無題

面影の幾たびか傷口にめざむれば糖蜜を年齢のゆくりなく森深く雪渓の日を選びひとしきりガーゼもて木枯にゆきずりに色褪せしさすらひのいつの日に蜂蜜のさかしらを気になりてカレー粉の観音に濃密に巣を高く篠原の換算し待ちて得し涙もろく転換を糸切れて森に来て過信して母の櫛山椒の花闌けし湖の前の世の伴はれ道ばたに遠き世のいつの世に遠くにて口紅を鉄分の粗壁の暗闇のスプーンの箱あたためし笹原の重油かけて喪の家をひとしきり隙のなき地境にスノーボートに橋灯の夜の森を舶来の飾り窓に立ち向ふ何のせてもワイヤーを肘を張り泥沼に策もなく再びは水鳥のくれぐれの訳もなく水晶の亡き母の蹄鉄の予想などそそのかされしガソリンをガラス戸に霜割れの語尾濁すシヤガールのつなぐべき包丁の骨格の噴水の夜の湾に急行を枯れ葦の割り箸を薪割りし川水の木の芽あへ草抜きし崖下の現実のひとしきり夜の道に喪の羽織裸足にて結び目を何の木と坂道の製材の潮鳴りの方角を砂山を松の木の物語の白樺の首垂れて亡き父のうるみゐし職員の一片の風船に蛇使ひの腕時計どのやうな藤の花の間道にくちびるの透明のあざやかな巻尺をシチリアの水枯れし氷柱を梁にコンクリートの鉄塔の貝塚のひしひしと醒めて聴く久々に卓上をくちずさむ鳥の羽の明日の日のあたたかく父母の重き扉音荒くくらがりに待ち針を染めあげしさまざまの埋め立てを貶めて太幹に父母の偽りを合歓の木のほの白き打楽器のくらがりに緋の魚の夕凪ぎは移民船にやはらかくわれらにてタラップに喪の花の片袖のガラス戸の送られし鈴の音を墓原の門灯の車窓より軒下に朝々に蜃気楼などゆくりなく咲き残るものの香の触発をたのしみてみどり児のいづくにか妹と磨きゐる音荒く金属の対岸の雨あとの市果てて凭れゐる対岸の鍵穴の霧の夜に葛の葉の伏せておくいつよりか氷盤の長命の唐突にみどり児を椅子のまま塩はゆき石を積む如何ならむ逆巻きてふくらなるわが持たぬ思はざるこだはれば霊代を鎮台の芦の穂の地を埋めて時の間の医師の手に泥亀の荒れやすき出で入りの花びらを人の手を他意のなき磯波の空間に風やめば焦だちの登山用のガラス戸を雪の夜にマッチの棒をいつまでも底深くおもむろに風の夜の足首をびつしりとあたたかき靴べらを体より塩はゆき白粥のフラメンコの葬列のこまごまと新しきてのひらに髪の毛に漆黒のいくばくの相会はぬ身動きの葦の間をたれの住むどくだみの死に絶えしのがれたき食べものの届きたる工事場の降りやまぬ揉まれつつものなべて降誕祭たれを待つ音楽を身を低め目に見えぬ味気なく事務服をいくたびも辞書のたぐひ埋めたての挑ましき出で歩く夜の雪は昼前の呼びかはす包丁を灰いろの血圧の移り来て竪琴の木洩れ陽のカナリアのゆくりなく老いしるきわきまへの木の間より意表を突く丸衿の電話なきまなうらをうすら寒きよみがへる鋭角の思ふことガラス戸のレーズンをよごれたるうとましき心なく動く歯の夜もすがら遠く来て癒えにくきスカートの鶏を欺けるもの片附ける護符の鈴フィルターの隣より振り切りて醒めをれば肘痛む発車待つ押すことも目のしきり耳打ちを練乳を十年目の去りゆきし消息を失へる機械音階段を通勤の屋上に散りがたの遊歩路にちりぢりに口ほてる獅子舞の吊り橋の途中より開校の川岸の紫の幾日経てなづさひて長く生きて正面に印鑑のビニールの香りよき振向きしわが真上歌垣の時ならず揺られつつ含みたる伴ふはカーテンの計数の地に落ちしまざまざと上野までの温室のまろび出づるおもかげの使ひたる蜘蛛の巣に礼深くタイプ室にサンプルに眼先の雪道に曖昧に蘭の名を閉館のおぞましき街灯のとめどなく前後なく著莪の根に千に刻み顔寄せて絹の裏を紫のインク壺に喪にこもる雪柳の風の無き恙なく忘れ易くいつまでも水死者を熱風の牙むくと靴べらをおもかげに相合はば遠き世のつまづきて雨あとを刈り伏せて混みあへる指先に水いろの鳴る鐘は水の輪がキヤンプの時の何の木と見覚えの替へてやる雪山を空間を自動車の傷口を明日は休みとトラックのガス灯の機械的な通されて硝子ごしに放課後まで読まれゐし立ちゆける黒鍵の道を尋ね階段から雪山へ連れのゐて思ひあたる白梅の

