消し忘れゐる


02586
鏡などさびしき家具を置くものかみまかりし人を映す日もなく
カガミナド サビシキカグヲ オクモノカ ミマカリシヒトヲ ウツスヒモナク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.158
【初出】 『形成』 1974.1 消し忘れゐる (1)


02587
頭痛散の効きくる待ちて真つ白の鶴一羽折りてのひらに乗す
ズツウサンノ キキクルマチテ マツシロノ ツルイチワオリ テノヒラニノス

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.158
【初出】 『形成』 1974.1 消し忘れゐる (2)


02588
生け花の青麦は高く突き抜けて必ず刺さむ穂先のごとし
イケバナノ アオムギハタカク ツキヌケテ カナラズササム ホサキノゴトシ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.159
【初出】 『形成』 1974.1 消し忘れゐる (3)


02589
遺されしものもいつしか古びつつ大き胡桃の幾粒か出づ
ノコサレシ モノモイツシカ フルビツツ オオキクルミノ イクリュウカイヅ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.159
【初出】 『形成』 1974.1 消し忘れゐる (4)


02590
妹のねんごろにして麻の実を好む小鳥を飼ひし日ありき
イモウトノ ネンゴロニシテ アサノミヲ コノムコトリヲ カヒシヒアリキ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.159
【初出】 『形成』 1974.1 消し忘れゐる (5)


02591
わが階と同じ高さのベランダを遠く手を振る思ひに眺む
ワガカイト オナジタカサノ ベランダヲ トオクテヲフル オモヒニナガム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.160
【初出】 『形成』 1974.1 消し忘れゐる (6)


02592
紫いろの葉の茂りゐてなす影の鉢ごと暗しフロアーの上
ムラサキイロノ ハノシゲリヰテ ナスカゲノ ハチゴトクラシ フロアーノウエ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.160
【初出】 『形成』 1974.1 消し忘れゐる (7)


02593
狙はれてゐる夢のなかぎごちなく歩みゐたりき道長かりき
ネラハレテ ヰルユメノナカ ギゴチナク アユミヰタリキ ミチナガカリキ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.160
【初出】 『形成』 1974.1 消し忘れゐる (8)


02594
葉緑素の無き部分とぞ白の斑を持つ蘭などに似てゆくわれか
ヨウリョクソノ ナキブブントゾ シロノフヲ モツランナドニ ニテユクワレカ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.161
【初出】 『形成』 1974.1 消し忘れゐる (9)


02595
われのみの思ひと知りて過ぎゆくに庭の竜胆は今年よく咲く
ワレノミノ オモヒトシリテ スギユクニ ニワノリンダウハ コトシヨクサク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.161
【初出】 『形成』 1974.1 消し忘れゐる (10)


02596
よりどなき雨の休日散らかしてもの縫ふさまを見む人もなし
ヨリドナキ アメノキュウジツ チラカシテ モノヌフサマヲ ミムヒトモナシ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.161
【初出】 『形成』 1974.1 消し忘れゐる (11)


02597
ゆく末の見ゆるしづけさ室内に吊る干しもののゆるくまはれる
ユクスエノ ミユルシヅケサ シツナイニ ツルホシモノノ ユルクマハレル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.162
【初出】 『形成』 1974.1 消し忘れゐる (12)


02598
影の濃くなりゆく時刻窓ごしの大きゆらぎは南天の木か
カゲノコク ナリユクジコク マドゴシノ オオキユラギハ ナンテンノキカ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.162
【初出】 『形成』 1974.1 消し忘れゐる (13)


02599
真向へる埴輪いつしかみまかりし妹の顔となりてさしぐむ
マムカヘル ハニワイツシカ ミマカリシ イモウトノカオト ナリテサシグム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.162
【初出】 『形成』 1974.1 消し忘れゐる (14)


02600
やはらかに椎茸の厚み拭ひゐていつか物憂し夕餉のことも
ヤハラカニ シイタケノアツミ ヌグヒヰテ イツカモノウシ ユウゲノコトモ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.163
【初出】 『形成』 1974.1 消し忘れゐる (15)


02601
臼砲といふ名を知りたるはいつの日か日ぐれに遠く鳴る鑿岩機
キュウホウトイフ ナヲシリタルハ イツノヒカ ヒグレニトオク ナルサクガンキ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.163
【初出】 『形成』 1974.1 消し忘れゐる (16)


02602
風すさぶこころすさぶと編みてゆくくぐもり易きラメの毛糸を
カゼスサブ ココロスサブト アミテユク クグモリヤスキ ラメノケイトヲ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.163
【初出】 『形成』 1974.1 消し忘れゐる (17)


02603
染めやらむ妹はゐず夜の更けに塗るマニキュアの真珠いろなす
ソメヤラム イモウトハヰズ ヨノフケニ ヌルマニキュアノ シンジュイロナス

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.164
【初出】 『形成』 1974.1 消し忘れゐる (18)


02604
咳どめの飴をふくみて眠らむに消し忘れゐるミシンのライト
セキドメノ アメヲフクミテ ネムラムニ ケシワスレヰル ミシンノライト

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.164
【初出】 『形成』 1974.1 消し忘れゐる (19)


02605
ゆれやすきスイッチの紐伸びて来て縛めらるる眠りのなかに
ユレヤスキ スイッチノヒモ ノビテキテ イマシメラルル ネムリノナカニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.164
【初出】 『形成』 1974.1 消し忘れゐる (20)