去年の港


03011
忘らるるより忘るるは易からむ白き孔雀のごとき雲湧く
ワスラルル ヨリワスルルハ ヤスカラム シロキクジャクノ ゴトキクモワク

『野分の章』(牧羊社 1978) p.91
【初出】 『短歌新聞』 1976.8 去年の港 (1)


03012
街路樹に風の凪ぐときへだてあひ個々の影置く篠懸の木は
ガイロジュニ カゼノナグトキ ヘダテアヒ ココノカゲオク スズカケノキハ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.91
【初出】 『短歌新聞』 1976.8 去年の港 (2)


03013
新しきパナマのクッション縁反りて遠きいづちの草の匂ひか
アタラシキ パナマノクッション フチソリテ トオキイヅチノ クサノニオヒカ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.92
【初出】 『短歌新聞』 1976.8 去年の港 (6)


03014
原色のままの黄いろを画布にのせ向日葵を描かむ夏は来向ふ
ゲンショクノ ママノキイロヲ ガフニノセ ヒマワリヲカカム ナツハキムカフ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.92
【初出】 『短歌新聞』 1976.8 去年の港 (7)


03015
負傷兵がはだしにて帰ることなどのなき夏ならめ平和といふは
フショウヘイガ ハダシニテカエル コトナドノ ナキナツナラメ ヘイワトイフハ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.92
【初出】 『短歌新聞』 1976.8 去年の港 (8)


03016
等量の言葉持ちあひ寄りし日はアガパンサスもはじけて咲きし
トウリョウノ コトバモチアヒ ヨリシヒハ アガパンサスモ ハジケテサキシ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.93
【初出】 『短歌新聞』 1976.8 去年の港 (3)


03017
身一つを養はむのみに炊ぐ朝オートミールは香に立ちて煮ゆ
ミヒトツヲ ヤシナハムノミニ カシグアサ オートミールハ カニタチテニユ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.93
【初出】 『短歌新聞』 1976.8 去年の港 (4)


03018
一粒づつのうすくれなゐよ窓明けて南天の花の盛りにあへば
ヒトツブヅツノ ウスクレナヰヨ マドアケテ ナンテンノハナノ サカリニアヘバ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.93
【初出】 『短歌新聞』 1976.8 去年の港 (5)


03019
背後より不意に叩かれしわが肩の人に知られぬ空洞の音
ハイゴヨリ フイニタタカレシ ワガカタノ ヒトニシラレヌ クウドウノオト

『野分の章』(牧羊社 1978) p.94
【初出】 『短歌新聞』 1976.8 去年の港 (9)


03020
面変りせる人のことなど今見たる夢を忘るるごとく忘れよ
オモガワリセル ヒトノコトナド イマミタル ユメヲワスルル ゴトクワスレヨ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.94
【初出】 『短歌新聞』 1976.8 去年の港 (13)


03021
どの橋を渡りても帰る家一つ車まかせに雨の夜を行く
ドノハシヲ ワタリテモカエル イエヒトツ クルママカセニ アメノヨヲユク

『野分の章』(牧羊社 1978) p.94
【初出】 『短歌新聞』 1976.8 去年の港 (14)


03022
感情の嵐に巻かれてゐしのみよ梔子の八重も錆びつつ終る
カンジョウノ アラシニマカレテ ヰシノミヨ クチナシノヤエモ サビツツオワル

『野分の章』(牧羊社 1978) p.95
【初出】 『短歌新聞』 1976.8 去年の港 (15)


03023
タグボートばかり次々帰りにきわれはまだゐる去年の港に
タグボート バカリツギツギ カエリニキ ワレハマダヰル コゾノミナトニ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.95
【初出】 『短歌新聞』 1976.8 去年の港 (10)