05754
面影の老いてつきとめ得ぬままに大き楽器を背負ひ去りたり
オモカゲノ オイテツキトメ エヌママニ オオキガッキヲ セオヒサリタリ

『形成』(形成発行所 1964.4) 第12巻4号(通巻132号) p.3


05755
幾たびか夜霧の原に出でて呼ぶ放れし小犬呼ぶごとくして
イクタビカ ヨギリノハラニ イデテヨブ ハナレシコイヌ ヨブゴトクシテ

『形成』(形成発行所 1964.4) 第12巻4号(通巻132号) p.3


05756
傷口にしきりに蠅の寄るごとく何の夢見てうとみゐたりし
キズグチニ シキリニハエノ ヨルゴトク ナンノユメミテ ウトミヰタリシ

『形成』(形成発行所 1964.4) 第12巻4号(通巻132号) p.3


05757
めざむれば蹼欠せて繃帯を巻きし右手が投げ出されゐつ
メザムレバ ミヅカキウセテ ホウタイヲ マキシミギテガ ナゲダサレヰツ

『形成』(形成発行所 1964.4) 第12巻4号(通巻132号) p.3


05758
糖蜜を煮詰めて雪の日をこもり母ありし日のごと硝子曇らす
トウミツヲ ニツメテユキノ ヒヲコモリ ハハアリシヒノゴト ガラスクモラス

『形成』(形成発行所 1964.4) 第12巻4号(通巻132号) p.3


05759
年齢の差だけ後れてかなしまむ妹か白のコートなど着て
ネンレイノ サダケオクレテ カナシマム イモウトカシロノ コートナドキテ

『形成』(形成発行所 1964.4) 第12巻4号(通巻132号) p.3


05760
ゆくりなく視界ひらけて枯れ原に夜すがらともす鶏舎幾棟
ユクリナク シカイヒラケテ カレハラニ ヨスガラトモス ケイシャイクムネ

『形成』(形成発行所 1964.4) 第12巻4号(通巻132号) p.3


05761
森深く潜める夢の醒めむとす風はブザーの音を呼びつつ
モリフカク ヒソメルユメノ サメムトス カゼハブザーノ オトヲヨビツツ

『形成』(形成発行所 1964.5) 第12巻5号(通巻133号) p.3


05762
雪渓の祟り怖るるわれを措き発ちにき再び逢ふ日なかりき
セッケイノ タタリオソルル ワレヲオキ タチニキフタタビ アフヒナカリキ

『形成』(形成発行所 1964.5) 第12巻5号(通巻133号) p.3


05763
日を選び新しき服着て出づる人に知られぬ祈りにも似て
ヒヲエラビ アタラシキフク キテイヅル ヒトニシラレヌ イノリニモニテ

『形成』(形成発行所 1964.5) 第12巻5号(通巻133号) p.3


05764
ひとしきり逸る焰の音聴けば暖炉などにも脅かさるる
ヒトシキリ ハヤルホノオノ オトキケバ ダンロナドニモ オビヤカサルル

『形成』(形成発行所 1964.5) 第12巻5号(通巻133号) p.3


05765
ガーゼもて仔犬の耳孔拭ひやる風邪癒え難き日のたゆたひに
ガーゼモテ コイヌノミミアナ ヌグヒヤル カゼイエガタキ ヒノタユタヒニ

『形成』(形成発行所 1964.5) 第12巻5号(通巻133号) p.3


05766
木枯に醒めて思へり風の夜は星が美しと言ひて歩みき
コガラシニ サメテオモヘリ カゼノヨハ ホシガウツクシト イヒテアユミキ

『形成』(形成発行所 1964.5) 第12巻5号(通巻133号) p.3


05767
ゆきずりに交はす言葉も潤ふと花終へし木瓜の垣をめぐりつ
ユキズリニ カハスコトバモ ウルオフト ハナオヘシボケノ カキヲメグリツ

『形成』(形成発行所 1964.6) 第12巻6号(通巻134号) p.4


05768
色褪せし花忽ちに散りし花さまざまにわれのこころを乱す
イロアセシ ハナタチマチニ チリシハナ サマザマニワレノ ココロヲミダス

『形成』(形成発行所 1964.6) 第12巻6号(通巻134号) p.4


05769
さすらひの心朝よりきざしゐて枯れ木を踏めば音のはろけさ
サスラヒノ ココロアサヨリ キザシヰテ カレキヲフメバ オトノハロケサ

『形成』(形成発行所 1964.6) 第12巻6号(通巻134号) p.4


05770
いつの日に入れしままなる指貫か雨衣のかくしより出づ
イツノヒニ イレシママナル ユビヌキカ レインコートノ カクシヨリイヅ

『形成』(形成発行所 1964.6) 第12巻6号(通巻134号) p.4


05771
蜂蜜の凍てもいつしかゆるみゐて朝のパン食む日あたる縁に
ハチミツノ イテモイツシカ ユルミヰテ アサノパンハム ヒアタルヘリニ

『形成』(形成発行所 1964.6) 第12巻6号(通巻134号) p.4


05772
さかしらを言ひ来し心寂しきに青き靄刷く夕べの坂は
サカシラヲ イヒコシココロ サビシキニ アオキモヤハク ユウベノサカハ

『形成』(形成発行所 1964.6) 第12巻6号(通巻134号) p.4


05773
気になりてゐし事務服の釦などつけかへて日直の昼も闌けゆく
キニナリテ ヰシジムフクノ ボタンナド ツケカヘテニッチョクノ ヒルモタケユク

『形成』(形成発行所 1964.7) 第12巻7号(通巻135号) p.3


05774
カレー粉の匂ひをつねに纏らせ事務室に来る炊婦も老いぬ
カレーコノ ニオヒヲツネニ マツハラセ ジムシツニクル スイフモオイヌ

『形成』(形成発行所 1964.7) 第12巻7号(通巻135号) p.3


05775
観音に似せてマリアを刻みつつ何祈りけむいにしへびとら
カンノンニ ニセテマリアヲ キザミツツ ナニイノリケム イニシヘビトラ

『形成』(形成発行所 1964.7) 第12巻7号(通巻135号) p.3


05776
濃密に層なす闇と思ふとき植ゑ並められし若木が匂ふ
ノウミツニ ソウナスヤミト オモフトキ ウヱナメラレシ ワカギガニオフ

『形成』(形成発行所 1964.7) 第12巻7号(通巻135号) p.3


05777
巣を高く張り替へてゐる蜘蛛に会ふ漂ふごとくありたき時に
スヲタカク ハリカヘテヰル クモニアフ タダヨフゴトク アリタキトキニ

『形成』(形成発行所 1964.7) 第12巻7号(通巻135号) p.3


05778
篠原のかなたに家の建ち始め夜々みどり児の泣く声がする
シノハラノ カナタニイエノ タチハジメ ヨヨミドリゴノ ナクコエガスル

『形成』(形成発行所 1964.7) 第12巻7号(通巻135号) p.3


05779
換算し得る年月と思はねど償ひ呉れむと言ふ人ならず
カンサンシ エルトシツキト オモハネド ツグナヒクレムト イフヒトナラズ

『形成』(形成発行所 1964.8) 第12巻8号(通巻136号) p.4


05780
待ちて得しもの幾ばくぞ十年目白髪の目立つ君を見しのみ
マチテエシ モノイクバクゾ ジュウネンメ ハクハツノメダツ キミヲミシノミ

『形成』(形成発行所 1964.8) 第12巻8号(通巻136号) p.4


05781
涙もろくなりし心かバスを待つ広場の人のいきれの中に
ナミダモロク ナリシココロカ バスヲマツ ヒロバノヒトノ イキレノナカニ

『形成』(形成発行所 1964.8) 第12巻8号(通巻136号) p.4


05782
転換を計り呉れむとする汝か緑色濃き地図をひろげて
テンカンヲ ハカリクレムト スルナレカ ミドリイロコキ チズヲヒロゲテ

『形成』(形成発行所 1964.8) 第12巻8号(通巻136号) p.4


05783
糸切れて畳にこぼれて珊瑚珠を拾ひつつ心華やぐとなき
イトキレテ タタミニコボレテ サンゴジョヲ ヒロヒツツココロ ハナヤグトナキ

『形成』(形成発行所 1964.8) 第12巻8号(通巻136号) p.4


05784
森に来て誰か吹き習ふトランペット笑ひ合ふまで心直りつ
モリニキテ タレカフキナラフ トランペット ワラヒアフマデ ココロナオリツ

『形成』(形成発行所 1964.8) 第12巻8号(通巻136号) p.4


05785
過信して今しばらくは生き得むか花の模様の服地選りつつ
カシンシテ イマシバラクハ イキエムカ ハナノモヨウノ フクジヨリツツ

『形成』(形成発行所 1964.8) 第12巻8号(通巻136号) p.4


05786
母の櫛父の時計も土にいけて去りゆく心定めむとする
ハハノクシ チチノトケイモ ツチニイケテ サリユクココロ サダメムトスル

『形成』(形成発行所 1964.9) 第12巻9号(通巻137号) p.5


05787
山椒のつぶらに赤く実る庭移り来し家に幸待つごとし
サンシヨウノ ツブラニアカク ミノルニワ ウツリコシイエニ サチマツゴトシ

『形成』(形成発行所 1964.9) 第12巻9号(通巻137号) p.5


05788
花闌けしニツコウキスゲの群落を過ぎて烈しき夕立に会ふ
ハナタケシ ニツコウキスゲノ グンラクヲ スギテハゲシキ ユウダチニアフ

『形成』(形成発行所 1964.9) 第12巻9号(通巻137号) p.5


05789
湖のほとりの野菊濡らす雨耳覆はれて荷馬過ぎゆく
ミズウミノ ホトリノノギク ヌラスアメ ミミオオハレテ ニウマスギユク

『形成』(形成発行所 1964.9) 第12巻9号(通巻137号) p.5


05790
前の世の沼のごとしと見てゐたり曇り映して澱める水を
マエノヨノ ヌマノゴトシト ミテヰタリ クモリウツシテ ヨドメルミズヲ

『形成』(形成発行所 1964.9) 第12巻9号(通巻137号) p.5


05791
伴はれ旅ゆくこともなかりしと別れし夫を思ひつつ寝る
トモナハレ タビユクコトモ ナカリシト ワカレシツマヲ オモヒツツネル

『形成』(形成発行所 1964.9) 第12巻9号(通巻137号) p.5


05792
道ばたに模造の真珠売られゐるまづしき街も過ぎて旅行く
ミチバタニ モゾウノシンジュ ウラレヰル マヅシキマチモ スギテタビユク

『形成』(形成発行所 1964.10) 第12巻10号(通巻138号) p.3


05793
遠き世の殺戮のあとの野と言へり石鏃拾へば刄のこぼれゐる
トオキヨノ サツリクノアトノ ノトイヘリ ヤジリヒロヘバ ハノコボレヰル

『形成』(形成発行所 1964.10) 第12巻10号(通巻138号) p.4


05794
いつの世に沈められたる鐘ならむ沼のほとりの夜々に聞ゆる
イツノヨニ シズメラレタル カネナラム ヌマノホトリノ ヨヨニキコユル

『形成』(形成発行所 1964.10) 第12巻10号(通巻138号) p.4


05795
遠くにてガラス割れたる音せしがわれもいらだつ心を持てり
トオクニテ ガラスワレタル オトセシガ ワレモイラダツ ココロヲモテリ

『形成』(形成発行所 1964.10) 第12巻10号(通巻138号) p.4


05796
口紅をさして貰へば帰りゆくまだ目のあかぬ仔犬抱き来て
クチベニヲ サシテモラヘバ カエリユク マダメノアカヌ コイヌダキキテ

『形成』(形成発行所 1964.10) 第12巻10号(通巻138号) p.4


05797
鉄分のぬけぬ井戸水瀘して汲み住み慣れゆかむ萩咲く家に
テツブンノ ヌケヌイドミズ コシテクミ スミナレユカム ハギサクイエニ

『形成』(形成発行所 1964.10) 第12巻10号(通巻138号) p.4


05798
粗壁のまま入りて住む一家族女童の声を夜々にひびかす
アラカベノ ママイリテスム イチカゾク メワラハノコエヲ ヨヨニヒビカス

『形成』(形成発行所 1964.11) 第12巻11号(通巻139号) p.4


05799
暗闇の地平に野火を這はせゐてわれを脱け出でし如き人影
クラヤミノ チヘイニノビヲ ハハセヰテ ワレヲヌケイデシ ゴトキヒトカゲ

『形成』(形成発行所 1964.11) 第12巻11号(通巻139号) p.4


05800
スプーンの箱覆したる残響のきらきらとして一夜続きぬ
スプーンノハコ クツガエシタル ザンキョウノ キラキラトシテ ヒトヨツヅキヌ

『形成』(形成発行所 1964.11) 第12巻11号(通巻139号) p.4


05801
あたためしナイフもてパイ切らむとし酸ゆき果実の香が蘇る
アタタメシ ナイフモテパイ キラムトシ スユキカジツノ カガヨミガエル

『形成』(形成発行所 1964.11) 第12巻11号(通巻139号) p.4


05802
笹原の起伏の奥に蛇を祀る祠ありて細き道が続けり
ササハラノ キフクノオクニ ヘビヲマツル ホコラアリテホソキ ミチガツヅケリ

『形成』(形成発行所 1964.11) 第12巻11号(通巻139号) p.4


05803
重油かけて共に燃やさむ年々にわれの窪みに溜まる落ち葉も
ジュウユカケテ トモニモヤサム ネンネンニ ワレノクボミニ タマルオチバモ

『形成』(形成発行所 1964.11) 第12巻11号(通巻139号) p.4


05804
喪の家を指す矢印にみちびかれ沙羅散りしける垣に添ひゆく
モノイエヲ サスヤジルシニ ミチビカレ サラチリシケル カキニソヒユク

『形成』(形成発行所 1964.12) 第12巻12号(通巻140号) p.3


05805
ひとしきり潮に輝き消えしとふ亡き子のホルン沈めしと言ふ
ヒトシキリ シオニカガヤキ キエシトフ ナキコノホルン シズメシトイフ

『形成』(形成発行所 1964.12) 第12巻12号(通巻140号) p.3


05806
隙のなき論も寂しと聴きゐたり膝に置きたる両手が懈し
スキノナキ ロンモサビシト キキヰタリ ヒザニオキタル リョウテガタユシ

『形成』(形成発行所 1964.12) 第12巻12号(通巻140号) p.3


05807
地境に柵をめぐらす計画の進みつつ日々に草生色づく
チザカイニ サクヲメグラス ケイカクノ ススミツツヒビニ クサフイロヅク

『形成』(形成発行所 1964.12) 第12巻12号(通巻140号) p.3


05808
スノーボートに運ばれゆきし死者の後冴々と画面に映る雪山
スノーボートニ ハコバレユキシ シシャノアト サエサエトガメンニ ウツルユキヤマ

『形成』(形成発行所 1964.12) 第12巻12号(通巻140号) p.3


05809
橋灯のほとりに立ちて待つ時間かのときめきは還ることなし
キョウトウノ ホトリニタチテ マツジカン カノトキメキハ カエルコトナシ

『形成』(形成発行所 1964.12) 第12巻12号(通巻140号) p.3


05810
夜の森を飛び立ちてゆく鳥の声もの縫ふわれは針を磨けり
ヨノモリヲ トビタチテユク トリノコエ モノヌフワレハ ハリヲミガケリ

『形成』(形成発行所 1965.1) 第13巻1号(通巻141号) p.6


05811
舶来の化粧水など置きゆけり言はぬ歎きを見透かすごとく
ハクライノ ケショウスイナド オキユケリ イハヌナゲキヲ ミスカスゴトク

『形成』(形成発行所 1965.1) 第13巻1号(通巻141号) p.6


05812
飾り窓に残れる銀の十字架を見届けて夜のなぐさめ淡し
カザリマドニ ノコレルギンノ ジュウジカヲ ミトドケテヨノ ナグサメアワシ

『形成』(形成発行所 1965.1) 第13巻1号(通巻141号) p.6


05813
立ち向ふ心何時しか湧きて歩む何が端緒といふにもあらず
タチムカフ ココロイツシカ ワキテアユム ナニガタンショト イフニモアラズ

『形成』(形成発行所 1965.1) 第13巻1号(通巻141号) p.6


05814
