身を責めて


02742
いつの日の海とも知れず現るる水平線はつねに目の高さ
イツノヒノ ウミトモシレズ アラワルル スイヘイセンハ ツネニメノタカサ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.218
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (1)


02743
ついばみて足もとにゐし鳩一羽ふとなまぐさし飛びたつときに
ツイバミテ アシモトニヰシ ハトイチワ フトナマグサシ トビタツトキニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.218
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (2)


02744
保つべき距離と思ふに鼓動などの木にも草にもあるごとき日よ
タモツベキ キョリトオモフニ コドウナドノ キニモクサニモ アルゴトキヒヨ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.219
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (3)


02745
女にて竦む思ひの間々きざす人ごみのなかいま橋の上
オンナニテ スクムオモヒノ ママキザス ヒトゴミノナカ イマハシノウエ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.219
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (4)


02746
わが知らぬ職種もあらむかたはらの一人は磁気のごときをまとふ
ワガシラヌ ショクシュモアラム カタハラノ ヒトリハジキノ ゴトキヲマトフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.219
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (5)


02747
どのやうなかなしみをまた知るわれか胸濡らしつつ髪を洗へり
ドノヤウナ カナシミヲマタ シルワレカ ムネヌラシツツ カミヲアラヘリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.220
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (6)


02748
消しておくテレビに映りゆくりなく逆三角をなすもわが顔
ケシテオク テレビニウツリ ユクリナク ギャクサンカクヲ ナスモワガカオ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.220
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (7)


02749
みづからのこめかみ押して堪へむとす分別といふがよみがへりつつ
ミヅカラノ コメカミオシテ タヘムトス フンベツトイフガ ヨミガヘリツツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.220
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (8)


02750
背後よりしづもる夜更け使ひたる鋏を置けば音はねかへる
ハイゴヨリ シヅモルヨフケ ツカヒタル ハサミヲオケバ オトハネカヘル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.221
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (9)


02751
さわがしく光を反しゐたる雪しみじみ白し夜の闇に見て
サワガシク ヒカリヲカヘシ ヰタルユキ シミジミシロシ ヨノヤミニミテ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.221
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (10)


02752
かなへられぬ願ひの一つ前面に踊りて出づる黒衣を待つは
カナヘラレヌ ネガヒノヒトツ ゼンメンニ オドリテイヅル クロゴヲマツハ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.221
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (11)


02753
眠り薬のきき出すころか胸の上に軟体となる十本の指
ネムリグスリノ キキダスコロカ ムネノウエニ ナンタイトナル ジッポンノユビ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.222
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (12)


02754
青みさす雪のあけぼのきぬぎぬのあはれといふも知らで終らむ
アオミサス ユキノアケボノ キヌギヌノ アハレトイフモ シラデオワラム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.222
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (13)


02755
うす雲にまぎるるほどの残月と仰ぎしことも夢かも知れず
ウスグモニ マギルルホドノ ザンゲツト アオギシコトモ ユメカモシレズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.222
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (14)


02756
階段を昇りゆくときひざまづくかたちに椅子の見ゆる事務室
カイダンヲ ノボリユクトキ ヒザマヅク カタチニイスノ ミユルジムシツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.223
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (15)


02757
踊り場のガラスはいつも曇りゐて坂下の沼とけぢめのつかぬ
オドリバノ ガラスハイツモ クモリヰテ サカシタノヌマト ケヂメノツカヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.223
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (16)


02758
運といふたれにもつきまとふものならむ採点に根を詰めゐて思ふ
ウントイフ タレニモツキマトフ モノナラム サイテンニコンヲ ツメヰテオモフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.223
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (17)


02759
目の前が真紅に染みぬシクラメンを届けむといふ電話聞きつつ
メノマエガ シンクニソミヌ シクラメンヲ トドケムトイフ デンワキキツツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.224
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (18)


02760
すさみゐし午後と思ふにはかどれる仕事のことを人の言ひゆく
スサミヰシ ゴゴトオモフニ ハカドレル シゴトノコトヲ ヒトノイヒユク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.224
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (19)


02761
山の地図を柩に入れてやる見つつ死者になし得るなべてさびしき
ヤマノチズヲ ヒツギニイレテ ヤルミツツ シシャニナシウル ナベテサビシキ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.224
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (20)


02762
告げやらむ人もあらねど喪の家の夜の賑はひを脱けて戻り来
ツゲヤラム ヒトモアラネド モノイエノ ヨノニギハヒヲ ヌケテモドリク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.225
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (21)


02763
花びらの反りて辛夷も過ぎむとす影の濃き日と思ひ仰げば
ハナビラノ ソリテコブシモ スギムトス カゲノコキヒト オモヒアオゲバ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.225
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (22)


02764
色の濃きプラム、無花果入り混り喧しく見ゆ果実の店は
イロノコキ プラムイチジク イリマジリ カシマシクミユ カジツノミセハ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.225
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (23)


02765
ゴムの輪を手首に嵌めてゐる人の女のやうな指がレジ打つ
ゴムノワヲ テクビニハメテ ヰルヒトノ オンナノヤウナ ユビガレジウツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.226
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (24)


02766
炊ぎなどに時割くこともあへなくてセロリは匂ふ夜の厨に
カシギナドニ トキサクコトモ アヘナクテ セロリハニオフ ヨルノクリヤニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.226
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (25)


02767
わが使ふ光と水と火の量の測られて届く紙片三枚
ワガツカフ ヒカリトミズト ヒノリョウノ ハカラレテトドク シヘンサンマイ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.226
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (26)


