雨衣


05709
道標の石濡らしゆく雨の中きほふ菖蒲の白の烈しさ
ドウヒョウノ イシヌラシユク アメノナカ キホフアヤメノ シロノハゲシサ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.20


05710
地下街を通ひ慣れつつわが髪の仮髪のやうに重たき日あり
チカガイヲ カヨヒナレツツ ワガカミノ カヅラノヤウニ オモタキヒアリ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.20


05711
手に乗せて重さ占ふ結球のレタス含める水はららかす
テニノセテ オモサウラナフ ケッキュウノ レタスフクメル ミズハララカス

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.20


05712
土管掘る人ら憩へり凹凸のしるき薬罐を焚き火に掛けて
ドカンホル ヒトライコヘリ アフトツノ シルキヤカンヲ タキビニカケテ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.20


05713
をりをりにサワーグラスを磨きつつ欠け来しセット足すこともなし
ヲリヲリニ サワーグラスヲ ミガキツツ カケコシセット タスコトモナシ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.20


05714
針箱に溜まりしボタン亡き父の制服の光るボタンも混る
ハリバコニ タマリシボタン ナキチチノ セイフクノヒカル ボタンモマジル

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.20


05715
いきいきと海の色香を取り戻す故郷の若布水に浸せば
イキイキト ウミノイロカヲ トリモドス コキョウノワカメ ミズニヒタセバ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.20


05716
祖母の死へ伴はれゆきし思ひ出に坂あり母に手を曳かれゐき
ソボノシヘ トモナハレユキシ オモヒデニ サカアリハハニ テヲヒカレヰキ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.20


05717
水呑みに戻れる犬も間なく去りこころ鎮めて字劃を数ふ
ミズノミニ モドレルイヌモ マナクサリ ココロシズメテ ジカクヲカゾフ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.20


05718
共に来て仰がむ母も今は亡し曇りに遠き安達太郎の山
トモニキテ アオガムハハモ イマハナシ クモリニトオキ アダタラノヤマ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.20


05719
石塔の雪を払ひて読む名さへはろけし父母のあらぬふるさと
セキトウノ ユキヲハラヒテ ヨムナサヘ ハロケシフボノ アラヌフルサト

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.20


05720
浪人をせしといふ父祖撃剣に長けゐしことも語り伝ふる
ロウニンヲ セシトイフフソ ゲキケンニ タケヰシコトモ カタリツタフル

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.20


05721
阿武隈の水照る見ればこの丘に埋まりたかりし父母かも知れず
アブクマノ ミズテルミレバ コノオカニ ウマリタカリシ フボカモシレズ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.21


05722
力抜きて歩みゐし時突風の傷をあらはに立つ榎あり
チカラヌキテ アユミヰシトキ トップウノ キズヲアラハニ タツエノキアリ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.21


05723
ミノルカの千羽飼ひゐし日を聞けど野はきららかに穂絮飛びかふ
ミノルカノ センバカヒヰシ ヒヲキケド ノハキララカニ ホワタトビカフ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.21


05724
藁草に絡まれ眠るなきがらのわれを谷間に置きて戻りつ
ワラクサニ カラマレネムル ナキガラノ ワレヲタニマニ オキテモドリツ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.21


05725
セロハンが先づ燃え表紙の焦げてゆく幻覚を夜のをりふしに持つ
セロハンガ マヅモエヒョウシノ コゲテユク ゲンカクヲヨノ ヲリフシニモツ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.21


05726
夜の端をサイレンの音渡りゆき引き伸ばされしわが意識あり
ヨノハシヲ サイレンノオト ワタリユキ ヒキノバサレシ ワガイシキアリ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.21


05727
咲きたけし白藤が灯に揺れて見ゆこはれし鍵に釘を挿し置く
サキタケシ シラフジガヒニ ユレテミユ コハレシカギニ クギヲサシオク

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.21


05728
年々に針の目粗くなりゆくと危ふく衿をつけ終りたり
ネンネンニ ハリノメアラク ナリユクト アヤフクエリヲ ツケオワリタリ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.21


05729
袖つけの縫ひめに溜まりゐし埃払はむとして体臭を呼ぶ
ソデツケノ ヌヒメニタマリ ヰシホコリ ハラハムトシテ タイシュウヲヨブ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.21


05730
木枯らしは人買ひの吹く笛の音と聞きつつ母の中に眠りき
コガラシハ ヒトカヒノフク フエノネト キキツツハハノ ナカニネムリキ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.21


05731
亡き母のなしゐしごとく片はしを膝もて抑へ真綿引きゆく
ナキハハノ ナシヰシゴトク カタハシヲ ヒザモテオサヘ マワタヒキユク

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.21


05732
角砂糖沈めゆく間のゆとりにて桐の花咲く野を恋ひゐたり
カクザトウ シズメユクマノ ユトリニテ キリノハナサク ノヲコヒヰタリ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.21


05733
仕事好きと見做さるる身を悔やまねど銀線草の花も過ぎゐる
シゴトズキト ミナサルルミヲ クヤマネド ヒトリシヅカノ ハナモスギヰル

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.21


05734
皺ぶかき顔に戻れり厩舎に馬ををさめて来し調教師
シワブカキ カオニモドレリ キュウシャニ ウマヲヲサメテ コシチョウキョウシ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.21


05735
木の幹にこすりて角を砥ぐといふ雄牛らゆたかに草にまろべり
キノミキニ コスリテツノヲ トグトイフ オウシラユタカニ クサニマロベリ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.21


05736
片肘のもげしマネキン人形が横抱きに運び去らるるを見つ
カタヒジノ モゲシマネキン ニンギョウガ ヨコダキニハコビ サラルルヲミツ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.21


05737
濡らし来しコート吊りつつまた思ふ肩冷えてバスを待ちし夜ありき
ヌラシコシ コートツリツツ マタオモフ カタヒエテバスヲ マチシヨアリキ

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.21


05738
どの巣箱に棲むとも知れぬ小緩鶏のをりをりに来て芝生を渡る
ドノスバコニ スムトモシレヌ コジュケイノ ヲリヲリニキテ シバフヲワタル

『形成』(形成発行所 1963.7) 第11巻7号(通巻123号) p.21