せばめられゆく


02809
匿まふはこころ一つよ薔薇の木をたわめてかかりゐし梯子あり
カクマフハ ココロヒトツヨ バラノキヲ タワメテカカリ ヰシハシゴアリ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.16
【初出】 『短歌』 1975.1 せばめられゆく (2)


02810
方角の分き難きまで曇り来ぬいま斥力のごときが欲しき
ホウガクノ ワキガタキマデ クモリキヌ イマセキリョクノ ゴトキガホシキ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.16
【初出】 『短歌』 1975.1 せばめられゆく (4)


02811
バス降りて家までの距離を歩みつつ持ち敢へぬ荷のごとしこころは
バスオリテ イエマデノキョリヲ アユミツツ モチアヘヌニノ ゴトシココロハ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.17
【初出】 『短歌』 1975.1 せばめられゆく (5)


02812
幾夜さか野分きの風の吹き荒れて椅の房も小さくなりぬ
イクヨサカ ノワキノカゼノ フキアレテ イイギリノフサモ チイサクナリヌ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.17
【初出】 『短歌』 1975.1 せばめられゆく (1)


02813
文字一つ確かめむのみに帰り来し家かと思ふ辞書を繰りつつ
モジヒトツ タシカメムノミニ カエリコシ イエカトオモフ ジショヲクリツツ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.17
【初出】 『短歌』 1975.1 せばめられゆく (6)


02814
海藻の褐色の束をほどきゐてせばめられゆく砂の音にも
カイソウノ カッショクノタバヲ ホドキヰテ セバメラレユク スナノオトニモ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.18
【初出】 『短歌』 1975.1 せばめられゆく (7)


02815
終の日の予感のごとしさかのぼりかぼそく光る水を思ふは
ツヒノヒノ ヨカンノゴトシ サカノボリ カボソクヒカル ミズヲオモフハ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.18
【初出】 『短歌』 1975.1 せばめられゆく (8)


02816
ドライヤーに吹かれてをればいづこなる縁より砂のこぼれてやまず
ドライヤーニ フカレテヲレバ イヅコナル フチヨリスナノ コボレテヤマズ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.18
【初出】 『短歌』 1975.1 せばめられゆく (9)


02817
踏み台を蹴るは最後の勇気とぞ意識の底に何か瞠く
フミダイヲ ケルハサイゴノ ユウキトゾ イシキノソコニ ナニカミヒラク

『野分の章』(牧羊社 1978) p.19
【初出】 『短歌』 1975.1 せばめられゆく (10)


02818
うなだれてゐては飛び得ず時ありて洞穴のやうに深くなる空
ウナダレテ ヰテハトビエズ トキアリテ ホラアナノヤウニ フカクナルソラ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.19
【初出】 『短歌』 1975.1 せばめられゆく (11)


02819
風花と仰ぐに間なく降り出でて雪となりつつもう止められぬ
カザハナト アオグニマナク フリイデテ ユキトナリツツ モウトメラレヌ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.19
【初出】 『短歌』 1975.1 せばめられゆく (12)


02820
死者あまた置きて砦を出づる夜に闇を恐れぬ一騎のあれよ
シシャアマタ オキテトリデヲ イヅルヨニ ヤミヲオソレヌ イッキノアレヨ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.20
【初出】 『短歌』 1975.1 せばめられゆく (13)