目次
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全短歌(歌集等)
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野分の章
オーロラの布
仮面つけて
かかる夜の
片方の
日中の
身の内に
前歯もて
喉の奥を
機械にて
血統と
痩するなと
オクターブ
動作から
降りて来て
風のやうに
思ひゐし
橋の上に
肉体の
死魚の浮く
眠られぬ
夜の空を
スプーンなどの
四十年も
匿まひたき
たれもゐぬ
百合の花の
ハイウエイに
甲子園も
人の口の
藤の花の
わがために
スプレイに
03081
仮面つけて大胆になるにもあらず降りしまく雪は白の闇なす
カメンツケテ ダイタンニナル ニモアラズ フリシマクユキハ シロノヤミナス
『野分の章』(牧羊社 1978) p.120
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (1)
03082
かかる夜のかつてもありき額に降る雪は涙のごとく垂りにき
カカルヨノ カツテモアリキ ヌカニフル ユキハナミダノ ゴトクタリニキ
『野分の章』(牧羊社 1978) p.120
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (2)
03083
片方の耳環落として帰り来ぬ耳も落として帰る夜あらむ
カタホウノ ミミワオトシテ カエリキヌ ミミモオトシテ カエルヨアラム
『野分の章』(牧羊社 1978) p.121
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (3)
03084
日中の電車に行けば駅の名のなべてやさしきひらがなの文字
ニッチュウノ デンシャニユケバ エキノナノ ナベテヤサシキ ヒラガナノモジ
『野分の章』(牧羊社 1978) p.121
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (4)
03085
身の内にとぢこめておく何ならむ黒のコートを分厚くまとふ
ミノウチニ トヂコメテオク ナニナラム クロノコートヲ ブアツクマトフ
『野分の章』(牧羊社 1978) p.121
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (5)
03086
前歯もて手袋を脱ぎししぐさなど思はれて恋ほし雪の降る日は
マエバモテ テブクロヲヌギシ シグサナド オモハレテコホシ ユキノフルヒハ
『野分の章』(牧羊社 1978) p.122
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (6)
03087
喉の奥を覗き見られてゐし間何も見ざりしわれと気づきぬ
ノドノオクヲ ノゾキミラレテ ヰシアイダ ナニモミザリシ ワレトキヅキヌ
『野分の章』(牧羊社 1978) p.122
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (7)
03088
機械にてなし得ぬ部分を補ふが技術者といへり白衣に立ちて
キカイニテ ナシエヌブブンヲ オギナフガ ギジュツシャトイヘリ シュルツェニタチテ
『野分の章』(牧羊社 1978) p.122
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (8)
03089
血統といへるはわれも継ぐらむか働きすぎて若く死ににき
ケットウト イヘルハワレモ ツグラムカ ハタラキスギテ ワカクシニニキ
『野分の章』(牧羊社 1978) p.123
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (9)
03090
痩するなと言ひ呉るるなり身痩するは魂痩することの如くに
ヤスルナト イヒクルルナリ ミヤセスルハ タマシイヤスル コトノゴトクニ
『野分の章』(牧羊社 1978) p.123
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (10)
03091
オクターブ下げて物言ふわが声に気づきぬ午後となりしゆとりに
オクターブ サゲテモノイフ ワガコエニ キヅキヌゴゴト ナリシユトリニ
『野分の章』(牧羊社 1978) p.123
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (11)
03092
動作から心を測るわが習ひわれを狭めてゐることも知る
ドウサカラ ココロヲハカル ワガナラヒ ワレヲセバメテ ヰルコトモシル
『野分の章』(牧羊社 1978) p.124
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (12)
03093
降りて来て踊り場の鏡に映りたる足のかたちのけものめく日よ
オリテキテ オドリバノカガミニ ウツリタル アシノカタチノ ケモノメクヒヨ
『野分の章』(牧羊社 1978) p.124
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (13)
03094
風のやうにつねにありたき願ひなど願ひのうちに入らぬならむ
カゼノヤウニ ツネニアリタキ ネガヒナド ネガヒノウチニ ハイラヌナラム
『野分の章』(牧羊社 1978) p.124
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (14)
03095
思ひゐしことを阻みて感光のうすきコピイが配られはじむ
オモヒヰシ コトヲハバミテ カンコウノ ウスキコピイガ クバラレハジム
