耳から醒めて


02606
あつけなく終らむものをかげろふは光の膜のごとき翅持つ
アツケナク オワラムモノヲ カゲロフハ ヒカリノマクノ ゴトキハネモツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.165


02607
鈴の鳴るごとき空気にくれなゐと白と木を分け咲く百日紅
スズノナル ゴトキクウキニ クレナヰト シロトキヲワケ サクサルスベリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.165


02608
固有名詞持つかと思ふひろがりて堪へてゐる木も枝折れし木も
コユウメイシ モツカトオモフ ヒロガリテ タヘテヰルキモ エダオレシキモ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.166


02609
同じ雲を見てゐる人と限らぬにかたち変りしことを思へる
オナジクモヲ ミテヰルヒトト カギラヌニ カタチカワリシ コトヲオモヘル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.166


02610
濃き青となる木の茂み鶫らの身を固くしてひそまむころか
コキアオト ナルキノシゲミ ツグミラノ ミヲカタクシテ ヒソマムコロカ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.166


02611
雨あとの微粒を帯びて屋根の上にガラスのやうな空が貼られつ
アメアトノ ビリュウヲオビテ ヤネノウエニ ガラスノヤウナ ソラガハラレツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.167


02612
切り岸の隈より湧ける鳥のむれつぶて撒かれしさまに落ちゆく
キリキシノ スミヨリワケル トリノムレ ツブテマカレシ サマニオチユク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.167


02613
死ぬことも一思ひならむ風景のやうにいつしか遠ざかりたし
シヌコトモ ヒトオモヒナラム フウケイノ ヤウニイツシカ トオザカリタシ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.167


02614
山の端の低くかすかに染みてをり西へ向へる歩みと気づく
ヤマノハノ ヒククカスカニ ソミテヲリ ニシヘムカヘル アユミトキヅク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.168


02615
新しき黒もて黒を塗りつぶす分厚くわれの壁となるまで
アタラシキ クロモテクロヲ ヌリツブス ブアツクワレノ カベトナルマデ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.168


02616
冷えてゆく石のごとしととめどなき日のたそがれを雲の照り出づ
ヒエテユク イシノゴトシト トメドナキ ヒノタソガレヲ クモノテリイヅ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.168


02617
摘みためし花びらはみな黒き紙耳から醒めて音のさびしさ
ツミタメシ ハナビラハミナ クロキカミ ミミカラサメテ オトノサビシサ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.169