古りし鏡


02969
呼ばれたる車に乗りぬ陥穽はわが内にのみあると思ひて
ヨバレタル クルマニノリヌ カンセイハ ワガウチニノミ アルトオモヒテ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.76
【初出】 『形成』 1975.5 「無題」 (5)


02970
雪解けの水たまり一ついつ見たる古りし鏡のごとくくぐもる
ユキドケノ ミズタマリヒトツ イツミタル フリシカガミノ ゴトククグモル

『野分の章』(牧羊社 1978) p.76
【初出】 『形成』 1975.5 「無題」 (7)


02971
戻り来てドアとざすときわが庭の沈丁の花は未だ匂はず
モドリキテ ドアトザストキ ワガニワノ ジンチョウノハナハ イマダニオハズ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.77
【初出】 『形成』 1975.5 「無題」 (1)


02972
洗ひたるレースの花を整へつつ何して見ても手の渇く日よ
アラヒタル レースノハナヲ トトノヘツツ ナニシテミテモ テノカワクヒヨ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.77
【初出】 『形成』 1975.6 風の坂 (1)


02973
砂利掬ふ音は粗しと聞きながらかきまぜらるる思ひにゐしか
ジャリスクフ オトハアラシト キキナガラ カキマゼラルル オモヒニヰシカ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.77
【初出】 『形成』 1975.6 風の坂 (2)


02974
破りたる約束に似む景品のダリアの種も蒔かずに終る
ヤブリタル ヤクソクニニム ケイヒンノ ダリアノタネモ マカズニオワル

『野分の章』(牧羊社 1978) p.78
【初出】 『形成』 1975.6 風の坂 (3)


02975
人と会ふ仕事なしつつ口腔の荒れゐる意識をりをり還る
ヒトトアフ シゴトナシツツ コウコウノ アレヰルイシキ ヲリヲリカエル

『野分の章』(牧羊社 1978) p.78
【初出】 『形成』 1975.6 風の坂 (6)


02976
公園の柵を出づれば風の坂白鳥ならぬ身はバスを待つ
コウエンノ サクヲイヅレバ カゼノサカ ハクチョウナラヌ ミハバスヲマツ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.78
【初出】 『形成』 1975.6 風の坂 (5)


02977
牙のあるけものの夜々に通ふとふ道をおほひて深き笹原
キバノアル ケモノノヨヨニ カヨフトフ ミチヲオホヒテ フカキササハラ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.79
【初出】 『形成』 1975.6 風の坂 (4)


02978
人の持つ生活は知らず訪ね来て口数多きはどのやうな日か
ヒトノモツ クラシハシラズ タズネキテ クチカズオオキハ ドノヤウナヒカ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.79
【初出】 『形成』 1975.5 「無題」 (3)


02979
気負ひてなす仕事の如し文房具のくさぐさを身のまはりに置きて
キオヒテナス シゴトノゴトシ ブンボウグノ クサグサヲミノ マハリニオキテ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.79
【初出】 『形成』 1975.5 「無題」 (2)


02980
紫の色濃きままにしをれたるトルコ桔梗も捨つるほかなき
ムラサキノ イロコキママニ シヲレタル トルコキキョウモ スツルホカナキ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.80
【初出】 『短歌新聞』 1975.1 夏の終り (1)


02981
切々と告ぐるに誰もをらざりき夢さへわれのうつつを越えず
セツセツト ツグルニタレモ ヲラザリキ ユメサヘワレノ ウツツヲコエズ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.80
【初出】 『短歌新聞』 1975.1 夏の終り (2)


02982
縫ひあげてふたたび寂し待ち針を色分けにして挿し直しつつ
ヌヒアゲテ フタタビサビシ マチバリヲ イロワケニシテ サシナオシツツ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.80
【初出】 『形成』 1975.5 「無題」 (4)