヅク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.145
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (95)


02555
暗き灯を残して眠るきはに見ゆそのまま吊しおく冬の服
クラキヒヲ ノコシテネムル キハニミユ ソノママツルシ オクフユノフク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.146
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (96)


02556
麦の穂を供華に添ふれど斑鳩の里を行く日もあらず死なしむ
ムギノホヲ クゲニソフレド イカルガノ サトヲユクヒモ アラズシナシム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.146
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (97)


02557
われのみの病みゐる町か午前十時桜まつりの花火があがる
ワレノミノ ヤミヰルマチカ ゴゼンジュウジ サクラマツリノ ハナビガアガル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.146
【初出】 『短歌研究』 1973.6 花を撃つ (98)