『野分の章』(牧羊社 1978) p.125
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (15)
03096
橋の上に少女のゐしがブラインドのおろされしあといづく行きけむ
ハシノウエニ オトメノヰシガ ブラインドノ オロサレシアト イヅクユキケム
『野分の章』(牧羊社 1978) p.125
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (16)
03097
肉体の痛むかと思ふまで胸の痛む夜のあり職場のことに
ニクタイノ イタムカトオモフ マデムネノ イタムヨノアリ ショクバノコトニ
『野分の章』(牧羊社 1978) p.125
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (17)
03098
死魚の浮く湾ありといふわが眠る畳の上といくばくの距離
シギョノウク ワンアリトイフ ワガネムル タタミノウエト イクバクノキョリ
『野分の章』(牧羊社 1978) p.126
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (18)
03099
眠られぬ夜々のあとまた生きてゐるのみに足らむと思ふ日つづく
ネムラレヌ ヨヨノアトマタ イキテヰル ノミニタラムト オモフヒツヅク
『野分の章』(牧羊社 1978) p.126
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (19)
03100
夜の空を鳴きて渡るはひもじきか水をとめたる厨にきこゆ
ヨノソラヲ ナキテワタルハ ヒモジキカ ミズヲトメタル クリヤニキコユ
『野分の章』(牧羊社 1978) p.126
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (20)
03101
スプーンなどの不意におもたく指先の熱にアルミの箔を曇らす
スプーンナドノ フイニオモタク ユビサキノ ネツニアルミノ ハクヲクモラス
『野分の章』(牧羊社 1978) p.127
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (21)
03102
四十年も前に見しのみふるさとの石割り桜咲けリと伝ふ
シジュウネンモ マエニミシノミ フルサトノ イシワリザクラ サケリトツタフ
『野分の章』(牧羊社 1978) p.127
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (22)
03103
匿まひたき一つ二つたれも持つならむ夜の桜を見むと連れだつ
カクマヒタキ ヒトツフタツタレモ モツナラム ヨルノサクラヲ ミムトツレダツ
『野分の章』(牧羊社 1978) p.127
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (23)
03104
たれもゐぬわが家ながらさゐさゐと机上さわだち待つ仕事あり
タレモヰヌ ワガイエナガラ サヰサヰト キジョウサワダチ マツシゴトアリ
『野分の章』(牧羊社 1978) p.128
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (24)
03105
百合の花のみなひらきゐて空間をせばめられたる思ひに坐る
ユリノハナノ ミナヒラキヰテ クウカンヲ セバメラレタル オモヒニスワル
『野分の章』(牧羊社 1978) p.128
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (25)
03106
ハイウエイに出でて陽の差すバスの床少年らサイズの大き靴履く
ハイウエイニ イデテヒノサス バスノユカ ショウネンラサイズノ オオキクツハク
『野分の章』(牧羊社 1978) p.128
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (26)
03107
甲子園も雨といへり雨にこもりゐて縫ひさしのコート縫ふにもあらず
コウシエンモ アメトイヘリアメニ コモリヰテ ヌヒサシノコート ヌフニモアラズ
『野分の章』(牧羊社 1978) p.129
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (27)
03108
人の口のかたちなど見えてゐたりしが電話を切ればまた雨の音
ヒトノクチノ カタチナドミエテ ヰタリシガ デンワヲキレバ マタアメノオト
『野分の章』(牧羊社 1978) p.129
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (28)
03109
藤の花の咲ける明りと気づくまで無体に歩み来て立ちどまる
フジノハナノ サケルアカリト キヅクマデ ムタイニアユミ キテタチドマル
『野分の章』(牧羊社 1978) p.129
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (29)
03110
わがために織るとし聞けばいまだ見ぬオーロラのごとし一枚の布
ワガタメニ オルトシキケバ イマダミヌ オーロラノゴトシ イチマイノヌノ
『野分の章』(牧羊社 1978) p.130
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (30)
03111
スプレイに夏の香水詰めてゐて幾年も見ぬ海がひろがる
スプレイニ ナツノコウスイ ツメテヰテ イクトセモミヌ ウミガヒロガル
『野分の章』(牧羊社 1978) p.130
【初出】
『短歌』 1977.6 オーロラの布 (31)