十指を寄せて


04618
幾人も住むかのやうに灯をともすフランスパンを抱き帰り来て
イクタリモ スムカノヤウニ ヒヲトモス フランスパンヲ ダキカエリキテ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.194
【初出】 『歌壇』 1991.4 十指を寄せて (1)


04619
ひきだしに沈めし鍵を探しゐて鍵のみを探しゐるにもあらず
ヒキダシニ シズメシカギヲ サガシヰテ カギノミヲサガシ ヰルニモアラズ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.194
【初出】 『歌壇』 1991.4 十指を寄せて (2)


04620
促さるる思ひ湧きたりカステラを切るぎざぎざのナイフ出で来て
ウナガサルル オモヒワキタリ カステラヲ キルギザギザノ ナイフイデキテ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.195
【初出】 『歌壇』 1991.4 十指を寄せて (3)


04621
妹のまだ居たるころ風呂釜に二列に点るガスの火ありき
イモウトノ マダイタルコロ フロガマニ ニレツニトモル ガスノヒアリキ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.195
【初出】 『歌壇』 1991.4 十指を寄せて (4)


04622
なかで何か起こりゐるとも知らぬまま持ち歩く箱のごとし体は
ナカデナニカ オコリヰルトモ シラヌママ モチアルクハコノ ゴトシカラダハ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.195
【初出】 『歌壇』 1991.4 十指を寄せて (5)


04623
すり減りて浅き石段ありにしが順礼に出づるよはひも過ぎぬ
スリヘリテ アサキイシダン アリニシガ ジュンレイニイヅル ヨハヒモスギヌ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.196
【初出】 『歌壇』 1991.4 十指を寄せて (6)


04624
どのあたりまでを知りゐて声合はせ「あの子が欲しい」などと唱へり
ドノアタリ マデヲシリヰテ コエアハセ アノコガホシイ ナドトウタヘリ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.196
【初出】 『歌壇』 1991.4 十指を寄せて (7)


04625
双体の道祖神立つ落ち葉みち小犬は白き息吐きて行く
ソウタイノ ドウソジンタツ オチバミチ コイヌハシロキ イキハキテユク

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.196
【初出】 『歌壇』 1991.4 十指を寄せて (8)


04626
見しことの無しと言ひたるわれのため十指を寄せて百合の木の花
ミシコトノ ナシトイヒタル ワレノタメ ジッシヲヨセテ ユリノキノハナ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.197
【初出】 『歌壇』 1991.4 十指を寄せて (9)


04627
椅子の音しづまるまでに間のありて女性受講者百人ほどか
イスノオト シヅマルマデニ マノアリテ ジョセイジュコウシャ ヒャクニンホドカ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.197
【初出】 『歌壇』 1991.4 十指を寄せて (10)


04628
種子の袋と異なる色に咲きしとぞ白のポピイもやさしきものを
シュシノフクロト コトナルイロニ サキシトゾ シロノポピイモ ヤサシキモノヲ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.197
【初出】 『歌壇』 1991.4 十指を寄せて (11)


04629
聞き役に回りてあればふと立ちてジャスミンティーを入れ替へくれぬ
キキヤクニ マワリテアレバ フトタチテ ジャスミンティーヲ イレカヘクレヌ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.198
【初出】 『歌壇』 1991.4 十指を寄せて (12)


04630
われの名も思はぬかたにまじりゐて風の便りといふ便りあり
ワレノナモ オモハヌカタニ マジリヰテ カゼノタヨリト イフタヨリアリ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.198
【初出】 『歌壇』 1991.4 十指を寄せて (13)


04631
緋の房の鼓見をればこと切れて何も見えなくなる日は寂し
ヒノフサノ ツツミミヲレバ コトキレテ ナニモミエナク ナルヒハサビシ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.198
【初出】 『歌壇』 1991.4 十指を寄せて (15)


04632
どのやうにおろされにけむかの大き薬種問屋の看板などは
ドノヤウニ オロサレニケム カノオオキ ヤクシュドンヤノ カンバンナドハ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.199
【初出】 『歌壇』 1991.4 十指を寄せて (16)


04633
かたまれる帽子ちりぢりの黄の帽子橋より見えて河原小春日
カタマレル ボウシチリヂリノ キノボウシ ハシヨリミエテ カワラコハルビ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.199
【初出】 『歌壇』 1991.4 十指を寄せて (17)


04634
臘梅に近づけてゆく横顔に忘れがたみの面影を見つ
ロウバイニ チカヅケテユク ヨコガオニ ワスレガタミノ オモカゲヲミツ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.199
【初出】 『歌壇』 1991.4 十指を寄せて (18)


04635
真実を聞くはいつの日落ち合ひの水は突き上げ白煙を挙ぐ
シンジツヲ キクハイツノヒ オチアヒノ ミズハツキアゲ ハクエンヲアグ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.200
【初出】 『歌壇』 1991.4 十指を寄せて (19)


04636
黄のセダンのうしろのドアがしめられて何かが終はる思ひしたりき
キノセダンノ ウシロノドアガ シメラレテ ナニカガオハル オモヒシタリキ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.200
【初出】 『歌壇』 1991.4 十指を寄せて (20)


04637
ビニールの桜吊る日も遠からじ風にゆれつつ今は繭玉
ビニールノ サクラツルヒモ トオカラジ カゼニユレツツ イマハマユダマ

『風の曼陀羅』(短歌研究社 1991) p.200
【初出】 『歌壇』 1991.4 十指を寄せて (14)