無題

拾ひものを上空は真っ黒の所在なくうす皮を刻印をゑのころ草欄干は棕櫚縄のさまざまの漂ひてのがれ得ぬあきらめていづこより救はるる強がりを忘れゐし霧吹きて工務店鶴を見む雪吊りの大鳥居聞き覚え存在がエレベーターの石の礫の棕梠の花も鍵しめて保育園の駅員の丘の上に山の子栗鼠も発車までのなきがらのまどろみてかつて聞きひとりひとりの瑠璃揚羽の農業の大仰なくるりくるりレッカー車の防虫剤を結論を運命と落し穴のロビンソンT型定規マンションの消幕の夢に見て紙一枚口数少なく川岸の眼底に稲の葉は蜆蝶の男の声孔雀草と風の熱も日曜を花の絵の夜の更けの断面をよく噛んでわが知らぬどの花かに新しきかけこみてかすかなる大いなる目印と奥の間の一瞬の疑はずしろがねの本丸の中腹に道ばたの靴箆を白鳥の夢にさへ山峡は思はざるストックの小豆ほどの仰ぎ見るかげろふの体温を梅雨の夜の予報通りの三日続きのほめられし衝動買ひは状差しに思はざる幾ときもエルメスの播かぬ種はひとりなすブロンズのくらがりを前山のうすうすにさむざむと勾玉のふるさとのデパートの声までは先んじて枯れいろの広げたるバスを待つ蜘蛛の網に四個ありと先々の新字体と纜といふ父の日も葉の重さおもかげを郵便の終点の人間の何を運ぶ戦争をしみじみと手袋を土を掻きて人工のその大きヘルメットに表の日城塞のレストランの雪のまま奪はるる冴えざえと川岸のたちまちに亡き父の白梅の白梅にお守りの脇に置く目の前の左手に幸運の紙屑か屋上の町へ出づる桐は桐の用水と編隊の洗ひたる二十年隣室は服薬の見て佇てるまちまちの身のうちにたんぽぽの水面に咲き出でて咲き闌けし折り目より箱詰めの口笛を円陣を投手戦は葉の黒く蒸し暑きいろは順いつのまに夕餉のあとの方舟の後退を2カップのふさぎの虫も買ふあても斜めより北国の葡萄園も箒目の顎埋め歳の市の帰りこむ上級生の急ブレーキストーブをおくれ毛を制限の転校の有様は五分計の偶然とも僧形の遠くより回り道幾日経てたひらかにそれぞれにしんとして適温のキュラソーの青々と幼くて病むことは思はざる終夜営業の素人の放鳥の騒擾を電文の前かがみに目に見えぬ左手の人差し指を三四人の春ふけて風によぢれし翻車魚の黄の花が縮尺に岩礁に看護婦の病室に車にて夏休みも夢見たるかすみ草聴覚の地に満つる幼くてカテーテルの地謡の駐車場の榾の束を孫といふ野球して数殖えし倒れしは夜の庭の腑に落ちぬ夜に及ぶダムになる傘なして満員のいつ癒ゆる遠ければ開場を下山せぬ片栗を田の畦の伝令と北東のたんぽぽの桐の花の男性が約束を一枚の流離の冬越して帰巣性と時経れば三階の子供連れも臘梅の花粉症はこののちをポストまで菜の花が竹林のほんものの送り来てONとOFFのどこか遠くに竜宮と眠らねば浅間嶺のしづかなる風のなかゆきずりの睡眠薬のくらがりに越して行きロシア名花火焚く夜の更けに朝市の背伸びして流灯に登校の木枯らしの迷走の病み長き忘れかねし見覚えのドラセナが甲斐の無き道のべの花豆と渡来してスティックに白粥を追はるるを障害者の掛けてゐしギャザー深きキッチンの脚赤き黒鳥のぼろぼろにこれだけの昔見しうす味にぼんぼりに父母の雪国に割れもののうつむきて夜の更けにわが留守に伴天連と子を連れてあがりたる丈低き木槿の花をうち沈みクルーザーの顔ほどのカーテンの養蚕を芯立てて病院の日記にも黒潮のしろじろといくたびもジャイアンツのわが背にも月に一度明治四十汗あえて古へのコバルトのガレージが硝子ごしに桜の葉食パンの自転車のやはらかくこぶ白鳥水面をわれの持つ花の日をいつのまに初めてのたれもみな幼くて緋のいろのあこがれて島々を何に対ふ蕁麻の灰皿に特攻の右折して音も無く途中から夢にさへ父母祖父母遅くなるカーネーション置時計がもう一人つぎつぎに自転車を秘めておく音を立てて金粉の地球儀も流氷の再び三たびわけもなくまつすぐに立ちどまるわたつみを中東の人知れぬ海峡をぼんぼりも本当のいづことも四月一日・禾本科と水を得る殉死とふXデー踊りつつうす青き中仙道とおもだかの川幅の異国人の亀甲の生きて又国富論・潜水艦「蜑」といふ篝火は帰り来て大き目を隠密の房のままいつのまに鈴の鳴る捨てかねて少年の奥まりて年越さば茎のいろが傍らに絨緞に十字路に呼ぶことをおもかげに刃物には上州の百合の木と観音は胡座居の白鳥を三角に中指の幼子と年月は土いろに子供ゆゑ耳垂れし壬申の畑には数枚の水いろのかぐはしきみづうみの洋車にも電光石火思はざる来ぬ年の稜線のつぎつぎに使ひ捨ての何もせぬどの山も幼子の直さずにきざまれしこみあぐるじやんけんに銀鱗の戻りたる押し合ひて落款の何をするみ仏も戯れに落ちざりしをりふしにつらなりて箱眼鏡起き出づるカフェテラスに雨だれの圏外に病院の何を病む花過ぎし目の前をわが家の気迷ひも駐車せるつぶつぶのをさな子の拾はれて目の前に辻褄を子も親も括られし振り向かば書斎には穂草そよぐバス停に病む前も珍しき千年のゲレンデのかがまれる北国のお日さまの摘み草の砂漠にはあきらめて児童らが考へてさまざまに曲水の家族らは足取りを伴天連とときに縮み右の手に近未来の外側より咲き終へし摘み草の砂漠にはあきらめて児童らが考へて

