かなかなは今


03655
たどきなく雨の晴れまを出でて来て雌雄あるとふ銀杏を仰ぐ
タドキナク アメノハレマヲ イデテキテ シユウアルトフ イチョウヲアオグ

『風水』(沖積舎 1986) p.149
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (1)


03656
噴水を身すがら浴びて立つ裸婦の像見てあればまだらに乾く
フンスイヲ ミスガラアビテ タツラフノ ゾウミテアレバ マダラニカワク

『風水』(沖積舎 1986) p.149
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (2)


03657
位置を替へ鳴きなほしつつ滅びゆくかなかなは今欅の梢
イチヲカヘ ナキナホシツツ ホロビユク カナカナハイマ ケヤキノコズエ

『風水』(沖積舎 1986) p.150
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (3)


03658
どのやうなわれと思ひて幼な子は小鳥の墓の前へいざなふ
ドノヤウナ ワレトオモヒテ オサナゴハ コトリノハカノ マエヘイザナフ

『風水』(沖積舎 1986) p.150
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (4)


03659
さまざまの表皮撫で来ていつとなく磨滅はげしきてのひらならむ
サマザマノ ヒョウヒナデキテ イツトナク マメツハゲシキ テノヒラナラム

『風水』(沖積舎 1986) p.150
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (5)


03660
覆ひがたき夏の荒びと思ふまで花々はみな葉を垂れて立つ
オオヒガタキ ナツノスサビト オモフマデ ハナバナハミナ ハヲタレテタツ

『風水』(沖積舎 1986) p.151
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (6)


03661
憎むべきものあるごとし梔子の若葉むしばむ青虫よりも
ニクムベキ モノアルゴトシ クチナシノ ワカバムシバム アオムシヨリモ

『風水』(沖積舎 1986) p.151
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (7)


03662
芝生より舞ひ出でし蛾はひらひらの落ち葉となりて吹かれてゆけり
シバフヨリ マヒイデシガハ ヒラヒラノ オチバトナリテ フカレテユケリ

『風水』(沖積舎 1986) p.151
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (8)


03663
ドラマとて模倣世界にすぎざらむ男の抱けるみどり児が泣く
ドラマトテ モホウセカイニ スギザラム オトコノダケル ミドリゴガナク

『風水』(沖積舎 1986) p.152
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (9)


03664
突き落とす衝動に人も堪へゐしか怒濤見下ろしゐしかのときに
ツキオトス ショウドウニヒトモ タヘヰシカ ドトウミオロシ ヰシカノトキニ

『風水』(沖積舎 1986) p.152
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (10)


03665
箱船に乗り得ざりしはかく集ひさしさはりなきことを言ひあふ
ハコブネニ ノリエザリシハ カクツドヒ サシサハリナキ コトヲイヒアフ

『風水』(沖積舎 1986) p.152
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (11)


03666
幾たびも電話に呼ばれつゆの世のわれと忘れてはなやぐ日あり
イクタビモ デンワニヨバレ ツユノヨノ ワレトワスレテ ハナヤグヒアリ

『風水』(沖積舎 1986) p.153
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (12)


03667
鍵を見に戻らむとするうす暗がり橋掛来る鬼に会はずや
カギヲミニ モドラムトスル ウスクラガリ ハシガカリクル オニニアハズヤ

『風水』(沖積舎 1986) p.153
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (13)


03668
なまじろき鱗をかさねゐたるのみ闇のなかなるあぢさゐの花
ナマジロキ ウロコヲカサネ ヰタルノミ ヤミノナカナル アヂサヰノハナ

『風水』(沖積舎 1986) p.153
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (14)


03669
帰り来て外す指輪のころがればころがる向きを占はむとす
カエリキテ ハズスユビワノ コロガレバ コロガルムキヲ ウラナハムトス

『風水』(沖積舎 1986) p.154
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (15)


03670
妹の逝きて八年坐らなくなりたる雛は立てかけて置く
イモウトノ ユキテハチネン スワラナク ナリタルヒナハ タテカケテオク

『風水』(沖積舎 1986) p.154
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (16)


03671
迎へ火の炎のほかは見えずなりくぐまりゐたり夜の道の上
ムカヘビノ ホノオノホカハ ミエズナリ クグマリヰタリ ヨノミチノウエ

『風水』(沖積舎 1986) p.154
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (17)


03672
不用意に言ひたるならむ本音ならむのがれ得ぬまま一日をゐしか
フヨウイニ イヒタルナラム ホンネナラム ノガレエヌママ ヒトヒヲヰシカ

『風水』(沖積舎 1986) p.155
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (18)


03673
待ち針を刺し替へをれば指先にかすかに影のゆき戻りする
マチバリヲ サシカヘヲレバ ユビサキニ カスカニカゲノ ユキモドリスル

『風水』(沖積舎 1986) p.155
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (19)


03674
女名の表札を掲げおくことのふとなまなまし二十年経て
ヲンナナノ ヒョウサツヲカカゲ オクコトノ フトナマナマシ ニジュウネンヘテ

『風水』(沖積舎 1986) p.155
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (20)


03675
一つづつ小石を置きて置きながら離りゆきたる人かと思ふ
ヒトツヅツ コイシヲオキテ オキナガラ サカリユキタル ヒトカトオモフ

『風水』(沖積舎 1986) p.156
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (21)


03676
噴水のほとりは人の影あらず土にかすかにカルキの匂ふ
フンスイノ ホトリハヒトノ カゲアラズ ツチニカスカニ カルキノニオフ

『風水』(沖積舎 1986) p.156
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (22)


03677
玉すだれ咲くを言ひつつ見送りしうしろ姿の老いていませり
タマスダレ サクヲイヒツツ ミオクリシ ウシロスガタノ オイテイマセリ

『風水』(沖積舎 1986) p.156
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (23)


03678
帰り来むたれかゐさうなこの夕べわれにひとすぢ修羅走りたり
カエリコム タレカヰサウナ コノユウベ ワレニヒトスヂ シュラハシリタリ

『風水』(沖積舎 1986) p.157
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (24)


03679
あけぐれに醒めゐて思ふ水源は人の住まはぬさびしきところ
アケグレニ サメヰテオモフ スイゲンハ ヒトノスマハヌ サビシキトコロ

『風水』(沖積舎 1986) p.157
【初出】 『短歌現代』 1980.9 かなかなは今 (25)