無題


06198
雲を映す日の多くなりし水の上風は渡らふバリウム色に
クモヲウツス ヒノオオクナリシ ミズノウエ カゼハワタラフ バリウムイロニ

『形成』(形成発行所 1972.8) 第20巻8号(通巻232号) p.4


06199
届きたる供花の黄の薔薇活けてゐて虚飾のやうな窓の明るさ
トドキタル キョウカノキノバラ イケテヰテ キョショクノヤウナ マドノアカルサ

『形成』(形成発行所 1972.8) 第20巻8号(通巻232号) p.4


06200
クレパスは青のみとなり吹く風も野も真っ青に塗るほかあらず
クレパスハ アオノミトナリ フクカゼモ ノモマッサオニ ヌルホカアラズ

『形成』(形成発行所 1972.8) 第20巻8号(通巻232号) p.4


06201
門灯の一ついつより消えゐるかさだかにたれも覚えてをらず
モントウノ ヒトツイツヨリ キエヰルカ サダカニタレモ オボエテヲラズ

『形成』(形成発行所 1972.8) 第20巻8号(通巻232号) p.4


06202
出でゆけばすぐに隠れてたはむれにブザー押す子は幾人ならむ
イデユケバ スグニカクレテ タハムレニ ブザーオスコハ イクタリナラム

『形成』(形成発行所 1972.8) 第20巻8号(通巻232号) p.4


06203
身に近く置く縫ひぐるみ初めから吠ゆることなき犬などさびし
ミニチカク オクヌヒグルミ ハジメカラ ホユルコトナキ イヌナドサビシ

『形成』(形成発行所 1972.8) 第20巻8号(通巻232号) p.4


06204
目の前につきつけられし感じにてカラジウムの葉の一枚そよぐ
メノマエニ ツキツケラレシ カンジニテ カラジウムノハノ イチマイソヨグ

『形成』(形成発行所 1972.10) 第20巻10号(通巻234号) p.4


06205
身をよけて通らしめたるトラックに横向きに乗れる三頭の馬
ミヲヨケテ トオラシメタル トラックニ ヨコムキニノレル サントウノウマ

『形成』(形成発行所 1972.10) 第20巻10号(通巻234号) p.4


06206
硝子ごしに雨を見てゐて目の前のことに怒らずなれるに気づく
ガラスゴシニ アメヲミテヰテ メノマエノ コトニオコラズ ナレルニキヅク

『形成』(形成発行所 1972.10) 第20巻10号(通巻234号) p.4


06207
これ以上失ふものは残りゐず腕力のごとき力湧き来よ
コレイジョウ ウシナフモノハ ノコリヰズ ワンリヨクノゴトキ チカラワキコヨ

『形成』(形成発行所 1972.10) 第20巻10号(通巻234号) p.4


06208
聞きとれぬ遠きドラマに縄のやうな顎ひげのある仮面がうごく
キキトレヌ トオキドラマニ ナワノヤウナ アゴヒゲノアル カメンガウゴク

『形成』(形成発行所 1972.10) 第20巻10号(通巻234号) p.4


06209
街灯をかぞへつつ来て気づきたり悲しみをそれてゐたる時のま
ガイトウヲ カゾヘツツキテ キヅキタリ カナシミヲソレテ ヰタルトキノマ

『形成』(形成発行所 1972.10) 第20巻10号(通巻234号) p.4


06210
指先がつららのやうに尖りゐきさびしき夢を見て起き出でぬ
ユビサキガ ツララノヤウニ トガリヰキ サビシキユメヲ ミテオキイデヌ

『形成』(形成発行所 1972.10) 第20巻10号(通巻234号) p.4


06211
遠くより青くともしてバスは来る帰りゆきてもたれもをらぬに
トオクヨリ アオクトモシテ バスハクル カエリユキテモ タレモヲラヌニ

『形成』(形成発行所 1972.11) 第20巻11号(通巻235号) p.16


06212
ひさびさの雨となりたり忌の明けに異国のやうな対岸の森
ヒサビサノ アメトナリタリ キノアケニ イコクノヤウナ タイガンノモリ

『形成』(形成発行所 1972.11) 第20巻11号(通巻235号) p.16


06213
雨の音にとり巻かれゐて逃れ得ず激しくたれかわが名を呼べよ
アメノオトニ トリマカレヰテ ノガレエズ ハゲシクタレカ ワガナヲヨベヨ

『形成』(形成発行所 1972.11) 第20巻11号(通巻235号) p.16


