盲ひのゆゑに


03142
尾の太き石の狐を見て過ぎてきつかけを作り易きこころよ
オノフトキ イシノキツネヲ ミテスギテ キツカケヲツクリ ヤスキココロヨ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.142
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (1)


03143
人込みをかき分けてゐて突き出せるわれの左の肩を意識す
ヒトゴミヲ カキワケテヰテ ツキダセル ワレノヒダリノ カタヲイシキス

『野分の章』(牧羊社 1978) p.142
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (2)


03144
店先のワゴンの上は脱ぎ捨ててのがれし人らの靴のごとしも
ミセサキノ ワゴンノウエハ ヌギステテ ノガレシヒトラノ クツノゴトシモ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.143
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (3)


03145
もつと身を捩ぢて避け得しことありや日ぐれは影の深くなる街
モツトミヲ ヨヂテサケエシ コトアリヤ ヒグレハカゲノ フカクナルマチ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.143
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (4)


03146
樅の木を照らし出しては消して去るヘッドライトに時を刻まる
モミノキヲ テラシダシテハ ケシテサル ヘッドライトニ トキヲキザマル

『野分の章』(牧羊社 1978) p.143
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (5)


03147
バスを待つもう一人来て街灯の光のなかに大き荷を置く
バスヲマツ モウヒトリキテ ガイトウノ ヒカリノナカニ オオキニヲオク

『野分の章』(牧羊社 1978) p.144
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (6)


03148
崖下にかかりて音のかしましき電車にゐたり何か紛れて
ガケシタニ カカリテオトノ カシマシキ デンシャニヰタリ ナニカマギレテ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.144
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (7)


03149
妹の在りしころよりふくろふの鳴かなくなりて幾年過ぎむ
イモウトノ アリシコロヨリ フクロフノ ナカナクナリテ イクトセスギム

『野分の章』(牧羊社 1978) p.144
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (8)


03150
散りがたのエリカの鉢を隣室へ移ししのみによく眠りたり
チリガタノ エリカノハチヲ リンシツヘ ウツシシノミニ ヨクネムリタリ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.145
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (9)


03151
縫ひものをなすほかあらぬ一日と決むればやさし精出でてをり
ヌヒモノヲ ナスホカアラヌ イチニチト キムレバヤサシ セイイデテヲリ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.145
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (10)


03152
彷徨ひて盲ひのゆゑにときのまの世に会ひ得たる二人なりしか
サマヨヒテ メシヒノユヱニ トキノマノ ヨニアヒエタル フタリナリシカ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.145
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (11)


03153
若き日のわれの不幸を知りゐたる最後の一人妹も亡し
ワカキヒノ ワレノフコウヲ シリヰタル サイゴノヒトリ イモウトモナシ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.146
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (12)


03154
かの里のならはしとしてはだしにて墓より帰りき世継ぎのわれは
カノサトノ ナラハシトシテ ハダシニテ ハカヨリカエリキ ヨツギノワレハ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.146
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (13)


03155
留守のまになりと来りて漕ぎゆけよ在りし日のままに揺り椅子を置く
ルスノマニ ナリトキタリテ コギユケヨ アリシヒノママニ ユリイスヲオク

『野分の章』(牧羊社 1978) p.146
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (14)


03156
庭深く焼却炉据ゑてゐる家の木下闇のみ日々見て通る
ニワフカク ショウキャクロスヱテ ヰルイエノ コシタヤミノミ ヒビミテトオル

『野分の章』(牧羊社 1978) p.147
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (15)


03157
きれぎれの記憶のごとく少年の声に九官鳥は物言ふ
キレギレノ キオクノゴトク ショウネンノ コエニキュウカン チョウハモノイフ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.147
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (16)


03158
棘を持つ葉がいきり立ち肉眼に何も見えない絵の前にゐつ
トゲヲモツ ハガイキリタチ ニクガンニ ナニモミエナイ エノマエニヰツ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.147
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (17)


03159
小さくて虫の顔なすわが顔を見いだす記念写真のなかに
チイサクテ ムシノカオナス ワガカオヲ ミイダスキネン シャシンノナカニ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.148
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (18)


03160
仏像を仰ぎてをれば欲望の数だけの手を持つかと思ふ
ブツゾウヲ アオギテヲレバ ヨクボウノ カズダケノテヲ モツカトオモフ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.148
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (20)


03161
帆先のみ見ゆるヨットとなりながら降るやうにをりをり掛け声届く
ホサキノミ ミユルヨットト ナリナガラ フルヤウニヲリヲリ カケゴエトドク

『野分の章』(牧羊社 1978) p.148
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (21)


03162
胴体をタオルに抑へ栓を抜くかかるときめきを久しく忘る
ドウタイヲ タオルニオサヘ センヲヌク カカルトキメキヲ ヒサシクワスル

『野分の章』(牧羊社 1978) p.149
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (22)


03163
謎一つ掛けたるに似むわが歌の誤植を見てもあわてずなりぬ
ナゾヒトツ カケタルニニム ワガウタノ ゴショクヲミテモ アワテズナリヌ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.149
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (23)


03164
われの持つ順応性にすぎざらむ人を励ますことも言ひつつ
ワレノモツ ジュンノウセイニ スギザラム ヒトヲハゲマス コトモイヒツツ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.149
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (24)


03165
夕刊に知るころ夜はくだちゐて茅の輪くぐりに今年も行かず
ユウカンニ シルコロヨルハ クダチヰテ チノワクグリニ コトシモユカズ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.150
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (25)


03166
大きさの異なる石を置くやうに月の仕事の予定入れゆく
オオキサノ コトナルイシヲ オクヤウニ ツキノシゴトノ ヨテイイレユク

『野分の章』(牧羊社 1978) p.150
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (26)


03167
もの縫ひて一日ありしが何者に踏み込まれたる部屋かと思ふ
モノヌヒテ ヒトヒアリシガ ナニモノニ フミコマレタル ヘヤカトオモフ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.150
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (27)


03168
借り得たる男物の傘に全身を匿す魔力を持たせて帰る
カリエタル オトコモノノカサニ ゼンシンヲ カクスマリョクヲ モタセテカエル

『野分の章』(牧羊社 1978) p.151
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (19)


03169
四つ割りにしたるレモンの切り口のみづみづと黄の半月をなす
ヨツワリニ シタルレモンノ キリクチノ ミヅミヅトキノ ハンゲツヲナス

『野分の章』(牧羊社 1978) p.151
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (29)


03170
人は人と突き放すまでにいくばくの時間ありしや雨降りてゐる
ヒトハヒトト ツキハナスマデニ イクバクノ ジカンアリシヤ アメフリテヰル

『野分の章』(牧羊社 1978) p.151
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (28)


03171
吊り皮の高さにかなふ身丈持ちかくすこやかにわが両手あり
ツリカワノ タカサニカナフ ミタケモチ カクスコヤカニ ワガリョウテアリ

『野分の章』(牧羊社 1978) p.152
【初出】 『短歌現代』 1977.1 盲ひのゆゑに (30)