06841
拾ひものをせし如き今日の暖かさトルコ桔梗はみな開きたり
ヒロヒモノヲ セシゴトキキョウノ アタタカサ トルコキキョウハ ミナヒラキタリ

『形成』(形成発行所 1985.2) 第33巻2号(通巻382号) p.15


06842
上空は風あるならむ音立てて木の実降りつぐ落ち葉の上に
ジョウクウハ カゼアルナラム オトタテテ コノミフリツグ オチバノウエニ

『形成』(形成発行所 1985.2) 第33巻2号(通巻382号) p.15


06843
真っ黒の牡牛は目のみ光らせてにれがみゐたり油彩のなかに
マックロノ オウシハメノミ ヒカラセテ ニレガミヰタリ ユサイノナカニ

『形成』(形成発行所 1985.2) 第33巻2号(通巻382号) p.15


06844
所在なくバス待ちをればたかむらは風のまにまに透きて明るむ
ショザイナク バスマチヲレバ タカムラハ カゼノマニマニ スキテアカルム

『形成』(形成発行所 1985.2) 第33巻2号(通巻382号) p.15


06845
うす皮を一枚一枚剥ぎゆきて何に到らむわれとも知れず
ウスカワヲ イチマイイチマイ ハギユキテ ナニニイタラム ワレトモシレズ

『形成』(形成発行所 1985.2) 第33巻2号(通巻382号) p.15


06846
刻印を打たれし材木積まれをり小さき駅舎を出でて来つれば
コクインヲ ウタレシザイモク ツマレヲリ チイサキエキシャヲ イデテキツレバ

『形成』(形成発行所 1985.3) 第33巻3号(通巻383号) p.142


06847
ゑのころ草吹かれゐるのみ石仏はすでに祠におはさずといふ
ヱノコログサ フカレヰルノミ セキブツハ スデニホコラニ オハサズトイフ

『形成』(形成発行所 1985.3) 第33巻3号(通巻383号) p.142


06848
欄干は鉄のつめたき手を打ちて呼べば寄り来る鯉ありにけり
ランカンハ テツノツメタキ テヲウチテ ヨベバヨリクル コイアリニケリ

『形成』(形成発行所 1985.3) 第33巻3号(通巻383号) p.142


06849
棕櫚縄の切り口未だ新しき筧と見つつ木戸よりの道
シュロナワノ キリクチイマダ アタラシキ カケイトミツツ キドヨリノミチ

『形成』(形成発行所 1985.3) 第33巻3号(通巻383号) p.142


06850
さまざまの花押を繰りて見てゐしが滅びて人の残すかたちよ
サマザマノ カオウヲクリテ ミテヰシガ ホロビテヒトノ ノコスカタチヨ

『形成』(形成発行所 1985.3) 第33巻3号(通巻383号) p.142


06851
漂ひてゐし夢のなか去るものは声も立てずに身をひるがへす
タダヨヒテ ヰシユメノナカ サルモノハ コエモタテズニ ミヲヒルガヘス

『形成』(形成発行所 1985.4) 第33巻4号(通巻384号) p.15


06852
のがれ得ぬ罠にかかれるわれならむ結果はたちまち原因をなす
ノガレエヌ ワナニカカレル ワレナラム ケッカハタチマチ ゲンインヲナス

『形成』(形成発行所 1985.4) 第33巻4号(通巻384号) p.15


06853
あきらめて眼鏡拭きをれば点かざりし蛍光灯の音してともる
アキラメテ メガネフキヲレバ ツカザリシ ケイコウトウノ オトシテトモル

『形成』(形成発行所 1985.4) 第33巻4号(通巻384号) p.15


06854
いづこよりうつされて来し風邪ならむ臘梅の花も匂はずなりぬ
イヅコヨリ ウツサレシコシ カゼナラム ロウバイノハナモ ニオハズナリヌ

『形成』(形成発行所 1985.4) 第33巻4号(通巻384号) p.15


06855
救はるる魂をわが持たざれば十日病みたる顔をとがらす
スクハルル タマシイヲワガ モタザレバ トオカヤミタル カオヲトガラス

『形成』(形成発行所 1985.4) 第33巻4号(通巻384号) p.15


06856
強がりを言ひて来にしがネックレスはづせる襟のときのま涼し
ツヨガリヲ イヒテキニシガ ネックレス ハヅセルエリノ トキノマスズシ

『形成』(形成発行所 1985.5) 第33巻5号(通巻385号) p.158


06857
忘れゐし記憶を呼びて飴いろに古りたる竹の物差が出づ
ワスレヰシ キオクヲヨビテ アメイロニ フリタルタケノ モノサシガイヅ

『形成』(形成発行所 1985.5) 第33巻5号(通巻385号) p.158


06858
霧吹きて根元うるほす朝々にシンビジュームは絹のつや持つ
キリフキテ ネモトウルホス アサアサニ シンビジュームハ キヌノツヤモツ

『形成』(形成発行所 1985.5) 第33巻5号(通巻385号) p.158


06859
工務店近くにあればチェーンソーの音にも馴れて十五年経ぬ
コウムテン チカクニアレバ チェーンソーノ オトニモナレテ ジュウゴネンヘヌ

『形成』(形成発行所 1985.5) 第33巻5号(通巻385号) p.158


06860
鶴を見む旅も果たさで終らむか春めきて来し夕映え仰ぐ
ツルヲミム タビモハタサデ オワラムカ ハルメキテコシ ユウバエアオグ

『形成』(形成発行所 1985.5) 第33巻5号(通巻385号) p.158


06861
雪吊りの松を見にしは五年前今日ひとり来て風を見てゐる
ユキツリノ マツヲミニシハ ゴネンマエ キョウヒトリキテ カゼヲミテヰル

『形成』(形成発行所 1985.6) 第33巻6号(通巻386号) p.15


06862
大鳥居すぎて露天の土産屋につるされしものこもごもに鳴る
オオトリイ スギテロテンノ ミヤゲヤニ ツルサレシモノ コモゴモニナル

『形成』(形成発行所 1985.6) 第33巻6号(通巻386号) p.15


06863
聞き覚えある声なりし誰なりし松の手入れをしてゐし人は
キキオボエ アルコエナリシ ダレナリシ マツノテイレヲ シテヰシヒトハ

『形成』(形成発行所 1985.6) 第33巻6号(通巻386号) p.15


06864
存在が存在を狭めゐるごとく揉みあへる木々夜目にすさまじ
ソンザイガ ソンザイヲセバメ ヰルゴトク モミアヘルキギ ヨメニスサマジ

『形成』(形成発行所 1985.6) 第33巻6号(通巻386号) p.15


06865
エレベーターのドア開かれて結束を解かれし如く人の出でくる
エレベーターノ ドアヒラカレテ ケッソクヲ トカレシゴトク ヒトノイデクル

『形成』(形成発行所 1985.6) 第33巻6号(通巻386号) p.15


06866
石の礫のとびくるなかにゐたりしが何事もあらず夢より覚めて
イシノツブテノ トビクルナカニ ヰタリシガ ナニゴトモアラズ ユメヨリサメテ

『形成』(形成発行所 1985.7) 第33巻7号(通巻387号) p.158


06867
棕梠の花も見慣れて今は驚かず北国に住みゐて知らざりし花
シュロノハナモ ミナレテイマハ オドロカズ キタグニニスミヰテ シラザリシハナ

『形成』(形成発行所 1985.7) 第33巻7号(通巻387号) p.158


06868
鍵しめて出づる習ひのふと寂し通りまで人を送らむとして
カギシメテ イヅルナラヒノ フトサビシ トオリマデヒトヲ オクラムトシテ

『形成』(形成発行所 1985.7) 第33巻7号(通巻387号) p.158


06869
保育園の終る時間か子どもらは紙の兜をかぶりて出で来
ホイクエンノ オワルジカンカ コドモラハ カミノカブトヲ カブリテイデク

『形成』(形成発行所 1985.7) 第33巻7号(通巻387号) p.158


06870
駅員の駆け寄るさまを見しのみに何の事故とも知らず発ち来ぬ
エキインノ カケヨルサマヲ ミシノミニ ナンノジコトモ シラズタチキヌ

『形成』(形成発行所 1985.7) 第33巻7号(通巻387号) p.158


06871
丘の上にまばらに墓を置くのみに人影もなし青麦の野は
オカノウエニ マバラニハカヲ オクノミニ ヒトカゲモナシ アオムギノノハ

『形成』(形成発行所 1985.8) 第33巻8号(通巻388号) p.14


06872
山の子栗鼠も殖えてゐるとぞこの町のリラは紫の花を盛り上ぐ
ヤマノコリスモ フエテヰルトゾ コノマチノ リラハムラサキノ ハナヲモリアグ

『形成』(形成発行所 1985.8) 第33巻8号(通巻388号) p.14


06873
発車までの時間いくばく望遠鏡にとらへし鳶をどこまでも追ふ
ハッシャマデノ ジカンイクバク ボウエンキョウニ トラヘシトビヲ ドコマデモオフ

『形成』(形成発行所 1985.8) 第33巻8号(通巻388号) p.14


06874
なきがらの浮かぬ水深と言ひゐしがバックミラーに切岸は見ゆ
ナキガラノ ウカヌスイシント イヒヰシガ バックミラーニ キリギシハミユ

『形成』(形成発行所 1985.8) 第33巻8号(通巻388号) p.14


06875
まどろみて津波の夢を見てゐたり湾岸道路を行くバスのなか
マドロミテ ツナミノユメヲ ミテヰタリ ワンガンドウロヲ ユクバスノナカ

『形成』(形成発行所 1985.8) 第33巻8号(通巻388号) p.14


06876
かつて聞き忘れてゐたる噂など翳ふかめをり今日また聞けば
カツテキキ ワスレテヰタル ウワサナド カゲフカメヲリ キョウマタキケバ

『形成』(形成発行所 1985.9) 第33巻9号(通巻389号) p.156


06877
ひとりひとりの渚に帰りて眠るならむ笑ひ転げてゐる少女らも
ヒトリヒトリノ ナギサニカエリテ ネルナラム ワラヒコロゲテ ヰルショウジョラモ

『形成』(形成発行所 1985.9) 第33巻9号(通巻389号) p.156


06878
瑠璃揚羽の縺れて飛べる見しのみにくるぶし濡らし畦道をゆく
ルリアゲハノ モツレテトベル ミシノミニ クルブシヌラシ アゼミチヲユク

『形成』(形成発行所 1985.9) 第33巻9号(通巻389号) p.156


06879
農業の不安伝へてこの春はてふてふのいたく少なしといふ
ノウギョウノ フアンツタヘテ コノハルハ テフテフノイタク スクナシトイフ

『形成』(形成発行所 1985.9) 第33巻9号(通巻389号) p.156


06880
大仰な広告のなかに誤植一つ見出でしのみに夕刊を閉づ
オウギョウナ コウコクノナカニ ゴショクヒトツ ミイデシノミニ ユウカンヲトヅ

『形成』(形成発行所 1985.9) 第33巻9号(通巻389号) p.156


06881
くるりくるり日傘回して行きにしは在りしながらの妹ならむ
クルリクルリ ヒガサマワシテ ユキニシハ アリシナガラノ イモウトナラム

『形成』(形成発行所 1985.10) 第33巻10号(通巻390号) p.14


06882
レッカー車の到着を待つ作業衣の二人所在なく芝生を踏めり
レッカーシャノ トウチャクヲマツ サギョウイノ フタリショザイナク シバフヲフメリ

『形成』(形成発行所 1985.10) 第33巻10号(通巻390号) p.14


06883
防虫剤を入れ足ししのみ抽斗に詰まれるものをそのままにして
ボウチュウザイヲ イレタシシノミ ヒキダシニ ツマレルモノヲ ソノママニシテ

『形成』(形成発行所 1985.10) 第33巻10号(通巻390号) p.14


06884
結論を急がざらむと決めゐるにはやる思ひのをりをりきざす
ケツロンヲ イソガザラムト キメヰルニ ハヤルオモヒノ ヲリヲリキザス

『形成』(形成発行所 1985.10) 第33巻10号(通巻390号) p.14


06885
運命といそしむ夜毎寝て覚めて地獄の底にゐるやも知れず
ウンメイト イソシムヨゴト ネテサメテ ジゴクノソコニ ヰルヤモシレズ

『形成』(形成発行所 1985.10) 第33巻10号(通巻390号) p.14


06886
落し穴のやうな裂け目のある道と知りゐる足のおのづ右向く
オトシアナノ ヤウナサケメノ アルミチト シリヰルアシノ オノヅミギムク

『形成』(形成発行所 1985.11) 第33巻11号(通巻391号) p.166


06887
ロビンソン風速計と謂ふのならむゴルフ場に低く椀が回れり
ロビンソン フウソクケイト イフノナラム ゴルフジョウニヒクク ワンガマワレリ

『形成』(形成発行所 1985.11) 第33巻11号(通巻391号) p.166


06888
T型定規当てて図面を引きゐしが人を呼びたりののしるごとく
ティガタジョウギ アテテズメンヲ ヒキヰシガ ヒトヲヨビタリ ノノシルゴトク

『形成』(形成発行所 1985.11) 第33巻11号(通巻391号) p.166


06889
マンションの廊下ひそまり不意に誰か出でて来さうな扉が並ぶ
マンションノ ロウカヒソマリ フイニダレカ イデテキサウナ トビラガナラブ

『形成』(形成発行所 1985.11) 第33巻11号(通巻391号) p.166


06890
消幕の如きが目の前にかざされて隠されしものの何とも知れず
ケシマクノ ゴトキガメノマエニ カザサレテ カクサレシモノノ ナニトモシレズ

『形成』(形成発行所 1985.11) 第33巻11号(通巻391号) p.166


06891
夢に見て教師のころを思ひたり黒板は背に大きかりけり
ユメニミテ キョウシノコロヲ オモヒタリ コクバンハセニ オオキカリケリ

『形成』(形成発行所 1985.12) 第33巻12号(通巻392号) p.14


06892
紙一枚へだてし砂鉄磁石もてあやつりゐしは幾つのころか
カミイチマイ ヘダテシサテツ ジシャクモテ アヤツリヰシハ イクツノコロカ

『形成』(形成発行所 1985.12) 第33巻12号(通巻392号) p.14


06893
口数少なく座にありにしが最後までをりて茶托を重ねくれたり
クチカズスクナク ザニアリニシガ サイゴマデ ヲリテチャタクヲ カサネクレタリ

『形成』(形成発行所 1985.12) 第33巻12号(通巻392号) p.14


06894
川岸の虎杖も芦も枯れ伏して見通しのきくカーブとなりぬ
カワギシノ イタドリモアシモ カレフシテ ミトオシノキク カーブトナリヌ

『形成』(形成発行所 1985.12) 第33巻12号(通巻392号) p.14


06895
眼底に異常ありとふ右の目を閉ぢむに左の目も閉ぢゐたり
ガンテイニ イジョウアリトフ ミギノメヲ トヂムニヒダリノ メモトヂヰタリ

『形成』(形成発行所 1985.12) 第33巻12号(通巻392号) p.14


06896
稲の葉は露あげて朝々光るとふわが知らぬ一つ農のよろこび
イネノハハ ツユアゲテアサアサ ヒカルトフ ワガシラヌヒトツ ノウノヨロコビ

『形成』(形成発行所 1986.1) 第34巻1号(通巻393号) p.150


06897
蜆蝶の数よむこともなく見ゐて自在といふにも限りのあらむ
シジミチョウノ カズヨムコトモ ナクミヰテ ジザイトイフニモ カギリノアラム

『形成』(形成発行所 1986.1) 第34巻1号(通巻393号) p.15


06898
男の声障子のなかにしてゐしがひひらぎの花かすかに匂ふ
オトコノコエ ショウジノナカニ シテヰシガ ヒヒラギノハナ カスカニニオフ

『形成』(形成発行所 1986.1) 第34巻1号(通巻393号) p.15


06899
孔雀草と聞きし白花きらめきてひと夜の夢にひろがりやまず
クジャクソウト キキシシロバナ キラメキテ ヒトヨノユメニ ヒロガリヤマズ

『形成』(形成発行所 1986.1) 第34巻1号(通巻393号) p.15


06900
風の熱もやうやく引きて鳥の声弾めりと思ふ今朝のめざめに
カゼノネツモ ヤウヤクヒキテ トリノコエ ハズメリトオモフ ケサノメザメニ

『形成』(形成発行所 1986.1) 第34巻1号(通巻393号) p.15


06901
日曜を休む店あり賑はへる店あり午後の町を歩めば
ニチヨウヲ ヤスムミセアリ ニギハヘル ミセアリゴゴノ マチヲアユメバ

『形成』(形成発行所 1986.2) 第34巻2号(通巻394号) p.15


06902
花の絵のラベルやさしく向日葵の蜂蜜といふ小瓶が売らる
ハナノエノ ラベルヤサシク ヒマワリノ ハチミツトイフ コビンガウラル

『形成』(形成発行所 1986.2) 第34巻2号(通巻394号) p.15


06903
夜の更けのベランダを駆け抜けしものかの魔のものか今の黒猫
ヨノフケノ ベランダヲカケ ヌケシモノ カノマノモノカ イマノクロネコ

『形成』(形成発行所 1986.2) 第34巻2号(通巻394号) p.15


06904
断面を見しと思へる錯覚に重き頭蓋をのせて起き出づ
ダンメンヲ ミシトオモヘル サッカクニ オモキズガイヲ ノセテオキイヅ

『形成』(形成発行所 1986.2) 第34巻2号(通巻394号) p.15


06905
よく噛んで食べよと言ひし母の声歯の弱くなれる今に身に沁む
ヨクカンデ タベヨトイヒシ ハハノコエ ハノヨワクナレル イマニミニシム

『形成』(形成発行所 1986.2) 第34巻2号(通巻394号) p.15


06906
わが知らぬ月日重ねていづくにかまどかに人の老いていまさむ
ワガシラヌ ツキヒカサネテ イヅクニカ マドカニヒトノ オイテイマサム

『形成』(形成発行所 1986.3) 第34巻3号(通巻395号) p.150


06907
どの花かに見つめられゐる思ひせり蘭のフレーム巡りゆきつつ
ドノハナカニ ミツメラレヰル オモヒセリ ランノフレーム メグリユキツツ

『形成』(形成発行所 1986.3) 第34巻3号(通巻395号) p.150


06908
新しき鳥籠に移し入れられし黄のインコ二羽はばたきやまず
アタラシキ トリカゴニウツシ イレラレシ キノインコニワ ハバタキヤマズ

『形成』(形成発行所 1986.3) 第34巻3号(通巻395号) p.150


06909
かけこみて乗りし勢ひに三米ほどつい走りたりわれにもあらず
カケコミテ ノリシイキオヒニ サンメートルホド ツイハシリタリ ワレニモアラズ

『形成』(形成発行所 1986.3) 第34巻3号(通巻395号) p.150


06910
かすかなる茜なりしが西の空混み合へるまま暮れゆかむとす
カスカナル アカネナリシガ ニシノソラ コミアヘルママ クレユカムトス

『形成』(形成発行所 1986.3) 第34巻3号(通巻395号) p.150


06911
大いなる旗のたたまれ日の丸の部分もつひにたたみ込まれぬ
オオイナル ハタノタタマレ ヒノマルノ ブブンモツヒニ タタミコマレヌ

『形成』(形成発行所 1986.4) 第34巻4号(通巻396号) p.13


06912
目印と教はりにしが今日来れば幼稚園の建物はいつしか在らず
メジルシト オソハリニシガ キョウクレバ ヨウチエンノタテモノハ イツシカアラズ

『形成』(形成発行所 1986.4) 第34巻4号(通巻396号) p.13


06913
奥の間の押入れの細くあきてをり何を出したる記憶もなくて
オクノマノ オシイレホソク アキテヲリ ナニヲダシタル キオクモナクテ

『形成』(形成発行所 1986.4) 第34巻4号(通巻396号) p.13


06914
一瞬の間と思へどあらだちて声をあげたりガスのほのほは
イッシュンノ カントオモヘド アラダチテ コエヲアゲタリ ガスノホノホハ

『形成』(形成発行所 1986.4) 第34巻4号(通巻396号) p.13


06915
疑はずそのをりをりを生きしのみゆりかごの唄も歌ふことなく
ウタガハズ ソノヲリヲリヲ イキシノミ ユリカゴノウタモ ウタフコトナク