06214
窓により見てゐる雨は絵のやうに白き斜線を引きながら降る
マドニヨリ ミテヰルアメハ エノヤウニ シロキシャセンヲ ヒキナガラフル

『形成』(形成発行所 1972.11) 第20巻11号(通巻235号) p.16


06215
手巾にアイロンの余熱あてながらまたとめどなく思ひ墜ちゆく
ハンカチニ アイロンノヨネツ アテナガラ マタトメドナク オモヒオチユク

『形成』(形成発行所 1972.11) 第20巻11号(通巻235号) p.16


06216
眠るとき必ず思ふわれの位置運河ふたすぢこもごもに光る
ネムルトキ カナラズオモフ ワレノイチ ウンガフタスヂ コモゴモニヒカル

『形成』(形成発行所 1972.11) 第20巻11号(通巻235号) p.16


06217
灰いろの葡萄つるくさきりもなくつなぎてゆけり眠りのなかに
ハイイロノ ブドウツルクサ キリモナク ツナギテユケリ ネムリノナカニ

『形成』(形成発行所 1972.11) 第20巻11号(通巻235号) p.16


06218
雪の嵩も昨日のままか花びらの欠けたるネオンこよひもともす
ユキノカサモ キノウノママカ ハナビラノ カケタルネオン コヨヒモトモス

『形成』(形成発行所 1973.1) 第21巻1号(通巻237号) p.5


06219
買ひやらむ妹はゐずこの冬の色あたたかき布地を見てゆく
カヒヤラム イモウトハヰズ コノフユノ イロアタタカキ ヌノジヲミテユク

『形成』(形成発行所 1973.1) 第21巻1号(通巻237号) p.5


06220
銀いろのポールが立ちてゆれゐたり旗のあがらぬ今日の静けさ
ギンイロノ ポールガタチテ ユレヰタリ ハタノアガラヌ キョウノシズケサ

『形成』(形成発行所 1973.1) 第21巻1号(通巻237号) p.5


06221
腋寒く見てゐるものを啼くこともあらずうかべる白鳥のむれ
ワキサムク ミテヰルモノヲ ナクコトモ アラズウカベル ハクチョウノムレ

『形成』(形成発行所 1973.1) 第21巻1号(通巻237号) p.5


06222
そのほかの費し方を問はずしてわがために生を終へし妹
ソノホカノ ツイヤシカタヲ トハズシテ ワガタメニシヤウヲ オヘシイモウト

『形成』(形成発行所 1973.1) 第21巻1号(通巻237号) p.5


06223
定規あてて罫をひきゐる間だけ何もかも忘れてゐしかと思ふ
ジョウギアテテ ケイヲヒキヰル アイダダケ ナニモカモワスレテ ヰシカトオモフ

『形成』(形成発行所 1973.1) 第21巻1号(通巻237号) p.5


06224
生きてあらば如何に歎かむ幾種もの薬のみつつ起きゐるわれを
イキテアラバ イカニナゲカム イクシュモノ クスリノミツツ オキヰルワレヲ

『形成』(形成発行所 1973.1) 第21巻1号(通巻237号) p.5


06225
消し忘れし灯の家にある如き一日こゑ励ましつつわれは仕事す
ケシワスレシ ヒノイエニアル ゴトキヒトヒ コヱハゲマシツツ ワレハシゴトス

『形成』(形成発行所 1973.6) 第21巻6号(通巻242号) p.4


06226
草むらの底にみひらくこの春のたんぽぽの花も妹は見ず
クサムラノ ソコニミヒラク コノハルノ タンポポノハナモ イモウトハミズ

『形成』(形成発行所 1973.6) 第21巻6号(通巻242号) p.4


06227
輪郭のたしかなる影ひきゐると気づきぬ信号に立ちどまるとき
リンカクノ タシカナルカゲ ヒキヰルト キヅキヌシンゴウニ タチドマルトキ

『形成』(形成発行所 1973.6) 第21巻6号(通巻242号) p.4


06228
遠く行く旅もかなはぬ予後の身を人はいざなふ札所めぐりに
トオクユク タビモカナハヌ ヨゴノミヲ ヒトハイザナフ フダショメグリニ

『形成』(形成発行所 1973.6) 第21巻6号(通巻242号) p.4


06229
伎楽の面の内側にあく瞳孔の深く小さし二つならびて
ギガクノメンノ ウチガワニアク ドウコウノ フカクチイサシ フタツナラビテ

『形成』(形成発行所 1973.6) 第21巻6号(通巻242号) p.4


