茎のごとくに


02562
知られてはならぬことありかかはりもなきとき心かすか波だつ
シラレテハ ナラヌコトアリ カカハリモ ナキトキココロ カスカナミダツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.149


02563
曇りの空遠くひらけて見えゐるにややに青めりガラスの部分
クモリノソラ トオクヒラケテ ミエヰルニ ヤヤニアオメリ ガラスノブブン

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.149


02564
何事を口走らむか意識失ふことなどのわれにありてはならず
ナニゴトヲ クチバシラムカ イシキウシナフ コトナドノワレニ アリテハナラズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.150


02565
待ち長き時間のごとし梔子の葉にとどまりて光るしづくは
マチナガキ ジカンノゴトシ クチナシノ ハニトドマリテ ヒカルシヅクハ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.150


02566
もし馬となりゐるならばたてがみを風になびけて疾く帰り来よ
モシウマト ナリヰルナラバ タテガミヲ カゼニナビケテ トクカエリコヨ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.150


02567
束縛は生くる限りと思へるに羊雲浮くうすく燃えつつ
ソクバクハ イクルカギリト オモヘルニ ヒツジグモウク ウスクモエツツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.151


02568
撫で肩を喪服の絹におほひつつ鏡のなかのわれをうながす
ナデガタヲ モフクノキヌニ オホヒツツ カガミノナカノ ワレヲウナガス

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.151


02569
真夏の夜の夢として思ふほかあらず片腕見えて指ひらきたり
マナツノヨノ ユメトシテオモフ ホカアラズ カタウデミエテ ユビヒラキタリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.151


02570
見られゐることの苦しさ灯を消して埴輪の目をもわれは潰しつ
ミラレヰル コトノクルシサ ヒヲケシテ ハニワノメヲモ ワレハツブシツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.152


02571
引き金を引かむばかりに張りつめてゐたりし時間夢と思へず
ヒキガネヲ ヒカムバカリニ ハリツメテ ヰタリシジカン ユメトオモヘズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.152


02572
絵のなかの木の葉一枚そよぎをり臨終にわれはたれの声聞く
エノナカノ コノハイチマイ ソヨギヲリ イマハニワレハ タレノコエキク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.152


02573
瞑りゐて見ゆるに堪へずみひらきてグラジオラスのつぼみを数ふ
ツムリヰテ ミユルニタヘズ ミヒラキテ グラジオラスノ ツボミヲカゾフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.153


02574
死ののちも救はれたしと思はねどヒールの音のいつかととのふ
シノノチモ スクハレタシト オモハネド ヒールノオトノ イツカトトノフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.153


02575
夜の霧に濡れとほり来し冷たさのままを眠らむ茎のごとくに
ヨノキリニ ヌレトホリコシ ツメタサノ ママヲネムラム クキノゴトクニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.153