雨月


05283
噂撒きてゐることむしろたのしげに友はするすると林檎をむけり
ウワサマキテ ヰルコトムシロ タノシゲニ トモハスルスルト リンゴヲムケリ

『形成』(形成発行所 1956.7) 第4巻7号(通巻39号) p.56


05284
事務服のままぬけて来てバスに乗る聞かれたくなき電話かくるため
スモツクノ ママヌケテキテ バスニノル キカレタクナキ デンワカクルタメ

『形成』(形成発行所 1956.7) 第4巻7号(通巻39号) p.56


05285
昨日の続きの複写とりつつ午後となれば青く染まりし中指痛む
キノウノツヅキノ コピートリツツ ゴゴトナレバ アオクソマリシ ナカユビイタム

『形成』(形成発行所 1956.7) 第4巻7号(通巻39号) p.56


05286
掃きゆきて卓袱台をたてかけながら久しくあけぬ襖と思ふ
ハキユキテ チャブダイヲ タテカケナガラ ヒサシクアケヌ フスマトオモフ

『形成』(形成発行所 1956.7) 第4巻7号(通巻39号) p.56


05287
釣合ひのとれぬ思ひのまま眠る贈られし版画壁に吊して
ツリアヒノ トレヌオモヒノ ママネムル オクラレシハンガ カベニツルシテ

『形成』(形成発行所 1956.7) 第4巻7号(通巻39号) p.56


05288
田舎に居らば不幸にならずにすみしかと返らぬことをまた母の言ふ
イナカニオラバ フコウニナラズニ スミシカト カエラヌコトヲ マタハハノイフ

『形成』(形成発行所 1956.7) 第4巻7号(通巻39号) p.56


05289
すきとほるまで熟れし茱萸失ひしいつかの万年筆の軸の色なり
スキトホル マデウレシグミ ウシナヒシ イツカノペンノ ジクノイロナリ

『形成』(形成発行所 1956.7) 第4巻7号(通巻39号) p.56


05290
停年近き君が絵を習ひ始めたりポンカンを描くと聞けばゑましき
テイネンチカキ キミガエヲナラヒ ハジメタリ ポンカンヲエガクト キケバヱマシキ

『形成』(形成発行所 1956.7) 第4巻7号(通巻39号) p.56


05291
残雪のひらたく占むる窪地あり去年のすすきのうち伏す中に
ザンセツノ ヒラタクシムル クボチアリ コゾノススキノ ウチフスナカニ

『形成』(形成発行所 1956.7) 第4巻7号(通巻39号) p.56


05292
白樺の映れる湖面乱しつつ光る日照雨のたちまちに過ぐ
シラカバノ ウツレルコメン ミダシツツ ヒカルソバエノ タチマチニスグ

『形成』(形成発行所 1956.7) 第4巻7号(通巻39号) p.57