何のせても同じ目盛りを指す秤今の間に測りておく物なきや
ナニノセテモ オナジメモリヲ サスハカリ イマノマニハカリテ オクモノナキヤ

『形成』(形成発行所 1965.1) 第13巻1号(通巻141号) p.6


05815
ワイヤーをひきずる如き音せしが何事もなく雨降り出でぬ
ワイヤーヲ ヒキズルゴトキ オトセシガ ナニゴトモナク アメフリイデヌ

『形成』(形成発行所 1965.1) 第13巻1号(通巻141号) p.6


05816
肘を張り毛糸編む癖亡き母に似て夜の部屋のガラスに映る
ヒジヲハリ ケイトアムクセ ナキハハニ ニテヨノヘヤノ ガラスニウツル

『形成』(形成発行所 1965.1) 第13巻1号(通巻141号) p.6


05817
泥沼に太陽の浮ぶ油絵を置きゆけりわれのをらぬ間に来て
ドロヌマニ タイヨウノウカブ アブラエヲ オキユケリワレノ ヲラヌマニキテ

『形成』(形成発行所 1965.2) 第13巻2号(通巻142号) p.13


05818
策もなく歩む道ばた濡らされし砥石のおもてなめらかに照る
サクモナク アユムミチバタ ヌラサレシ トイシノオモテ ナメラカニテル

『形成』(形成発行所 1965.2) 第13巻2号(通巻142号) p.13


05819
再びは逢ふ日あらじと思へるに人は喚きつわれを詰りて
フタタビハ アフヒアラジト オモヘルニ ヒトハワメキツ ワレヲナジリテ

『形成』(形成発行所 1965.2) 第13巻2号(通巻142号) p.13


05820
水鳥のむれ去りてよりあけくれに予感鋭く光る沼あり
ミズドリノ ムレサリテヨリ アケクレニ ヨカンスルドク ヒカルヌマアリ

『形成』(形成発行所 1965.2) 第13巻2号(通巻142号) p.13


05821
くれぐれの裾にまつはる水明り沼尻まではゆきしことなし
クレグレノ スソニマツハル ミズアカリ ヌマジリマデハ ユキシコトナシ

『形成』(形成発行所 1965.2) 第13巻2号(通巻142号) p.13


05822
訳もなく呆くる日ありわが立てる岸辺へ波の寄せやまずして
ワケモナク ホホクルヒアリ ワガタテル キシベヘナミノ ヨセヤマズシテ

『形成』(形成発行所 1965.2) 第13巻2号(通巻142号) p.13


05823
水晶の古りし印鑑来む年はよろこびごとに捺す日もあれよ
スイショウノ フリシインカン コムトシハ ヨロコビゴトニ オスヒモアレヨ

『形成』(形成発行所 1965.3) 第13巻3号(通巻143号) p.5


05824
亡き母のコート別れし夫の袷さまざまの端布行李より出づ
ナキハハノ コートワカレシ ツマノアワセ サマザマノハギレ コウリヨリイヅ

『形成』(形成発行所 1965.3) 第13巻3号(通巻143号) p.5


05825
蹄鉄のあとを求めてさすらへり何に憑かれゐし夢にかあらむ
テイテツノ アトヲモトメテ サスラヘリ ナンニツカレヰシ ユメニカアラム

『形成』(形成発行所 1965.3) 第13巻3号(通巻143号) p.5


05826
予想など立てて危ふきなりはひに男ら声を嗄らしつつ呼ぶ
ヨソウナド タテテアヤフキ ナリハヒニ オトコラコエヲ カラシツツヨブ

『形成』(形成発行所 1965.3) 第13巻3号(通巻143号) p.5


05827
そそのかされし人も唆せし人も互に親し噂に聞けば
ソソノカサレシ ヒトモソソノカ セシヒトモ カタミニチカシ ウワサニキケバ

『形成』(形成発行所 1965.3) 第13巻3号(通巻143号) p.5


05828
ガソリンを地下の倉庫に充たしたる給油所成りて日々に賑ふ
ガソリンヲ チカノソウコニ ミタシタル キュウユウジョナリテ ヒビニニギハフ

『形成』(形成発行所 1965.3) 第13巻3号(通巻143号) p.5


05829
ガラス戸に湯気こもらせて雪の夜の煮炊きたのしむ姉と妹
ガラスドニ ユゲコモラセテ ユキノヨノ ニタキタノシム アネトイモウト

『形成』(形成発行所 1965.3) 第13巻3号(通巻143号) p.5


05830
霜割れの音ひびく森石人の台座のめぐり落葉は深し
シモワレノ オトヒビクモリ セキジンノ ダイザノメグリ オチバハフカシ

『形成』(形成発行所 1965.4) 第13巻4号(通巻144号) p.3


05831
語尾濁す癖を直せと言はれにき少女の日よりたゆたひやすく
ゴビニゴス クセヲナオセト イハレニキ ショウジョノヒヨリ タユタヒヤスク

『形成』(形成発行所 1965.4) 第13巻4号(通巻144号) p.3


05832
シヤガールの海の青さを眼裏におし拡げつつまどろみゆきぬ
シヤガールノ ウミノアオサヲ マナウラニ オシヒロゲツツ マドロミユキヌ

『形成』(形成発行所 1965.4) 第13巻4号(通巻144号) p.3


05833
つなぐべき絆ならねどわが縫ひし護符など早く失ひたらむ
ツナグベキ ホダシナラネド ワガヌヒシ ゴフナドハヤク ウシナヒタラム

『形成』(形成発行所 1965.4) 第13巻4号(通巻144号) p.3


05834
包丁の曇り拭ひて刻みゆく山椒の芽のはげしく匂ふ
ホウチョウノ クモリヌグヒテ キザミユク サンシヨウノメノ ハゲシクニオフ

『形成』(形成発行所 1965.4) 第13巻4号(通巻144号) p.3


05835
骨格のどこか歪むと見て来し絵かの馬などが夜々に殖ゑゆく
コッカクノ ドコカユガムト ミテコシエ カノウマナドガ ヨヨニフヱユク

『形成』(形成発行所 1965.4) 第13巻4号(通巻144号) p.3


05836
噴水の伸び縮みしてきりもなし立ち去りがたき今のこころに
フンスイノ ノビチヂミシテ キリモナシ タチサリガタキ イマノココロニ

『形成』(形成発行所 1965.5) 第13巻5号(通巻145号) p.4


05837
夜の湾に光るささ波詰まりゐし遠き記憶も消さむすべなし
ヨノワンニ ヒカルササナミ ツマリヰシ トオキキオクモ ケサムスベナシ

『形成』(形成発行所 1965.5) 第13巻5号(通巻145号) p.4


05838
急行を待ちゐる長き停車にて車内の人らさまざまに動く
キュウコウヲ マチヰルナガキ テイシャニテ シャナイノヒトラ サマザマニウゴク

『形成』(形成発行所 1965.5) 第13巻5号(通巻154号) p.4


05839
枯れ葦のすきまに水の光るのみ舞ひ降りて来る白鳥もなし
カレアシノ スキマニミズノ ヒカルノミ マヒオリテクル ハクチョウモナシ

『形成』(形成発行所 1965.5) 第13巻5号(通巻154号) p.4


05840
割り箸をさきて一人の朝餉なす幾日の旅も終らむとして
ワリバシヲ サキテヒトリノ アサゲナス イクカノタビモ オワラムトシテ

『形成』(形成発行所 1965.5) 第13巻5号(通巻145号) p.4


05841
薪割りし痺れが腕に残りゐて亡き父母の夢ばかり見つ
マキワリシ シビレガウデニ ノコリヰテ ナキチチハハノ ユメバカリミツ

『形成』(形成発行所 1965.5) 第13巻5号(通巻145号) p.4


05842
川水の錆びてたゆたふ橋の下流しやりたき思ひわが持つ
カワミズノ サビテタユタフ ハシノシタ ナガシヤリタキ オモヒワガモツ

『形成』(形成発行所 1965.6) 第13巻6号(通巻146号) p.3


05843
木の芽あへ食む夜は思ふ故里を捨てにし父母の永きかなしみ
コノメアヘ ハムヨハオモフ フルサトヲ ステニシフボノ ナガキカナシミ

『形成』(形成発行所 1965.6) 第13巻6号(通巻146号) p.3


05844
草抜きし匂ひが指に残りゐて亡きはらからの夢ばかり見つ
クサヌキシ ニオヒガユビニ ノコリヰテ ナキハラカラノ ユメバカリミツ

『形成』(形成発行所 1965.6) 第13巻6号(通巻146号) p.3


05845
崖下の家のあたりにとまりたる車と思ひ夜半を醒めゐる
ガケシタノ イエノアタリニ トマリタル クルマトオモヒ ヨワヲサメヰル

『形成』(形成発行所 1965.6) 第13巻6号(通巻146号) p.3


05846
現実のたれに似るとも思へねど悪運強き相を持つ鬼
ゲンジツノ タレニニルトモ オモヘネド アクウンツヨキ ソウヲモツオニ

『形成』(形成発行所 1965.6) 第13巻6号(通巻146号) p.3


05847
ひとしきり猛りて落ちし野火を見つ夜の思ひの凪ぐ事もなく
ヒトシキリ タケリテオチシ ノビヲミツ ヨルノオモヒノ ナグコトモナク

『形成』(形成発行所 1965.6) 第13巻6号(通巻146号) p.3


05848
夜の道に砂が置かれて影深し何をつぶやき来しかと思ふ
ヨノミチニ スナガオカレテ カゲフカシ ナニヲツブヤキ コシカトオモフ

『形成』(形成発行所 1965.6) 第13巻6号(通巻146号) p.3


05849
喪の羽織肩より脱ぎて坐りたり午後の仕事がわれを待ちゐむ
モノハオリ カタヨリヌギテ スワリタリ ゴゴノシゴトガ ワレヲマチヰム

『形成』(形成発行所 1965.7) 第13巻7号(通巻147号) p.4


05850
裸足にて歩む痛みと思ふ夜も尖塔は十字のネオンをともす
ハダシニテ アユムイタミト オモフヨモ セントウハジュウジノ ネオンヲトモス

『形成』(形成発行所 1965.7) 第13巻7号(通巻147号) p.4


05851
結び目をほどく如くに花こぼす木蓮も夜のまなかひに置く
ムスビメヲ ホドクゴトクニ ハナコボス モクレンモヨルノ マナカヒニオク

『形成』(形成発行所 1965.7) 第13巻7号(通巻147号) p.4


05852
何の木と知らずに過ぎし年月かこまかき落ち葉踏みつつ通ふ
ナンノキト シラズニスギシ トシツキカ コマカキオチバ フミツツカヨフ

『形成』(形成発行所 1965.7) 第13巻7号(通巻147号) p.4


05853
坂道の白々と続きゐし記憶暗かりし海の色も忘れず
サカミチノ シロジロトツヅキ ヰシキオク クラカリシウミノ イロモワスレズ

『形成』(形成発行所 1965.7) 第13巻7号(通巻147号) p.4


05854
製材の音も歯ぐきにくひこむとよりどころなく臥す一日あり
セイザイノ オトモハグキニ クヒコムト ヨリドコロナク フスヒトヒアリ

『形成』(形成発行所 1965.7) 第13巻7号(通巻147号) p.4


05855
潮鳴りの音を鎮めて眠らむに底知れぬ窪みなどが見え来る
シオナリノ オトヲシズメテ ネムラムニ ソコシレヌクボミ ナドガミエクル

『形成』(形成発行所 1965.7) 第13巻7号(通巻147号) p.4


05856
方角をもたぬ砂丘のさみしさにただ海の方へ人はいざなふ
ホウガクヲ モタヌサキュウノ サミシサニ タダウミノカタヘ ヒトハイザナフ

『形成』(形成発行所 1965.8) 第13巻8号(通巻148号) p.3


05857
砂山を越え来し思ひはるけきにアカシヤの花錆びて吹かるる
スナヤマヲ コエコシオモヒ ハルケキニ アカシヤノハナ サビテフカルル

『形成』(形成発行所 1965.8) 第13巻8号(通巻148号) p.3


05858
松の木のうろこにしみて降る雨か黄の傘をさし子らのゆきかふ
マツノキノ ウロコニシミテ フルアメカ キノカサヲサシ コラノユキカフ

『形成』(形成発行所 1965.8) 第13巻8号(通巻148号) p.3


05859
物語の中の少女に言はしめし台詞にいつかわれも傷つく
モノガタリノ ナカノショウジョニ イハシメシ セリフニイツカ ワレモキズツク

『形成』(形成発行所 1965.8) 第13巻8号(通巻148号) p.3


05860
白樺の実生の苗木届きたりまだ雪消えぬ甲斐の国より
シラカバノ ミショウノナエギ トドキタリ マダユキキエヌ カイノクニヨリ

『形成』(形成発行所 1965.8) 第13巻8号(通巻148号) p.3


05861
首垂れて洗はれてゐる仔馬あり何にさみしきわれの心か
クビタレテ アラハレテヰル コウマアリ ナンニサミシキ ワレノココロカ

『形成』(形成発行所 1965.8) 第13巻8号(通巻148号) p.3


05862
亡き父の在りし日を知るただ一人かの老記者も再びは来ず
ナキチチノ アリシヒヲシル タダヒトリ カノロウキシャモ フタタビハコズ

『形成』(形成発行所 1965.8) 第13巻8号(通巻148号) p.3


05863
うるみゐし輪郭のふと定まりて換羽終へたる文鳥の白
ウルミヰシ リンカクノフト サダマリテ カンウオヘタル ブンチョウノシロ

『形成』(形成発行所 1965.10) 第13巻10号(通巻150号) p.3


05864
職員の一人変りて夕顔もサルビアの花も今年は咲かず
ショクインノ ヒトリカワリテ ユウガオモ サルビアノハナモ コトシハサカズ

『形成』(形成発行所 1965.10) 第13巻10号(通巻150号) p.3


05865
一片の紙に断たれしゑにしにて鳥のゆくへのごとく知られず
ヒトヒラノ カミニタタレシ ヱニシニテ トリノユクヘノ ゴトクシラレズ

『形成』(形成発行所 1965.10) 第13巻10号(通巻150号) p.3


05866
風船に運ばれて来し去年の種子今し紺碧のあさがほと咲く
フウセンニ ハコバレテコシ コゾノタネ イマシコンペキノ アサガホトサク

『形成』(形成発行所 1965.10) 第13巻10号(通巻150号) p.3


05867
蛇使ひの少年をかこむ輪もとけて脈絡のなき人波流る
ヘビツカヒノ ショウネンヲカコム ワモトケテ ミャクラクノナキ ヒトナミナガル

『形成』(形成発行所 1965.10) 第13巻10号(通巻150号) p.3


05868
腕時計読みあひて椅子を立ちゆけりいかなる夜の別離かあらむ
ウデドケイ ヨミアヒテイスヲ タチユケリ イカナルヨルノ ベツリカアラム

『形成』(形成発行所 1965.10) 第13巻10号(通巻150号) p.3


05869
どのやうな連想を持つ妹か風鈴の音をはげしく厭ふ
ドノヤウナ レンソウヲモツ イモウトカ フウリンノネヲ ハゲシクキラフ

『形成』(形成発行所 1965.11) 第13巻11号(通巻151号) p.3


05870
藤の花の縫ひ紋残る亡き母の夏の羽織に風通し置く
フジノハナノ ヌヒモンノコル ナキハハノ ナツノハオリニ カゼトオシオク

『形成』(形成発行所 1965.11) 第13巻11号(通巻151号) p.3


05871
間道に落葉焚く香のなづさへば住み慣れし街のごとく歩めリ
カンドウニ オチバタクカノ ナヅサヘバ スミナレシマチノ ゴトクアユメリ

『形成』(形成発行所 1965.11) 第13巻11号(通巻151号) p.3


05872
くちびるの厚き女として描く画家をうとめる思ひの去らず
クチビルノ アツキオンナト シテエガク ガカヲウトメル オモヒノサラズ

『形成』(形成発行所 1965.11) 第13巻11号(通巻151号) p.3


05873
透明の小箱かさねて卵売れりどこを向きても溝にほふ街
トウメイノ コバコカサネテ タマゴウレリ ドコヲムキテモ ミゾニホフマチ

『形成』(形成発行所 1965.11) 第13巻11号(通巻151号) p.3


05874
あざやかな斑を持つ蝶を見し夢もめざめの後の不安を誘ふ