06230
分身のごとくにありし欅の木芽ぶきて大きひろがりをなす
ブンシンノ ゴトクニアリシ ケヤキノキ メブキテオオキ ヒロガリヲナス

『形成』(形成発行所 1973.6) 第21巻6号(通巻242号) p.4


06231
ときのまに春雷は過ぎ明るむを呼ばひて出でむうからもをらず
トキノマニ シュンライハスギ アカルムヲ ヨバヒテイデム ウカラモヲラズ

『形成』(形成発行所 1973.6) 第21巻6号(通巻242号) p.4


06232
栗の花の匂へば雨になるといふ雨の日曜はさびしきものを
クリノハナノ ニオヘバアメニ ナルトイフ アメノニチヨウハ サビシキモノヲ

『形成』(形成発行所 1973.8) 第21巻8号(通巻244号) p.4


06233
リストよりラフマニノフと思ひゐて急に効きくる眠り薬は
リストヨリ ラフマニノフト オモヒヰテ キュウニキキクル ネムリグスリハ

『形成』(形成発行所 1973.8) 第21巻8号(通巻244号) p.4


06234
醒めゆかば如何にかさびし少年の聖歌コーラス澄みて続ける
サメユカバ イカニカサビシ ショウネンノ セイカコーラス スミテツヅケル

『形成』(形成発行所 1973.8) 第21巻8号(通巻244号) p.4


06235
散りしける売子木の花みなよごれゐておもたし傘も左手の荷も
チリシケル エゴノハナミナ ヨゴレヰテ オモタシカサモ ヒダリテノニモ

『形成』(形成発行所 1973.8) 第21巻8号(通巻244号) p.4


06236
断ち切られまた繋がれてすべ知らぬ思ひに今日は彼岸会にゆく
タチキラレ マタツナガレテ スベシラヌ オモヒニキョウハ ヒガンエニユク

『形成』(形成発行所 1973.8) 第21巻8号(通巻244号) p.4


06237
思はざる花びらの嵩芍薬のうすくれなゐの一つ崩れて
オモハザル ハナビラノカサ シャクヤクノ ウスクレナヰノ ヒトツクズレテ

『形成』(形成発行所 1973.8) 第21巻8号(通巻244号) p.4


06238
黄の花の終らむとしてとりとめもあらず乱るる薔薇の垣根は
キノハナノ オワラムトシテ トリトメモ アラズミダルル バラノカキネハ

『形成』(形成発行所 1973.8) 第21巻8号(通巻244号) p.4


06239
いとけなく伴はれ来しその子とも睦みつつ剥くしたたる桃を
イトケナク トモナハレコシ ソノコトモ ムツミツツムク シタタルモモヲ

『形成』(形成発行所 1973.12) 第21巻12号(通巻248号) p.4


06240
白桃の季節去年よりしづかなるわれかと思ふ水に浮けつつ
ハクトウノ キセツコゾヨリ シヅカナル ワレカトオモフ ミズニウケツツ

『形成』(形成発行所 1973.12) 第21巻12号(通巻248号) p.4


06241
この夜はいづちの山か届きたるはがきににじむスタンプの青
コノヨルハ イヅチノヤマカ トドキタル ハガキニニジム スタンプノアオ

『形成』(形成発行所 1973.12) 第21巻12号(通巻248号) p.4


06242
風邪のあとの幾日たゆく勤めゐて本の倒るる音にも脅ゆ
カゼノアトノ イクニチタユク ツトメヰテ ホンノタオルル オトニモオビユ

『形成』(形成発行所 1973.12) 第21巻12号(通巻248号) p.4


06243
白樺に似る林とぞ少女らの調べ当てし木の名ナンキンハゼノキ
シラカバニ ニルハヤシトゾ ショウジョラノ シラベアテシキノナ ナンキンハゼノキ

『形成』(形成発行所 1973.12) 第21巻12号(通巻248号) p.4


06244
秋海棠を好みしうからみな在らず土やはらかし墓への道は
シュウカイドウヲ コノミシウカラ ミナアラズ ツチヤハラカシ ハカヘノミチハ

『形成』(形成発行所 1973.12) 第21巻12号(通巻248号) p.4


06245
売られゐる秋の野菜の美しさ厨のことにうとく過ぎつつ
ウラレヰル アキノヤサイノ ウツクシサ クリヤノコトニ ウトクスギツツ

『形成』(形成発行所 1973.12) 第21巻12号(通巻248号) p.4