『形成』(形成発行所 1986.4) 第34巻4号(通巻396号) p.13


06916
しろがねの紐のいくすぢかかりゐて凍れる滝の垂直ならず
シロガネノ ヒモノイクスヂ カカリヰテ コオレルタキノ スイチョクナラズ

『形成』(形成発行所 1986.5) 第34巻5号(通巻397号) p.150


06917
本丸の跡とし言へり石垣の裾をふちどる去年の落ち葉は
ホンマルノ アトトシイヘリ イシガキノ スソヲフチドル コゾノオチバハ

『形成』(形成発行所 1986.5) 第34巻5号(通巻397号) p.150


06918
中腹に節分草の咲くといふいまだに雪の深しとも言ふ
チュウフクニ セツブンソウノ サクトイフ イマダニユキノ フカシトモイフ

『形成』(形成発行所 1986.5) 第34巻5号(通巻397号) p.150


06919
道ばたの残雪のさき古綿のごとしと言へる比喩もほろびむ
ミチバタノ ザンセツノサキ フルワタノ ゴトシトイヘル ヒユモホロビム

『形成』(形成発行所 1986.5) 第34巻5号(通巻397号) p.150


06920
靴箆を取らむとすればポケットに入れしままなるコインが音す
クツベラヲ トラムトスレバ ポケットニ イレシママナル コインガオトス

『形成』(形成発行所 1986.5) 第34巻5号(通巻397号) p.150


06921
白鳥の飛べる姿に消え残る雪とぞみちのくの春を伝へて
ハクチョウノ トベルスガタニ キエノコル ユキトゾミチノクノ ハルヲツタヘテ

『形成』(形成発行所 1986.6) 第34巻6号(通巻398号) p.15


06922
夢にさへ声のかすれてくらがりにうなづくのみの父と会ひゐし
ユメニサヘ コエノカスレテ クラガリニ ウナヅクノミノ チチトアヒヰシ

『形成』(形成発行所 1986.6) 第34巻6号(通巻398号) p.15


06923
山峡は春浅くしてふたたびの雪に沈みゐむ乙女の像は
サンキョウハ ハルアサクシテ フタタビノ ユキニシズミヰム オトメノゾウハ

『形成』(形成発行所 1986.6) 第34巻6号(通巻398号) p.15


06924
思はざる大雪のあと片栗は一輪のみとなりて咲きゐつ
オモハザル オオユキノアト カタクリハ イチリンノミト ナリテサキヰツ

『形成』(形成発行所 1986.6) 第34巻6号(通巻398号) p.15


06925
ストックの匂へる白を束のまま供へて寒し春の彼岸会
ストックノ ニオヘルシロヲ タバノママ ソナヘテサムシ ハルノヒガンヱ

『形成』(形成発行所 1986.6) 第34巻6号(通巻398号) p.15


06926
小豆ほどの蕾なりしが紅梅ははなびら裂きてあはきくれなゐ
アヅキホドノ ツボミナリシガ コウバイハ ハナビラサキテ アハキクレナヰ

『形成』(形成発行所 1986.7) 第34巻7号(通巻399号) p.146


06927
仰ぎ見る紅梅一樹空間をおしひろげつつ咲きあふれたり
アオギミル コウバイイチジュ クウカンヲ オシヒロゲツツ サキアフレタリ

『形成』(形成発行所 1986.7) 第34巻7号(通巻399号) p.146


06928
かげろふのなほ立つ如しふるさとの野をゆく夢より戻り来りき
カゲロフノ ナホタツゴトシ フルサトノ ノヲユクユメヨリ モドリキタリキ

『形成』(形成発行所 1986.7) 第34巻7号(通巻399号) p.146


06929
体温を計りなどして午後となり菜種梅雨とふ細き雨降る
タイオンヲ ハカリナドシテ ゴゴトナリ ナタネヅユトフ ホソキアメフル

『形成』(形成発行所 1986.7) 第34巻7号(通巻399号) p.146


06930
梅雨の夜の用水に来て鳴きてゐし水鶏の声も今年は聞かず
ツユノヨノ ヨウスイニキテ ナキテヰシ クヒナノコエモ コトシハキカズ

『形成』(形成発行所 1986.7) 第34巻7号(通巻399号) p.146


06931
予報通りの雨となりたり校門を出でくる少女らみな傘をさす
ヨホウドオリノ アメトナリタリ コウモンヲ イデクルショウジョラ ミナカサヲサス

『形成』(形成発行所 1986.8) 第34巻8号(通巻400号) p.14


06932
三日続きの雨に思へばみちのくの河童の沼も水湛へゐむ
ミッカツヅキノ アメニオモヘバ ミチノクノ カッパノヌマモ ミズタタヘヰム

『形成』(形成発行所 1986.8) 第34巻8号(通巻400号) p.14


06933
ほめられしことにもあらね血色のよき足裏と指圧師が言ふ
ホメラレシ コトニモアラネ ケッショクノ ヨキアシウラト シアツシガイフ

『形成』(形成発行所 1986.8) 第34巻8号(通巻400号) p.14


06934
衝動買ひは常のことにて青インキうすめし色のタオルを買ひぬ
ショウドウガヒハ ツネノコトニテ アオインキ ウスメシイロノ タオルヲカヒヌ

『形成』(形成発行所 1986.8) 第34巻8号(通巻400号) p.14


06935
状差しに差しおくナイフ物騒に思はるる日のありて暮れたり
ジョウサシニ サシオクナイフ ブッソウニ オモハルルヒノ アリテクレタリ

『形成』(形成発行所 1986.8) 第34巻8号(通巻400号) p.14


06936
思はざる近間に今朝も鬨つくるをんどり一羽見たることなし
オモハザル チカマニケサモ トキツクル ヲンドリイチワ ミタルコトナシ

『形成』(形成発行所 1986.9) 第34巻9号(通巻401号) p.156


06937
幾ときもたたざるものを灰皿に落ちて匙なす薔薇の花びら
イクトキモ タタザルモノヲ ハイザラニ オチテサジナス バラノハナビラ

『形成』(形成発行所 1986.9) 第34巻9号(通巻401号) p.156


06938
エルメスの香水と思ひすれ違ふ人の和服の夏めきゐたり
エルメスノ コウスイトオモヒ スレチガフ ヒトノワフクノ ナツメキヰタリ

『形成』(形成発行所 1986.9) 第34巻9号(通巻401号) p.156


06939
播かぬ種は生えぬと言へり頂きて手帳にはさむ雁来紅の種子
マカヌタネハ ハエヌトイヘリ イタダキテ テチョウニハサム カマツカノシュシ

『形成』(形成発行所 1986.9) 第34巻9号(通巻401号) p.156


06940
ひとりなす水無月祓へ灰皿に小さき紙の形代を燃す
ヒトリナス ミナヅキバラヘ ハイザラニ チイサキカミノ カタシロヲモス

『形成』(形成発行所 1986.9) 第34巻9号(通巻401号) p.156


06941
ブロンズの青年の像を仰ぎゐて鋼のごときこころにあらず
ブロンズノ セイネンノゾウヲ アオギヰテ ハガネノゴトキ ココロニアラズ

『形成』(形成発行所 1986.10) 第34巻10号(通巻402号) p.14


06942
くらがりを帰りてくれば夜の川に匂ふはずなきうしほが匂ふ
クラガリヲ カエリテクレバ ヨノカワニ ニオフハズナキ ウシホガニオフ

『形成』(形成発行所 1986.10) 第34巻10号(通巻402号) p.14


06943
前山の木々はさだかにそよぎゐて次なる山はうすがすみせり
マエヤマノ キギハサダカニ ソヨギヰテ ツギナルヤマハ ウスガスミセリ

『形成』(形成発行所 1986.10) 第34巻10号(通巻402号) p.14


06944
うすうすに張れる氷の見えゐしが痛きところのありて目ざめぬ
ウスウスニ ハレルコオリノ ミエヰシガ イタキトコロノ アリテメザメヌ

『形成』(形成発行所 1986.10) 第34巻10号(通巻402号) p.14


06945
さむざむと屈まりをれば降り出でし雨を言ひつつ医師の来給ふ
サムザムト カガマリヲレバ フリイデシ アメヲイヒツツ イシノキタマフ

『形成』(形成発行所 1986.10) 第34巻10号(通巻402号) p.14


06946
勾玉のかたちに白く暮れ残る水たまりあり地上を見れば
マガタマノ カタチニシロク クレノコル ミズタマリアリ チジョウヲミレバ

『形成』(形成発行所 1986.11) 第34巻11号(通巻403号) p.148


06947
ふるさとの方言ならむ昼顔をアメフリアサガホと母は教へき
フルサトノ ホウゲンナラム ヒルガオヲ アメフリアサガホト ハハハオシヘキ

『形成』(形成発行所 1986.11) 第34巻11号(通巻403号) p.148


06948
デパートの前の通りの夕まぐれ何の屋台か店じまひせり
デパートノ マエノトオリノ ユウマグレ ナンノヤタイカ ミセジマヒセリ

『形成』(形成発行所 1986.11) 第34巻11号(通巻403号) p.148


06949
声までは嗄れずにゐるをよみされて切れば遥けし夜更けの電話
コエマデハ カレズニヰルヲ ヨミサレテ キレバハルケシ ヨフケノデンワ

『形成』(形成発行所 1986.11) 第34巻11号(通巻403号) p.148


06950
先んじて吠ゆる犬あり雷同して吠ゆる犬あり覚めゐて聞けば
サキンジテ ホユルイヌアリ ライドウシテ ホユルイヌアリ サメヰテキケバ

『形成』(形成発行所 1986.11) 第34巻11号(通巻403号) p.148


06951
枯れいろの網目なりしが青蔦は影をかさねて壁を遮蔽す
カレイロノ アミメナリシガ アオツタハ カゲヲカサネテ カベヲシャヘイス

『形成』(形成発行所 1986.12) 第34巻12号(通巻404号) p.14


06952
広げたる手の如き葉はカクレミノと知りて歩めば幾たびも会ふ
ヒロゲタル テノゴトキハハ カクレミノト シリテアユメバ イクタビモアフ

『形成』(形成発行所 1986.12) 第34巻12号(通巻404号) p.14


06953
バスを待つ頭上をあまた飛びかひてせはしかりにし燕もゐず
バスヲマツ ズジョウヲアマタ トビカヒテ セハシカリニシ ツバクロモヰズ

『形成』(形成発行所 1986.12) 第34巻12号(通巻404号) p.14


06954
蜘蛛の網に囚はれしものも鎮まりて細かく光る雨の降り出づ
クモノイニ トラハレシモノモ シズマリテ コマカクヒカル アメノフリイヅ

『形成』(形成発行所 1986.12) 第34巻12号(通巻404号) p.14


06955
四個ありと聞きしガリレイ衛星もその木星も見ず終らむか
ヨンコアリト キキシガリレイ エイセイモ ソノモクセイモ ミズオワラムカ

『形成』(形成発行所 1986.12) 第34巻12号(通巻404号) p.14


06956
先々の思ひとめどなくありにしが立ちあがりたり雨戸締めむと
サキザキノ オモヒトメドナク アリニシガ タチアガリタリ アマドシメムト

『形成』(形成発行所 1987.1) 第35巻1号(通巻405号) p.150


06957
新字体といふに慣れつつ元の字を書きて試して雨の夜をゐつ
シンジタイト イフニナレツツ モトノジヲ カキテタメシテ アメノヨヲヰツ

『形成』(形成発行所 1987.1) 第35巻1号(通巻405号) p.150


06958
纜といふ文字鞴といふ文字を覚えゐしこと幸ひに似る
ラントイフ モジフイゴト イフモジヲ オボエヰシコト サイワヒニニル

『形成』(形成発行所 1987.1) 第35巻1号(通巻405号) p.150


06959
父の日も母の日も縁なく過ぎてわれにめぐりて来る忌の日あり
チチノヒモ ハハノヒモエニシ ナクスギテ ワレニメグリテ クルキノヒアリ

『形成』(形成発行所 1987.1) 第35巻1号(通巻405号) p.150


06960
葉の重さ花の重さを束にして持てば詣でむこころととのふ
ハノオモサ ハナノオモサヲ タバニシテ モテバモウデム ココロトトノフ

『形成』(形成発行所 1987.1) 第35巻1号(通巻405号) p.150


06961
おもかげを時に呼びつつ賀状もてつなぐ程よきへだたりならむ
オモカゲヲ トキニヨビツツ ガジョウモテ ツナグホドヨキ ヘダタリナラム

『形成』(形成発行所 1987.2) 第35巻2号(通巻406号) p.14


06962
郵便の束ほどきつつ「不幸の手紙」届かずなりて幾年経けむ
ユウビンノ タバホドキツツ フコウノテガミ トドカズナリテ イクトセヘケム

『形成』(形成発行所 1987.2) 第35巻2号(通巻406号) p.14


06963
終点の駅を出で来て時じくの雨に濡れたりコートの裾は
シュウテンノ エキヲイデキテ トキジクノ アメニヌレタリ コートノスソハ

『形成』(形成発行所 1987.2) 第35巻2号(通巻406号) p.14


06964
人間の持つぬくもりを思はせて冬は湯気たつ夜の多き川
ニンゲンノ モツヌクモリヲ オモハセテ フユハユゲタツ ヨノオオキカワ

『形成』(形成発行所 1987.2) 第35巻2号(通巻406号) p.14


06965
何を運ぶ夢にありしや両の手にずんずん重くなるもの提げて
ナニヲハコブ ユメニアリシヤ リョウノテニ ズンズンオモク ナルモノサゲテ

『形成』(形成発行所 1987.2) 第35巻2号(通巻406号) p.14


06966
戦争をまだ知らざりき凍土といふ語を教はりし童女のころは
センソウヲ マダシラザリキ ツンドラト イフゴヲオソハリシ オトメノコロハ

『形成』(形成発行所 1987.3) 第35巻3号(通巻407号) p.150


06967
しみじみと父を悼みてをりにしが夢のなかにも雪が降りゐき
シミジミト チチヲイタミテ ヲリニシガ ユメノナカニモ ユキガフリヰキ

『形成』(形成発行所 1987.3) 第35巻3号(通巻407号) p.150


06968
手袋を入れて膨らむポケットをそのまま今日はどこまで行けむ
テブクロヲ イレテフクラム ポケットヲ ソノママキョウハ ドコマデユケム

『形成』(形成発行所 1987.3) 第35巻3号(通巻407号) p.150


06969
土を掻きてゐたりし凧も舞ひあがり中空深く音さへ立てず
ツチヲカキテ ヰタリシタコモ マヒアガリ チュウクウフカク オトサヘタテズ

『形成』(形成発行所 1987.3) 第35巻3号(通巻407号) p.150


06970
人工の滝は鳴りゐてわが待てるピザトーストはいづち行きけむ
ジンコウノ タキハナリヰテ ワガマテル ピザトーストハ イヅチユキケム

『形成』(形成発行所 1987.3) 第35巻3号(通巻407号) p.150


06971
その大き手が見えて来ぬ宝石を鷲掴みにして行けりと聞けば
ソノオオキ テガミエテキヌ ホウセキヲ ワシヅカミニシテ ユケリトキケバ

『形成』(形成発行所 1987.4) 第35巻4号(通巻408号) p.20


06972
ヘルメットに顔を覆ひてまなこのみ光りゐたりと人づてに聞く
ヘルメットニ カオヲオオヒテ マナコノミ ヒカリヰタリト ヒトヅテニキク

『形成』(形成発行所 1987.4) 第35巻4号(通巻408号) p.20


06973
表の日裏の日われにあるごとし温室のなかは冬の薔薇咲く
オモテノヒ ウラノヒワレニ アルゴトシ オンシツノナカハ フユノバラサク

『形成』(形成発行所 1987.4) 第35巻4号(通巻408号) p.20


06974
城塞のごときマンション暮れむとし六日ほどなる月を揚げたり
ジョウサイノ ゴトキマンション クレムトシ ムイカホドナル ツキヲアゲタリ

『形成』(形成発行所 1987.4) 第35巻4号(通巻408号) p.20


06975
レストランの建ち並ぶアーケード街鈴蘭通りといまだに呼べり
レストランノ タチナラブ アーケードガイ スズランドオリト イマダニヨベリ

『形成』(形成発行所 1987.4) 第35巻4号(通巻408号) p.20


06976
雪のまま暮れむとしゐて点りたる向かひの店の蜜柑もおぼろ
ユキノママ クレムトシヰテ トモリタル ムカヒノミセノ ミカンモオボロ

『形成』(形成発行所 1987.5) 第35巻5号(通巻409号) p.156


06977
奪はるる子とて無けれど恐ろしき大き手思ふ疾風吹く夜は
ウバハルル コトテナケレド オソロシキ オオキテオモフ ハヤテフクヨハ

『形成』(形成発行所 1987.5) 第35巻5号(通巻409号) p.156


06978
冴えざえとありし椿も紅褪せて酸化を急ぐものばかりなる
サエザエト アリシツバキモ ベニアセテ サンカヲイソグ モノバカリナル

『形成』(形成発行所 1987.5) 第35巻5号(通巻409号) p.156


06979
川岸のうるほひのなかほつほつと芽ぶきて高し銀杏並木は
カワギシノ ウルホヒノナカ ホツホツト メブキテタカシ イチョウナミキハ

『形成』(形成発行所 1987.5) 第35巻5号(通巻409号) p.156


06980
たちまちに仕事まみれにならむとも帰りゆく家のある幸ひよ
タチマチニ シゴトマミレニ ナラムトモ カエリユクイエノ アルサイワヒヨ

『形成』(形成発行所 1987.5) 第35巻5号(通巻409号) p.156


06981
亡き父の忌の日と知るはわれひとり積もらぬ春の雪を見てゐる
ナキチチノ キノヒトシルハ ワレヒトリ ツモラヌハルノ ユキヲミテヰル

『形成』(形成発行所 1987.6) 第35巻6号(通巻410号) p.18


06982
白梅のこまかくふるふ枝見えて木の葉は風の速さに飛べり
ハクバイノ コマカクフルフ エダミエテ コノハハカゼノ ハヤサニトベリ

『形成』(形成発行所 1987.6) 第35巻6号(通巻410号) p.18


06983
白梅に紅梅まじるしづけさに絵馬のうさぎは一羽づつゐる
ハクバイニ コウバイマジル シヅケサニ エマノウサギハ イチワヅツヰル

『形成』(形成発行所 1987.6) 第35巻6号(通巻410号) p.18


06984
お守りの細き指輪をそのままに朝摘みを賜びし苺を洗ふ
オマモリノ ホソキユビワヲ ソノママニ アサツミヲタマビシ イチゴヲアラフ

『形成』(形成発行所 1987.6) 第35巻6号(通巻410号) p.18


06985
脇に置く本がはためく感じにて落ち着きのなくひと夜ををりぬ
ワキニオク ホンガハタメク カンジニテ オチツキノナク ヒトヨヲヲリヌ

『形成』(形成発行所 1987.6) 第35巻6号(通巻410号) p.18


06986
目の前の踏切といふはいつにても危ふし電車の通り切るまで
メノマエノ フミキリトイフハ イツニテモ アヤフシデンシャノ トオリキルマデ

『形成』(形成発行所 1987.7) 第35巻7号(通巻411号) p.156


06987
左手に供華のストック持ち替へて久々に押す井戸のポンプを
ヒダリテニ クゲノストック モチカヘテ ヒサビサニオス イドノポンプヲ

『形成』(形成発行所 1987.7) 第35巻7号(通巻411号) p.156


06988
幸運の手相といへど今朝見れば皺だらけなるわがたなごころ
コウウンノ テソウトイヘド ケサミレバ シワダラケナル ワガタナゴコロ

『形成』(形成発行所 1987.7) 第35巻7号(通巻411号) p.156


06989
紙屑か何かのやうに散りしけり白木蓮は大き花ゆゑ
カミクズカ ナニカノヤウニ チリシケリ ハクモクレンハ オオキハナユヱ

『形成』(形成発行所 1987.7) 第35巻7号(通巻411号) p.156


06990
屋上の駐車場に街を見おろして高所恐怖症なりし先生思ふ
オクジョウノ チュウシャジョウニマチヲ ミオロシテ コウショキョウフショウナリシ センセイオモフ

