卯の花の雨


03993
測量の人らの去りし野の上は泡立草も未だ芽吹かず
ソクリョウノ ヒトラノサリシ ノノウエハ アワダチソウモ イマダメブカズ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.55
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (1)


03994
紫陽花のしげみのかなた賑はひてプロゴルファーの今日は来てゐる
アジサイノ シゲミノカナタ ニギハヒテ プロゴルファーノ キョウハキテヰル

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.56
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (2)


03995
帰化したる人らの彫りしみ仏と伝へて仰ぐおとがひ豊か
キカシタル ヒトラノホリシ ミホトケト ツタヘテアオグ オトガヒユタカ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.56
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (3)


03996
仏像の耳は重しと仰ぎゐて次第にわれの耳の垂りくる
ブツゾウノ ミミハオモシト アオギヰテ シダイニワレノ ミミノタリクル

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.57
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (4)


03997
いつの日の母の言葉かみ仏は扁平足を持ちいますとふ
イツノヒノ ハハノコトバカ ミホトケハ ヘンペイソクヲ モチイマストフ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.57
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (5)


03998
雨の日の卯の花を見て通りしが今日は茶室に人のけはひす
アメノヒノ ウノハナヲミテ トオリシガ キョウハチャシツニ ヒトノケハヒス

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.58
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (6)


03999
池水の底の闇よりのぼりくる幽鬼のごとし真鯉の顔は
イケミズノ ソコノヤミヨリ ノボリクル ユウキノゴトシ マゴイノカオハ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.58
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (7)


04000
石碑の根元の草にあまたゐて何の蝶とも知れずたゆたふ
イシブミノ ネモトノクサニ アマタヰテ ナンノチョウトモ シレズタユタフ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.59
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (8)


04001
はみ出でし枝の先なる蔓薔薇のひときは赤し日に照らされて
ハミイデシ エダノサキナル ツルバラノ ヒトキハアカシ ヒニテラサレテ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.59
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (9)


04002
つつがなき明日ある如しほどけゆく航跡雲もかすか茜す
ツツガナキ アスアルゴトシ ホドケユク コウセキウンモ カスカアカネス

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.60
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (10)


04003
終点まで行きてみむ日もなくて乗るバスと思へり降りし夜道に
シュウテンマデ ユキテミムヒモ ナクテノル バストオモヘリ オリシヨミチニ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.60
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (11)


04004
西日本を黄砂はひろく覆ふとぞこもりゐて空を見ざる一日に
ニシニホンヲ コウサハヒロク オオフトゾ コモリヰテソラヲ ミザルヒトヒニ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.61
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (12)


04005
冷蔵庫のなか明るくて生みたてを賜びし真白の鶏卵並ぶ
レイゾウコノ ナカアカルクテ ウミタテヲ タビシマシロノ ケイランナラブ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.61
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (13)


04006
父母の名も妹の名も消されたる戸籍謄本見つつすべなし
フボノナモ イモウトノナモ ケサレタル コセキトウホン ミツツスベナシ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.62
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (14)


04007
亡き父の姓をそのまま姓として書類に古りし印鑑を押す
ナキチチノ セイヲソノママ セイトシテ ショルイニフリシ インカンヲオス

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.62
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (15)


04008
ときのまに日ざし洩れ来て喪の花の銀はまぶしく光を返す
トキノマニ ヒザシモレキテ モノハナノ ギンハマブシク ヒカリヲカエス

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.63
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (16)


04009
職ひきて久しきものを取引先の電話など今に記憶すと言ふ
ショクヒキテ ヒサシキモノヲ トリヒキサキノ デンワナドイマニ キオクストイフ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.63
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (17)


04010
しばらくをかけなづむ鍵の音のして隣の家のたれか出でゆく
シバラクヲ カケナヅムカギノ オトノシテ トナリノイエノ タレカイデユク

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.64
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (18)


04011
北国の桜の花も終るとふ紫陽花に降る雨やはらかし
キタグニノ サクラノハナモ オワルトフ アジサイニフル アメヤハラカシ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.64
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (19)


04012
安物の宝石あまた持ち古りぬこころすさめる日々に求めき
ヤスモノノ ホウセキアマタ モチフリヌ ココロスサメル ヒビニモトメキ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.65
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (20)


04013
錆びいろの葉を持つアートフラワーの枯るることなき平安も良し
サビイロノ ハヲモツアート フラワーノ カルルコトナキ ヘイアンモヨシ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.65
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (21)


04014
死のあとに残されむもの度の違ふ眼鏡の幾つ思ふことあり
シノアトニ ノコサレムモノ ドノチガフ メガネノイクツ オモフコトアリ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.66
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (22)


04015
とりたてて思ふならねど静かにてかなしきときに歌の生まるる
トリタテテ オモフナラネド シズカニテ カナシキトキニ ウタノウマルル

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.66
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (23)


04016
カレンダーにしるし置きしが今朝見れば唐招提寺の祭りもすぎぬ
カレンダーニ シルシオキシガ ケサミレバ トウショウダイジノ マツリモスギヌ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.67
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (24)


04017
さすらひの子猫を飼ふと決めしよりすなほになれる少女と伝ふ
サスラヒノ コネコヲカフト キメシヨリ スナホニナレル ショウジョトツタフ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.67
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (25)


04018
雨季のくる前には再び痛まむとわが持つ傷を人の気づかふ
ウキノクル マエニハフタタビ イタマムト ワガモツキズヲ ヒトノキヅカフ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.68
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (26)


04019
食事のあとゆるぶ体のうとましくながく坐れり何なすとなく
ショクジノアト ユルブカラダノ ウトマシク ナガクスワレリ ナニナストナク

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.68
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (27)


04020
夜の部屋の四隅寒しと見回してたちまち雨の音にかこまる
ヨノヘヤノ ヨスミサムシト ミマワシテ タチマチアメノ オトニカコマル

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.69
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (28)


04021
教へ子といへども不惑をとうに過ぎ一人は韓人の妻となりゐし
オシヘゴト イヘドモフワクヲ トウニスギ ヒトリハカラビトノ ツマトナリヰシ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.69
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (29)


04022
賑やかにゐたりし子らも帰りゆきかすかに濁る絨緞のいろ
ニギヤカニ ヰタリシコラモ カエリユキ カスカニニゴル ジュウタンノイロ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.70
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (30)


04023
滑り台斜めにかかりゐたるのみ小公園に降る雨あはし
スベリダイ ナナメニカカリ ヰタルノミ ショウコウエンニ フルアメアハシ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.70
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (31)


04024
語るべき人もあらねばセーターを重ねて梅雨の夜を起きゐる
カタルベキ ヒトモアラネバ セーターヲ カサネテツユノ ヨルヲオキヰル

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.71
【初出】 『短歌』 1982.8 雨域 (32)