操られゐる


06173
あたたかき雨となりたりふるさとの桑の若葉もほぐれむころか
アタタカキ アメトナリタリ フルサトノ クワノワカバモ ホグレムコロカ

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06174
朝夕の電車に過ぎてひとたびも降りしことなき駅幾つあり
アサユウノ デンシャニスギテ ヒトタビモ オリシコトナキ エキイクツアリ

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06175
アーケードに雨降る街のいづこにかイースト菌の匂ひしてゐつ
アーケードニ アメフルマチノ イヅコニカ イーストキンノ ニオヒシテヰツ

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06176
人もわれもリモートコントロールにて操られゐるごとき事務室
ヒトモワレモ リモートコント ロールニテ アヤツラレヰル ゴトキジムシツ

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06177
刻限によりて明るむ岬の絵椅子を回して立つときに見ゆ
コクゲンニ ヨリテアカルム ミサキノエ イスヲマワシテ タツトキニミユ

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06178
窓をあけて放ちやらむか文鳥も熱ばむ今日のわが手には来ず
マドヲアケテ ハナチヤラムカ ブンチョウモ ネツバムキョウノ ワガテニハコズ

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06179
ひとり歩むことは少なしこの朝も先の路地よりたれか出で来る
ヒトリアユム コトハスクナシ コノアサモ サキノロジヨリ タレカイデクル

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06180
改札を出づればしまふ定期券約束ごとなどのうとましき日よ
カイサツヲ イヅレバシマフ テイキケン ヤクソクゴトナドノ ウトマシキヒヨ

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06181
電車待つあひだしばらく話しゐて表裏ある声を持ちあふ
デンシャマツ アヒダシバラク ハナシヰテ オモテウラアル コエヲモチアフ

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06182
とげ抜きの小さきをつねに持ちてゐてみづから使ふ事は少なし
トゲヌキノ チイサキヲツネニ モチテヰテ ミヅカラツカフ コトハスクナシ

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06183
励ましてあと幾年を勤め得むはがゆきことの多くなりつつ
ハゲマシテ アトイクトセヲ ツトメエム ハガユキコトノ オオクナリツツ

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06184
夢のなかの景色のやうに寒けくてどの窓も白き曇りを映す
ユメノナカノ ケシキノヤウニ サムケクテ ドノマドモシロキ クモリヲウツス

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06185
吊り皮に縋りつづけて帰り来ぬ指かじかめる手袋を置く
ツリカワニ スガリツヅケテ カエリキヌ ユビカジカメル テブクロヲオク

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06186
声もなく渡る鳥あり薄氷のきれぎれに浮く沼の上の空
コエモナク ワタルトリアリ ウスラヒノ キレギレニウク ヌマノウエノソラ

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06187
夢見ぬといふ夜は無くて眠りつつ会ひたき人を見るにもあらず
ユメミヌト イフヨハナクテ ネムリツツ アヒタキヒトヲ ミルニモアラズ

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06188
たれも同じ不安を持ちて働くと階段を書庫へくだるとき思ふ
タレモオナジ フアンヲモチテ ハタラクト カイダンヲショコヘ クダルトキオモフ

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06189
夜泣きする幼な子のゐる両隣ひとり起きゐる宵々に知る
ヨナキスル オサナゴノヰル リョウドナリ ヒトリオキヰル ヨイヨイニシル

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06190
何れ癒ると思ひてをれど風邪のあと味覚失ひ五日ほどたつ
イズレナホルト オモヒテヲレド カゼノアト ミカクウシナヒ イツカホドタツ

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06191
ホームよりはみ出してとまる貨車が見ゆまがれば駅の上の岨道
ホームヨリ ハミダシテトマル カシャガミユ マガレバエキノ ウエノソバミチ

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06192
いつのまにあがれる雨かエクレアも冷たしとのみ思ひ食みゐつ
イツノマニ アガレルアメカ エクレアモ ツメタシトノミ オモヒハミヰツ

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06193
風の幅ひろがりゆきて水の上見ゆる限りの波光りたり
カゼノハバ ヒロガリユキテ ミズノウエ ミユルカギリノ ナミヒカリタリ

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06194
きれぎれにゆるく流るるうす雲のかさなるときに高さが違ふ
キレギレニ ユルクナガルル ウスグモノ カサナルトキニ タカサガチガフ

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06195
花を撒きつつ来しかと思ふ気がつけば花のあらざる蘭の鉢持つ
ハナヲマキツツ コシカトオモフ キガツケバ ハナノアラザル ランノハチモツ

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06196
動かずにをれば膝よりひび割るる作りそこねし土偶のやうに
ウゴカズニ ヲレバヒザヨリ ヒビワルル ツクリソコネシ ドグウノヤウニ

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.7


06197
ひなげしの花もいつしか立ち直り影ごとゆらぐ曇りガラスに
ヒナゲシノ ハナモイツシカ タチナオリ カゲゴトユラグ クモリガラスニ

『形成』(形成発行所 1972.5) 第20巻5号(通巻229号) p.8