アザヤカナ フヲモツチョウヲ ミシユメモ メザメノアトノ フアンヲサソフ

『形成』(形成発行所 1965.11) 第13巻11号(通巻151号) p.3


05875
巻尺をたぐりて人の去りゆけりダムの町は既に雪降るといふ
マキジャクヲ タグリテヒトノ サリユケリ ダムノマチハスデニ ユキフルトイフ

『形成』(形成発行所 1965.11) 第13巻11号(通巻151号) p.3


05876
シチリアの島を彩る花と告げてスヰートピーの種子送り来ぬ
シチリアノ シマヲイロドル ハナトツゲテ スヰートピーノ シュシオクリキヌ

『形成』(形成発行所 1966.2) 第14巻2号(通巻154号) p.17


05877
水枯れし林泉のほとりの日溜りに音なくあそぶ冬の小鳥ら
ミズカレシ シマノホトリノ ヒダマリニ オトナクアソブ フユノコトリラ

『形成』(形成発行所 1966.2) 第14巻2号(通巻154号) p.17


05878
氷柱を凶器としたる物語読み終へて肩に来る冷え著し
ヒョウチュウヲ キョウキトシタル モノガタリ ヨミオヘテカタニ クルヒエシルシ

『形成』(形成発行所 1966.2) 第14巻2号(通巻154号) p.17


05879
梁に垂れゐる繩を怖れつつ仕へし家も義母もはるけし
ウツバリニ タレヰルナワヲ オソレツツ ツカヘシイエモ ギボモハルケシ

『形成』(形成発行所 1966.2) 第14巻2号(通巻154号) p.17


05880
コンクリートの大き塊うづめつつ道路工事の今日も続けり
コンクリートノ オオキカタマリ ウヅメツツ ドウロコウジノ キョウモツヅケリ

『形成』(形成発行所 1966.2) 第14巻2号(通巻154号) p.17


05881
鉄塔の傾きて来る錯覚も夜空をながく仰ぎゐしゆゑ
テットウノ カタムキテクル サッカクモ ヨゾラヲナガク アオギヰシユヱ

『形成』(形成発行所 1966.2) 第14巻2号(通巻154号) p.17


05882
貝塚の跡しろじろと乾きゐてまぼろしの海はいづこより鳴る
カイズカノ アトシロジロト カワキヰテ マボロシノウミハ イヅコヨリナル

『形成』(形成発行所 1966.2) 第14巻2号(通巻154号) p.17


05883
ひしひしと芽吹きてあらむ輪郭のけむれる森を遠景に置く
ヒシヒシト メブキテアラム リンカクノ ケムレルモリヲ エンケイニオク

『形成』(形成発行所 1966.3) 第14巻3号(通巻155号) p.5


05884
醒めて聴く警笛の音遠ざかり次第に幅のせばまりゆけり
サメテキク ケイテキノオト トオザカリ シダイニハバノ セバマリユケリ

『形成』(形成発行所 1966.3) 第14巻3号(通巻155号) p.5


05885
久々に語りあはむといふ便り薔薇の季節に来よと書き添ふ
ヒサビサニ カタリアハムト イフタヨリ バラノキセツニ コヨトカキソフ

『形成』(形成発行所 1966.3) 第14巻3号(通巻155号) p.5


05886
卓上を飾れる花を分けあひて少女らもみな消え去りゆけり
タクジョウヲ カザレルハナヲ ワケアヒテ ショウジョラモミナ キエサリユケリ

『形成』(形成発行所 1966.3) 第14巻3号(通巻155号) p.5


05887
くちずさむミニヨンの歌インコらの卵は何の色に孵らむ
クチズサム ミニヨンノウタ インコラノ タマゴハナンノ イロニカヘラム

『形成』(形成発行所 1966.3) 第14巻3号(通巻155号) p.5


05888
鳥の羽の如き落ち葉をふりこぼすメタセコイアも旅ゆきて知る
トリノハネノ ゴトキオチバヲ フリコボス メタセコイアモ タビユキテシル

『形成』(形成発行所 1966.3) 第14巻3号(通巻155号) p.5


05889
明日の日の何占はむ山繭のみどりの粒を手にまろがして
アスノヒノ ナニウラナハム ヤママユノ ミドリノツブヲ テニマロガシテ

『形成』(形成発行所 1966.3) 第14巻3号(通巻155号) p.5


05890
あたたかく雪を被ける羅漢の中見知らぬ祖父の顔もあらむか
アタタカク ユキヲカズケル ラカンノナカ ミシラヌソフノ カオモアラムカ

『形成』(形成発行所 1966.4) 第14巻4号(通巻156号) p.5


05891
父母のこころも知らず蹄型の小さき磁石を持ちて遊びき
チチハハノ ココロモシラズ テイケイノ チイサキジセキヲ モチテアソビキ

『形成』(形成発行所 1966.4) 第14巻4号(通巻156号) p.5


05892
重き扉押して出づればたちこめし霧をへだてて夜の海は鳴る
オモキトビラ オシテイヅレバ タチコメシ キリヲヘダテテ ヨノウミハナル

『形成』(形成発行所 1966.4) 第14巻4号(通巻156号) p.5


05893
音荒く通り抜けゆくトラックにかきたてらるるかなしみのあり
オトアラク トオリヌケユク トラックニ カキタテラルル カナシミノアリ

『形成』(形成発行所 1966.4) 第14巻4号(通巻156号) p.5


05894
くらがりに灯ともすごとき水仙の花々も見て別れ来にけり
クラガリニ ヒトモスゴトキ スイセンノ ハナバナモミテ ワカレキニケリ

『形成』(形成発行所 1966.4) 第14巻4号(通巻156号) p.5


05895
待ち針を数へ直しつつ寂しめば果て知れずして木枯渡る
マチバリヲ カゾヘナオシツツ サビシメバ ハテシレズシテ コガラシワタル

『形成』(形成発行所 1966.4) 第14巻4号(通巻156号) p.5


05896
染めあげし青のスカーフ野の風を呼びつつ乾く白日のなか
ソメアゲシ アオノスカーフ ノノカゼヲ ヨビツツカワク ハクジツノナカ

『形成』(形成発行所 1966.4) 第14巻4号(通巻156号) p.5


05897
さまざまの角度に鏡の映りあひて騒がしき家具の売場過ぎゆく
サマザマノ カクドニカガミノ ウツリアヒテ サワガシキカグノ ウリバスギユク

『形成』(形成発行所 1966.4) 第14巻4号(通巻156号) p.5


05898
埋め立てを終へし沼尻草萌えの色はいつしか砂磔を蔽ふ
ウメタテヲ オヘシヌマジリ クサモエノ イロハイツシカ サレキヲオオフ

『形成』(形成発行所 1966.5) 第14巻5号(通巻157号) p.3


05899
貶めて帰りし人も寂しきか匂ひしみたる双手を洗ふ
オトシメテ カエリシヒトモ サビシキカ ニオヒシミタル モロテヲアラフ

『形成』(形成発行所 1966.5) 第14巻5号(通巻157号) p.3


05900
太幹に黄の丸印書かれゐて樅の知らざる不安はきざす
フトミキニ キノマルジルシ カカレヰテ モミノシラザル フアンハキザス

『形成』(形成発行所 1966.5) 第14巻5号(通巻157号) p.3


05901
父母の声よみがへる季節かと河原にながくタラの芽を摘む
チチハハノ コエヨミガヘル キセツカト カワラニナガク タラノメヲツム

『形成』(形成発行所 1966.5) 第14巻5号(通巻157号) p.3


05902
偽りを言はねばならず言ひしあときらめく波の寄せ来るごとし
イツワリヲ イハネバナラズ イヒシアト キラメクナミノ ヨセクルゴトシ

『形成』(形成発行所 1966.5) 第14巻5号(通巻157号) p.3


05903
合歓の木の遅き芽吹きを待つ心二重星の位置を夜々に仰ぎて
ネムノキノ オソキメブキヲ マツココロ ミザルノイチヲ ヨヨニアオギテ

『形成』(形成発行所 1966.5) 第14巻5号(通巻157号) p.4


05904
ほの白き犬サフランの花置けば夜の机に風湧くごとし
ホノシロキ イヌサフランノ ハナオケバ ヨルノツクエニ カゼワクゴトシ

『形成』(形成発行所 1966.5) 第14巻5号(通巻157号) p.4


05905
打楽器の音のみ響き来るゆふべ自らを責むることにも倦みぬ
ダガッキノ オトノミヒビキ クルユフベ ミズカラヲセムル コトニモウミヌ

『形成』(形成発行所 1966.7) 第14巻7号(通巻159号) p.5


05906
くらがりに次第に慣れて壁面の画鋲の一つ二つ見え来る
クラガリニ シダイニナレテ ヘキメンノ ガビョウノヒトツ フタツミエクル

『形成』(形成発行所 1966.7) 第14巻7号(通巻159号) p.5


05907
緋の魚のむらがりて来る夢なりき目ざめし闇に水の音する
ヒノウオノ ムラガリテクル ユメナリキ メザメシヤミニ ミズノオトスル

『形成』(形成発行所 1966.7) 第14巻7号(通巻159号) p.5


05908
夕凪ぎは沼を蔽ひて久しきに告げ得ぬ語彙のふくらみやまず
ユウナギハ ヌマヲオオヒテ ヒサシキニ ツゲエヌゴイノ フクラミヤマズ

『形成』(形成発行所 1966.7) 第14巻7号(通巻159号) p.5


05909
移民船に托して送る花の種子理非を糺さむ行為に遠く
イミンセンニ タクシテオクル ハナノシュシ リヒヲタダサム コウイニトオク

『形成』(形成発行所 1966.7) 第14巻7号(通巻159号) p.5


05910
やはらかく髪をほぐして眠らむに身を脅かす何事もなし
ヤハラカク カミヲホグシテ ネムラムニ ミヲオビヤカス ナニゴトモナシ

『形成』(形成発行所 1966.7) 第14巻7号(通巻159号) p.5


05911
われらにて絶ゆる系譜を悔やまねどうすき縁に櫁花咲く
ワレラニテ タユルケイフヲ クヤマネド ウスキエニシニ シキビハナサク

『形成』(形成発行所 1966.7) 第14巻7号(通巻159号) p.5


05912
タラップに片足掛けて振り向けるかの夜の笑顔を再びは見ず
タラップニ カタアシカケテ フリムケル カノヨノエガオヲ フタタビハミズ

『形成』(形成発行所 1966.9) 第14巻9号(通巻161号) p.7


05913
喪の花の打ち寄せられてゐる渚次第にこころ乾きて歩む
モノハナノ ウチヨセラレテ ヰルナギサ シダイニココロ カワキテアユム

『形成』(形成発行所 1966.9) 第14巻9号(通巻161号) p.7


05914
片袖の濡れゆくままに歩みつつ奪はれやすき立場も寂し
カタソデノ ヌレユクママニ アユミツツ ウバハレヤスキ タチバモサビシ

『形成』(形成発行所 1966.9) 第14巻9号(通巻161号) p.7


05915
ガラス戸の雨のしづくに灯がともり一つ一つのわれを過ぎゆく
ガラスドノ アメノシヅクニ ヒガトモリ ヒトツヒトツノ ワレヲスギユク

『形成』(形成発行所 1966.9) 第14巻9号(通巻161号) p.7


05916
送られし素描に浮ける指紋幾つ遠き異変を伝へてやまず
オクラレシ ソビョウニウケル シモンイクツ トオキイヘンヲ ツタヘテヤマズ

『形成』(形成発行所 1966.9) 第14巻9号(通巻161号) p.7


05917
鈴の音をまろばせて歩む猫とゐて失ふのみのくらしが続く
スズノネヲ マロバセテアユム ネコトヰテ ウシナフノミノ クラシガツヅク

『形成』(形成発行所 1966.9) 第14巻9号(通巻161号) p.7


05918
墓原のほとりに棲める年月に聞き分けてはげし鴉の言葉
ハカハラノ ホトリニスメル トシツキニ キキワケテハゲシ カラスノコトバ

『形成』(形成発行所 1966.9) 第14巻9号(通巻161号) p.7


05919
門灯の光のなかに湧き出でてしろじろと何の花か咲きゐつ
モントウノ ヒカリノナカニ ワキイデテ シロジロトナンノ ハナカサキヰツ

『形成』(形成発行所 1966.10) 第14巻10号(通巻162号) p.3


05920
車窓より見ゆるプールに色彩の溢れて音を聞かぬまま過ぐ
シャソウヨリ ミユルプールニ シキサイノ アフレテオトヲ キカヌママスグ

『形成』(形成発行所 1966.10) 第14巻10号(通巻162号) p.3


05921
軒下に乾かぬものを殖やしつつ雨降れば雨に泥みゆくなり
ノキシタニ カワカヌモノヲ フヤシツツ アメフレバアメニ ナズミユクナリ

『形成』(形成発行所 1966.10) 第14巻10号(通巻162号) p.3


05922
朝々に黄色の錠剤飲みて出づ雨季を厭ひき別れし人も
アサアサニ キイロノジョウザイ ノミテイヅ ウキヲイトヒキ ワカレシヒトモ

『形成』(形成発行所 1966.10) 第14巻10号(通巻162号) p.3


05923
蜃気楼など見ずに逝きたる父母ぞとながき停車に目ざめて思ふ
シンキロウナド ミズニユキタル チチハハゾト ナガキテイシャニ メザメテオモフ

『形成』(形成発行所 1966.10) 第14巻10号(通巻162号) p.3


05924
ゆくりなく心は憩ふ勾玉のくぼみに溜る埃を拭きつつ
ユクリナク ココロハイコフ マガタマノ クボミニタマル ホコリヲフキツツ

『形成』(形成発行所 1966.10) 第14巻10号(通巻162号) p.3


05925
咲き残るダリアの朱は小さくて夏の終りの雨にうたれゐる
サキノコル ダリアノアケハ チイサクテ ナツノオワリノ アメニウタレヰル

『形成』(形成発行所 1966.10) 第14巻10号(通巻162号) p.3


05926
ものの香のまつはるごとき日のゆふべ街に出でゆく用を作りて
モノノカノ マツハルゴトキ ヒノユフベ マチニイデユク ヨウヲツクリテ

『形成』(形成発行所 1966.11) 第14巻11号(通巻163号) p.4


05927
触発を下待ちてゐたるわれかとも曇りの街を行きつつ思ふ
ショクハツヲ シタマチテヰタル ワレカトモ クモリノマチヲ ユキツツオモフ

『形成』(形成発行所 1966.11) 第14巻11号(通巻163号) p.4


05928
たのしみて待つこと淡き日々ながらレースの花の白々と満つ
タノシミテ マツコトアワキ ヒビナガラ レースノハナノ シロジロトミツ

『形成』(形成発行所 1966.11) 第14巻11号(通巻163号) p.4


05929
みどり児の泣き声闇の奥にして空襲の夜の遠き記憶を呼ばふ
ミドリゴノ ナキゴエヤミノ オクニシテ クウシュウノヨノトオキ キオクヲヨバフ

『形成』(形成発行所 1966.11) 第14巻11号(通巻163号) p.4


05930
いづくにか月ありて明るき畦の道老いし狐のごとくしはぶく
イヅクニカ ツキアリテアカルキ アゼノミチ オイシキツネノ ゴトクシハブク

『形成』(形成発行所 1966.11) 第14巻11号(通巻163号) p.4


05931
妹とくらす月日に梟の時計も古りて鳴かずなりたり
イモウトト クラスツキヒニ フクロウノ トケイモフリテ ナカズナリタリ

『形成』(形成発行所 1966.11) 第14巻11号(通巻163号) p.4


05932
磨きゐるガラスに透けて対岸の杉の梢のしきりに乱る
ミガキヰル ガラスニスケテ タイガンノ スギノコズエノ シキリニミダル

『形成』(形成発行所 1966.11) 第14巻11号(通巻163号) p.4


05933
音荒く椅子たたみ人ら出でゆけり黒板の文字を一つづつ消す
オトアラク イスタタミヒトラ イデユケリ コクバンノモジヲ ヒトツヅツケス

『形成』(形成発行所 1967.1) 第15巻1号(通巻165号) p.4


05934
金属のつめたき把手に触れて来て奈落のごとき夜を迎へたり
