をんなの手


03112
銀いろのマスコットキイ出でて来て陰画のごとしも過ぎにし日々は
ギンイロノ マスコットキイ イデテキテ ネガノゴトシモ スギニシヒビハ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.131
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (1)


03113
黄の花の多き季節よ北国はたんぽぽも茎高く咲きにし
キノハナノ オオキキセツヨ キタグニハ タンポポモクキ タカクサキニシ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.131
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (2)


03114
若き日のわが母を知るたれも亡し琴の爪のみ古りて残れる
ワカキヒノ ワガハハヲシル タレモナシ コトノツメノミ フリテノコレル

『野分の章』(牧羊社 1978) p.132
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (3)


03115
五年目の春と思へど梨の木にくれなゐの花の咲くにもあらず
ゴネンメノ ハルトオモヘド ナシノキニ クレナヰノハナノ サクニモアラズ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.132
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (4)


03116
折りても折りても角を持つ一枚の領収書小さくたたみてバッグに収む
オリテモオリテモ カドヲモツイチマイノ リョウシュウショ チサクタタミテ バッグニオサム

『野分の章』(牧羊社 1978) p.132
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (5)


03117
ひとすぢの雲さへあらね風のあと見えぬ乱れの宙に残れる
ヒトスヂノ クモサヘアラネ カゼノアト ミエヌミダレノ チュウニノコレル

『野分の章』(牧羊社 1978) p.133
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (6)


03118
つくづくと働きて来し女の手翡翠の珠も似合はずなりぬ
ツクヅクト ハタラキテコシ オンナノテ ヒスイノタマモ ニアハズナリヌ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.133
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (7)


03119
アイロンは忽ち灼けて捌けむとしたる思ひのまたとどこほる
アイロンハ タチマチヤケテ サバケムト シタルオモヒノ マタトドコホル

『野分の章』(牧羊社 1978) p.133
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (8)


03120
久しく弾かぬピアノの箱に溜りゐむ闇を思へり隣室にゐて
ヒサシクヒカヌ ピアノノハコニ タマリヰム ヤミヲオモヘリ リンシツニヰテ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.134
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (9)


03121
書類届けにきたる少女は三階の暑さを言ひて階下りゆく
ショルイトドケニ キタルオトメハ サンガイノ アツサヲイヒテ カイクダリユク

『野分の章』(牧羊社 1978) p.134
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (10)


03122
確めていくたびも辞書を引く習ひみづから疎み人も疎まむ
タシカメテ イクタビモジショヲ ヒクナラヒ ミヅカラウトミ ヒトモウトマム

『野分の章』(牧羊社 1978) p.134
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (11)


03123
裏側を見せぬ時間を殖やしつつわが裏側のつねにさわだつ
ウラガワヲ ミセヌジカンヲ フヤシツツ ワガウラガワノ ツネニサワダツ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.135
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (12)


03124
半製品の食物を買ひ薔薇を買ひ戻らむとするひとりの夜へ
ハンセイヒンノ ショクモツヲカヒ バラヲカヒ モドラムトスル ヒトリノヨルヘ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.135
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (13)


03125
岩塩のかたまりを秤りゐるシーン駱駝はゆるく尾を振りて待つ
ガンエンノ カタマリヲハカリ ヰルシーン ラクダハユルク オヲフリテマツ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.135
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (14)


03126
見極めたきドラマのゆくへ明日の夜は早く帰れるとも決まりゐず
ミキワメタキ ドラマノユクヘ アスノヨハ ハヤクカエレル トモキマリヰズ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.136
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (15)


03127
分量を超えたる布をとぢこめてわが身あわだつ洗濯機より
ブンリョウヲ コエタルヌノヲ トヂコメテ ワガミアワダツ センタクキヨリ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.136
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (16)


03128
急速に春はたけつつ音立てて差し込むやうな日ざしとなりぬ
キュウソクニ ハルハタケツツ オトタテテ サシコムヤウナ ヒザシトナリヌ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.136
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (17)


03129
二車線に入りて速度を増すならむ桃咲く村もたちまちあらず
ニシャセンニ イリテソクドヲ マスナラム モモサクムラモ タチマチアラズ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.137
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (18)


03130
デッキより身を乗り出して振りゆける黄のスカーフのいつまでも見ゆ
デッキヨリ ミヲノリダシテ フリユケル キノスカーフノ イツマデモミユ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.137
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (22)


03131
かすかなる水の明りに飛ぶ一羽かもめももはやわが目に見えず
カスカナル ミズノアカリニ トブイチワ カモメモモハヤ ワガメニミエズ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.137
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (23)


03132
海からの光なりしか帰り来て白くかがよふ一枚の崖
ウミカラノ ヒカリナリシカ カエリキテ シロクカガヨフ イチマイノガケ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.138
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (24)


03133
忘れゐること多からむ野菜籠の底にまろべるレモン二粒
ワスレヰル コトオオカラム ヤサイカゴノ ソコニマロベル レモンフタツブ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.138
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (25)


03134
牝牛の顔のやさしさを照らす間もあらず忽ち褪せてしまふ茜よ
メウシノカオノ ヤサシサヲテラス マモアラズ タチマチアセテ シマフアカネヨ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.138
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (27)


03135
傾きて立ち直るわがくり返し夜のバスは灯の海を抜け出づ
カタムキテ タチナオルワガ クリカエシ ヨノバスハヒノ ウミヲヌケイヅ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.139
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (19)


03136
捨てて来しものの次々立ちあがるけはひに寒し夜のそびらは
ステテコシ モノノツギツギ タチアガル ケハヒニサムシ ヨルノソビラハ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.139
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (20)


03137
自動車の切れめをながく待ちてゐて黒犬に先に渡られてしまふ
ジドウシャノ キレメヲナガク マチテヰテ クロイヌニサキニ ワタラレテシマフ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.139
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (21)


03138
一枚を剥げば白鳥ももうゐない湖となるわがカレンダー
イチマイヲ ハゲバハクチョウモ モウヰナイ ミズウミトナル ワガカレンダー

『野分の章』(牧羊社 1978) p.140
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (26)


03139
いつのまに薬効きゐて夜半を往く電車の遠き音も聞え来
イツノマニ クスリキキヰテ ヨワヲユク デンシャノトオキ オトモキコエク

『野分の章』(牧羊社 1978) p.140
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (28)


03140
中心を失ひてゐる顔一つ朝の鏡に嵌めて紅刷く
チュウシンヲ ウシナヒテヰル カオヒトツ アサノカガミニ ハメテベニハク

『野分の章』(牧羊社 1978) p.140
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (29)


03141
ふりこぼしきたる鱗をたどりゆく道のごとしも夏の落ち葉は
フリコボシ キタルウロコヲ タドリユク ミチノゴトシモ ナツノオチバハ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.141
【初出】 『短歌研究』 1977.7 をんなの手 (30)