『形成』(形成発行所 1987.7) 第35巻7号(通巻411号) p.156


06991
町へ出づる通りすがりに人のゐて棕櫚の落花の黄の粒を掃く
マチヘイヅル トオリスガリニ ヒトノヰテ シュロノラッカノ キノツブヲハク

『形成』(形成発行所 1987.8) 第35巻8号(通巻412号) p.18


06992
桐は桐の高さに花を掲げゐて三日目の今朝は酸き匂ひせり
キリハキリノ タカサニハナヲ カカゲヰテ ミッカメノケサハ スキニオヒセリ

『形成』(形成発行所 1987.8) 第35巻8号(通巻412号) p.18


06993
用水と今は呼べども西の田も東の田もみな夏草の原
ヨウスイト イマハヨベドモ ニシノタモ ヒガシノタモミナ ナツクサノハラ

『形成』(形成発行所 1987.8) 第35巻8号(通巻412号) p.18


06994
編隊の飛行機なればふり仰ぐクローバーの原に散らばる児らも
ヘンタイノ ヒコウキナレバ フリアオグ クローバーノハラニ チラバルコラモ

『形成』(形成発行所 1987.8) 第35巻8号(通巻412号) p.18


06995
洗ひたる髪にドライヤーを当てをれば何か不吉に待たるる如し
アラヒタル カミニドライヤーヲ アテヲレバ ナニカフキツニ マタルルゴトシ

『形成』(形成発行所 1987.8) 第35巻8号(通巻412号) p.18


06996
二十年へだてて町に今日会へばうすむらさきの似合ふよはひよ
ニジュウネン ヘダテテマチニ キョウアヘバ ウスムラサキノ ニアフヨハヒヨ

『形成』(形成発行所 1987.9) 第35巻9号(通巻413号) p.160


06997
隣室は外人の男女幾人か通訳もゐてざわざわとせり
リンシツハ ガイジンノダンジョ イクニンカ ツウヤクモヰテ ザワザワトセリ

『形成』(形成発行所 1987.9) 第35巻9号(通巻413号) p.160


06998
服薬のあと口にがくありにしが午後の人ごみに紛れ来にけり
フクヤクノ アトクチニガク アリニシガ ゴゴノヒトゴミニ マギレキニケリ

『形成』(形成発行所 1987.9) 第35巻9号(通巻413号) p.160


06999
見て佇てるわれに気づきし少女らは声を大きく縄を回しぬ
ミテマテル ワレニキヅキシ ショウジョラハ コエヲオオキク ナワヲマワシヌ

『形成』(形成発行所 1987.9) 第35巻9号(通巻413号) p.160


07000
まちまちの向きに手を伸べゐたりしが園児の踊りも漸くそろふ
マチマチノ ムキニテヲノベ ヰタリシガ エンジノオドリモ ヨウヤクソロフ

『形成』(形成発行所 1987.9) 第35巻9号(通巻413号) p.160


07001
身のうちに泉の湧くといふこともなくてふくらむ紫陽花の青
ミノウチニ イズミノワクト イフコトモ ナクテフクラム アジサイノアオ

『形成』(形成発行所 1987.10) 第35巻10号(通巻414号) p.17


07002
たんぽぽの堤も梅雨の雨のなか濡れて飛び得ぬ穂綿もあらむ
タンポポノ ツツミモツユノ アメノナカ ヌレテトビエヌ ホワタモアラム

『形成』(形成発行所 1987.10) 第35巻10号(通巻414号) p.17


07003
水面に黄みどり色のを突き立てて睡蓮は未だつぼみを解かず
スイメンニ キミドリイロヲ ツキタテテ スイレンハイマダ ツボミヲトカズ

『形成』(形成発行所 1987.10) 第35巻10号(通巻414号) p.17


07004
咲き出でて間なきくちなし外側にすでに錆びゐる花びらが見ゆ
サキイデテ マナキクチナシ ソトガワニ スデニサビヰル ハナビラガミユ

『形成』(形成発行所 1987.10) 第35巻10号(通巻414号) p.17


07005
咲き闌けしアメリカ芙蓉くれなゐの大き花ゆゑ風に裂かるる
サキタケシ アメリカフヨウ クレナヰノ オオキハナユヱ カゼニサカルル

『形成』(形成発行所 1987.10) 第35巻10号(通巻414号) p.17


07006
折り目よりうすれし地図に道切れていづこと知れず貝塚の跡
オリメヨリ ウスレシチズニ ミチキレテ イヅコトシレズ カイヅカノアト

『形成』(形成発行所 1987.11) 第35巻11号(通巻415号) p.158


07007
箱詰めの大き荷が運び込まれたる洋館ありてしづまりかへる
ハコヅメノ オオキニガハコビ コマレタル ヨウカンアリテ シヅマリカヘル

『形成』(形成発行所 1987.11) 第35巻11号(通巻415号) p.158


07008
口笛を吹きて呼ばれしメアリとは異人をとめの犬の名ならむ
クチブエヲ フキテヨバレシ メアリトハ イジンヲトメノ イヌノナナラム

『形成』(形成発行所 1987.11) 第35巻11号(通巻415号) p.158


07009
円陣を組むなかにつねにゐたりしがいかにかあらむ引退の野手
エンジンヲ クムナカニツネニ ヰタリシガ イカニカアラム インタイノヤシュ

『形成』(形成発行所 1987.11) 第35巻11号(通巻415号) p.158


07010
投手戦は敗れたれども球場に出てゐし望の月見むと立つ
トウシュセンハ ヤブレタレドモ キュウジョウニ デテヰシモチノ ツキミムトタツ

『形成』(形成発行所 1987.11) 第35巻11号(通巻415号) p.158


07011
葉の黒くなりし欅にひそみゐてなめらかならず今朝啼く鳩は
ハノクロク ナリシケヤキニ ヒソミヰテ ナメラカナラズ ケサナクハトハ

『形成』(形成発行所 1987.12) 第35巻12号(通巻416号) p.18


07012
蒸し暑きひと日とならむ薬湯の匂ひはタイルにまだ残りゐて
ムシアツキ ヒトヒトナラム ヤクトウノ ニオヒハタイルニ マダノコリヰテ

『形成』(形成発行所 1987.12) 第35巻12号(通巻416号) p.18


07013
いろは順五十音順年の順何の順にか縛られて生く
イロハジュン ゴジュウオンジュン トシノジュン ナンノジュンニカ シバラレテイク

『形成』(形成発行所 1987.12) 第35巻12号(通巻416号) p.18


07014
いつのまに片側かげりかすかなる重さに垂れて風船かつら
イツノマニ カタガワカゲリ カスカナル オモサニタレテ フウセンカツラ

『形成』(形成発行所 1987.12) 第35巻12号(通巻416号) p.18


07015
夕餉のあとの食器を水に沈めゐて屈折率をはかる遊びす
ユウゲノアトノ ショッキヲミズニ シズメヰテ クッセツリツヲ ハカルアソビス

『形成』(形成発行所 1987.12) 第35巻12号(通巻416号) p.18


07016
方舟のごとくに島を離れゆく大きく白き船ありにけり
ハコブネノ ゴトクニシマヲ ハナレユク オオキクシロキ フネアリニケリ

『形成』(形成発行所 1988.1) 第36巻1号(通巻417号) p.158


07017
後退を続くるトラックにゆすられて角の家なるわが家危ふし
コウタイヲ ツヅクルトラックニ ユスラレテ カドノイエナル ワガヤアヤフシ

『形成』(形成発行所 1988.1) 第36巻1号(通巻417号) p.158


07018
2カップの米研ぐ水を濁しゐて今日といふ日もたちまちくらむ
ツゥカップノ コメトグミズヲ ニゴシヰテ キョウトイフヒモ タチマチクラム

『形成』(形成発行所 1988.1) 第36巻1号(通巻417号) p.158


07019
ふさぎの虫もやうやく去りて出でくればみ冬の菊は細々と咲く
フサギノムシモ ヤウヤクサリテ イデクレバ ミフユノキクハ コマゴマトサク

『形成』(形成発行所 1988.1) 第36巻1号(通巻417号) p.158


07020
買ふあてもなくて図鑑を繰りをれば野鳥らはみなまなこ鋭し
カフアテモ ナクテズカンヲ クリヲレバ ヤチョウラハミナ マナコスルドシ

『形成』(形成発行所 1988.1) 第36巻1号(通巻417号) p.158


07021
斜めより日の射して来て用心に汲み置く水も冷たくなりぬ
ナナメヨリ ヒノサシテキテ ヨウジンニ クミオクミズモ ツメタクナリヌ

『形成』(形成発行所 1988.2) 第36巻2号(通巻418号) p.18


07022
北国の冬を思へば暗然と矢をつがへたる案山子立ちゐき
キタグニノ フユヲオモヘバ アンゼント ヤヲツガヘタル カカシタチヰキ

『形成』(形成発行所 1988.2) 第36巻2号(通巻418号) p.18


07023
葡萄園も今はひそまり枯れがれのゑのころぐさが扉を蔽ふ
ブドウエンモ イマハヒソマリ カレガレノ ヱノコログサガ トビラヲオオフ

『形成』(形成発行所 1988.2) 第36巻2号(通巻418号) p.18


07024
箒目の寒く残れる道を来て思はぬときに溜め息が出づ
ホウキメノ サムクノコレル ミチヲキテ オモハヌトキニ タメイキガイヅ

『形成』(形成発行所 1988.2) 第36巻2号(通巻418号) p.18


07025
顎埋めゐたりし犬の起きあがり声を試すが如くに啼けり
アゴウズメ ヰタリシイヌノ オキアガリ コエヲタメスガ ゴトクニナケリ

『形成』(形成発行所 1988.2) 第36巻2号(通巻418号) p.18


07026
歳の市の雑踏を来ぬむづかれる幼子の手を引くこともなく
トシノイチノ ザットウヲキヌ ムヅカレル オサナゴノテヲ ヒクコトモナク

『形成』(形成発行所 1988.3) 第36巻3号(通巻419号) p.158


07027
帰りこむ人もあらねば常夜灯の幅にはららく雪を見てゐる
カエリコム ヒトモアラネバ ジョウヤトウノ ハバニハララク ユキヲミテヰル

『形成』(形成発行所 1988.3) 第36巻3号(通巻419号) p.158


07028
上級生の一人を庫裡に訪ひゆきし雪の当麻の記憶も古りぬ
ジョウキュウセイノ ヒトリヲクリニ トヒユキシ ユキノタイマノ キオクモフリヌ

『形成』(形成発行所 1988.3) 第36巻3号(通巻419号) p.158


07029
急ブレーキ踏む音の遠く聞こゆれば人里を離れて住めるが如し
キュウブレーキ フムオトノトオク キクユレバ ヒトザトヲハナレテ スメルガゴトシ

『形成』(形成発行所 1988.3) 第36巻3号(通巻419号) p.158


07030
ストーブをつけてまた消し自らに問ひて答への出づるさびしさ
ストーブヲ ツケテマタケシ ミズカラニ トヒテコタヘノ イヅルサビシサ

『形成』(形成発行所 1988.3) 第36巻3号(通巻419号) p.158


07031
おくれ毛を吹く風寒く帰り来て消残る雪は不定形なす
オクレゲヲ フクカゼサムク カエリキテ ケノコルユキハ フテイケイナス

『形成』(形成発行所 1988.4) 第36巻4号(通巻420号) p.158


07032
制限の増えし食事と思へども胡麻炒りをれば香りひろがる
セイゲンノ フエシショクジト オモヘドモ ゴマイリヲレバ カオリヒロガル

『形成』(形成発行所 1988.4) 第36巻4号(通巻420号) p.158


07033
転校のかなしみも知らで育ちしとテレビのドラマ見をれば思ふ
テンコウノ カナシミモシラデ ソダチシト テレビノドラマ ミヲレバオモフ

『形成』(形成発行所 1988.4) 第36巻4号(通巻420号) p.158


07034
有様はほとけといふに遠くしてをりをり夢にくる家族たち
アリヤウハ ホトケトイフニ トオクシテ ヲリヲリユメニ クルカゾクタチ

『形成』(形成発行所 1988.4) 第36巻4号(通巻420号) p.158


07035
五分計の古りし検温器振り下げて低き平熱は幼き日より
ゴフンケイノ フリシケンオンキ フリサゲテ ヒクキヘイネツハ オサナキヒヨリ

『形成』(形成発行所 1988.4) 第36巻4号(通巻420号) p.158


07036
偶然とも故意とも知れず紅梅のひと木まじれり白梅園に
グウゼントモ コイトモシレズ コウバイノ ヒトキマジレリ ハクバイエンニ

『形成』(形成発行所 1988.5) 第36巻5号(通巻421号) p.156


07037
僧形のひとりと道にすれ違ひそのおもかげのさだかにあらず
ソウギョウノ ヒトリトミチニ スレチガヒ ソノオモカゲノ サダカニアラズ

『形成』(形成発行所 1988.5) 第36巻5号(通巻421号) p.156


07038
遠くより見られてゐたり水差して吸ひ殻を消す一部始終を
トオクヨリ ミラレテヰタリ ミズサシテ スヒガラヲケス イチブシジュウヲ

『形成』(形成発行所 1988.5) 第36巻5号(通巻421号) p.156


07039
回り道でもして会ひに行く如し郵便番号を調べてをれば
マワリミチ デモシテアヒニ ユクゴトシ ユウビンバンゴウヲ シラベテヲレバ

『形成』(形成発行所 1988.5) 第36巻5号(通巻421号) p.156


07040
幾日経て届く賀状の追ひ書きに浜水仙は咲きそめしとぞ
イクヒヘテ トドクガジョウノ オヒガキニ ハマスイセンハ サキソメシトゾ

『形成』(形成発行所 1988.5) 第36巻5号(通巻421号) p.156


07041
たひらかに夕べをあらむ山の端に虹を残して雨もあがりぬ
タヒラカニ ユウベヲアラム ヤマノハニ ニジヲノコシテ アメモアガリヌ

『形成』(形成発行所 1988.6) 第36巻6号(通巻422号) p.19


07042
それぞれにところを得たるものの音子を叱る声遠くのピアノ
ソレゾレニ トコロヲエタル モノノオト コヲシカルコエ トオクノピアノ

『形成』(形成発行所 1988.6) 第36巻6号(通巻422号) p.19


07043
しんとしてありたきものをエアコンの風に毛先の乱され易し
シントシテ アリタキモノヲ エアコンノ カゼニケサキノ ミダサレヤスシ

『形成』(形成発行所 1988.6) 第36巻6号(通巻422号) p.19


07044
適温の湯となりて出でてくるを待つ数秒間を吝しむことあり
テキオンノ ユトナリテイデテ クルヲマツ スウビョウカンヲ ヲシムコトアリ

『形成』(形成発行所 1988.6) 第36巻6号(通巻422号) p.19


07045
キュラソーの古りしボトルが出でて来て片付の手のまた滞る
キュラソーノ フリシボトルガ イデテキテ カタヅケノテノ マタトドコオル

『形成』(形成発行所 1988.6) 第36巻6号(通巻422号) p.19


07046
青々と芽ぶく柳のかたはらに手を垂れをればわれさへそよぐ
アオアオト メブクヤナギノ カタハラニ テヲタレヲレバ ワレサヘソヨグ

『形成』(形成発行所 1988.7) 第36巻7号(通巻423号) p.156


07047
幼くて見し日より経し幾代ぞ神域は今も鶏を飼ふ
オサナクテ ミシヒヨリヘシ イクダイゾ シンイキハイマモ ニワトリヲカフ