キンゾクノ ツメタキノブニ フレテキテ ナラクノゴトキ ヨヲムカヘタリ

『形成』(形成発行所 1967.1) 第15巻1号(通巻165号) p.4


05935
対岸の暗き木の間にたれかゐてフニクリフニクラ口笛に吹く
タイガンノ クラキコノマニ タレカヰテ フニクリフニクラ クチブエニフク

『形成』(形成発行所 1967.1) 第15巻1号(通巻165号) p.4


05936
雨あとの光のなかに湧き出でて石蕗はけうとき香を漂はす
アメアトノ ヒカリノナカニ ワキイデテ ツハハケウトキ カヲタダヨハス

『形成』(形成発行所 1967.1) 第15巻1号(通巻165号) p.4


05937
市果ててガラスの翼張りゐたる小さき天使も運び去られぬ
イチハテテ ガラスノツバサ ハリヰタル チイサキテンシモ ハコビサラレヌ

『形成』(形成発行所 1967.1) 第15巻1号(通巻165号) p.4


05938
凭れゐる擬木の柱つめたきにのがるるごとく水は流れゆく
モタレヰル ギボクノハシラ ツメタキニ ノガルルゴトク ミズハナガレユク

『形成』(形成発行所 1967.1) 第15巻1号(通巻165号) p.4


05939
対岸の夕日に遠く屋根光り石切る音のをりをり届く
タイガンノ ユウヒニトオク ヤネヒカリ イシキルオトノ ヲリヲリトドク

『形成』(形成発行所 1967.2) 第15巻2号(通巻166号) p.3


05940
鍵穴のごときが不意に闇に見え疲れて帰る夜が続くなり
カギアナノ ゴトキガフイニ ヤミニミエ ツカレテカエル ヨガツヅクナリ

『形成』(形成発行所 1967.2) 第15巻2号(通巻166号) p.3


05941
霧の夜に汽笛を鳴らすこともなく柩乗せたる船の出でゆく
キリノヨニ キテキヲナラス コトモナク ヒツギノセタル フネノイデユク

『形成』(形成発行所 1967.2) 第15巻2号(通巻166号) p.4


05942
葛の葉の襤褸まとひて立つ木あり魚臭をはこぶ霧ながれつつ
クズノハノ ランルマトヒテ タツキアリ ギョシュウヲハコブ キリナガレツツ

『形成』(形成発行所 1967.2) 第15巻2号(通巻166号) p.4


05943
伏せておく白埴の壼返り咲くくさぐさの花を挿すこともなし
フセテオク シロハニノツボ カエリサク クサグサノハナヲ サスコトモナシ

『形成』(形成発行所 1967.2) 第15巻2号(通巻166号) p.4


05944
いつよりか工事場の灯にまみれつつ見なれぬ影をなす一樹あり
イツヨリカ コウジバノヒニ マミレツツ ミナレヌカゲヲ ナスイチジュアリ

『形成』(形成発行所 1967.2) 第15巻2号(通巻166号) p.4


05945
氷盤の割れ目に落ちてましぐらに沈めるものの輝きやまず
ヒョウバンノ ワレメニオチテ マシグラニ シズメルモノノ カガヤキヤマズ

『形成』(形成発行所 1967.2) 第15巻2号(通巻166号) p.4


05946
長命の手相もさびし新しき楽譜幾枚われにとどきて
チョウメイノ テソウモサビシ アタラシキ ガクフイクマイ ワレニトドキテ

『形成』(形成発行所 1967.3) 第15巻3号(通巻167号) p.3


05947
唐突に電話が鳴りて眼先に人の使えるナイフかがやく
トウトツニ デンワガナリテ マナサキニ ヒトノツカエル ナイフカガヤク

『形成』(形成発行所 1967.3) 第15巻3号(通巻167号) p.3


05948
みどり児を抱ける写真送り来ぬリルケを好む教へ子なりき
ミドリゴヲ イダケルシャシン オクリキヌ リルケヲコノム オシヘゴナリキ

『形成』(形成発行所 1967.3) 第15巻3号(通巻167号) p.3


05949
椅子のまま沈みてゆける幻覚に水底のごとき風が流るる
イスノママ シズミテユケル ゲンカクニ ミナソコノゴトキ カゼガナガルル

『形成』(形成発行所 1967.3) 第15巻3号(通巻167号) p.3


05950
塩はゆき木の実はみつつ一人ゐて継ぎめだらけの心と思ふ
シオハユキ コノミハミツツ ヒトリヰテ ツギメダラケノ ココロトオモフ

『形成』(形成発行所 1967.3) 第15巻3号(通巻167号) p.3


05951
石を積む作業のつづく道のほとり焚き火の跡のしるく匂へり
イシヲツム サギョウノツヅク ミチノホトリ タキビノアトノ シルクニオヘリ

『形成』(形成発行所 1967.3) 第15巻3号(通巻167号) p.3


05952
如何ならむ過去の苛みボンゴの音聞えて眠れぬ夜のあると言ふ
イカナラム カコノサイナミ ボンゴノネ キコエテネムレヌ ヨノアルトイフ

『形成』(形成発行所 1967.3) 第15巻3号(通巻167号) p.3


05953
逆巻きて危ふき海を思ふ日にジャワの更紗の布は届きぬ
サカマキテ アヤフキウミヲ オモフヒニ ジャワノサラサノ ヌノハトドキヌ

『形成』(形成発行所 1967.4) 第15巻4号(通巻168号) p.5


05954
ふくらなる耳殻を持てる幼な子の積み木の城を築きて倦まず
フクラナル ジカクヲモテル オサナゴノ ツミキノシロヲ キズキテウマズ

『形成』(形成発行所 1967.4) 第15巻4号(通巻168号) p.5


05955
わが持たぬ苛虐のこころフラスコに未だ生きゐる百足を覗く
ワガモタヌ カギャクノココロ フラスコニ イマダイキヰル ムカデヲノゾク

『形成』(形成発行所 1967.4) 第15巻4号(通巻168号) p.6


05956
思はざる悔やしみ湧きて開きたる五階をとりまく空間寒し
オモハザル クヤシミワキテ ヒラキタル ゴカイヲトリマク クウカンサムシ

『形成』(形成発行所 1967.4) 第15巻4号(通巻168号) p.6


05957
こだはればきりなきものを尉面のかげる間多き雨季は近づく
コダハレバ キリナキモノヲ ジョウメンノ カゲルマオオキ ウキハチカヅク

『形成』(形成発行所 1967.4) 第15巻4号(通巻168号) p.6


05958
霊代を海中に燃すふるさとの習ひに似つつゆらぐ漁り火
タマシロヲ ワタナカニモス フルサトノ ナラヒニニツツ ユラグイサリビ

『形成』(形成発行所 1967.4) 第15巻4号(通巻168号) p.6


05959
鎮台の跡の草むら敷石を走る亀裂を見しのみに行く
チンダイノ アトノクサムラ シキイシヲ ハシルキレツヲ ミシノミニユク

『形成』(形成発行所 1967.9) 第15巻9号(通巻173号) p.3


05960
芦の穂の乱れてそよぐまぶしさに帰らぬ人のことをまた言ふ
アシノホノ ミダレテソヨグ マブシサニ カエラヌヒトノ コトヲマタイフ

『形成』(形成発行所 1967.9) 第15巻9号(通巻173号) p.3


05961
地を埋めて芥子の花湧く幻覚に朱肉の壼を閉ぢて立ちゆく
チヲウメテ ケシノハナワク ゲンカクニ シュニクノツボヲ トヂテタチユク

『形成』(形成発行所 1967.9) 第15巻9号(通巻173号) p.3


05962
時の間の暗黒さへも許されず噴水の色は忽ち変る
トキノマノ アンコクサヘモ ユルサレズ フンスイノイロハ タチマチカワル

『形成』(形成発行所 1967.9) 第15巻9号(通巻173号) p.3


05963
医師の手にゴムの歯型を残し来てまぎれもあらぬわが夜の顔
イシノテニ ゴムノハガタヲ ノコシキテ マギレモアラヌ ワガヨルノカオ

『形成』(形成発行所 1967.9) 第15巻9号(通巻173号) p.3


05964
泥亀のかさなりあへる橋の下腐蝕されゆく思ひに覗く
ドロガメノ カサナリアヘル ハシノシタ フショクサレユク オモヒニノゾク

『形成』(形成発行所 1967.9) 第15巻9号(通巻173号) p.3


05965
荒れやすき会話の中に次々に入り来るつぶてのごとき羽虫ら
アレヤスキ カイワノナカニ ツギツギニ イリクルツブテノ ゴトキハムシラ

『形成』(形成発行所 1967.9) 第15巻9号(通巻173号) p.3


05966
出で入りのはげしくなれるドアが見ゆ次第に何の迫らむとして
イデイリノ ハゲシクナレル ドアガミユ シダイニナンノ セマラムトシテ

『形成』(形成発行所 1968.3) 第16巻3号(通巻179号) p.4


05967
花びらをたたむごとくにカナリアのむくろを包む白きガーゼに
ハナビラヲ タタムゴトクニ カナリアノ ムクロヲクルム シロキガーゼニ

『形成』(形成発行所 1968.3) 第16巻3号(通巻179号) p.4


05968
人の手を借りねば癒えぬさびしさに疼く腕を吊りつつ通ふ
ヒトノテヲ カリネバイエヌ サビシサニ ウズクカイナヲ ツリツツカヨフ

『形成』(形成発行所 1968.3) 第16巻3号(通巻179号) p.4


05969
他意のなき言葉ならむと思ひ返す午後の薬を飲み忘れゐて
タイノナキ コトバナラムト オモヒカエス ゴゴノクスリヲ ノミワスレヰテ

『形成』(形成発行所 1968.3) 第16巻3号(通巻179号) p.4


05970
磯波の寄せては返し避けがたく蝕されてゐるわがどの部分
イソナミノ ヨセテハカエシ サケガタク オカサレテヰル ワガドノブブン

『形成』(形成発行所 1968.3) 第16巻3号(通巻179号) p.4


05971
空間に垂れてしづまる虫のあり触るることなく今は過ぎゆく
クウカンニ タレテシヅマル ムシノアリ フルルコトナク イマハスギユク

『形成』(形成発行所 1968.3) 第16巻3号(通巻179号) p.4


05972
風やめばしづまり返るほかはなき枯れ葦となり夕映えのなか
カゼヤメバ シヅマリカエル ホカハナキ カレアシトナリ ユウバエノナカ

『形成』(形成発行所 1968.3) 第16巻3号(通巻179号) p.4


05973
焦だちのいつかうすれてしなやかにリボンを結ぶ指を見てゐつ
イラダチノ イツカウスレテ シナヤカニ リボンヲムスブ ユビヲミテヰツ

『形成』(形成発行所 1968.4) 第16巻4号(通巻180号) p.4


05974
登山用の鉈を人は買ひ爪切りの小さき一つをわれの買ひたり
トザンヨウノ ナタヲヒトハカヒ ツメキリノ チイサキヒトツヲ ワレノカヒタリ

『形成』(形成発行所 1968.4) 第16巻4号(通巻180号) p.4


05975
ガラス戸を持ちあげて漸くかかる鍵眠らむとしてしばらく寂し
ガラスドヲ モチアゲテヨウヤク カカルカギ ネムラムトシテ シバラクサビシ

『形成』(形成発行所 1968.4) 第16巻4号(通巻180号) p.4


05976
雪の夜につどへる一人声低くシベリアにある墓のことを言ふ
ユキノヨニ ツドヘルヒトリ コエヒクク シベリアニアル ハカノコトヲイフ

『形成』(形成発行所 1968.4) 第16巻4号(通巻180号) p.4


05977
マッチの棒を頁に挟み立ちてゆく会はずにすまむ仕事にあらず
マッチノボウヲ ページニハサミ タチテユク アハズニスマム シゴトニアラズ

『形成』(形成発行所 1968.4) 第16巻4号(通巻180号) p.4


05978
いつまでも待たむと決めて出されたる林檎嚙みつつ何処か寒し
イツマデモ マタムトキメテ ダサレタル リンゴカミツツ イズコカサムシ

『形成』(形成発行所 1968.4) 第16巻4号(通巻180号) p.4


05979
底深くつながりてゐる島ならむつぎつぎに潮に隠れてしまふ
ソコフカク ツナガリテヰル シマナラム ツギツギニシオニ カクレテシマフ

『形成』(形成発行所 1968.4) 第16巻4号(通巻180号) p.4


05980
おもむろに手袋をはめて出でゆける若者の吹く口笛聞こゆ
オモムロニ テブクロヲハメテ イデユケル ワカモノノフク クチブエキコユ

『形成』(形成発行所 1968.5) 第16巻5号(通巻181号) p.5


05981
風の夜の浅き眠りに揺れ出でて呪文のごとき韓国の文字
カゼノヨノ アサキネムリニ ユレイデテ ジュモンノゴトキ カンコクノモジ

『形成』(形成発行所 1968.5) 第16巻5号(通巻181号) p.5


05982
足首を吹く風寒く月かげを返して光る残雪のあり
アシクビヲ フクカゼサムク ツキカゲヲ カエシテヒカル ザンセツノアリ

『形成』(形成発行所 1968.5) 第16巻5号(通巻181号) p.5


05983
びつしりと地を埋めゐし苔のいろ息苦しさに醒めつつ思ふ
ビツシリト チヲウズメヰシ コケノイロ イキグルシサニ サメツツオモフ

『形成』(形成発行所 1968.5) 第16巻5号(通巻181号) p.5


05984
あたたかき砂踏みゆけば幼ならのゑがく海にも春の来てゐる
アタタカキ スナフミユケバ オサナラノ ヱガクウミニモ ハルノキテヰル

『形成』(形成発行所 1968.5) 第16巻5号(通巻181号) p.5


05985
靴べらを踵に入れし時の間に会ひたる悔いの身にひろがりぬ
クツベラヲ カカトニイレシ トキノマニ アヒタルクイノ ミニヒロガリヌ

『形成』(形成発行所 1968.5) 第16巻5号(通巻181号) p.5


05986
体より心を病むとみづからに知りつつ雨の日も注射にかよふ
カラダヨリ ココロヲヤムト ミヅカラニ シリツツアメノヒモ チュウシャニカヨフ

『形成』(形成発行所 1968.10) 第16巻10号(通巻186号) p.4


05987
塩はゆきものを食みたき願ひなど眠らむとしてきざすさびしさ
シオハユキ モノヲハミタキ ネガヒナド ネムラムトシテ キザスサビシサ

『形成』(形成発行所 1968.10) 第16巻10号(通巻186号) p.4


05988
白粥の上に張りたる膜の上かすかに湯気の廻りてうごく
シラカユノ ウエニハリタル マクノウエ カスカニユゲノ マワリテウゴク

『形成』(形成発行所 1968.10) 第16巻10号(通巻186号) p.4


05989
フラメンコの踊り子らしき少女らの過ぎて明るき梅雨明けの坂
フラメンコノ オドリコラシキ ショウジョラノ スギテアカルキ ツユアケノサカ

『形成』(形成発行所 1968.10) 第16巻10号(通巻186号) p.4


05990
葬列の短かく過ぎて藁塚の藁の匂ひのたつこともなし
ソウレツノ ミジカクスギテ ワラツカノ ワラノニオヒノ タツコトモナシ

『形成』(形成発行所 1968.10) 第16巻10号(通巻186号) p.4


05991
こまごまと花をつづれる黐の垣赤の葵はぬきんでて咲く
コマゴマト ハナヲツヅレル モチノカキ アカノアオイハ ヌキンデテサク

『形成』(形成発行所 1968.10) 第16巻10号(通巻186号) p.4


05992
新しき叙勲の文字を彫り足して兵士の墓を今も野に置く
アタラシキ ジョクンノモジヲ ホリタシテ ヘイシノハカヲ イマモノニオク

『形成』(形成発行所 1968.10) 第16巻10号(通巻186号) p.4


05993
てのひらにまろばしてあそぶ二つ三つ巻貝は軽き音に触れあふ
テノヒラニ マロバシテアソブ フタツミツ マキガイハカルキ オトニフレアフ

『形成』(形成発行所 1968.11) 第16巻11号(通巻187号) p.4


05994
髪の毛に何かまつはるごとき日を根つめて縫ふ厚きスカート
