今日の顔


04370
右の耳をうづめて眠りゐたるまに春の嵐の一つ過ぎゐし
ミギノミミヲ ウヅメテネムリ ヰタルマニ ハルノアラシノ ヒトツスギヰシ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.92
【初出】 『雁』 1989.10 今日の顔 (1)


04371
山桜花の散りしく明るさに白拍子など出でて舞はずや
ヤマザクラ ハナノチリシク アカルサニ シラビヤウシナド イデテマハズヤ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.92
【初出】 『雁』 1989.10 今日の顔 (2)


04372
同じものを食みあひてくらしたる日あり他界のことの如くに思ふ
オナジモノヲ ハミアヒテクラシ タルヒアリ タカイノコトノ ゴトクニオモフ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.93
【初出】 『雁』 1989.10 今日の顔 (3)


04373
断ちがたき願ひなれども頰の紅やや濃く刷きて今日の顔とす
タチガタキ ネガヒナレドモ ホオノベニ ヤヤコクハキテ キョウノカオトス

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.93
【初出】 『雁』 1989.10 今日の顔 (4)


04374
鏡より顔を剥がしてふり向けば何かが立ちてゐて隠れたり
カガミヨリ カオヲハガシテ フリムケバ ナニカガタチテ ヰテカクレタリ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.93
【初出】 『雁』 1989.10 今日の顔 (5)


04375
出でて来て人は小さくビル群の棒線グラフにとりかこまるる
イデテキテ ヒトハチイサク ビルグンノ ボウセングラフニ トリカコマルル

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.94
【初出】 『雁』 1989.10 今日の顔 (6)


04376
低く飛ぶヘリコプターを仰ぐ目の水晶体の斑もさびしけれ
ヒククトブ ヘリコプターヲ アオグメノ スイショウタイノ フモサビシケレ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.94
【初出】 『雁』 1989.10 今日の顔 (7)


04377
かぶさりて樟の大樹は生ひゐしが体育館も木蔭もあらず
カブサリテ クスノタイジュハ オヒヰシガ タイイクカンモ コカゲモアラズ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.94
【初出】 『雁』 1989.10 今日の顔 (8)


04378
ピノキオの人形なりしころのままぎくしやくとありわれもわが身も
ピノキオノ ニンギョウナリシ コロノママ ギクシヤクトアリ ワレモワガミモ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.95
【初出】 『雁』 1989.10 今日の顔 (9)


04379
人に告げぬ秘密となしき風信子をヒアシンスの名と知りしことなど
ヒトニツゲヌ ヒミツトナシキ フウシンシヲ ヒアシンスノナト シリシコトナド

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.95
【初出】 『雁』 1989.10 今日の顔 (10)


04380
わが孫のほどの少女よ声もなく日傘をさしてボートにゐしは
ワガマゴノ ホドノショウジョヨ コエモナク ヒガサヲサシテ ボートニヰシハ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.95
【初出】 『雁』 1989.10 今日の顔 (11)


04381
幾つもに音を区切りて貨車は行き違ふ風景が見えくるごとし
イクツモニ オトヲクギリテ カシャハユキ チガフフウケイガ ミエクルゴトシ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.96
【初出】 『雁』 1989.10 今日の顔 (12)


04382
毀ちたる家屋の木ぎれ燃す見れば得体の知れぬものも燃すなり
コボチタル カオクノキギレ モスミレバ エタイノシレヌ モノモモスナリ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.96
【初出】 『雁』 1989.10 今日の顔 (13)


04383
はやぶさと呼ぶ戦闘機ありにしがかげろふを追ふごときはろけさ
ハヤブサト ヨブセントウキ アリニシガ カゲロフヲオフ ゴトキハロケサ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.96
【初出】 『雁』 1989.10 今日の顔 (14)


04384
畳まれて届く小さな正方形眼鏡を磨く新素材とぞ
タタマレテ トドクチイサナ セイホウケイ メガネヲミガク シンソザイトゾ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.97
【初出】 『雁』 1989.10 今日の顔 (15)


04385
宵に咲く花のめざむるころならむ榛の幹よりたそがれそめぬ
ヨイニサク ハナノメザムル コロナラム ハンノミキヨリ タソガレソメヌ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.97
【初出】 『雁』 1989.10 今日の顔 (16)


04386
種子の生らぬ三倍体の花といふ風の絶えたる夜目にゆれあふ
シュシノナラヌ サンバイタイノ ハナトイフ カゼノタエタル ヨメニユレアフ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.97
【初出】 『雁』 1989.10 今日の顔 (17)


04387
隙間なく活字詰まれる紙面より飛び出してくるわれの名あはれ
スキマナク カツジツマレル シメンヨリ トビダシテクル ワレノナアハレ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.98
【初出】 『雁』 1989.10 今日の顔 (18)


04388
夜の空を翔けて落ちしは何の鳥今際の声と思ふ声せり
ヨノソラヲ カケテオチシハ ナンノトリ イマハノコエト オモフコエセリ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.98
【初出】 『雁』 1989.10 今日の顔 (19)


04389
千年を生くるにあらず中天に白くたゆたふ月夜の雲は
センネンヲ イクルニアラズ チュウテンニ シロクタユタフ ツキヨノクモハ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.98
【初出】 『雁』 1989.10 今日の顔 (20)