『形成』(形成発行所 1988.7) 第36巻7号(通巻423号) p.156


07048
病むことは何もせぬこと東京のドーム球場賑はふといふ
ヤムコトハ ナニモセヌコト トウキョウノ ドームキュウジョウ ニギハフトイフ

『形成』(形成発行所 1988.7) 第36巻7号(通巻423号) p.156


07049
思はざる粗き音させ夕食ののちの薬を配るワゴン車
オモハザル アラキオトサセ ユウショクノ ノチノクスリヲ クバルワゴンシャ

『形成』(形成発行所 1988.7) 第36巻7号(通巻423号) p.156


07050
終夜営業のマートが近くにあることも拠所の如し眠られずゐて
シュウヤエイギョウノ マートガチカクニ アルコトモ ヨリドコロノゴトシ ネムラレズヰテ

『形成』(形成発行所 1988.7) 第36巻7号(通巻423号) p.156


07051
素人の手品といへど振り上げし杖の先より薔薇生まれたり
シロウトノ テジナトイヘド フリアゲシ ツエノサキヨリ バラウマレタリ

『形成』(形成発行所 1988.8) 第36巻8号(通巻424号) p.119


07052
放鳥の美しかりしことを言ふ喪の旅を終へて帰れる人は
ホウチョウノ ウツクシカリシ コトヲイフ モノタビヲオヘテ カエレルヒトハ

『形成』(形成発行所 1988.8) 第36巻8号(通巻424号) p.119


07053
騒擾を悦ぶとにはあらねどもモデルシップは帆を巻きしまま
ソウジョウヲ ヨロコブトニハ アラネドモ モデルシップハ ホヲマキシママ

『形成』(形成発行所 1988.8) 第36巻8号(通巻424号) p.119


07054
電文のややかすれゐて名指されしオオニシタミコ実在せりや
デンブンノ ヤヤカスレヰテ ナザサレシ オオニシタミコ ジツザイセリヤ

『形成』(形成発行所 1988.8) 第36巻8号(通巻424号) p.119


07055
前かがみに歩みいましし晩年の先生を思ふいつまた会へむ
マエカガミニ アユミイマシシ バンネンノ センセイヲオモフ イツマタアヘム

『形成』(形成発行所 1988.8) 第36巻8号(通巻424号) p.119


07056
目に見えぬ天蓋ありて阻まれてそれ以上あがらず噴水の穂は
メニミエヌ テンガイアリテ ハバマレテ ソレイジョウアガラズ フンスイノホハ

『形成』(形成発行所 1988.9) 第36巻9号(通巻425号) p.148


07057
左手の痺るる日にて君が代蘭と書かれしユッカの花を見てゐし
ヒダリテノ シビルルヒニテ キミガヨラント カカレシユッカノ ハナヲミテヰシ

『形成』(形成発行所 1988.9) 第36巻9号(通巻425号) p.148


07058
人差し指を立てて何をか示したり男の世界に人は生きゐて
ヒトサシユビヲ タテテナニヲカ シメシタリ オトコノセカイニ ヒトハイキヰテ

『形成』(形成発行所 1988.9) 第36巻9号(通巻425号) p.148


07059
三四人の声うちまじり過ぎゆけりなかの女性のうら若き声
サンヨニンノ コエウチマジリ スギユケリ ナカノジョセイノ ウラワカキコエ

『形成』(形成発行所 1988.9) 第36巻9号(通巻425号) p.148


07060
春ふけて密度濃くせる森が見ゆ横縞なして風に揺れつつ
ハルフケテ ミツドコクセル モリガミユ ヨコシマナシテ カゼニユレツツ

『形成』(形成発行所 1988.9) 第36巻9号(通巻425号) p.148


07061
風によぢれし花びらももとに戻りゐて朝顔は藍の輪を広げたり
カゼニヨヂレシ ハナビラモモトニ モドリヰテ アサガオハアイノ ワヲヒロゲタリ

『形成』(形成発行所 1988.10) 第36巻10号(通巻426号) p.17


07062
翻車魚のごときが夢に見えゐしが体が軽くなりて目をあく
マンボウノ ゴトキガユメニ ミエヰシガ カラダガカルク ナリテメヲアク

『形成』(形成発行所 1988.10) 第36巻10号(通巻426号) p.17


07063
黄の花が波だつといふ高原のひまはり畑見む日もあれよ
キノハナガ ナミダツトイフ コウゲンノ ヒマハリノハタケ ミムヒモアレヨ

『形成』(形成発行所 1988.10) 第36巻10号(通巻426号) p.17


07064
縮尺に合はせて地図を測りゐてわれには遠しいづこの山も
シュクシャクニ アハセテチズヲ ハカリヰテ ワレニハトオシ イヅコノヤマモ

『形成』(形成発行所 1988.10) 第36巻10号(通巻426号) p.17


07065
岩礁に乗り上げでもしたやうなひと日なりしがそのまま暮れぬ
ガンショウニ ノリアゲデモ シタヤウナ ヒトヒナリシガ ソノママクレヌ

『形成』(形成発行所 1988.10) 第36巻10号(通巻426号) p.17


07066
看護婦のゆきかひもいつとなく絶えてどの川となく耳元に鳴る
カンゴフノ ユキカヒモイツト ナクタエテ ドノカワトナク ミミモトニナル

『形成』(形成発行所 1988.11) 第36巻11号(通巻427号) p.164


07067
病室にまた朝は来て谷川に見たる氷の青かりしこと
ビョウシツニ マタアサハキテ タニガワニ ミタルコオリノ アオカリシコト

『形成』(形成発行所 1988.11) 第36巻11号(通巻427号) p.164


07068
車にて五合目までは行けるとぞ足に踏みたし五合目の石塊
クルマニテ ゴゴウメマデハ ユケルトゾ アシニフミタシ ゴゴウメノガレ

『形成』(形成発行所 1988.11) 第36巻11号(通巻427号) p.164


07069
夏休みも終りに近し子供らは路上に出でて遊ばずなりぬ
ナツヤスミモ オワリニチカシ コドモラハ ロジョウニイデテ アソバズナリヌ

『形成』(形成発行所 1988.11) 第36巻11号(通巻427号) p.164


07070
夢見たることもあへなしずぶ濡れになりて走りて何処へ行きし
ユメミタル コトモアヘナシ ズブヌレニ ナリテハシリテ イヅコヘユキシ

『形成』(形成発行所 1988.11) 第36巻11号(通巻427号) p.164


07071
かすみ草しろじろと湧く玄関に履けなくなりしハイヒール置く
カスミソウ シロジロトワク ゲンカンニ ハケナクナリシ ハイヒールオク

『形成』(形成発行所 1988.12) 第36巻12号(通巻428号) p.20


07072
聴覚の鋭きひと日夕まけて遠き林の蝉が音聞こゆ
チョウカクノ スルドキヒトヒ ユウマケテ トオキハヤシノ セミガネキコユ

『形成』(形成発行所 1988.12) 第36巻12号(通巻428号) p.20


07073
地に満つるこほろぎの声墨流しの雲を刷きたり夕べの空は
チニミツル コホロギノコエ スミナガシノ クモヲハキタリ ユウベノソラハ

『形成』(形成発行所 1988.12) 第36巻12号(通巻428号) p.20


07074
幼くて見し夜祭りのみ社は森ごとともし賑はひてゐき
オサナクテ ミシヨマツリノ ミヤシロハ モリゴトトモシ ニギハヒテヰキ

『形成』(形成発行所 1988.12) 第36巻12号(通巻428号) p.20


07075
カテーテルの検査を待ちて何事もなき日がわれを流れゆくなり
カテーテルノ ケンサヲマチテ ナニゴトモ ナキヒガワレヲ ナガレユクナリ

『形成』(形成発行所 1988.12) 第36巻12号(通巻428号) p.20


07076
地謡のうたひて成せる空間に鬼気のごときがせりあがりくる
ヂウタヒノ ウタヒテナセル クウカンニ キキノゴトキガ セリアガリクル

『形成』(形成発行所 1989.1) 第37巻1号(通巻429号) p.160


07077
駐車場の闇深きなか車より降りて木枯らし二号に巻かる
チュウシャジョウノ ヤミフカキナカ クルマヨリ オリテコガラシ ニゴウニマカル

『形成』(形成発行所 1989.1) 第37巻1号(通巻429号) p.160


07078
榾の束をほどきては炉にくべくるる祖父を訪ひしは五十年前
ホタノタバヲ ホドキテハロニ クベクルル ソフヲトヒシハ ゴジュウネンマエ

『形成』(形成発行所 1989.1) 第37巻1号(通巻429号) p.160


07079
孫といふやはらかきもの抱かしめず送りし父母を不意に悲しむ
マゴトイフ ヤハラカキモノ ダカシメズ オクリシフボヲ フイニカナシム

『形成』(形成発行所 1989.1) 第37巻1号(通巻429号) p.160


07080
野球して遊ぶ医師らのはずむ声聞こえずなりぬ日の詰まり来て
ヤキュウシテ アソブイシラノ ハズムコエ キコエズナリヌ ヒノツマリキテ

『形成』(形成発行所 1989.1) 第37巻1号(通巻429号) p.160


07081
数殖えし鴉の鳴きて秋毎の威し銃など今年は聞かず
カズフエシ カラスノナキテ アキゴトノ オドシジュウナド コトシハキカズ

『形成』(形成発行所 1989.2) 第37巻2号(通巻430号) p.18


07082
倒れしは二、三日前忽ちにペースメーカーを埋められしとぞ
タオレシハ ニ、サンニチマエ タチマチニ ペースメーカーヲ ウメラレシトゾ

『形成』(形成発行所 1989.2) 第37巻2号(通巻430号) p.18


07083
夜の庭の闇の深さをきはだてて宙に浮くごとし残菊の黄は
ヨノニワノ ヤミノフカサヲ キハダテテ チュウニウクゴトシ ザンギクノキハ

『形成』(形成発行所 1989.2) 第37巻2号(通巻430号) p.18


07084
腑に落ちぬ一語なりしが夕まけて炊かねばならぬ飯思ひ出づ
フニオチヌ イチゴナリシガ ユウマケテ タカネバナラヌ イヒオモヒイヅ

『形成』(形成発行所 1989.2) 第37巻2号(通巻430号) p.18


07085
夜に及ぶ工事の音はわづらはし昼よりはひびく電気鉋も
ヨニオヨブ コウジノオトハ ワヅラハシ ヒルヨリハヒビク デンキカンナモ

『形成』(形成発行所 1989.2) 第37巻2号(通巻430号) p.18


07086
ダムになる村里に人の影なくて置き去りの猫が啼きてゐしとぞ
ダムニナル ムラサトニヒトノ カゲナクテ オキザリノネコガ ナキテヰシトゾ

『形成』(形成発行所 1989.3) 第37巻3号(通巻431号) p.151


07087
傘なしてゑんじゆ白花咲きゐしが冬はバスさへかよはずといふ
カサナシテ ヱンジユシロハナ サキヰシガ フユハバスサヘ カヨハズトイフ

『形成』(形成発行所 1989.3) 第37巻3号(通巻431号) p.151


07088
満員の電車のいづこ火のつきし如くにまこと泣けるみどりご
マンインノ デンシャノイヅコ ヒノツキシ ゴトクニマコト ナケルミドリゴ

『形成』(形成発行所 1989.3) 第37巻3号(通巻431号) p.151


07089
いつ癒ゆる人とも知れずむかへれば筆談の文字乱れてゆけり
イツイユル ヒトトモシレズ ムカヘレバ ヒツダンノモジ ミダレテユケリ

『形成』(形成発行所 1989.3) 第37巻3号(通巻431号) p.151


07090
遠ければただにきらめき金属の音を立てゐるごとき夕波
トオケレバ タダニキラメキ キンゾクノ オトヲタテヰル ゴトキユウナミ

『形成』(形成発行所 1989.3) 第37巻3号(通巻431号) p.151


07091
開場を待つ列にゐてヒロインのごとき少女がわれに手を振る
カイジヨウヲ マツレツニヰテ ヒロインノ ゴトキショウジョガ ワレニテヲフル

『形成』(形成発行所 1989.4) 第37巻4号(通巻432号) p.18


07092
下山せぬ人のありとぞ夕ぐれの余光のなかに甲武信岳見ゆ
ゲザンセヌ ヒトノアリトゾ ユウグレノ ヨコウノナカニ コブシダケミユ

『形成』(形成発行所 1989.4) 第37巻4号(通巻432号) p.18


07093
片栗を探さむと行く草のなか胴つぶれたる空き缶まろぶ
カタクリヲ サガサムトユク クサノナカ ドウツブレタル アキカンマロブ

『形成』(形成発行所 1989.4) 第37巻4号(通巻432号) p.18


07094
田の畦のすずめのゑんどうこまごまと絽刺しの如き花を綴れる
タノアゼノ スズメノヱンドウ コマゴマト ロサシノゴトキ ハナヲツヅレル

『形成』(形成発行所 1989.4) 第37巻4号(通巻432号) p.18


07095
伝令といへるがありてましぐらに走り去りにき夜霧のなかを
デンレイト イヘルガアリテ マシグラニ ハシリサリニキ ヨギリノナカヲ

『形成』(形成発行所 1989.4) 第37巻4号(通巻432号) p.18


07096
北東の鬼門出づれば川岸ははやさみどりの土手となりゐる
ウシトラノ キモンイヅレバ カワギシハ ハヤサミドリノ ドテトナリヰル

『形成』(形成発行所 1989.5) 第37巻5号(通巻433号) p.158


07097
たんぽぽの黄の一輪は舌状の花びらあまた寄せて咲き出づ
タンポポノ キノイチリンハ ゼツジョウノ ハナビラアマタ ヨセテサキイヅ

『形成』(形成発行所 1989.5) 第37巻5号(通巻433号) p.158


07098
桐の花の匂へるころを見ず過ぎて指ひろげゐる枯れ木を仰ぐ
キリノハナノ ニオヘルコロヲ ミズスギテ ユビヒロゲヰル カレキヲアオグ

『形成』(形成発行所 1989.5) 第37巻5号(通巻433号) p.158


07099
男性が弾けば男性の音となり津軽三味線十人そろふ
ダンセイガ ヒケバダンセイノ オトトナリ ツガルジャミセン ジュウニンソロフ

『形成』(形成発行所 1989.5) 第37巻5号(通巻433号) p.158


07100
約束を違へて雨が降り出づと言ふ母なりき五十年過ぐ
ヤクソクヲ タガヘテアメガ フリイヅト イフハハナリキ ゴジュウネンスグ

『形成』(形成発行所 1989.5) 第37巻5号(通巻433号) p.158


07101
一枚の水の矩形も光りゐて冬のあひだは魚を飼ふとぞ
イチマイノ ミズノクケイモ ヒカリヰテ フユノアヒダハ ウオヲカフトゾ

『形成』(形成発行所 1989.6) 第37巻6号(通巻434号) p.18


07102
流離の思ひの不意に兆しつつコインランドリーの前を過ぎたり
サスラヒノ オモヒノフイニ キザシツツ コインランドリーノ マエヲスギタリ

『形成』(形成発行所 1989.6) 第37巻6号(通巻434号) p.18


07103
冬越して今日見る夕日武蔵野の雑木林のかなたに沈む
フユコシテ キョウミルユウヒ ムサシノノ ゾウキバヤシノ カナタニシズム

『形成』(形成発行所 1989.6) 第37巻6号(通巻434号) p.18


07104
帰巣性といふを習ひて何がなし少女ははかなき思ひ持ちにき
キソウセイト イフヲナラヒテ ナニガナシ ショウジョハハカナキ オモヒモチニキ

『形成』(形成発行所 1989.6) 第37巻6号(通巻434号) p.18