カミノケニ ナニカマツハル ゴトキヒヲ コンツメテヌフ アツキスカート

『形成』(形成発行所 1968.11) 第16巻11号(通巻187号) p.4


05995
漆黒の喪の帯にふと浮き出づる水の模様を見つつつきゆく
シッコクノ モノオビニフト ウキイヅル ミズノモヨウヲ ミツツツキユク

『形成』(形成発行所 1968.11) 第16巻11号(通巻187号) p.4


05996
いくばくの傾斜かありて流れたりコンクリートの床に降る雨
イクバクノ ケイシャカアリテ ナガレタリ コンクリートノ ユカニフルアメ

『形成』(形成発行所 1968.11) 第16巻11号(通巻187号) p.4


05997
相会はぬ年月に何をゑがきけむ深藍いろの切符が届く
アイアハヌ トシツキニナニヲ ヱガキケム フカアイイロノ キップガトドク

『形成』(形成発行所 1968.11) 第16巻11号(通巻187号) p.4


05998
身動きのならぬ日あるをうとみつつわれを支へて数知れぬ糸
ミウゴキノ ナラヌヒアルヲ ウトミツツ ワレヲササヘテ カズシレヌイト

『形成』(形成発行所 1968.11) 第16巻11号(通巻187号) p.4


05999
葦の間をゆるく流れて大雨のあとの芥をいづこへはこぶ
アシノマヲ ユルクナガレテ オオアメノ アトノアクタヲ イヅコヘハコブ

『形成』(形成発行所 1968.11) 第16巻11号(通巻187号) p.4


06000
たれの住む家とも知れず石垣の土のほつれを今朝も見て過ぐ
タレノスム イエトモシレズ イシガキノ ツチノホツレヲ ケサモミテスグ

『形成』(形成発行所 1968.12) 第16巻12号(通巻188号) p.6


06001
どくだみの返り花咲き雨のなかに小さき十字花冠をささぐ
ドクダミノ カエリハナサキ アメノナカニ チイサキジュウジ カカンヲササグ

『形成』(形成発行所 1968.12) 第16巻12号(通巻188号) p.6


06002
死に絶えしけものの棲める跡といふしろじろと蕎麦の花咲ける丘
シニタエシ ケモノノスメル アトトイフ シロジロトソバノ ハナサケルオカ

『形成』(形成発行所 1968.12) 第16巻12号(通巻188号) p.6


06003
のがれたき思ひに靴を探しゐる夢より醒めてもろく起き出づ
ノガレタキ オモヒニクツヲ サガシヰル ユメヨリサメテ モロクオキイヅ

『形成』(形成発行所 1968.12) 第16巻12号(通巻188号) p.6


06004
食べものの嗜好もいつか移りゐてコーンスープを久しく買はず
タベモノノ シコウモイツカ ウツリヰテ コーンスープヲ ヒサシクカハズ

『形成』(形成発行所 1968.12) 第16巻12号(通巻188号) p.6


06005
届きたるカラー写真にくちびるの黒く染まれるわれの顔見つ
トドキタル カラーシャシンニ クチビルノ クロクソマレル ワレノカオミツ

『形成』(形成発行所 1968.12) 第16巻12号(通巻188号) p.6


06006
工事場のかたはら過ぎて声高になりゐたる身を引き戻しゆく
コウジバノ カタハラスギテ コワダカニ ナリヰタルミヲ ヒキモドシユク

『形成』(形成発行所 1969.2) 第17巻2号(通巻190号) p.4


06007
降りやまぬ雨の時をり輝きてさ起るさまも見つつ歩めり
フリヤマヌ アメノトキヲリ カガヤキテ サオコルサマモ ミツツアユメリ

『形成』(形成発行所 1969.2) 第17巻2号(通巻190号) p.4


06008
揉まれつつ花束の流れ去るを見つ帰るほかなし落ち葉を踏みて
モマレツツ ハナタバノナガレ サルヲミツ カエルホカナシ オチバヲフミテ

『形成』(形成発行所 1969.2) 第17巻2号(通巻190号) p.4


06009
ものなべて影にまみれてゆく時刻葛は音なく葉裏をかへす
モノナベテ カゲニマミレテ ユクジコク クズハオトナク ハウラヲカヘス

『形成』(形成発行所 1969.2) 第17巻2号(通巻190号) p.4


06010
降誕祭までには癒えむとはげまして枕べに置く冬のカトレア
コウタンサイ マデニハイエムト ハゲマシテ マクラベニオク フユノカトレア

『形成』(形成発行所 1969.2) 第17巻2号(通巻190号) p.4


06011
たれを待つ夢とも知れず匂ひなき花のしろじろ暮れ残りたり
タレヲマツ ユメトモシレズ ニオヒナキ ハナノシロジロ クレノコリタリ

『形成』(形成発行所 1969.2) 第17巻2号(通巻190号) p.4


06012
音楽を好む少年も戻りしか年の夜にチターをかき鳴らす音
オンガクヲ コノムショウネンモ モドリシカ トシノヨニチターヲ カキナラスオト

『形成』(形成発行所 1969.2) 第17巻2号(通巻190号) p.4


06013
身を低めしのぎ得しことみづからの力となして睦月朔日
ミヲヒクメ シノギエシコト ミヅカラノ チカラトナシテ ムツキツイタチ

『形成』(形成発行所 1969.3) 第17巻3号(通巻191号) p.5


06014
目に見えぬ葛藤を身にくりかへし火にかざす手も細くなりたり
メニミエヌ カットウヲミニ クリカヘシ ヒニカザステモ ホソクナリタリ

『形成』(形成発行所 1969.3) 第17巻3号(通巻191号) p.5


06015
味気なく仕事なすときうづき来る奥歯も寂しコピーとりつつ
アジケナク シゴトナストキ ウヅキクル オクバモサビシ コピートリツツ

『形成』(形成発行所 1969.3) 第17巻3号(通巻191号) p.5


06016
事務服をロッカーにしまひその奥に脱ぎたる顔の一つもしまふ
ジムフクヲ ロッカーニシマヒ ソノオクニ ヌギタルカオノ ヒトツモシマフ

『形成』(形成発行所 1969.3) 第17巻3号(通巻191号) p.5


06017
いくたびも地図をひろげて確かむる川のほとりのわれが住む町
イクタビモ チズヲヒロゲテ タシカムル カワノホトリノ ワレガスムマチ

『形成』(形成発行所 1969.3) 第17巻3号(通巻191号) p.5


06018
辞書のたぐひ聖書もありてくぐもれる和音のごとくわれをとりまく
ジショノタグヒ セイショモアリテ クグモレル ワオンノゴトク ワレヲトリマク

『形成』(形成発行所 1969.3) 第17巻3号(通巻191号) p.5


06019
埋めたての人ら去りゆきパレットのかたちに白く暮れ残る沼
ウメタテノ ヒトラサリユキ パレットノ カタチニシロク クレノコルヌマ

『形成』(形成発行所 1969.4) 第17巻4号(通巻192号) p.3


06020
挑ましき思ひも湧かず二つ目の病名を身に告げられて来て
イドマシキ オモヒモワカズ フタツメノ ビョウメイヲミニ ツゲラレテキテ

『形成』(形成発行所 1969.4) 第17巻4号(通巻192号) p.3


06021
出で歩く日の稀にしてよくものを失ふことの今も変らず
イデアルク ヒノマレニシテ ヨクモノヲ ウシナフコトノ イマモカワラズ

『形成』(形成発行所 1969.4) 第17巻4号(通巻192号) p.3


06022
夜の雪はタイヤ痕より解けはじめまた幾日か道ぬかるまむ
ヨノユキハ タイヤアトヨリ トケハジメ マタイクニチカ ミチヌカルマム

『形成』(形成発行所 1969.4) 第17巻4号(通巻192号) p.4


06023
昼前の標本室のしづもりにジュラ紀の貝の乾きて並ぶ
ヒルマエノ ヒョウホンシツノ シヅモリニ ジュラキノカイノ カワキテナラブ

『形成』(形成発行所 1969.4) 第17巻4号(通巻192号) p.4


06024
呼びかはす野の鳥のこゑ美しき羽根をわが身は持つこともなし
ヨビカハス ノノトリノコヱ ウツクシキ ハネヲワガミハ モツコトモナシ

『形成』(形成発行所 1969.4) 第17巻4号(通巻192号) p.4


06025
包丁を今日は砥がせて新しき家に慣れゆく妹のさま
ホウチョウヲ キョウハトガセテ アタラシキ イエニナレユク イモウトノサマ

『形成』(形成発行所 1969.4) 第17巻4号(通巻192号) p.4


06026
灰いろの何の花びら春を呼ぶ嵐の夜々に飛びかひやまず
ハイイロノ ナンノハナビラ ハルヲヨブ アラシノヨヨニ トビカヒヤマズ

『形成』(形成発行所 1969.5) 第17巻5号(通巻193号) p.5


06027
血圧の昇るきざしかまなかひに風花の舞ふごとき野を行く
ケツアツノ ノボルキザシカ マナカヒニ カザハナノマフ ゴトキノヲユク

『形成』(形成発行所 1969.5) 第17巻5号(通巻193号) p.5


06028
移り来てはじめてすごすきさらぎの十日椿の花咲き出でぬ
ウツリキテ ハジメテスゴス キサラギノ トウカツバキノ ハナサキイデヌ

『形成』(形成発行所 1969.5) 第17巻5号(通巻193号) p.5


06029
竪琴の弾き手のをとめ昨夜見たる輝きに遠くバスを待ちゐつ
タテゴトノ ヒキテノヲトメ ヨベミタル カガヤキニトオク バスヲマチヰツ

『形成』(形成発行所 1969.5) 第17巻5号(通巻193号) p.5


06030
木洩れ陽のかげりては差し一つ一つの恩誼といふに疲るる日あり
コモレビノ カゲリテハサシ ヒトツヒトツノ オンギトイフニ ツカルルヒアリ

『形成』(形成発行所 1969.5) 第17巻5号(通巻193号) p.5


06031
カナリアの家はいづこかピンカールはづしつつ聞く朝々のこゑ
カナリアノ イエハイヅコカ ピンカール ハヅシツツキク アサアサノコヱ

『形成』(形成発行所 1969.5) 第17巻5号(通巻193号) p.5


06032
ゆくりなく会ふ朝の虹薬入れとなりしバッグをいづこへも持つ
ユクリナク アフアサノニジ クスリイレト ナリシバッグヲ イヅコヘモモツ

『形成』(形成発行所 1969.9) 第17巻9号(通巻197号) p.19


06033
老いしるきインコに日ごと摘むはこべ白く小さき花持ち始む
オイシルキ インコニヒゴト ツムハコベ シロクチイサキ ハナモチハジム

『形成』(形成発行所 1969.9) 第17巻9号(通巻197号) p.19


06034
わきまへのなき犬ながら限りなくまろびて遊ぶ注射のあとを
ワキマヘノ ナキイヌナガラ カギリナク マロビテアソブ チュウシャノアトヲ

『形成』(形成発行所 1969.9) 第17巻9号(通巻197号) p.19


06035
木の間よりまた戻り来る白の蝶遠き電話を聞きゐるときに
コノマヨリ マタモドリクル シロノチョウ トオキデンワヲ キキヰルトキニ

『形成』(形成発行所 1969.9) 第17巻9号(通巻197号) p.19


06036
意表を突くことも言ひ得ず帰り来てレタス幾ひら真水にひたす
イヒョウヲツク コトモイヒエズ カエリキテ レタスイクヒラ マミズニヒタス

『形成』(形成発行所 1969.9) 第17巻9号(通巻197号) p.19


06037
丸衿の紺の制服幾何を好む少女のわれはいづこへ行きし
マルエリノ コンノセイフク キカヲコノム ショウジョノワレハ イヅコヘユキシ

『形成』(形成発行所 1969.9) 第17巻9号(通巻197号) p.19


06038
電話なきくらしをかこつ妹の電話が入らばまた苦しまむ
デンワナキ クラシヲカコツ イモウトノ デンワガハイラバ マタクルシマム

『形成』(形成発行所 1969.9) 第17巻9号(通巻197号) p.19


06039
まなうらをすべり抜けたる蛇のいろあざやかにして再びは見ず
マナウラヲ スベリヌケタル ヘビノイロ アザヤカニシテ フタタビハミズ

『形成』(形成発行所 1969.10) 第17巻10号(通巻198号) p.5


06040
うすら寒き日のくれに来て荷を置けり足傾けるベンチの上に
ウスラサムキ ヒノクレニキテ ニヲオケリ アシカタムケル ベンチノウエニ

『形成』(形成発行所 1969.10) 第17巻10号(通巻198号) p.5


06041
よみがへる言葉のごとくとぎれつつ校塔のチャイム川越えて鳴る
ヨミガヘル コトバノゴトク トギレツツ コウトウノチャイム カワコエテナル

『形成』(形成発行所 1969.10) 第17巻10号(通巻198号) p.5


06042
鋭角の衿の線朱の色に引き秋のコートの型紙を裁つ
エイカクノ エリノセンシュノ イロニヒキ アキノコートノ カタガミヲタツ

『形成』(形成発行所 1969.10) 第17巻10号(通巻198号) p.5


06043
思ふことみなあはき日を朴の葉の影をかさねてわが上に垂る
オモフコト ミナアハキヒヲ ホオノハノ カゲヲカサネテ ワガウエニタル

『形成』(形成発行所 1969.10) 第17巻10号(通巻198号) p.5


06044
ガラス戸の花柄冴えて唇の灼くる季節もいつか過ぎゐる
ガラスドノ ハナガラサエテ クチビルノ ヤクルキセツモ イツカスギヰル

『形成』(形成発行所 1969.10) 第17巻10号(通巻198号) p.5


06045
レーズンをサラダの白にちりばめて嵐のあとのごときしづけさ
レーズンヲ サラダノシロニ チリバメテ アラシノアトノ ゴトキシヅケサ

『形成』(形成発行所 1969.11) 第17巻11号(通巻199号) p.3


06046
よごれたるハンカチを持つことのふと危ふくて駅の階下りゆく
ヨゴレタル ハンカチヲモツ コトノフト アヤフクテエキノ カイクダリユク

『形成』(形成発行所 1969.11) 第17巻11号(通巻199号) p.3


06047
うとましき思ひも稀のよろこびもあらはに言ふをわれは好まず
ウトマシキ オモヒモマレノ ヨロコビモ アラハニイフヲ ワレハコノマズ

『形成』(形成発行所 1969.11) 第17巻11号(通巻199号) p.3


06048
心なく人の傷みに触れゆきし言葉の機微を帰り来て思ふ
ココロナク ヒトノイタミニ フレユキシ コトバノキビヲ カエリキテオモフ

『形成』(形成発行所 1969.11) 第17巻11号(通巻199号) p.3


06049
動く歯のいつか痛まずなりゐるとまたよりどなき寂しさは来る
ウゴクハノ イツカイタマズ ナリヰルト マタヨリドナキ サビシサハクル

『形成』(形成発行所 1969.11) 第17巻11号(通巻199号) p.3


06050
夜もすがら吹きゐし風の音絶えてかたつむり幾つ地上にまろぶ
ヨモスガラ フキヰシカゼノ オトタエテ カタツムリイクツ チジョウニマロブ

『形成』(形成発行所 1969.11) 第17巻11号(通巻199号) p.3


06051
遠く来て何をもたらす鳩ならむ路地の日ざしにながくついばむ
トオクキテ ナニヲモタラス ハトナラム ロジノヒザシニ ナガクツイバム

『形成』(形成発行所 1970.1) 第18巻1号(通巻201号) p.7


06052
癒えにくき病ひ庇ふといつよりか無頼よそほふことも身につく
イエニクキ ヤマヒカバフト イツヨリカ ブライヨソホフ コトモミニツク

『形成』(形成発行所 1970.1) 第18巻1号(通巻201号) p.7


06053
スカートの裾直しをりいきいきと物言ふ日などわれに還るや
スカートノ スソナオシヲリ イキイキト モノイフヒナド ワレニカエルヤ

