過去形の影


04030
吊り橋の下をうかがへば澄む水に秘密めきたり魚のうごきは
ツリバシノ シタヲウカガヘバ スムミズニ ヒミツメキタリ ウヲノウゴキハ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.75


04031
降り出でし雨にそのまま別れ来て臆測ばかり胸にひろがる
フリイデシ アメニソノママ ワカレキテ オクソクバカリ ムネニヒロガル

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.76


04032
どの海を越えゆきにけむ養蜂の旅をそのまま帰らずといふ
ドノウミヲ コエユキニケム ヨウホウノ タビヲソノママ カエラズトイフ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.76


04033
不発弾の処理の終はれる野の上に洋凧をあげて子らは遊べり
フハツダンノ ショリノオハレル ノノウエニ カイトヲアゲテ コラハアソベリ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.77


04034
街路樹のプラタナスの木それぞれに過去形のごとき影あはく置く
ガイロジュノ プラタナスノキ ソレゾレニ カコケイノゴトキ カゲアハクオク

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.77


04035
切開の痕のをりふし引き吊るは魂に持つ傷のごとしも
セッカイノ アトノヲリフシ ヒキツルハ タマシヒニモツ キズノゴトシモ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.78
【初出】 『短歌研究』 1982.3 春寒のころ (1)


04036
綿虫の芯ほのじろく宙に浮き消え入るやうに沈みてゆけり
ワタムシノ シンホノジロク チュウニウキ キエイルヤウニ シズミテユケリ

『印度の果実』(短歌新聞社 1986) p.78
【初出】 『短歌研究』 1982.3 春寒のころ (2)