遠景


06831
幾千と知れぬ水鳥浮かびゐて四方八方鳴き声あがる
イクセント シレヌミズドリ ウカビヰテ シホウハッポウ ナキゴエアガル

『形成』(形成発行所 1985.1) 第33巻1号(通巻381号) p.7


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褐色にくぐまりゐしは何の鳥水をたたきて飛びたちゆけり
カッショクニ クグマリヰシハ ナンノトリ ミズヲタタキテ トビタチユケリ

『形成』(形成発行所 1985.1) 第33巻1号(通巻381号) p.7


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すきとほる翅などの背につきゐずや尾花のそよぐ道となりつつ
スキトホル ハネナドノセニ ツキヰズヤ オバナノソヨグ ミチトナリツツ

『形成』(形成発行所 1985.1) 第33巻1号(通巻381号) p.7


06834
風景のぐらりと傾ぎ今われは堪へむとしをり野火の報いに
フウケイノ グラリトカシギ イマワレハ タヘムトシヲリ ノビノムクイニ

『形成』(形成発行所 1985.1) 第33巻1号(通巻381号) p.7


06835
いくたびもシテの如くに立ち戻り舞ひて嘆かむ袖さへ持たず
イクタビモ シテノゴトクニ タチモドリ マヒテナゲカム ソデサヘモタズ

『形成』(形成発行所 1985.1) 第33巻1号(通巻381号) p.7


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シエーカーも使はずなりて久しけれ珈琲カップの奥にひそまる
シエーカーモ ツカハズナリテ ヒサシケレ コーヒーカップノ オクニヒソマル

『形成』(形成発行所 1985.1) 第33巻1号(通巻381号) p.7


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帰りくる手負ひの獣を待つ如き夜々なりにしが過ぎてはるけし
カエリクル テオヒノケモノヲ マツゴトキ ヨヨナリニシガ スギテハルケシ

『形成』(形成発行所 1985.1) 第33巻1号(通巻381号) p.7


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鉛筆の軸にわが名を刻みゐき傷つかむ日のありとも知らず
エンピツノ ジクニワガナヲ キザミヰキ キズツカムヒノ アリトモシラズ

『形成』(形成発行所 1985.1) 第33巻1号(通巻381号) p.7


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吸ひ殻を溜めたるのみに夜の更けて雨にまじれる蟋蟀のこゑ
スヒガラヲ タメタルノミニ ヨノフケテ アメニマジレル コオロギノコヱ

『形成』(形成発行所 1985.1) 第33巻1号(通巻381号) p.7


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一つづついのちを持つといふ繭の一つにあらむわれのひと生は
ヒトツヅツ イノチヲモツト イフマユノ ヒトツニアラム ワレノヒトヨハ

『形成』(形成発行所 1985.1) 第33巻1号(通巻381号) p.7