『形成』(形成発行所 1970.1) 第18巻1号(通巻201号) p.7


06054
鶏を飼ひはじめたる家あるを言ひ出でて何を寂しむ汝か
ニワトリヲ カヒハジメタル イエアルヲ イヒイデテナニヲ サビシムナレカ

『形成』(形成発行所 1970.1) 第18巻1号(通巻201号) p.7


06055
欺けるもの皆滅びよといふごとく烈しき雨のひとしきり降る
アザムケルモノ ミナホロビヨト イフゴトク ハゲシキアメノ ヒトシキリフル

『形成』(形成発行所 1970.1) 第18巻1号(通巻201号) p.7


06056
片附けるといふ感じにて書き終へし稿を綴ぢつつ俄かに脆し
カタヅケル トイフカンジニテ カキオヘシ コウヲトヂツツ ニワカニモロシ

『形成』(形成発行所 1970.1) 第18巻1号(通巻201号) p.7


06057
護符の鈴つね持つことも知られつつまた縛られむここの仕事に
ゴフノスズ ツネモツコトモ シラレツツ マタシバラレム ココノシゴトニ

『形成』(形成発行所 1970.1) 第18巻1号(通巻201号) p.7


06058
フィルターの黄の円形を移しつつ鳩のうごきをいつまでも追ふ
フィルターノ キノエンケイヲ ウツシツツ ハトノウゴキヲ イツマデモオフ

『形成』(形成発行所 1970.3) 第18巻3号(通巻203号) p.3


06059
隣より洩れくる議事のはげしきにひとりの声を聞き分けてゐつ
トナリヨリ モレクルギジノ ハゲシキニ ヒトリノコエヲ キキワケテヰツ

『形成』(形成発行所 1970.3) 第18巻3号(通巻203号) p.3


06060
振り切りて帰らむとする夢のつね雪のはげしく橋灯に降る
フリキリテ カエラムトスル ユメノツネ ユキノハゲシク キョウトウニフル

『形成』(形成発行所 1970.3) 第18巻3号(通巻203号) p.3


06061
醒めをれば厨に何をきざむ音はげしくなりてやがてゆるびつ
サメヲレバ クリヤニナニヲ キザムオト ハゲシクナリテ ヤガテユルビツ

『形成』(形成発行所 1970.3) 第18巻3号(通巻203号) p.3


06062
肘痛む時に思へりスイフトは予言してつひに人を死なしめき
ヒジイタム トキニオモヘリ スイフトハ ヨゲンシテツヒニ ヒトヲシナシメキ

『形成』(形成発行所 1970.3) 第18巻3号(通巻203号) p.3


06063
発車待つバスにゐたれば対岸の日あたるビルは窓暗く見ゆ
ハツシャマツ バスニヰタレバ タイガンノ ヒアタルビルハ マドクラクミユ

『形成』(形成発行所 1970.3) 第18巻3号(通巻203号) p.3


06064
押すこともあらず押されて歩む身をわれと笑ひて改札を出づ
オスコトモ アラズオサレテ アユムミヲ ワレトワラヒテ カイサツヲイヅ

『形成』(形成発行所 1970.3) 第18巻3号(通巻203号) p.3


06065
目のしきり乾くと思ひ立ちあがりいたくぬくめる空気に触れつ
メノシキリ カワクトオモヒ タチアガリ イタクヌクメル クウキニフレツ

『形成』(形成発行所 1970.4) 第18巻4号(通巻204号) p.3


06066
耳打ちをされたる少女何問ふとまっすぐわれを見つつ近づく
ミミウチヲ サレタルショウジョ ナニトフト マッスグワレヲ ミツツチカヅク

『形成』(形成発行所 1970.4) 第18巻4号(通巻204号) p.3


06067
練乳をしたたらせゐて立つ湯気にまなじりうるみやすき日のくれ
レンニュウヲ シタタラセヰテ タツユゲニ マナジリウルミ ヤスキヒノクレ

『形成』(形成発行所 1970.4) 第18巻4号(通巻204号) p.3


06068
十年目のわが犬のため朱の色の首輪サイズを確めて買ふ
ジュウネンメノ ワガイヌノタメ シュノイロノ クビワサイズヲ タシカメテカフ

『形成』(形成発行所 1970.4) 第18巻4号(通巻204号) p.3


06069
去りゆきしをとめの一人の作りたる縫ひぐるみ今もわが棚に置く
サリユキシ ヲトメノヒトリノ ツクリタル ヌヒグルミイマモ ワガタナニオク

『形成』(形成発行所 1970.4) 第18巻4号(通巻204号) p.3


06070
消息を断ちて久しき人のためライン河の地図壁に貼り置く
ショウソクヲ タチテヒサシキ ヒトノタメ ラインガワノチズ カベニハリオク

『形成』(形成発行所 1970.4) 第18巻4号(通巻204号) p.3


06071
失へる皮のブローチも出でて来て春のコートにアイロンを当つ
ウシナヘル カワノブローチモ イデテキテ ハルノコートニ アイロンヲアツ

『形成』(形成発行所 1970.4) 第18巻4号(通巻204号) p.3


06072
機械音くぐもる地下の書庫にゐて人の声よりわれは乱れず
キカイオン クグモルチカノ ショコニヰテ ヒトノコエヨリ ワレハミダレズ

『形成』(形成発行所 1970.6) 第18巻6号(通巻206号) p.5


06073
階段を半ばのぼりて気づきたり今朝は左の膝の痛まず
カイダンヲ ナカバノボリテ キヅキタリ ケサハヒダリノ ヒザノイタマズ

『形成』(形成発行所 1970.6) 第18巻6号(通巻206号) p.5


06074
通勤のバスの七分地獄とも極楽とも思ひ朝々揺られゐる
ツウキンノ バスノシチフン ジゴクトモ ゴクラクトモオモヒ アサアサユラレヰル

『形成』(形成発行所 1970.6) 第18巻6号(通巻206号) p.5


06075
屋上にしづまりゐたる旗一枚不意によぢれて降ろされゆけり
オクジョウニ シヅマリヰタル ハタイチマイ フイニヨヂレテ オロサレユケリ

『形成』(形成発行所 1970.6) 第18巻6号(通巻206号) p.5


06076
散りがたの椿となりぬ楊貴妃とひとり名づけて見上ぐる日々に
チリガタノ ツバキトナリヌ ヨウキヒト ヒトリナヅケテ ミアグルヒビニ

『形成』(形成発行所 1970.6) 第18巻6号(通巻206号) p.5


06077
遊歩路に灯の入れる見て帰りゆくたのむ思ひもかそかになりて
ユウホロニ ヒノイレルミテ カエリユク タノムオモヒモ カソカニナリテ

『形成』(形成発行所 1970.6) 第18巻6号(通巻206号) p.5


06078
ちりぢりに睡蓮の葉の浮ける見え乗せたるごとく白の花咲く
チリヂリニ スイレンノハノ ウケルミエ ノセタルゴトク シロノハナサク

『形成』(形成発行所 1970.10) 第18巻10号(通巻210号) p.5


06079
口ほてる注射され来て癒えたしとはやる思ひもいつしか淡し
クチホテル チュウシャサレキテ イエタシト ハヤルオモヒモ イツシカアワシ

『形成』(形成発行所 1970.10) 第18巻10号(通巻210号) p.5


06080
獅子舞の人ら去りゆき獅子が歯を嚙みて鳴らしし音残りたり
シシマイノ ヒトラサリユキ シシガハヲ カミテナラシシ オトノコリタリ

『形成』(形成発行所 1970.10) 第18巻10号(通巻210号) p.5


06081
吊り橋の形さながら描かれゐる古地図にたどり信濃路を恋ふ
ツリバシノ カタチサナガラ カカレヰル コチズニタドリ シナノジヲコフ

『形成』(形成発行所 1970.10) 第18巻10号(通巻210号) p.5


06082
途中より切り離されて別れゆく短かき汽車は秩父に向ふ
トチュウヨリ キリハナサレテ ワカレユク ミジカキキシャハ チチブニムカフ

『形成』(形成発行所 1970.10) 第18巻10号(通巻210号) p.5


06083
開校の記念日近く鼓笛隊をはげます声の朝より聞ゆ
カイコウノ キネンビチカク コテキタイヲ ハゲマスコエノ アサヨリキコユ

『形成』(形成発行所 1970.10) 第18巻10号(通巻210号) p.5


06084
川岸の薊のつぼみぬき出でて毳にこまかき雨を溜めたり
カワギシニ アザミノツボミ ヌキイデテ ケバニコマカキ アメヲタメタリ

『形成』(形成発行所 1970.10) 第18巻10号(通巻210号) p.5


06085
紫のサリーの少女歩みたりひさびさに行く銀座のよひに
ムラサキノ サリーノショウジョ アユミタリ ヒサビサニユク ギンザノヨヒニ

『形成』(形成発行所 1970.11) 第18巻11号(通巻211号) p.4


06086
幾日経てよぢれし葉書戻り来ぬ行きしことなき那覇の町より
イクカヘテ ヨヂレシハガキ モドリキヌ ユキシコトナキ ナハノマチヨリ

『形成』(形成発行所 1970.11) 第18巻11号(通巻211号) p.4


06087
なづさひて苦しきときに候鳥の渡る夜空をテレビは見しむ
ナヅサヒテ クルシキトキニ コウチョウノ ワタルヨゾラヲ テレビハミシム

『形成』(形成発行所 1970.11) 第18巻11号(通巻211号) p.4


06088
長く生きて安らひ難き手相とぞ菜を洗ひつつ刻みつつ思ふ
ナガクイキテ ヤスラヒガタキ テソウトゾ ナヲアラヒツツ キザミツツオモフ

『形成』(形成発行所 1970.11) 第18巻11号(通巻211号) p.4


06089
正面に見る日のなくて通ひつつ背高き石の像とのみ知る
ショウメンニ ミルヒノナクテ カヨヒツツ セタカキイシノ ゾウトノミシル

『形成』(形成発行所 1970.11) 第18巻11号(通巻211号) p.4


06090
印鑑の置きどころふと思ひたり橋のたもとまで人を送りゐて
インカンノ オキドコロフト オモヒタリ ハシノタモトマデ ヒトヲオクリヰテ

『形成』(形成発行所 1970.11) 第18巻11号(通巻211号) p.4


06091
ビニールの袋かさねてたたみつつ次第にやさしき曇り帯びゆく
ビニールノ フクロカサネテ タタミツツ シダイニヤサシキ クモリオビユク

『形成』(形成発行所 1971.1) 第19巻1号(通巻213号) p.7


06092
香りよき石鹼に揉むハンカチの黄の薔薇なすをてのひらに乗す
カオリヨキ セッケンニモム ハンカチノ キノバラナスヲ テノヒラニノス

『形成』(形成発行所 1971.1) 第19巻1号(通巻213号) p.7


06093
振向きし時見据ゑられゆくりなく土蜘蛛といへる面に会ひたり
フリムキシ トキミスヱラレ ユクリナク ツチグモトイヘル メンニアヒタリ

『形成』(形成発行所 1971.1) 第19巻1号(通巻213号) p.7


06094
わが真上めぐる鳩あり仰ぎつつ風に乱れし髪をととのふ
ワガマウエ メグルハトアリ アオギツツ カゼニミダレシ カミヲトトノフ

『形成』(形成発行所 1971.1) 第19巻1号(通巻213号) p.7


06095
歌垣の夜のごとき月のくぐもりに音をかさねて落ち葉降る森
ウタガキノ ヨノゴトキツキノ クグモリニ オトヲカサネテ オチバフルモリ

『形成』(形成発行所 1971.1) 第19巻1号(通巻213号) p.7


06096
時ならず雲間より日の差すに似て人はやさしくわれの名を呼ぶ
トキナラズ クモマヨリヒノ サスニニテ ヒトハヤサシク ワレノナヲヨブ

『形成』(形成発行所 1971.1) 第19巻1号(通巻213号) p.7


06097
揺られつつまどろめる間に横顔のマダムマルセルまた見失ふ
ユラレツツ マドロメルマニ ヨコガオノ マダムマルセル マタミウシナフ

『形成』(形成発行所 1971.1) 第19巻1号(通巻213号) p.7


06098
含みたるチーズの舌につめたくてたはけのわれをうつつに返す
フクミタル チーズノシタニ ツメタクテ タハケノワレヲ ウツツニカエス

『形成』(形成発行所 1971.2) 第19巻2号(通巻214号) p.4


06099
伴ふはたれとも知れず行く旅の夢醒めて見ゆる野川ひとすぢ
トモナフハ タレトモシレズ ユクタビノ ユメサメテミユル ノガワヒトスヂ

『形成』(形成発行所 1971.2) 第19巻2号(通巻214号) p.4


06100
カーテンの白を怖るる心理など告げられてゐて他人事ならず
カーテンノ シロヲオソルル シンリナド ツゲラレテヰテ ヒトゴトナラズ

『形成』(形成発行所 1971.2) 第19巻2号(通巻214号) p.4


06101
計数の誤りは消して直せば済む余計なことは言はずにおかむ
ケイスウノ アヤマリハケシテ ナオセバスム ヨケイナコトハ イハズニオカム

『形成』(形成発行所 1971.2) 第19巻2号(通巻214号) p.4


06102
地に落ちし弾みにまろぶ樫の実の行方の一つだに見極めがたし
チニオチシ ハズミニマロブ カシノミノ ユクエノヒトツダニ ミキワメガタシ

『形成』(形成発行所 1971.2) 第19巻2号(通巻214号) p.4


06103
まざまざと義務の苦しさ句読点の全くあらぬ文を読みつつ
マザマザト ギムノクルシサ クトウテンノ マッタクアラヌ フミヲヨミツツ

『形成』(形成発行所 1971.2) 第19巻2号(通巻214号) p.4


06104
上野までの一時間がほどに思ひたることの大方降りて跡無し
ウエノマデノ イチジカンガホドニ オモヒタル コトノオオカタ オリテアトナシ

『形成』(形成発行所 1971.2) 第19巻2号(通巻214号) p.4


06105
温室の蘭見に来よといふ賀状幾たびとなく思ひてやさし
オンシツノ ランミニコヨト イフガジョウ イクタビトナク オモヒテヤサシ

『形成』(形成発行所 1971.3) 第19巻3号(通巻215号) p.4


06106
まろび出づる言葉の如し戸をあけて破魔矢の鈴の鳴る折々に
マロビイヅル コトバノゴトシ トヲアケテ ハマヤノスズノ ナルオリオリニ

『形成』(形成発行所 1971.3) 第19巻3号(通巻215号) p.4


06107
おもかげの遠くなりつつ鹿児島は火山灰降るといふ松の内より
オモカゲノ トオクナリツツ カゴシマハ ヨナフルトイフ マツノウチヨリ

『形成』(形成発行所 1971.3) 第19巻3号(通巻215号) p.4


06108
使ひたる人みな在らず重いだけの手斧ふたたびくるみて蔵ふ
ツカヒタル ヒトミナアラズ オモイダケノ チョウナフタタビ クルミテシマフ

『形成』(形成発行所 1971.3) 第19巻3号(通巻215号) p.4


06109
蜘蛛の巣にかからず落ちし樟の葉の地上の風にしばらくまろぶ
クモノスニ カカラズオチシ クスノハノ チジョウノカゼニ シバラクマロブ

『形成』(形成発行所 1971.3) 第19巻3号(通巻215号) p.4


06110
礼深く人の出で入る病室にリボンフラワーの赤なまなまし
ヰヤフカク ヒトノイデイル ビョウシツニ リボンフラワーノ アカナマナマシ

『形成』(形成発行所 1971.3) 第19巻3号(通巻215号) p.4


06111
タイプ室に午後をこもりてやりすごす人の心の見え渡る日は
タイプシツニ ゴゴヲコモリテ ヤリスゴス ヒトノココロノ ミエワタルヒハ

『形成』(形成発行所 1971.4) 第19巻4号(通巻216号) p.4


06112
サンプルに置きゆける事務室のシクラメン蕾抬げて次々に咲く
サンプルニ オキユケルジムシツノ シクラメン ツボミモタゲテ ツギツギニサク

『形成』(形成発行所 1971.4) 第19巻4号(通巻216号) p.4


06113
眼先のくらみたるとき蛍光管裂けたる音すとなりの部屋に
