くつがへらねば


02690
よこしまのことを思へるときのまのありて立ちゆく湯の沸く音に
ヨコシマノ コトヲオモヘル トキノマノ アリテタチユク ユノワクオトニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.197
【初出】 『短歌』 1974.5 くつがへらねば (1)


02691
堪へかねて手を放しなばばらばらにほどけて落ちてゆくわれならむ
タヘカネテ テヲハナシナバ バラバラニ ホドケテオチテ ユクワレナラム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.197
【初出】 『短歌』 1974.5 くつがへらねば (2)


02692
思ひ切り押されしドアの荒ぶ見て出で行ける人をわれは見ざりき
オモヒキリ オサレシドアノ スサブミテ イデユケルヒトヲ ワレハミザリキ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.198
【初出】 『短歌』 1974.5 くつがへらねば (3)


02693
黒板へ字を書く音と分るまでにしばし間のあり裏側にゐて
コクバンヘ ジヲカクオトト ワカルマデニ シバシマノアリ ウラガワニヰテ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.198
【初出】 『短歌』 1974.5 くつがへらねば (4)


02694
ときながく洗車の音のしてゐしが雨のひびきとなりつつ暗む
トキナガク センシャノオトノ シテヰシガ アメノヒビキト ナリツツクラム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.198
【初出】 『短歌』 1974.5 くつがへらねば (5)


02695
氷片をグラスに鳴らしゐて思ふ立ち去らむには体力も要る
ヒョウヘンヲ グラスニナラシ ヰテオモフ タチサラムニハ タイリョクモイル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.199
【初出】 『短歌』 1974.5 くつがへらねば (6)


02696
あきらめて刃入れたるオレンジの果肉は赤し思へるよりも
アキラメテ ヤイバイレタル オレンジノ カニクハアカシ オモヘルヨリモ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.199
【初出】 『短歌』 1974.5 くつがへらねば (7)


02697
隣の席の人のしてゐし耳飾り乗り換へてまだ意識を去らぬ
トナリノセキノ ヒトノシテヰシ ミミカザリ ノリカヘテマダ イシキヲサラヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.199
【初出】 『短歌』 1974.5 くつがへらねば (8)


02698
旅びとのやうには見えぬわれならむ道を問はるる朝に夕に
タビビトノ ヤウニハミエヌ ワレナラム ミチヲトハルル アサニユフベニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.200
【初出】 『短歌』 1974.5 くつがへらねば (9)


02699
思ふさまくつがへらねば越えられず闇の遠くに耳二つ置く
オモフサマ クツガヘラネバ コエラレズ ヤミノトオクニ ミミフタツオク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.200
【初出】 『短歌』 1974.5 くつがへらねば (10)


02700
牝牛ともわれともつかず黄の色を塗られてをりぬ大き蹄に
メウシトモ ワレトモツカズ キノイロヲ ヌラレテヲリヌ オオキヒヅメニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.200
【初出】 『短歌』 1974.5 くつがへらねば (11)


02701
いづこにて焼かれむわれか金冠の小さき一つ奥歯に持ちて
イヅコニテ ヤカレムワレカ キンカンノ チイサキヒトツ オクバニモチテ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.201
【初出】 『短歌』 1974.5 くつがへらねば (12)