去年の秋


02656
水の音に取り巻かれつつ目の前の闇を引き裂くひとすぢの滝
ミズノオトニ トリマカレツツ メノマエノ ヤミヲヒキサク ヒトスヂノタキ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.185
【初出】 『短歌研究』 1974.4 あえかに雪の (14)


02657
紅葉に明るむ木の間歩みゐて皮膚のほとぼるごとき思ひす
コウエフニ アカルムコノマ アユミヰテ ヒフノホトボル ゴトキオモヒス

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.185
【初出】 『短歌研究』 1974.4 あえかに雪の (15)


02658
ほのしろき煙這はせて乾きたるダムの底ひは何をか燃やす
ホノシロキ ケムリハハセテ カワキタル ダムノソコヒハ ナニヲカモヤス

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.185
【初出】 『短歌研究』 1974.4 あえかに雪の (16)


02659
家を置き田畑を沈め人は移り水減りに浮く森の木の梢
イエヲオキ タハタヲシズメ ヒトハウツリ ミズベリニウク モリノキノウレ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.186
【初出】 『短歌研究』 1974.4 あえかに雪の (17)


02660
冬長く雪にうもるる里といふ九月なかばのもみぢ見て過ぐ
フユナガク ユキニウモルル サトトイフ クガツナカバノ モミヂミテスグ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.186
【初出】 『短歌研究』 1974.4 あえかに雪の (18)


02661
穂のすすきさやぐと見たるときのまにバックミラーをとざしゆく霧
ホノススキ サヤグトミタル トキノマニ バックミラーヲ トザシユクキリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.186
【初出】 『短歌研究』 1974.4 あえかに雪の (19)


02662
濡れてゆくフロントグラス松の木も山のホテルも見る見る歪む
ヌレテユク フロントグラス マツノキモ ヤマノホテルモ ミルミルヒヅム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.187
【初出】 『短歌研究』 1974.4 あえかに雪の (20)


02663
避けがたきわざはひならむ眼下の樹海覆ひて降り暗む雨
サケガタキ ワザハヒナラム マナシタノ ジュカイオオヒテ フリクラムアメ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.187
【初出】 『短歌研究』 1974.4 あえかに雪の (21)


02664
とめどなき口説ならずやワイパーに拭き消されつつ垂るるしづくは
トメドナキ クゼツナラズヤ ワイパーニ フキケサレツツ タルルシヅクハ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.187
【初出】 『短歌研究』 1974.4 あえかに雪の (22)


02665
何を得て何を失ふ旅ならむともなへる人も言葉少なし
ナニヲエテ ナニヲウシナフ タビナラム トモナヘルヒトモ コトバスクナシ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.188
【初出】 『短歌研究』 1974.4 あえかに雪の (23)


02666
手を借りて見返るダムは胴体のしびるるばかり光るさざなみ
テヲカリテ ミカエルダムハ ドウタイノ シビルルバカリ ヒカルサザナミ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.188
【初出】 『短歌研究』 1974.4 あえかに雪の (24)


02667
片翳る夕のみづうみ垂直に空へ吸はれてゆく波の音
カタカゲル ユフノミヅウミ スイチョクニ ソラヘスハレテ ユクナミノオト

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.188
【初出】 『短歌研究』 1974.4 あえかに雪の (25)


02668
地図などに無き道を奪はれゆきたきに道標は指すわが住む町を
チズナドニ ナキミチヲウバハレ ユキタキニ ミチシルベハサス ワガスムマチヲ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.189
【初出】 『短歌研究』 1974.4 あえかに雪の (26)