02768
生命線の短き手相見てしまひ思へることのちりぢりとなる
セイメイセンノ ミジカキテソウ ミテシマヒ オモヘルコトノ チリヂリトナル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.227
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (27)


02769
反復をのがれむとのみゆく旅にしだれ桜は見ごろと言へり
ハンプクヲ ノガレムトノミ ユクタビニ シダレザクラハ ミゴロトイヘリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.227
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (28)


02770
はじけたる草の実にふとたぢろぎし鳩のそのまま歩み去りたり
ハジケタル クサノミニフト タヂロギシ ハトノソノママ アユミサリタリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.227
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (29)


02771
あけびの花の芯の黒まで行き着きてまた戻りくる何の意識か
アケビノハナノ シンノクロマデ ユキツキテ マタモドリクル ナンノイシキカ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.228
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (30)


02772
赤松の幹に斜にたち割られ遠くかがやく苗代の水
アカマツノ ミキニナナメニ タチワラレ トオクカガヤク ナワシロノミズ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.228
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (31)


02773
くだり来て遠目となれる夜の桜なまあたたかしふり返るとき
クダリキテ トホメトナレル ヨノサクラ ナマアタタカシ フリカエルトキ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.228
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (32)


02774
旅びとも馬も疲れて眠りたらむセロファンが道を吹かれてゆけり
タビビトモ ウマモツカレテ ネムリタラム セロファンガミチヲ フカレテユケリ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.229
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (33)


02775
スカートをたたみて置きて眠らむに久しく聞かずダミアの唄も
スカートヲ タタミテオキテ ネムラムニ ヒサシクキカズ ダミアノウタモ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.229
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (34)


02776
雨傘を持たせて帰しやりしあと争はむ家族もわれにはあらぬ
アマガサヲ モタセテカエシ ヤリシアト アラソハムカゾクモ ワレニハアラヌ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.229
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (35)


02777
白の花の多き季節と言ひてゐし亡き母を思ふ雨に倦む日は
シロノハナノ オオキキセツト イヒテヰシ ナキハハヲオモフ アメニウムヒハ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.230
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (36)


02778
思はぬときに目に来る記憶の一つにて皇帝ハイレ・セラシェの写真
オモハムトキニ メニクルキオクノ ヒトツニテ コウテイハイレ セラシェノシャシン

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.230
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (37)


02779
咲きそろふ黄の薔薇のなか布きれのやうに余れる花びらは見ゆ
サキソロフ キノバラノナカ ヌノキレノ ヤウニアマレル ハナビラハミユ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.230
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (38)


02780
箪笥一棹と思へど移すあてあらずまた幾日か降りつづく雨
タンスヒトサオト オモヘドウツス アテアラズ マタイクニチカ フリツヅクアメ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.231
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (39)


02781
何事か夜の明くるまに終りゐて少女らはみな白の靴履く
ナニゴトカ ヨノアクルマニ オワリヰテ オトメラハミナ シロノクツハク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.231
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (40)


02782
鳥も虫もみな地に落ちて死にてをり夏の落ち葉を掃きつつ思ふ
トリモムシモ ミナチニオチテ シニテヲリ ナツノオチバヲ ハキツツオモフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.231
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (41)


02783
混線し入りくる曲の名も知らず短く切れぬ夜の電話は
コンセンシ イリクルキョクノ ナモシラズ ミジカクキレヌ ヨルノデンワハ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.232
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (42)


02784
もろともに声を挙げたるたれも亡し間遠になりて花火は終る
モロトモニ コエヲアゲタル タレモナシ マドホニナリテ ハナビハオワル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.232
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (43)


02785
身を責めてうすらぐ咎と思はねど旅ゆきて売子木の花どきに遭ふ
ミヲセメテ ウスラグトガト オモハネド タビユキテエゴノ ハナドキニアフ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.232
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (44)


02786
日のくれをひそみて待ちてゐし如くライトを浴びす噴水の穂に
ヒノクレヲ ヒソミテマチテ ヰシゴトク ライトヲアビス フンスイノホニ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.233
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (45)


02787
亡き人の使ひ残せる香水も飛びて小さき瓶すきとほる
ナキヒトノ ツカヒノコセル コウスイモ トビテチイサキ ビンスキトホル

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.233
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (46)


02788
われの名をうすく彫りたる銀の匙まことさいはひうすきわが名よ
ワレノナヲ ウスクホリタル ギンノサジ マコトサイハヒ ウスキワガナヨ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.233
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (47)


02789
惜しみつつ時間を食べてゐる虫のわれかと思ひ膝に手を置く
オシミツツ ジカンヲタベテ ヰルムシノ ワレカトオモヒ ヒザニテヲオク

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.234
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (48)


02790
右腕をかばはむとのみ眠りつつつめたき魚となりては目ざむ
ミギウデヲ カバハムトノミ ネムリツツ ツメタキウオト ナリテハメザム

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.234
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (49)


02791
針柚子を椀に浮かしてなす夕餉何を食べてもひもじきわれか
ハリユズヲ ワンニウカシテ ナスユウゲ ナニヲタベテモ ヒモジキワレカ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.234
【初出】 『形成』 1974.7 「無題」 (1)


02792
灯を一つ残して出でてゆく習ひ忌の日の薔薇もしをれそめつつ
ヒヲヒトツ ノコシテイデテ ユクナラヒ キノヒノバラモ シヲレソメツツ

『雲の地図』(短歌新聞社 1975) p.235
【初出】 『短歌』 1974.9 身を責めて (50)