乱丁の辞書


03943
病室は六畳ほどか出で入りに薔薇の匂ひの乱され易し
ビョウシツハ ロクジョウホドカ イデイリニ バラノニオヒノ ミダサレヤスシ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.29
【初出】 『形成』 1982.3 「無題」 (1)


03944
隣室の声意味なしてはげしきはわが耳冴ゆるたそがれのころ
リンシツノ コエイミナシテ ハゲシキハ ワガミミサユル タソガレノコロ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.29
【初出】 『形成』 1982.1 「無題」 (2)


03945
旅行きて遭へるくさぐさ聞きをれば北上川に降る雪も見ゆ
タビユキテ アヘルクサグサ キキヲレバ キタガミガワニ フルユキモミユ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.30
【初出】 『形成』 1982.2 「無題」 (1)


03946
誰がためのいのちと問ひてはかなきに手術の傷の日ごと癒えゆく
タガタメノ イノチトトヒテ ハカナキニ シュジュツノキズノ ヒゴトイエユク

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.30
【初出】 『形成』 1982.1 「無題」 (4)


03947
渋滞の車さへ今こころよく退院の身を運ばれむとす
ジュウタイノ クルマサヘイマ ココロヨク タイインノミヲ ハコバレムトス

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.31
【初出】 『形成』 1982.1 「無題」 (5)


03948
病院を出づれば秋の生活あり藁を焚く香の道になづさふ
ビョウインヲ イヅレバアキノ クラシアリ ワラヲタクカノ ミチニナヅサフ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.31
【初出】 『形成』 1982.1 「無題」 (6)


03949
くくり椿運ばれゆけり癒えし身に通ひ慣れたる道も新し
ククリツバキ ハコバレユケリ イエシミニ カヨヒナレタル ミチモアタラシ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.32
【初出】 『形成』 1982.2 「無題」 (2)


03950
降り出づるけはひ言ひつつ別れ来ぬ互の傘を確かめあひて
フリイヅル ケハヒイヒツツ ワカレキヌ カタミノカサヲ タシカメアヒテ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.32
【初出】 『形成』 1982.2 「無題」 (3)


03951
全開の音量といふも知らぬまま雨の夜更けに聴くモーツアルト
ゼンカイノ オンリョウトイフモ シラヌママ アメノヨフケニ キクモーツアルト

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.33
【初出】 『形成』 1982.1 「無題」 (8)


03952
いくひらの椎茸を水にもどしおきわれにしづかに年暮れむとす
イクヒラノ シイタケヲミズニ モドシオキ ワレニシヅカニ トシクレムトス

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.33
【初出】 『形成』 1982.3 「無題」 (8)


03953
暖房の部屋に置く供華たちまちに心やつるるさまに衰ふ
ダンボウノ ヘヤニオククゲ タチマチニ ココロヤツルル サマニオトロフ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.34
【初出】 『形成』 1982.3 「無題」 (6)


03954
手の届く範囲にものを置く習ひ乱丁の辞書もかたはらに置く
テノトドク ハンイニモノヲ オクナラヒ ランチョウノジショモ カタハラニオク

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.34
【初出】 『形成』 1982.3 「無題」 (5)


03955
日曜は目ざましも鳴らず病院の朝の目ざめの如きしづけさ
ニチヨウハ メザマシモナラズ ビョウインノ アサノメザメノ ゴトキシヅケサ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.35
【初出】 『形成』 1982.4 「無題」 (6)