07105
時経れば思はぬかたに飛び火してゆける噂の経路も見え来
トキヘレバ オモハヌカタニ トビヒシテ ユケルウワサノ ケイロモミエキ

『形成』(形成発行所 1989.6) 第37巻6号(通巻434号) p.18


07106
三階の窓に見をれば行列の後尾ほどけて人波のなか
サンガイノ マドニミヲレバ ギョウレツノ コウビホドケテ ヒトナミノナカ

『形成』(形成発行所 1989.7) 第37巻7号(通巻435号) p.156


07107
子供連れもあまたまじりて病院の受付は市のごとく賑はふ
コドモヅレモ アマタマジリテ ビョウインノ ウケツケハイチノ ゴトクニギハフ

『形成』(形成発行所 1989.7) 第37巻7号(通巻435号) p.156


07108
臘梅の花びらが更に薄しとぞ山茱萸と決めて垣を離るる
ロウバイノ ハナビラガサラニ ウスシトゾ サンシュユトキメテ カキヲハナルル

『形成』(形成発行所 1989.7) 第37巻7号(通巻435号) p.156


07109
花粉症は苦しと聞けど朝明より風のさわだつ弥生の十日
カフンショウハ クルシトキケド アサケヨリ カゼノサワダツ ヤヨイノトオカ

『形成』(形成発行所 1989.7) 第37巻7号(通巻435号) p.156


07110
こののちを何に癒やされゆくわれか曇り帯び易し珊瑚の粒は
コノノチヲ ナニニイヤサレ ユクワレカ クモリオビヤスシ サンゴノツブハ

『形成』(形成発行所 1989.7) 第37巻7号(通巻435号) p.156


07111
ポストまで行きて戻るに摘み草の位置も移さず二人まだゐる
ポストマデ ユキテモドルニ ツミクサノ イチモウツサズ フタリマダヰル

『形成』(形成発行所 1989.8) 第37巻8号(通巻436号) p.18


07112
菜の花が剥がれて飛びて来しごとき黄の蝶はまた花にまぎれぬ
ナノハナガ ハガレテトビテ コシゴトキ キノチョウハマタ ハナニマギレヌ

『形成』(形成発行所 1989.8) 第37巻8号(通巻436号) p.18


07113
竹林の根締めの著峩の咲きそろひ裾をとりまくほのじろき花
チクリンノ ネジメノシャガノ サキソロヒ スソヲトリマク ホノジロキハナ

『形成』(形成発行所 1989.8) 第37巻8号(通巻436号) p.18


07114
ほんものの郭公の声を聞きたりと少女ら言へり旅を終へ来て
ホンモノノ カッコウノコエヲ キキタリト ショウジョライヘリ タビヲオヘキテ

『形成』(形成発行所 1989.8) 第37巻8号(通巻436号) p.18


07115
送り来て部屋に戻ればテーブルにこぼれて光るグラニュー糖は
オクリキテ ヘヤニモドレバ テーブルニ コボレテヒカル グラニュートウハ

『形成』(形成発行所 1989.8) 第37巻8号(通巻436号) p.18


07116
ONとOFFの表示のみなる器具幾つ使ひ馴れつつ厨ごとする
オントオフノ ヒョウジノミナル キグイクツ ツカヒナレツツ クリヤゴトスル

『形成』(形成発行所 1989.9) 第37巻9号(通巻437号) p.156


07117
どこか遠くに置きて来にけり屈りて火をおこしゐし幸せなども
ドコカトオクニ オキテキニケリ カガマリテ ヒヲオコシヰシ シアワセナドモ

『形成』(形成発行所 1989.9) 第37巻9号(通巻437号) p.156


07118
竜宮と謂へる楽園ありにけり彼方に深く見えてゐにけり
リュウグウト イヘルラクエン アリニケリ カナタニフカク ミエテヰニケリ

『形成』(形成発行所 1989.9) 第37巻9号(通巻437号) p.156


07119
眠らねばならぬ時刻となりてをり明日のことは何も知らねど
ネムラネバ ナラヌジコクト ナリテヲリ アシタノコトハ ナニモシラネド

『形成』(形成発行所 1989.9) 第37巻9号(通巻437号) p.156


07120
浅間嶺の麓の村のいづこにか「草笛」と呼ぶ地酒ありとぞ
アサマネノ フモトノムラノ イヅコニカ クサブエトヨブ ジザケアリトゾ

『形成』(形成発行所 1989.9) 第37巻9号(通巻437号) p.156


07121
しづかなる園にのみ実は生るといふ穂先すぼめて南天の花
シヅカナル エンニノミミハ ナルトイフ ホサキスボメテ ナンテンノハナ

『形成』(形成発行所 1989.10) 第37巻10号(通巻438号) p.18


07122
風のなか野を歩む日はいつならむ夏の帽子を久しく買はず
カゼノナカ ノヲアユムヒハ イツナラム ナツノボウシヲ ヒサシクカハズ

『形成』(形成発行所 1989.10) 第37巻10号(通巻438号) p.18


07123
ゆきずりの窓より洩るる灯あかりにダチュラの花を叩く夜の雨
ユキズリノ マドヨリモルル ホアカリニ ダチュラノハナヲ タタクヨノアメ

『形成』(形成発行所 1989.10) 第37巻10号(通巻438号) p.18


07124
睡眠薬の効きくる待ちて起きてゐる余白のごとき時間のあはれ
スイミンヤクノ キキクルマチテ オキテヰル ヨハクノゴトキ ジカンノアハレ

『形成』(形成発行所 1989.10) 第37巻10号(通巻438号) p.18


07125
くらがりにうすく目をあけ西域のおもかげにいます観音像は
クラガリニ ウスクメヲアケ セイイキノ オモカゲニイマス カンノンゾウハ

『形成』(形成発行所 1989.10) 第37巻10号(通巻438号) p.18


07126
越して行きまた越して来て新しき人の吊りたる風鈴が鳴る
コシテユキ マタコシテキテ アタラシキ ヒトノツリタル フウリンガナル

『形成』(形成発行所 1989.11) 第37巻11号(通巻439号) p.18


07127
ロシア名ユジノサハリンスク豊原と呼びて習ひしことも遥けし
ロシアメイ ユジノサハリンスク トヨハラト ヨビテナラヒシ コトモハルケシ

『形成』(形成発行所 1989.11) 第37巻11号(通巻439号) p.18


07128
花火焚く何か危ふきくらがりをよろこぶ子らかささめきあひて
ハナビタク ナニカアヤフキ クラガリヲ ヨロコブコラカ ササメキアヒテ

『形成』(形成発行所 1989.11) 第37巻11号(通巻439号) p.18


07129
夜の更けに広くともして芝生よりゴルフボールを集むる仕事
ヨノフケニ ヒロクトモシテ シバフヨリ ゴルフボールヲ アツムルシゴト

『形成』(形成発行所 1989.11) 第37巻11号(通巻439号) p.18


07130
朝市の帰りに人の提げて持つ三尺ほどは何の苗木か
アサイチノ カエリニヒトノ サゲテモツ サンジャクホドハ ナンノナエギカ

『形成』(形成発行所 1989.11) 第37巻11号(通巻439号) p.18


07131
背伸びして人は叫べり拾ひものの小さき扇子開きて見せて
セノビシテ ヒトハサケベリ ヒロヒモノノ チイサキセンス ヒラキテミセテ

『形成』(形成発行所 1989.12) 第37巻12号(通巻440号) p.17


07132
流灯につられてわれも行きにしか足もと暗く立ちあがりたり
リュウトウニ ツラレテワレモ ユキニシカ アシモトクラク タチアガリタリ

『形成』(形成発行所 1989.12) 第37巻12号(通巻440号) p.17


07133
登校の子らが通りて散らばりてしまひぬ梔子の花の匂ひは
トウコウノ コラガトオリテ チラバリテ シマヒヌクチナシノ ハナノニオヒハ

『形成』(形成発行所 1989.12) 第37巻12号(通巻440号) p.17


07134
木枯らしの如くに音のする日ありクーラーだのみに身を養ふに
コガラシノ ゴトクニオトノ スルヒアリ クーラーダノミニ ミヲヤシナフニ

『形成』(形成発行所 1989.12) 第37巻12号(通巻440号) p.17


07135
迷走の台風が海にありといふいたくしづかにここは雨降る
メイソウノ タイフウガウミニ アリトイフ イタクシヅカニ ココハアメフル

『形成』(形成発行所 1989.12) 第37巻12号(通巻440号) p.17


07136
病み長きわれといつしか知られゐて今年の月下美人に会はず
ヤミナガキ ワレトイツシカ シラレヰテ コトシノゲッカ ビジンニアハズ

『形成』(形成発行所 1990.1) 第38巻1号(通巻441号) p.18


07137
忘れかねし思ひのごとく道草に白のたんぽぽ返り咲きたり
ワスレカネシ オモヒノゴトク ミチクサニ シロノタンポポ カエリサキタリ

『形成』(形成発行所 1990.1) 第38巻1号(通巻441号) p.18


07138
見覚えのある服ながら濃き色のサングラスしてたれとも分かず
ミオボエノ アルフクナガラ コキイロノ サングラスシテ タレトモワカズ

『形成』(形成発行所 1990.1) 第38巻1号(通巻441号) p.18


07139
ドラセナが幸福の木と知る迄にビバークなどはせずて生き来ぬ
ドラセナガ コウフクノキト シルマデニ ビバークナドハ セズテイキキヌ

『形成』(形成発行所 1990.1) 第38巻1号(通巻441号) p.18


07140
甲斐の無き砂時計よと横たへて長くなりたり夜更けの電話
カイノナキ スナドケイヨト ヨコタヘテ ナガクナリタリ ヨフケノデンワ

『形成』(形成発行所 1990.1) 第38巻1号(通巻441号) p.18


07141
道のべの無人の店は丈低くたばねて黄色の菊も売りゐる
ミチノベノ ムジンノミセハ タケヒクク タバネテキイロノ キクモウリヰル

『形成』(形成発行所 1990.2) 第38巻2号(通巻442号) p.19


07142
花豆と呼ぶ大粒を炊きをれば母在りし日に近づく如し
ハナマメト ヨブオオツブヲ タキヲレバ ハハアリシヒニ チカヅクゴトシ

『形成』(形成発行所 1990.2) 第38巻2号(通巻442号) p.19


07143
渡来して百五十年とぞ鮮やかにポインセチアは苞をひらきぬ
トライシテ ヒャクゴジュウネントゾ アザヤカニ ポインセチアハ ツトヲヒラキヌ

『形成』(形成発行所 1990.2) 第38巻2号(通巻442号) p.19


07144
スティックに人参を切りセロリを切り十センチ程に揃へて遊ぶ
スティックニ ニンジンヲキリ セロリヲキリ ジッセンチホドニ ソロヘテアソブ

『形成』(形成発行所 1990.2) 第38巻2号(通巻442号) p.19


07145
白粥を煮つつ思へば若くして家事を負担としたる日ありき
シラカユヲ ニツツオモヘバ ワカクシテ カジヲフタント シタルヒアリキ

『形成』(形成発行所 1990.2) 第38巻2号(通巻442号) p.19


07146
追はるるを喜びならむ喚声をあげてわらべはどこまでも逃ぐ
オハルルヲ ヨロコビナラム カンセイヲ アゲテワラベハ ドコマデモニグ

『形成』(形成発行所 1990.3) 第38巻3号(通巻443号) p.18


07147
障害者の体育祭のにぎはひにバンドネオンを若者は弾く
ショウガイシャノ タイイクサイノ ニギハヒニ バンドネオンヲ ワカモノハヒク

『形成』(形成発行所 1990.3) 第38巻3号(通巻443号) p.18


07148
掛けてゐし人は世になくゆつたりとやや傾きて絵のなかの椅子
カケテヰシ ヒトハヨニナク ユツタリト ヤヤカタムキテ エノナカノイス

『形成』(形成発行所 1990.3) 第38巻3号(通巻443号) p.18


07149
ギャザー深き服を蹴りつつ年齢を詐りて舞ふこともさだめよ
ギャザーフカキ フクヲケリツツ ネンレイヲ イツワリテマフ コトモサダメヨ

『形成』(形成発行所 1990.3) 第38巻3号(通巻443号) p.18


07150
キッチンの灯を又点けて又消して何か合図のやうなことをす
キッチンノ ヒヲマタツケテ マタケシテ ナニカアイズノ ヤウナコトヲス

『形成』(形成発行所 1990.3) 第38巻3号(通巻443号) p.18


07151
脚赤きゆりかもめ一羽水ぎはをしばし歩みて飛び立ちゆけり
アシアカキ ユリカモメイチワ ミズギハヲ シバシアユミテ トビタチユケリ

『形成』(形成発行所 1990.4) 第38巻4号(通巻444号) p.19


07152
黒鳥のもどり来たりて着水の瞬のしぶきを低く揚げたり
コクチョウノ モドリキタリテ チャクスイノ シュンノシブキヲ ヒククアゲタリ

『形成』(形成発行所 1990.4) 第38巻4号(通巻444号) p.19


07153
ぼろぼろに砂岩崩れて四五段か干潟へくだる石の階あり
ボロボロニ サガンクズレテ シゴダンカ ヒガタヘクダル イシノカイアリ

『形成』(形成発行所 1990.4) 第38巻4号(通巻444号) p.19


07154
これだけの仕掛けに命落とすやと簗にのたうつ鮎を見てゐし
コレダケノ シカケニイノチ オトスヤト ヤナニノタウツ アユヲミテヰシ

『形成』(形成発行所 1990.4) 第38巻4号(通巻444号) p.19


07155
昔見し木立の如くいつとなく人の来てゐて落ち葉を燃せり
ムカシミシ コダチノゴトク イツトナク ヒトノキテヰテ オチバヲモセリ

『形成』(形成発行所 1990.4) 第38巻4号(通巻444号) p.19


07156
うす味に仕立てし夕餉ひとりして伊予柑むけば匂ひのしるし
ウスアジニ シタテシユウゲ ヒトリシテ イヨカンムケバ ニオヒノシルシ

『形成』(形成発行所 1990.5) 第38巻5号(通巻445号) p.18


07157
ぼんぼりに照らされし貌しろじろと雛たちはみな正面を向く
ボンボリニ テラサレシカオ シロジロト ヒナタチハミナ ショウメンヲムク

『形成』(形成発行所 1990.5) 第38巻5号(通巻445号) p.18


07158
父母の娘として稀に家にゐてえび茶の色の足袋をはきにき
チチハハノ ムスメトシテマレニ イエニヰテ エビチャノイロノ タビヲハキニキ

『形成』(形成発行所 1990.5) 第38巻5号(通巻445号) p.18


07159
雪国に生れにしものを身丈より高きスキーをはくこともなし
ユキグニニ マレニシモノヲ ミタケヨリ タカキスキーヲ ハクコトモナシ

『形成』(形成発行所 1990.5) 第38巻5号(通巻445号) p.18


07160
割れものの器にあれば尊びて包みて蔵ふ七草のあと
ワレモノノ ウツワニアレバ タットビテ クルミテクラフ ナナクサノアト

『形成』(形成発行所 1990.5) 第38巻5号(通巻445号) p.18


07161
うつむきて歩みてあれば舗装路の栗の落ち葉はいづこより降る
ウツムキテ アユミテアレバ ホソウロノ クリノオチバハ イヅコヨリフル

『形成』(形成発行所 1990.6) 第38巻6号(通巻446号) p.154


07162