マナサキノ クラミタルトキ ケイコウカン サケタルオトス トナリノヘヤニ

『形成』(形成発行所 1971.4) 第19巻4号(通巻216号) p.4


06114
雪道に足を取らるる夢も見て訪ふ日はあらず遠きふるさと
ユキミチニ アシヲトラルル ユメモミテ トフヒハアラズ トオキフルサト

『形成』(形成発行所 1971.4) 第19巻4号(通巻216号) p.4


06115
曖昧にゐるわれを措き妹のきびきびと朝の身支舞ひをなす
アイマイニ ヰルワレヲオキ イモウトノ キビキビトアサノ ミジマヒヲナス

『形成』(形成発行所 1971.4) 第19巻4号(通巻216号) p.4


06116
蘭の名をあまた覚えて何にならむ罷り来てまた闇にまぎるる
ランノナヲ アマタオボエテ ナンニナラム マカリキテマタ ヤミニマギルル

『形成』(形成発行所 1971.4) 第19巻4号(通巻216号) p.4


06117
閉館のチャイムが鳴りて少女らは歌ふごとくに挨拶しゆく
ヘイカンノ チャイムガナリテ ショウジョラハ ウタフゴトクニ アイサツシユク

『形成』(形成発行所 1971.5) 第19巻5号(通巻217号) p.3


06118
おぞましきまでに椿の散りしける道あり風の凪ぎたるゆふべ
オゾマシキ マデニツバキノ チリシケル ミチアリカゼノ ナギタルユフベ

『形成』(形成発行所 1971.5) 第19巻5号(通巻217号) p.3


06119
街灯のまばらにともる路地を来て鳩時計鳴るはいづこの家か
ガイトウノ マバラニトモル ロジヲキテ ハトドケイナルハ イヅコノイエカ

『形成』(形成発行所 1971.5) 第19巻5号(通巻217号) p.3


06120
とめどなく降り来て棕櫚の葉を鳴らす雪の寂しさ棕櫚の寂しさ
トメドナク フリキテシュロノ ハヲナラス ユキノサビシサ シュロノサビシサ

『形成』(形成発行所 1971.5) 第19巻5号(通巻217号) p.3


06121
前後なくなりし記憶に火に巻かれ誰か無電を打ち続けゐつ
ゼンゴナク ナリシキオクニ ヒニマカレ ダレカムデンヲ ウチツヅケヰツ

『形成』(形成発行所 1971.5) 第19巻5号(通巻217号) p.3


06122
著莪の根に圧されて花の咲かざりしベゴニアの芽の土抬げゐる
シャガノネニ オサレテハナノ サカザリシ ベゴニアノメノ ツチモタゲヰル

『形成』(形成発行所 1971.5) 第19巻5号(通巻217号) p.3


06123
千に刻み水に放てる大根のむきむきに沈むさまの華やぐ
センニキザミ ミズニハナテル ダイコンノ ムキムキニシズム サマノハナヤグ

『形成』(形成発行所 1971.5) 第19巻5号(通巻217号) p.3


06124
顔寄せて窓を窺へばしろじろと触れむばかりに辛夷咲く枝
カオヨセテ マドヲウカガヘバ シロジロト フレムバカリニ コブシサクエダ

『形成』(形成発行所 1971.6) 第19巻6号(通巻218号) p.3


06125
絹の裏をつけて着易く縫ひあげぬ働くときにまとふブラウス
キヌノウラヲ ツケテキヤスク ヌヒアゲヌ ハタラクトキニ マトフブラウス

『形成』(形成発行所 1971.6) 第19巻6号(通巻218号) p.3


06126
紫の花咲く藻草売る少年日に幾たびも水を貰ひゆく
ムラサキノ ハナサクモグサ ウルショウネン ヒニイクタビモ ミズヲモラヒユク

『形成』(形成発行所 1971.6) 第19巻6号(通巻218号) p.3


06127
インク壺にインク足し来て坐りたり立ちゐたるまに何か乱るる
インクツボニ インクタシキテ スワリタリ タチヰタルマニ ナニカミダルル

『形成』(形成発行所 1971.6) 第19巻6号(通巻218号) p.3


06128
喪にこもる人を訪はむと選びつついづれの花のかたちも険し
モニコモル ヒトヲトハムト エラビツツ イヅレノハナノ カタチモケワシ

『形成』(形成発行所 1971.6) 第19巻6号(通巻218号) p.3


06129
雪柳の花こまごまと散りそめぬ帰ることなき犬の名を呼ぶ
ユキヤナギノ ハナコマゴマト チリソメヌ カエルコトナキ イヌノナヲヨブ

『形成』(形成発行所 1971.6) 第19巻6号(通巻218号) p.3


06130
風の無き一日を出でて反故を焚き古りし思ひのなべて燻らす
カゼノナキ ヒトヒヲイデテ ホゴヲタキ フリシオモヒノ ナベテクユラス

『形成』(形成発行所 1971.7) 第19巻7号(通巻219号) p.3


06131
恙なく皆在りがたき季節かと知りびとの訃のつづけば思ふ
ツツガナク ミナアリガタキ キセツカト シリビトノフノ ツヅケバオモフ

『形成』(形成発行所 1971.7) 第19巻7号(通巻219号) p.3


06132
忘れ易くなりしあはれを人は言ひ遅れし本を返しゆきたり
ワスレヤスク ナリシアハレヲ ヒトハイヒ オクレシホンヲ カエシユキタリ

『形成』(形成発行所 1971.7) 第19巻7号(通巻219号) p.3


06133
いつまでも寒き春よと歩みゐて白のあやめの直盛りに遭ふ
イツマデモ サムキハルヨト アユミヰテ シロノアヤメノ マサカリニアフ

『形成』(形成発行所 1971.7) 第19巻7号(通巻219号) p.3


06134
水死者をとむらふ菊の黄も白もたちまち潮に巻きこまれゆく
スイシシャヲ トムラフキクノ キモシロモ タチマチシオニ マキコマレユク

『形成』(形成発行所 1971.7) 第19巻7号(通巻219号) p.3


06135
熱風の季節怖るる文面にそぐはず青し絵はがきの海
シロツコノ キセツオソルル ブンメンニ ソグハズアオシ エハガキノウミ

『形成』(形成発行所 1971.7) 第19巻7号(通巻219号) p.3


06136
牙むくといふことのなきわが上を弱しと決めて妹もゐる
キバムクト イフコトノナキ ワガウエヲ ヨワシトキメテ イモウトモヰル

『形成』(形成発行所 1971.8) 第19巻8号(通巻220号) p.3


06137
靴べらを踵に入れしときのまに訪ひたる悔は身にひろがりぬ
クツベラヲ カカトニイレシ トキノマニ トヒタルクイハ ミニヒロガリヌ

『形成』(形成発行所 1971.8) 第19巻8号(通巻220号) p.3


06138
おもかげにかならず逢ふと百地蔵めぐりゆきつつ次第に脆し
オモカゲニ カナラズアフト ヒャクジゾウ メグリユキツツ シダイニモロシ

『形成』(形成発行所 1971.8) 第19巻8号(通巻220号) p.3


06139
相合はばまたかなしみは噴くものを亡き人の名を唱へてやまず
アイアハバ マタカナシミハ フクモノヲ ナキヒトノナヲ トナヘテヤマズ

『形成』(形成発行所 1971.8) 第19巻8号(通巻220号) p.3


06140
遠き世の帰依さながらに藁火焚き今も祀るか家並み古りつつ
トオキヨノ キエサナガラニ ワラビタキ イマモマツルカ ヤナミフリツツ

『形成』(形成発行所 1971.8) 第19巻8号(通巻220号) p.3


06141
つまづきて足もとを見しときのまに身に憑きゐたる何か失ふ
ツマヅキテ アシモトヲミシ トキノマニ ミニツキヰタル ナニカウシナフ

『形成』(形成発行所 1971.8) 第19巻8号(通巻220号) p.3


06142
雨あとをよぎる薔薇園黄の薔薇の咲きゐるあたり殊に明るむ
アメアトヲ ヨギルバラエン キノバラノ サキヰルアタリ コトニアカルム

『形成』(形成発行所 1971.9) 第19巻9号(通巻221号) p.3


06143
刈り伏せて十日余りか下草の羊歯はこまかき葉をもたげ来ぬ
カリフセテ トウカアマリカ シモクサノ シダハコマカキ ハヲモタゲキヌ

『形成』(形成発行所 1971.9) 第19巻9号(通巻221号) p.3


06144
混みあへる浴衣売場の人形は少し反り身に日傘をさせり
コミアヘル ユカタウリバノ ニンギョウハ スコシソリミニ ヒガサヲサセリ

『形成』(形成発行所 1971.9) 第19巻9号(通巻221号) p.3


06145
指先に力こもりて絞らるるレモンを見ゐつふと遠のきて
ユビサキニ チカラコモリテ シボラルル レモンヲミヰツ フトトオノキテ

『形成』(形成発行所 1971.9) 第19巻9号(通巻221号) p.3


06146
水いろの綿菓子を持つ児らのゐて一人は片手にぶらんこをこぐ
ミズイロノ ワタガシヲモツ コラノヰテ ヒトリハカタテニ ブランコヲコグ

『形成』(形成発行所 1971.9) 第19巻9号(通巻221号) p.3


06147
鳴る鐘はいづこの空か新しき剃刀をもて眉根ととのふ
ナルカネハ イヅコノソラカ アタラシキ カミソリヲモテ マユネトトノフ

『形成』(形成発行所 1971.9) 第19巻9号(通巻221号) p.3


06148
水の輪が揺れ魚が見え児が叫び漂ひてゐる朝の目ざめに
ミズノワガ ユレウオガミエ コガサケビ タダヨヒテヰル アサノメザメニ

『形成』(形成発行所 1971.10) 第19巻10号(通巻222号) p.3


06149
キヤンプの時の赤き蠟燭ともしつつ停電の夜のめぐり華やぐ
キヤンプノトキノ アカキロウソク トモシツツ テイデンノヨノ メグリハナヤグ

『形成』(形成発行所 1971.10) 第19巻10号(通巻222号) p.3


06150
何の木と分きがたきまで暗くなり声をおとして人ら語らふ
ナンノキト ワキガタキマデ クラクナリ コエヲオトシテ ヒトラカタラフ

『形成』(形成発行所 1971.10) 第19巻10号(通巻222号) p.3


06151
見覚えのある顔一つ夜汽車より降り来ぬスキーの身仕度のまま
ミオボエノ アルカオヒトツ ヨギシャヨリ オリキヌスキーノ ミジタクノママ

『形成』(形成発行所 1971.10) 第19巻10号(通巻222号) p.3


06152
替へてやる亡き犬の水朝々にかなしみてなす仕事の一つ
カヘテヤル ナキイヌノミズ アサアサニ カナシミテナス シゴトノヒトツ

『形成』(形成発行所 1971.10) 第19巻10号(通巻222号) p.3


06153
雪山を見て茫然とゐる写真背後よりとりて人のもたらす
ユキヤマヲ ミテボウゼント ヰルシャシン ハイゴヨリトリテ ヒトノモタラス

『形成』(形成発行所 1971.10) 第19巻10号(通巻222号) p.3


06154
空間を一直線にわれに来る向日葵の黄とその芯の黒
クウカンヲ イッチョクセンニ ワレニクル ヒマワリノキト ソノシンノクロ

『形成』(形成発行所 1971.11) 第19巻11号(通巻223号) p.3


06155
自動車の過ぎてしばらくそよぎあふ道べの草ももみぢしてゐる
ジドウシャノ スギテシバラク ソヨギアフ ミチベノクサモ モミヂシテヰル

『形成』(形成発行所 1971.11) 第19巻11号(通巻223号) p.3


06156
傷口を縛り一夜を寝し指の乾きゐていつものやうに家を出づ
キズグチヲ シバリヒトヨヲ ネシユビノ カワキヰテイツモノ ヤウニイエヲイヅ

『形成』(形成発行所 1971.11) 第19巻11号(通巻223号) p.3


06157
明日は休みと思ふ家路に渡されしビラもたたみて鞄にしまふ
アスハヤスミト オモフイエジニ ワタサレシ ビラモタタミテ カバンニシマフ

『形成』(形成発行所 1971.11) 第19巻11号(通巻223号) p.3


06158
トラックの尾灯と知れど幾つにも殖えつつ揺るる夜霧の奥に
トラックノ ビトウトシレド イクツニモ フエツツユルル ヨギリノオクニ

『形成』(形成発行所 1971.11) 第19巻11号(通巻223号) p.3


06159
ガス灯の形やさしきガラス壼葡萄いろの飴もてこよひは満たす
ガストウノ カタチヤサシキ ガラスツボ ブドウイロノアメモテ コヨヒハミタス

『形成』(形成発行所 1971.11) 第19巻11号(通巻223号) p.3


06160
機械的な処理に慣れつつ稀にゐる家にてわれはいさぎよからず
キカイテキナ ショリニナレツツ マレニヰル イエニテワレハ イサギヨカラズ

『形成』(形成発行所 1972.1) 第20巻1号(通巻225号) p.7


06161
通されていつものソファーに仰ぎ見る湖の絵もいつしか寒し
トオサレテ イツモノソファーニ アオギミル ミズウミノエモ イツシカサムシ

『形成』(形成発行所 1972.1) 第20巻1号(通巻225号) p.7


06162
硝子ごしに計器のたぐひ光りゐて不吉にわれの名は呼ばれたり
ガラスゴシニ ケイキノタグヒ ヒカリヰテ フキツニワレノ ナハヨバレタリ

『形成』(形成発行所 1972.1) 第20巻1号(通巻225号) p.7


06163
放課後まで保つや児らが校門に築きあげたる雪のスフィンクス
ホウカゴマデ タモツヤコラガ コウモンニ キズキアゲタル ユキノスフィンクス

『形成』(形成発行所 1972.1) 第20巻1号(通巻225号) p.7


06164
読まれゐし日記のことを知らざりき十五年経て痣のごとしも
ヨマレヰシ ニッキノコトヲ シラザリキ ジュウゴネンヘテ アザノゴトシモ

『形成』(形成発行所 1972.1) 第20巻1号(通巻225号) p.7


06165
立ちゆける誰にかドアをあけられて部屋の空気のゆるむ感じす
タチユケル ダレニカドアヲ アケラレテ ヘヤノクウキノ ユルムカンジス

『形成』(形成発行所 1972.1) 第20巻1号(通巻225号) p.7


06166
黒鍵のエチュードに今日より入らむとしいたく小さし妹の手は
コッケンノ エチュードニキョウヨリ ハイラムトシ イタクチイサシ イモウトノテハ

『形成』(形成発行所 1972.2) 第20巻2号(通巻226号) p.5


06167
道を尋ねゐしが忽ち修道女の顔に戻りて歩み去りたり
ミチヲタズネ ヰシガタチマチ シスターノ カオニモドリテ アユミサリタリ

『形成』(形成発行所 1972.2) 第20巻2号(通巻226号) p.5


06168
階段から改札口へ殺気だちときに静けし人の流れは
カイダンカラ カイサツグチヘ サッキダチ トキニシズケシ ヒトノナガレハ

『形成』(形成発行所 1972.2) 第20巻2号(通巻226号) p.5


06169
雪山へバスを発たしめちりぢりに闇にまぎるる見送りびとら
ユキヤマヘ バスヲタタシメ チリヂリニ ヤミニマギルル ミオクリビトラ

『形成』(形成発行所 1972.2) 第20巻2号(通巻226号) p.5


06170
連れのゐてつたなくものを言ひしこと時経て思ひ癒されがたし
ツレノヰテ ツタナクモノヲ イヒシコト トキヘテオモヒ イヤサレガタシ

『形成』(形成発行所 1972.2) 第20巻2号(通巻226号) p.5


06171
思ひあたる理由といふもすべなきに臥しゐて右の腕のみ重し
オモヒアタル リユウトイフモ スベナキニ フシヰテミギノ ウデノミオモシ

『形成』(形成発行所 1972.2) 第20巻2号(通巻226号) p.5


06172
白梅の若木植ゑたるわが庭にいち早く来よ今年の春は
シラウメノ ワカギウヱタル ワガニワニ イチハヤクコヨ コトシノハルハ

『形成』(形成発行所 1972.2) 第20巻2号(通巻226号) p.5