あけくれ


03510
虎杖のたけゆく道を通ひつつ流離のごとし職場移るは
イタドリノ タケユクミチヲ カヨヒツツ リュウリノゴトシ ショクバウツルハ

『風水』(沖積舎 1986) p.94
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (2)


03511
逃げ水の光の如き素早さになべて過ぎつつ春ならむとす
ニゲミズノ ヒカリノゴトキ スバヤサニ ナベテスギツツ ハルナラムトス

『風水』(沖積舎 1986) p.94
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (1)


03512
驚き易き一日とならむ昨日掛けしベンチの今朝はホームにあらず
オドロキヤスキ ヒトヒトナラム キノウカケシ ベンチノケサハ ホームニアラズ

『風水』(沖積舎 1986) p.95
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (3)


03513
年のころわれに似通ひ呼び合ひて旅立つさまの賑々しけれ
トシノコロ ワレニニカヨヒ ヨビアヒテ タビタツサマノ ニギニギシケレ

『風水』(沖積舎 1986) p.95
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (4)


03514
トラックに運ばれゆけるコンテナに塡められてゐむくさぐさも見ゆ
トラックニ ハコバレユケル コンテナニ ウズメラレテヰム クサグサモミユ

『風水』(沖積舎 1986) p.95
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (10)


03515
昨日の如く思へど三十五年経ぬわれは二十歳の女教師なりき
キノウノゴトク オモヘドサンジュウ ゴネンヘヌ ワレハハタチノ ジョキョウシナリキ

『風水』(沖積舎 1986) p.96
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (18)


03516
思ふさま眠る日も来む起き出でし身を励まして髪をととのふ
オモフサマ ネムルヒモコム オキイデシ ミヲハゲマシテ カミヲトトノフ

『風水』(沖積舎 1986) p.96
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (19)


03517
約束といふも敢へなくわが網をこぼれてしまふものばかりなる
ヤクソクト イフモアヘナク ワガアミヲ コボレテシマフ モノバカリナル

『風水』(沖積舎 1986) p.96
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (5)


03518
飼ひ鳥の病は人にうつるとぞ老いてみな亡しわがインコらは
カヒドリノ ヤマイハヒトニ ウツルトゾ オイテミナナシ ワガインコラハ

『風水』(沖積舎 1986) p.97
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (26)


03519
古びたるコールユーブンゲン出でて来てひたむきなりし少女を返す
フルビタル コールユーブンゲン イデテキテ ヒタムキナリシ ショウジョヲカエス

『風水』(沖積舎 1986) p.97
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (13)


03520
避けがたく通る道なり雪よりもしろじろと舞ふ梨の落花は
サケガタク トオルミチナリ ユキヨリモ シロジロトマフ ナシノラツカハ

『風水』(沖積舎 1986) p.97
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (6)


03521
レッテルか何かを剥がしたる痕のごとき月あり鉄索の上
レッテルカ ナニカヲハガシ タルアトノ ゴトキツキアリ テッサクノウエ

『風水』(沖積舎 1986) p.98
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (8)


03522
風にそよぐものばかりなるやさしさにまぎれてゆけりつばな抜きつつ
カゼニソヨグ モノバカリナル ヤサシサニ マギレテユケリ ツバナヌキツツ

『風水』(沖積舎 1986) p.98
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (7)


03523
どのやうにさびしき顔をして歩む人かと思ひ追ひこさず行く
ドノヤウニ サビシキカオヲ シテアユム ヒトカトオモヒ オヒコサズユク

『風水』(沖積舎 1986) p.98
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (9)


03524
凪ぎ深き一日なりしが立ちそそるビルの裾より暮れはじめたり
ナギフカキ ヒトヒナリシガ タチソソル ビルノスソヨリ クレハジメタリ

『風水』(沖積舎 1986) p.99
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (11)


03525
うち揃ひ夕餉なしたる日のありき小さき額の絵のごとく見ゆ
ウチソロヒ ユウゲナシタル ヒノアリキ チイサキガクノ エノゴトクミユ

『風水』(沖積舎 1986) p.99
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (12)


03526
不思議とも大きさかたち相似たる鶏卵十個つくづく拭ふ
フシギトモ オオキサカタチ アイニタル ケイランジュッコ ツクヅクヌグフ

『風水』(沖積舎 1986) p.99
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (14)


03527
何により母はけなげに生き得けむ椎茸をもどす香など立ちくる
ナニニヨリ ハハハケナゲニ イキエケム シイタケヲモドス カナドタチクル

『風水』(沖積舎 1986) p.100
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (15)


03528
長かりし夕映えのあとしんしんと土寒からむ黄泉なる国も
ナガカリシ ユウバエノアト シンシント ツチサムカラム ヨミナルクニモ

『風水』(沖積舎 1986) p.100
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (16)


03529
死にたるは影さへあらずビー玉の気泡の幾つ透けて散らばる
シニタルハ カゲサヘアラズ ビーダマノ キホウノイクツ スケテチラバル

『風水』(沖積舎 1986) p.100
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (17)


03530
次々に紙を綴ぢゐて半ばよりけばだちてゆく白の水糸
ツギツギニ カミヲトヂヰテ ナカバヨリ ケバダチテユク シロノミズイト

『風水』(沖積舎 1986) p.101
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (20)


03531
エアカーテンの風をまともにゴムの葉はをやみなく揺れて光を散らす
エアカーテンノ カゼヲマトモニ ゴムノハハ ヲヤミナクユレテ ヒカリヲチラス

『風水』(沖積舎 1986) p.101
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (21)


03532
新しき職域のなか十日経て一人一人の性の見えくる
アタラシキ ショクイキノナカ トオカヘテ ヒトリヒトリノ サガノミエクル

『風水』(沖積舎 1986) p.101
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (22)


03533
ストーブをしまはむとして春先を病まざりしことの幾年ぶりか
ストーブヲ シマハムトシテ ハルサキヲ ヤマザリシコトノ イクトセブリカ

『風水』(沖積舎 1986) p.102
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (23)


03534
たえだえのソルベーグの歌伴奏のピアノの音のみきはだちゆけり
タエダエノ ソルベーグノウタ バンソウノ ピアノノネノミ キハダチユケリ

『風水』(沖積舎 1986) p.102
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (24)


03535
たゆたへる木ぎれの一つ思ふさま押して沈めて何か慰む
タユタヘル キギレノヒトツ オモフサマ オシテシズメテ ナニカナグサム

『風水』(沖積舎 1986) p.102
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (25)


03536
子どもらの影一つなき何の日かメリーゴーラウンドもひたとしづもる
コドモラノ カゲヒトツナキ ナンノヒカ メリーゴーラウンドモ ヒタトシヅモル

『風水』(沖積舎 1986) p.103
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (27)


03537
雨の夜の垂直世界を切り裂きしヘッドライトも忽ちに消ゆ
アメノヨノ スイチョクセカイヲ キリサキシ ヘッドライトモ タチマチニキユ

『風水』(沖積舎 1986) p.103
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (28)


03538
入水のときもかくなすらむか履きものを脱ぎて揃へしときに思へり
ジュスヰノトキモ カクナスラムカ ハキモノヲ ヌギテソロヘシ トキニオモヘリ

『風水』(沖積舎 1986) p.103
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (29)


03539
思ひ知るために寄せゆき引き返す波のごとしもわが年月は
オモヒシル タメニヨセユキ ヒキカエス ナミノゴトシモ ワガトシツキハ

『風水』(沖積舎 1986) p.104
【初出】 『短歌研究』 1979.7 あけくれ (30)