夜の更けにスキーのバスは発ちゆけり二人を街灯の下に残して
ヨノフケニ スキーノバスハ タチユケリ フタリヲガイトウノ モトニノコシテ

『形成』(形成発行所 1990.6) 第38巻6号(通巻446号) p.154


07163
わが留守に来にし人あり淡雪にチャイムの下まで残る足あと
ワガルスニ キニシヒトアリ アワユキニ チャイムノシタマデ ノコルアシアト

『形成』(形成発行所 1990.6) 第38巻6号(通巻446号) p.154


07164
伴天連とよばれて隠れゐしころも洞をうづめて雪は降りけむ
バテレント ヨバレテカクレ ヰシコロモ ドウヲウヅメテ ユキハフリケム

『形成』(形成発行所 1990.6) 第38巻6号(通巻446号) p.154


07165
子を連れて戻るを待つと言ひゐしがその女童か手を引きゆけり
コヲツレテ モドルヲマツト イヒヰシガ ソノメワラベカ テヲヒキユケリ

『形成』(形成発行所 1990.6) 第38巻6号(通巻446号) p.154


07166
あがりたる雨と思へど灯を消して誰も訪ひこぬ玄関とせり
アガリタル アメトオモヘド ヒヲケシテ ダレモトヒコヌ ゲンカントセリ

『形成』(形成発行所 1990.7) 第38巻7号(通巻337号) p.17


07167
丈低きたんぽぽがわが踏み石をかこみて咲けりいつの日よりか
タケヒクキ タンポポガワガ フミイシヲ カコミテサケリ イツノヒヨリカ

『形成』(形成発行所 1990.7) 第38巻7号(通巻447号) p.17


07168
木槿の花を描きしことありB6の鉛筆を母に買ひてもらひて
ムクゲノハナヲ カキシコトアリ ビーロクノ エンピツヲハハニ カヒテモラヒテ

『形成』(形成発行所 1990.7) 第38巻7号(通巻447号) p.17


07169
うち沈みひと日ありしが届きたる知らぬ雑誌にわれの名が載る
ウチシズミ ヒトヒアリシガ トドキタル シラヌザッシニ ワレノナガノル

『形成』(形成発行所 1990.7) 第38巻7号(通巻447号) p.17


07170
クルーザーの事故にし思ふ海を越え遣されたる新羅使ありき
クルーザーノ ジコニシオモフ ウミヲコエ ツカハサレタル シラギシアリキ

『形成』(形成発行所 1990.7) 第38巻7号(通巻447号) p.17


07171
顔ほどの紫陽花咲けど仮の世のいつまでならむ草の香のして
カオホドノ アジサイサケド カリノヨノ イツマデナラム クサノカノシテ

『形成』(形成発行所 1990.8) 第38巻8号(通巻448号) p.154


07172
カーテンのレースに透けてコーヒーを運ぶ役目は少女にふさふ
カーテンノ レースニスケテ コーヒーヲ ハコブヤクメハ ショウジョニフサフ

『形成』(形成発行所 1990.8) 第38巻8号(通巻448号) p.154


07173
養蚕をやめたる村のをちこちに桑の若葉がそよぎゐるとぞ
ヨウサンヲ ヤメタルムラノ ヲチコチニ クワノワカバガ ソヨギヰルトゾ

『形成』(形成発行所 1990.8) 第38巻8号(通巻448号) p.154


07174
芯立てて咲けるどくだみさはらねば匂はぬ花ら窪地占めゐる
シンタテテ サケルドクダミ サハラネバ ニオハヌハナラ クボチシメヰル

『形成』(形成発行所 1990.8) 第38巻8号(通巻448号) p.154


07175
病院の日のみ印して八月の暦の絵には白馬がそよぐ
ビョウインノ ヒノミシルシテ ハチガツノ コヨミノエニハ ハクバガソヨグ

『形成』(形成発行所 1990.8) 第38巻8号(通巻448号) p.154


07176
日記にも書かざりしかど人知れず時間をかけて決めしことあり
ニッキニモ カカザリシカド ヒトシレズ ジカンヲカケテ キメシコトアリ

『形成』(形成発行所 1990.9) 第38巻9号(通巻449号) p.18


07177
黒潮の迂回して今年は獲れぬとぞ春のわかめを贈りたまひぬ
クロシオノ ウカイシテコトシハ トレヌトゾ ハルノワカメヲ オクリタマヒヌ

『形成』(形成発行所 1990.9) 第38巻9号(通巻449号) p.18


07178
しろじろと立ちたる波は足もとに土いろの水となりて寄せくる
シロジロト タチタルナミハ アシモトニ ツチイロノミズト ナリテヨセクル

『形成』(形成発行所 1990.9) 第38巻9号(通巻449号) p.18


07179
いくたびも見たる島ありひとたびも行かぬ岬もありて年経ぬ
イクタビモ ミタルシマアリ ヒトタビモ ユカヌミサキモ アリテトシヘヌ

『形成』(形成発行所 1990.9) 第38巻9号(通巻449号) p.18


07180
ジャイアンツの負けたるあとは農業の未来を語る番組を見つ
ジャイアンツノ マケタルアトハ ノウギョウノ ミライヲカタル バングミヲミツ

『形成』(形成発行所 1990.9) 第38巻9号(通巻449号) p.18


07181
わが背にもまだらあらずや鷹揚に向きを変へたりまだらの鯉は
ワガセニモ マダラアラズヤ オウヨウニ ムキヲカヘタリ マダラノコイハ

『形成』(形成発行所 1990.10) 第38巻10号(通巻450号) p.18


07182
月に一度通ひてつひに花に逢ふ内堀通りのアカシアの並木
ツキニイチド カヨヒテツヒニ ハナニアフ ウチボリドオリノ アカシアノナミキ

『形成』(形成発行所 1990.10) 第38巻10号(通巻450号) p.18


07183
明治四十一年一月雪の日に釧路に着きし啄木思ふ
メイジシジュウ イチネンイチガツ ユキノヒニ クシロニツキシ タクボクオモフ

『形成』(形成発行所 1990.10) 第38巻10号(通巻450号) p.18


07184
汗あえて草抜き呉るる人のをり不幸せなどと言ひてはならじ
アセアエテ クサヌキクルル ヒトノヲリ フシアワセナドト イヒテハナラジ

『形成』(形成発行所 1990.10) 第38巻10号(通巻450号) p.18


07185
古への戦ならねば篝火はレストランの庭に輝きて燃ゆ
イニシヘノ イクサナラネバ カガリビハ レストランノニワニ カガヤキテモユ

『形成』(形成発行所 1990.10) 第38巻10号(通巻450号) p.18


07186
コバルトの照射を受けに行くといふ今朝はレースの肩掛をして
コバルトノ ショウシャヲウケニ ユクトイフ ケサハレースノ カタカケヲシテ

『形成』(形成発行所 1990.11) 第38巻11号(通巻451号) p.18


07187
ガレージが建てられてゐて道々の著莪の花など見られずなりぬ
ガレージガ タテラレテヰテ ミチミチノ シャガノハナナド ミラレズナリヌ

『形成』(形成発行所 1990.11) 第38巻11号(通巻451号) p.18


07188
硝子ごしに見えゐてうごく赤き色金魚とわかるまでにまのあり
ガラスゴシニ ミエヰテウゴク アカキイロ キンギョトワカル マデニマノアリ

『形成』(形成発行所 1990.11) 第38巻11号(通巻451号) p.18


07189
桜の葉かそか匂ひて思ひたる色よりも濃き餅のくれなゐ
サクラノハ カソカニオヒテ オモヒタル イロヨリモコキ モチノクレナヰ

『形成』(形成発行所 1990.11) 第38巻11号(通巻451号) p.18


07190
食パンの切り口のかたちも懐かしく新しきパンの店が建ちたり
ショクパンノ キリクチノカタチモ ナツカシク アタラシキパンノ ミセガタチタリ

『形成』(形成発行所 1990.11) 第38巻11号(通巻451号) p.18


07191
自転車の速度に台風はありといふわが軒を打つさきぶれの雨
ジテンシャノ ソクドニタイフウハ アリトイフ ワガノキヲウツ サキブレノアメ

『形成』(形成発行所 1990.12) 第38巻12号(通巻452号) p.18


07192
やはらかくふくらみてゆく雲が見ゆ足慣らしに来し堤のかなた
ヤハラカク フクラミテユク クモガミユ アシナラシニコシ ツツミノカナタ

『形成』(形成発行所 1990.12) 第38巻12号(通巻452号) p.18


07193
こぶ白鳥一羽声無く浮きゐたり曼珠沙華見むと濠をめぐれば
コブハクチョウ イチワコエナク ウキヰタリ マンジュシャゲミムト ホリヲメグレバ

『形成』(形成発行所 1990.12) 第38巻12号(通巻452号) p.18


07194
水面を見つつし行けば夕まけて川の流れの速くなりゐる
スイメンヲ ミツツシユケバ ユウマケテ カワノナガレノ ハヤクナリヰル

『形成』(形成発行所 1990.12) 第38巻12号(通巻452号) p.18


07195
われの持つ磁石の狂ふ日ならむか見知らぬ人のみわが前に立つ
ワレノモツ シジャクノクルフ ヒナラムカ ミシラヌヒトノミ ワガマエニタツ

『形成』(形成発行所 1990.12) 第38巻12号(通巻452号) p.18


07196
花の日を知らずに過ぎて道のべの潅木は紅き実を綴りたり
ハナノヒヲ シラズニスギテ ミチノベノ カンボクハアカキ ミヲツヅリタリ

『形成』(形成発行所 1991.1) 第39巻1号(通巻453号) p.21


07197
いつのまに貝の風鈴も仕舞はれて風の音せぬ夜毎となりぬ
イツノマニ カイノフウリンモ シマハレテ カゼノオトセヌ ヨゴトトナリヌ

『形成』(形成発行所 1991.1) 第39巻1号(通巻453号) p.21


07198
初めての人と出会ひし咄嗟にも言葉やさしき女性でゐたし
ハジメテノ ヒトトデアヒシ トッサニモ コトバヤサシキ ジョセイデヰタシ

『形成』(形成発行所 1991.1) 第39巻1号(通巻453号) p.21


07199
たれもみな百五十糎ほどの身長かわれのコートを順に着て見て
タレモミナ ヒャクゴジュウセンチホドノ シンチョウカ ワレノコートヲ ジュンニキテミテ

『形成』(形成発行所 1991.1) 第39巻1号(通巻453号) p.21


07200
幼くて読みし「放浪記」「蟹工船」翳りとなりてひと世残らむ
オサナクテ ヨミシホウロウキ カニコウセン カゲリトナリテ ヒトヨノコラム

『形成』(形成発行所 1991.1) 第39巻1号(通巻453号) p.21


07201
緋のいろのかたまりが水に映る見て近づきてゆく黄櫨の紅葉に
ヒノイロノ カタマリガミズニ ウツルミテ チカヅキテユク ハジノモミジニ

『形成』(形成発行所 1991.2) 第39巻2号(通巻454号) p.21


07202
あこがれて言へどコスモス街道は車を降りて距離のありとぞ
アコガレテ イヘドコスモス カイドウハ クルマヲオリテ キョリノアリトゾ

『形成』(形成発行所 1991.2) 第39巻2号(通巻454号) p.21


07203
島々を飛び石として渡るとふ渡りの鳥の羨しき日あり
シマジマヲ トビイシトシテ ワタルトフ ワタリノトリノ トモシキヒアリ

『形成』(形成発行所 1991.2) 第39巻2号(通巻454号) p.21


07204
何に対ふ構へなりしや小さき手に雪のつぶてをひしと握りて
ナニニタフ カマヘナリシヤ チイサキテニ ユキノツブテヲ ヒシトニギリテ

『形成』(形成発行所 1991.2) 第39巻2号(通巻454号) p.21


07205
蕁麻の四角の茎も木のやうに固くなりゐて年越さむとす
イラクサノ シカクノクキモ キノヤウニ カタクナリヰテ トシコサムトス

『形成』(形成発行所 1991.2) 第39巻2号(通巻454号) p.21


07206
灰皿に燃やしてゐしは何ならむ途中より見し推理ドラマに
ハイザラニ モヤシテヰシハ ナニナラム トチュウヨリミシ スイリドラマニ

『形成』(形成発行所 1991.3) 第39巻3号(通巻455号) p.21


07207
特攻の死者のごとくに次々に顔の出でくる画面なりけり
トッコウノ シシャノゴトクニ ツギツギニ カオノイデクル ガメンナリケリ

『形成』(形成発行所 1991.3) 第39巻3号(通巻455号) p.21


07208
右折して海に出でたき夢なりき北へ直進しゆく車中に
ウセツシテ ウミニイデタキ ユメナリキ キタヘチョクシン シユクチャチュウニ

『形成』(形成発行所 1991.3) 第39巻3号(通巻455号) p.21


07209
音も無く舞ひおりて来て幾ひらか殊に大きく牡丹雪降る
オトモナク マヒオリテキテ イクヒラカ コトニオオキク ボタンユキフル

『形成』(形成発行所 1991.3) 第39巻3号(通巻455号) p.21


07210
途中からどうでもよくなりて眠りたり百人一首の五十ほど来て
トチュウカラ ドウデモヨクナリテ ネムリタリ ヒャクニンイッシュノ ゴジュウホドキテ

『形成』(形成発行所 1991.3) 第39巻3号(通巻455号) p.21


07211
夢にさへひとり置かれて不可思議の何の匂ひかたちてゐにけり
ユメニサヘ ヒトリオカレテ フカシギノ ナニノニオヒカ タチテヰニケリ

『形成』(形成発行所 1991.4) 第39巻4号(通巻456号) p.21


07212
父母祖父母押しよせて来ぬ誰に似るわが筆蹟と思ひてをれば
フボソフボ オシヨセテキヌ ダレニニル ワガヒッセキト オモヒテヲレバ

『形成』(形成発行所 1991.4) 第39巻4号(通巻456号) p.21


07213
遅くなるなどと電話に告げてくる誰もなきままひとりの夕餉
オソクナル ナドトデンワニ ツゲテクル タレモナキママ ヒトリノユウゲ

『形成』(形成発行所 1991.4) 第39巻4号(通巻456号) p.21


07214
カーネーションあまた活けつつ玄関に嬰児の靴を置く事も無き
カーネーション アマタイケツツ ゲンカンニ エイジノクツヲ オクコトモナキ

『形成』(形成発行所 1991.4) 第39巻4号(通巻456号) p.21


07215
置時計が送られて来ぬ新聞にも載らぬ小さき賞を賜ひて
オキドケイガ オクラレテキヌ シンブンニモ ノラヌチイサキ ショウヲタマヒテ

『形成』(形成発行所 1991.4) 第39巻4号(通巻456号) p.21


07216
もう一人乗客を足して発ちゆけり風寒き夜の終車のバスは
モウヒトリ ジョウキャクヲタシテ タチユケリ カゼサムキヨノ シュウシャノバスハ

『形成』(形成発行所 1991.5) 第39巻5号(通巻457号) p.20


07217
つぎつぎに咲くにもあらで冬の薔薇たつた二輪の黄の色ともす
ツギツギニ サクニモアラデ フユノバラ タツタニリンノ キノイロトモス

『形成』(形成発行所 1991.5) 第39巻5号(通巻457号) p.20


07218
自転車をたてかけてある赤松のざらざらの幹を見て通り来ぬ
ジテンシャヲ タテカケテアル アカマツノ ザラザラノミキヲ ミテトオリキヌ

『形成』(形成発行所 1991.5) 第39巻5号(通巻457号) p.20


07219
