花の香ならず


03767
純白の大きはちすの花ありきさはれば紙の音をたてにき
ジュンパクノ オオキハチスノ ハナアリキ サハレバカミノ オトヲタテニキ

『風水』(沖積舎 1986) p.192
【初出】 『短歌』 1980.12 花の香ならず (1)


03768
逝きしより八年を経ておもかげもいつしか写真の顔に定まる
ユキシヨリ ハチネンヲヘテ オモカゲモ イツシカシャシンノ カオニサダマル

『風水』(沖積舎 1986) p.192
【初出】 『短歌』 1980.12 花の香ならず (2)


03769
つながれしままに眠れりはじめより犬のかたちに生れしのみに
ツナガレシ ママニネムレリ ハジメヨリ イヌノカタチニ ウマレシノミニ

『風水』(沖積舎 1986) p.193
【初出】 『短歌』 1980.12 花の香ならず (3)


03770
出でてゆくけはひのせしが鉄のドア思はぬ大き音してしまる
イデテユク ケハヒノセシガ テツノドア オモハヌオオキ オトシテシマル

『風水』(沖積舎 1986) p.193
【初出】 『短歌』 1980.12 花の香ならず (4)


03771
なにげなく読みて畳みし広告の牛のまだらの目に残りたり
ナニゲナク ヨミテタタミシ コウコクノ ウシノマダラノ メニノコリタリ

『風水』(沖積舎 1986) p.193
【初出】 『短歌』 1980.12 花の香ならず (5)


03772
力ある二本の指に掏るといふ二本の指も人を狂はす
チカラアル ニホンノユビニ スルトイフ ニホンノユビモ ヒトヲクルハス

『風水』(沖積舎 1986) p.194
【初出】 『短歌』 1980.12 花の香ならず (6)


03773
食事して夜更けの駅に別れしが調停などのいかになりけむ
ショクジシテ ヨフケノエキニ ワカレシガ チョウテイナドノ イカニナリケム

『風水』(沖積舎 1986) p.194
【初出】 『短歌』 1980.12 花の香ならず (7)


03774
その母に返して胸のさびしけれあたたかかりしみどり児の嵩
ソノハハニ カエシテムネノ サビシケレ アタタカカリシ ミドリゴノカサ

『風水』(沖積舎 1986) p.194
【初出】 『短歌』 1980.12 花の香ならず (8)


03775
兵たりし昔を言ひて飲食を急ぐ習ひをみづから笑ふ
ヘイタリシ ムカシヲイヒテ インショクヲ イソグナラヒヲ ミヅカラワラフ

『風水』(沖積舎 1986) p.195
【初出】 『短歌』 1980.12 花の香ならず (9)


03776
たのしみの少なきわれに仮縫ひを終へしコートの今日か届かむ
タノシミノ スクナキワレニ カリヌヒヲ オヘシコートノ キョウカトドカム

『風水』(沖積舎 1986) p.195
【初出】 『短歌』 1980.12 花の香ならず (10)


03777
用一つ思ひ出しつつ横たへてある木の梯子見て通りたり
ヨウヒトツ オモヒダシツツ ヨコタヘテ アルキノハシゴ ミテトオリタリ

『風水』(沖積舎 1986) p.195
【初出】 『短歌』 1980.12 花の香ならず (11)


03778
摑みたる手にやはらかにくびれたる何なりしかと目ざめて思ふ
ツカミタル テニヤハラカニ クビレタル ナンナリシカト メザメテオモフ

『風水』(沖積舎 1986) p.196
【初出】 『短歌』 1980.12 花の香ならず (12)


03779
思ひ来しことのくさぐさ相会ひて言葉となして何ぞはかなき
オモヒコシ コトノクサグサ アイアヒテ コトバトナシテ ナンゾハカナキ

『風水』(沖積舎 1986) p.196
【初出】 『短歌』 1980.12 花の香ならず (13)


03780
瀬戸物の触れあふ音のしてゐしが唐突の死をわれは願へる
セトモノノ フレアフオトノ シテヰシガ トウトツノシヲ ワレハネガヘル

『風水』(沖積舎 1986) p.196
【初出】 『短歌』 1980.12 花の香ならず (14)


03781
ひろがりてたゆたひてゐるものならめ意識するときこころは固体
ヒロガリテ タユタヒテヰル モノナラメ イシキスルトキ ココロハコタイ

『風水』(沖積舎 1986) p.197
【初出】 『短歌』 1980.12 花の香ならず (15)


03782
イタリアの厚地の絹も古びしに着れば落ちつくブラウスのあり
イタリアノ アツジノキヌモ フルビシニ キレバオチツク ブラウスノアリ

『風水』(沖積舎 1986) p.197
【初出】 『短歌』 1980.12 花の香ならず (16)


03783
若くして逝きにしことも幸ひか時雨の寺をまからむとする
ワカクシテ ユキニシコトモ サイワヒカ シグレノテラヲ マカラムトスル

『風水』(沖積舎 1986) p.197
【初出】 『短歌』 1980.12 花の香ならず (17)


03784
縫ひものを仕舞はむとゐて夜半に聞く秋の雷などさびしきものを
ヌヒモノヲ シマハムトヰテ ヨワニキク アキノカミナリナド サビシキモノヲ

『風水』(沖積舎 1986) p.198
【初出】 『短歌』 1980.12 花の香ならず (18)


03785
娘たちを嫁がすといふかなしみも知らず終らむわれとし気づく
ムスメタチヲ トツガストイフ カナシミモ シラズオワラム ワレトシキヅク

『風水』(沖積舎 1986) p.198
【初出】 『短歌』 1980.12 花の香ならず (19)


03786
手探りのごときひと日を終へて来て花の香ならず指に残れる
テサグリノ ゴトキヒトヒヲ オヘテキテ ハナノカナラズ ユビニノコレル

『風水』(沖積舎 1986) p.198
【初出】 『短歌』 1980.12 花の香ならず (20)