ガラスの皿


02821
はるばると来しわれのため幾たびも言ひて曇れる入江を見しむ
ハルバルト キシワレノタメ イクタビモ イヒテクモレル イリエヲミシム

『野分の章』(牧羊社 1978) p.21
【初出】 『形成』 1975.2 「無題」 (1)


02822
相輪のあたり煙ると思ふまで次第につのり塔に降る雨
ソウリンノ アタリケムルト オモフマデ シダイニツノリ トウニフルアメ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.21
【初出】 『形成』 1975.2 「無題」 (2)


02823
人へ置く距離曖昧に歩みつついたく小さしわが洋傘は
ヒトヘオク キヨリアイマイニ アユミツツ イタクチイサシ ワガカウモリハ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.22
【初出】 『短歌』 1975.4 ガラスの皿 (8)


02824
拭きながらガラスの皿も見失ふ思はぬ酔ひの身に残りゐて
フキナガラ ガラスノサラモ ミウシナフ オモハヌヨヒノ ミニノコリヰテ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.22
【初出】 『短歌』 1975.4 ガラスの皿 (9)


02825
一日中真夜中のやうな地下の書庫何のはずみにここに働く
イチニチジュウ マヨナカノヤウナ チカノショコ ナンノハズミニ ココニハタラク

『野分の章』(牧羊社 1978) p.22
【初出】 『短歌』 1975.4 ガラスの皿 (10)


02826
紫に染みて靄だつ街のさま当然ひとりの夜がまた来る
ムラサキニ ソミテモヤダツ マチノサマ トウゼンヒトリノ ヨルガマタクル

『野分の章』(牧羊社 1978) p.23
【初出】 『短歌』 1975.4 ガラスの皿 (11)


02827
二十年先のことなど言はれゐてわれにはさびし明日のことさへ
ニジュウネン サキノコトナド イハレヰテ ワレニハサビシ アスノコトサヘ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.23
【初出】 『形成』 1975.2 「無題」 (7)


02828
寄せ置ける落ち葉を鳴らす夕の雨俄かに秋の深む思ひす
ヨセオケル オチバヲナラス ユフノアメ ニワカニアキノ フカムオモヒス

『野分の章』(牧羊社 1978) p.23
【初出】 『形成』 1975.2 「無題」 (5)


02829
昨日のことのやうに思へど白萩の倒れてゐしはいづこの道か
キノウノコトノ ヤウニオモヘド シラハギノ タオレテヰシハ イヅコノミチカ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.24
【初出】 『形成』 1975.2 「無題」 (6)


02830
もの音を立つることなきわが生活隣の庭は木を整ふる
モノオトヲ タツルコトナキ ワガクラシ トナリノニワハ キヲトトノフル

『野分の章』(牧羊社 1978) p.24
【初出】 『短歌』 1975.4 ガラスの皿 (6)


02831
前歯などの欠けゆくやうに一つ一つ錆びて落ちつぐ金魚草の花
マエバナドノ カケユクヤウニ ヒトツヒトツ サビテオチツグ ドラゴンノハナ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.24
【初出】 『短歌』 1975.4 ガラスの皿 (5)


02832
充電せる馬などのゐるけはいしてまつすぐ歩みゆくほかあらず
ジュウデンセル ウマナドノヰル ケハイシテ マツスグアユミ ユクホカアラズ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.25
【初出】 『短歌』 1975.4 ガラスの皿 (3)


02833
みな同じ本のかたちと思ひゐてまどろめるらし手の冷ゆるまで
ミナオナジ ホンノカタチト オモヒヰテ マドロメルラシ テノヒユルマデ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.25
【初出】 『短歌』 1975.4 ガラスの皿 (7)


02834
中座して帰りゆく人もさびしからむ送りに出でて霧の夜と知る
チュウザシテ カエリユクヒトモ サビシカラム オクリニイデテ キリノヨトシル

『野分の章』(牧羊社 1978) p.25
【初出】 『埼玉歌人』 1975.7 帰る人 (1)


02835
屋上に濡れゐむベンチ思ひつつ仰ぎてゆくりなく虹に会ふ
オクジョウニ ヌレヰムベンチ オモヒツツ アオギテユクリ ナクニジニアフ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.26
【初出】 『埼玉歌人』 1975.7 帰る人 (2)


02836
自画像も未完のままに遺されてモナ・リザにいたく似る人なりし
ジガゾウモ ミカンノママニ ノコサレテ モナリザニイタク ニルヒトナリシ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.26
【初出】 『VAN』 1977 桜花号 (2)


02837
選ばれて折れたる枝と思ふまで路上に落ちて雪煙り挙ぐ
エラバレテ オレタルエダト オモフマデ ロジョウニオチテ ユキケムリアグ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.26
【初出】 『VAN』 1977 桜花号 (1)


02838
よろこびはかくかそかにて水を打ちよみがへりくるパセリの緑
ヨロコビハ カクカソカニテ ミズヲウチ ヨミガヘリクル パセリノミドリ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.27
【初出】 『VAN』 1977 桜花号 (4)


02839
サボテンの鉢を溢れてやみがたくこぼるるものの砂のみならず
サボテンノ ハチヲアフレテ ヤミガタク コボルルモノノ スナノミナラズ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.27
【初出】 『VAN』 1977 桜花号 (3)


02840
迷ひたるのみに終れど幾日経て痩せしと思ふ指輪抜くとき
マヨヒタル ノミニオワレド イクヒヘテ ヤセシトオモフ ユビワヌクトキ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.27
【初出】 『形成』 1975.2 「無題」 (4)