秘めておくほどならねども使はずに古りてわが持つ天目茶碗
ヒメテオク ホドナラネドモ ツカハズニ フリテワガモツ テンモクチャワン

『形成』(形成発行所 1991.5) 第39巻5号(通巻457号) p.20


07220
音を立ててまろぶことありペン皿に置くお守りの小さき鈴は
オトヲタテテ マロブコトアリ ペンザラニ オクオマモリノ チイサキスズハ

『形成』(形成発行所 1991.5) 第39巻5号(通巻457号) p.20


07221
金粉の羊小さく刷られゐる賀状ふたたび見てより蔵ふ
キンプンノ ヒツジチイサク スラレヰル ガジョウフタタビ ミテヨリクラフ

『形成』(形成発行所 1991.6) 第39巻6号(通巻458号) p.21


07222
地球儀も店より消えて運ばれしコーヒーゼリーすきとほりたり
チキュウギモ ミセヨリキエテ ハコバレシ コーヒーゼリー スキトホリタリ

『形成』(形成発行所 1991.6) 第39巻6号(通巻458号) p.21


07223
流氷のかなたより月ものぼるとぞさすらひびとの思ひに聞けり
リュウヒョウノ カナタヨリツキモ ノボルトゾ サスラヒビトノ オモヒニキケリ

『形成』(形成発行所 1991.6) 第39巻6号(通巻458号) p.21


07224
再び三たび翼を振りて去りゆける鶴とし聞けばあはれは尽きず
フタタビミタビ ツバサヲフリテ サリユケル ツルトシキケバ アハレハツキズ

『形成』(形成発行所 1991.6) 第39巻6号(通巻458号) p.21


07225
わけもなく笑ひ崩れてエープリルフールなどありき少女の頃は
ワケモナク ワラヒクズレテ エープリル フールナドアリキ ショウジョノコロハ

『形成』(形成発行所 1991.6) 第39巻6号(通巻458号) p.21


07226
まつすぐに定規をあてて描きしよ海の入り日は見たることなく
マツスグニ ジョウギヲアテテ エガキシヨ ウミノイリヒハ ミタルコトナク

『形成』(形成発行所 1991.7) 第39巻7号(通巻459号) p.22


07227
立ちどまるともなくショールかけ直し人は去りたり記憶の奥へ
タチドマル トモナクショール カケナオシ ヒトハサリタリ キオクノオクヘ

『形成』(形成発行所 1991.7) 第39巻7号(通巻459号) p.22


07228
わたつみをこえゆく力無き鳥にどうしてやれむくくと鳴きゐて
ワタツミヲ コエユクチカラ ナキトリニ ドウシテヤレム ククトナキヰテ

『形成』(形成発行所 1991.7) 第39巻7号(通巻459号) p.22


07229
中東の争乱のまに過ぎしかなイメルダ夫人の靴のうはさも
チュウトウノ ソウランノマニ スギシカナ イメルダフジンノ クツノウハサモ

『形成』(形成発行所 1991.7) 第39巻7号(通巻459号) p.22


07230
人知れぬ好意にあらむニケ月の嬰児抱き来て見せてくれしは
ヒトシレヌ コウイニアラム ニカゲツノ エイジダキキテ ミセテクレシハ

『形成』(形成発行所 1991.7) 第39巻7号(通巻459号) p.22


07231
海峡をこえて蝦夷地に入りしとぞ桜前線桃いろの渦
カイキョウヲ コエテエゾチニ イリシトゾ サクラゼンセン モモイロノウズ

『形成』(形成発行所 1991.8) 第39巻8号(通巻460号) p.21


07232
ぼんぼりもその夜のうちにはづされて闇に戻れり桜の森は
ボンボリモ ソノヨノウチニ ハヅサレテ ヤミニモドレリ サクラノモリハ

『形成』(形成発行所 1991.8) 第39巻8号(通巻460号) p.21


07233
本当の救急車かと思ひたりとなりの部屋にプレスしてゐて
ホントウノ キュウキュウシャカト オモヒタリ トナリノヘヤニ プレスシテヰテ

『形成』(形成発行所 1991.8) 第39巻8号(通巻460号) p.21


07234
いづことも水は見えねど川止めの続きて賑はふ宿場町あり
イヅコトモ ミズハミエネド カワドメノ ツヅキテニギハフ シュクバマチアリ

『形成』(形成発行所 1991.8) 第39巻8号(通巻460号) p.21


07235
四月一日・微風・真昼間虚を衝きてマンションの窓に鯉幟立つ
シガツツイタチ・ ビフウ・マヒルマ キョヲツキテ マンションノマドニ コイノボリタツ

『形成』(形成発行所 1991.8) 第39巻8号(通巻460号) p.21


07236
禾本科と教はりし日ははるかにてまざまざと麦は芒を尖らす
カホンカト オソハリシヒハ ハルカニテ マザマザトムギハ ノギヲトガラス

『形成』(形成発行所 1991.9) 第39巻9号(通巻461号) p.22


07237
水を得るといふ言葉あり水を得て泳ぎ回りしことなどありや
ミズヲエル トイフコトバアリ ミズヲエテ オヨギマワリシ コトナドアリヤ

『形成』(形成発行所 1991.9) 第39巻9号(通巻461号) p.22


07238
殉死とふことのありにし古へを思ひて来ればかなかなの声
ジュンシトフ コトノアリニシ イニシヘヲ オモヒテクレバ カナカナノコエ

『形成』(形成発行所 1991.9) 第39巻9号(通巻461号) p.22


07239
XデーKデーなどとぼかしつつ畏れて人の言ひたるならむ
エックスデー ケイデーナドト ボカシツツ オソレテヒトノ イヒタルナラム

『形成』(形成発行所 1991.9) 第39巻9号(通巻461号) p.22


07240
踊りつつ町をめぐれる花笠は夜の更くるままに増えてゆくとぞ
オドリツツ マチヲメグレル ハナガサハ ヨノフクルママニ フエテユクトゾ

『形成』(形成発行所 1991.9) 第39巻9号(通巻461号) p.22


07241
うす青き羽根の扇風機持ち出しぬとなりの部屋を使はむとして
ウスアオキ ハネノセンプウキ モチダシヌ トナリノヘヤヲ ツカハムトシテ

『形成』(形成発行所 1991.10) 第39巻10号(通巻462号) p.21


07242
中仙道と今は呼べども徐行してバスのやうやく通る道なり
ナカセンドウト イマハヨベドモ ジョコウシテ バスノヤウヤク トオルミチナリ

『形成』(形成発行所 1991.10) 第39巻10号(通巻462号) p.21


07243
おもだかの陰より出づる二匹目の水澄ましゐて土いろの沼
オモダカノ カゲヨリイヅル ニヒキメノ ミズスマシヰテ ツチイロノヌマ

『形成』(形成発行所 1991.10) 第39巻10号(通巻462号) p.21


07244
川幅の三分の一ほどの簗なるに次々に鮎は来てひるがへる
カワハバノ サンブンノイチホドノ ヤナナルニ ツギツギニアユハ キテヒルガヘル

『形成』(形成発行所 1991.10) 第39巻10号(通巻462号) p.21


07245
異国人の父と子の凧よく揚がりよろこび合へり何か叫びて
イコクジンノ チチトコノタコ ヨクアガリ ヨロコビアヘリ ナニカサケビテ

『形成』(形成発行所 1991.10) 第39巻10号(通巻462号) p.21


07246
亀甲の紋様を帯に選びたる母の願ひにいよいよ遠し
キッコウノ モンヨウヲオビニ エラビタル ハハノネガヒニ イヨイヨトオシ

『形成』(形成発行所 1991.11) 第39巻11号(通巻463号) p.21


07247
生きて又会ふ日の無しとタヒチまで蝕を見むため人は出で発つ
イキテマタ アフヒノナシト タヒチマデ ショクヲミムタメ ヒトハイデタツ

『形成』(形成発行所 1991.11) 第39巻11号(通巻463号) p.21


07248
国富論・アダムスミスを思ひ出すところまで行き昨夜は眠りし
コクフロン・ アダムスミスヲ オモヒダス トコロマデユキ ヨベハネムリシ

『形成』(形成発行所 1991.11) 第39巻11号(通巻463号) p.21


07249
潜水艦インデペンデンス迫り来ていきなり船腹が画面を覆ふ
センスイカン インデペンデンス セマリキテ イキナリセンプクガ ガメンヲオオフ

『形成』(形成発行所 1991.11) 第39巻11号(通巻463号) p.21


07250
「蜑」といふ字をかなしみて覚えしよ何に悲しき少女なりけむ
アマトイフ ジヲカナシミテ オボエシヨ ナニニカナシキ ショウジョナリケム

『形成』(形成発行所 1991.11) 第39巻11号(通巻463号) p.21


07251
篝火は燃えさかれども黒衣着て鳥をあつかふ鵜匠のひと世
カガリビハ モエサカレドモ コクイキテ トリヲアツカフ ウショウノヒトヨ

『形成』(形成発行所 1991.12) 第39巻12号(通巻464号) p.22


07252
帰り来ておちつかざりき菓子の名の洲浜といふを思ひ出すまで
カエリキテ オチツカザリキ カシノナノ スハマトイフヲ オモヒダスマデ

『形成』(形成発行所 1991.12) 第39巻12号(通巻464号) p.22


07253
大き目を選びて送りたまひたる枇杷より一顆抜けば香に立つ
オオキメヲ エラビテオクリ タマヒタル ビワヨリイッカ ヌケバカニタツ

『形成』(形成発行所 1991.12) 第39巻12号(通巻464号) p.22


07254
隠密の僧もたどりて行きにけむ葛のおほへるなだりの道は
オンミツノ ソウモタドリテ ユキニケム クズノオホヘル ナダリノミチハ

『形成』(形成発行所 1991.12) 第39巻12号(通巻464号) p.22


07255
房のまま南天の実の散る見れば昨夜の嵐のすさまじかりし
フサノママ ナンテンノミノ チルミレバ ヨベノアラシノ スサマジカリシ

『形成』(形成発行所 1991.12) 第39巻12号(通巻464号) p.22


07256
いつのまに横につながり落日の豊旗雲はオパールの色
イツノマニ ヨコニツナガリ ラクジツノ トヨハタグモハ オパールノイロ

『形成』(形成発行所 1992.1) 第40巻1号(通巻465号) p.22


07257
鈴の鳴るごとき星空いま少し残るいのちをわが身に給へ
スズノナル ゴトキホシゾラ イマスコシ ノコルイノチヲ ワガミニタマヘ

『形成』(形成発行所 1992.1) 第40巻1号(通巻465号) p.22


07258
捨てかねて蔵へるなかに音のしてハスカップの実・法華寺の鈴
ステカネテ シマヘルナカニ オトノシテ ハスカップノミ ホッケジノスズ

『形成』(形成発行所 1992.1) 第40巻1号(通巻465号) p.22


07259
少年の三人の手話見てをりぬ何か賑はふ感じのありて
ショウネンノ サンニンノシュワ ミテヲリヌ ナニカニギハフ カンジノアリテ

『形成』(形成発行所 1992.1) 第40巻1号(通巻465号) p.22


07260
奥まりてありしと思ふ涌き水は道のほとりに囲まれて湧く
オクマリテ アリシトオモフ ワキミズハ ミチノホトリニ カコマレテワク

『形成』(形成発行所 1992.1) 第40巻1号(通巻465号) p.22


07261
年越さばダムとならむといふ橋を人はゆきかふかさね着なして
トシコサバ ダムトナラムト イフハシヲ ヒトハユキカフ カサネギナシテ

『形成』(形成発行所 1992.2) 第40巻2号(通巻466号) p.21


07262
茎のいろがむらさきになれば刈るといふ南の島の甘蔗畑は
クキノイロガ ムラサキニナレバ カルトイフ ミナミノシマノ カンショバタケハ

『形成』(形成発行所 1992.2) 第40巻2号(通巻466号) p.21


07263
傍らにレーニンのことなど言ひやまぬ人とゐたりき半世紀まへ
カタワラニ レーニンノコトナド イヒヤマヌ ヒトトヰタリキ ハンセイキマヘ

『形成』(形成発行所 1992.2) 第40巻2号(通巻466号) p.21


07264
絨緞につまづきなどしてこの家が安全圏といふにもあらず
ジュウタンニ ツマヅキナドシテ コノイエガ アンゼンケント イフニモアラズ

『形成』(形成発行所 1992.2) 第40巻2号(通巻466号) p.21


07265
十字路に停車のときもミキサーを左回りに大きく回す
ジュウジロニ テイシャノトキモ ミキサーヲ ヒダリマワリニ オオキクマワス

『形成』(形成発行所 1992.2) 第40巻2号(通巻466号) p.21


07266
呼ぶことをためらひをれば冬日差す土をなだめて何をか蒔けり
ヨブコトヲ タメラヒヲレバ フユヒサス ツチヲナダメテ ナニヲカマケリ

『形成』(形成発行所 1992.3) 第40巻3号(通巻467号) p.23


07267
おもかげに見立てて祀る岩のあり本当の菩薩はいづこにおはす
オモカゲニ ミタテテマツル イワノアリ ホントウノボサツハ イヅコニオハス

『形成』(形成発行所 1992.3) 第40巻3号(通巻467号) p.23


07268
刃物には必ず鞘をと言ひゐたる母の畏れをわれの継ぎたり
ハモノニハ カナラズサヤヲト イヒヰタル ハハノオソレヲ ワレノツギタリ

『形成』(形成発行所 1992.3) 第40巻3号(通巻467号) p.23


07269
上州の湯より帰らぬ人のをり木枯し一号明日は吹かむに
ジョウシュウノ ユヨリカエラヌ ヒトノヲリ コガラシイチゴウ アスハフカムニ

『形成』(形成発行所 1992.3) 第40巻3号(通巻467号) p.23


07270
百合の木と知りて仰ぐに雪の日はひと日のみにて年暮れむとす
ユリノキト シリテアオグニ ユキノヒハ ヒトヒノミニテ トシクレムトス

『形成』(形成発行所 1992.3) 第40巻3号(通巻467号) p.23


07271
観音はおとがひ豊かにおはしたり喉寒きまで仰ぎてあれば
カンノンハ オトガヒユタカニ オハシタリ ノドサムキマデ アオギテアレバ

『形成』(形成発行所 1992.4) 第40巻4号(通巻468号) p.21


07272
胡座居の膝の冷たくいまさずや羅漢の寺に夕べ降る雨
アグラヰノ ヒザノツメタク イマサズヤ ラカンノテラニ ユウベフルアメ

『形成』(形成発行所 1992.4) 第40巻4号(通巻468号) p.21


07273
白鳥を見に来ずやとぞ受話器持つめぐりたちまち北のみづうみ
ハクチョウヲ ミニコズヤトゾ ジュワキモツ メグリタチマチ キタノミヅウミ

『形成』(形成発行所 1992.4) 第40巻4号(通巻468号) p.21


07274
三角に畳むスカーフ直角が少し片寄る背中見て行く
サンカクニ タタムスカーフ チョッカクガ スコシカタヨル セナカミテユク

『形成』(形成発行所 1992.4) 第40巻4号(通巻468号) p.21


07275
中指の爪にありたる黒点もいつか消えゐてきさらぎの雨
ナカユビノ ツメニアリタル コクテンモ イツカキエヰテ キサラギノアメ

『形成』(形成発行所 1992.4) 第40巻4号(通巻468号) p.21


07276
幼子とかくれんぼするよはひよと小公園を過ぎつつ思ふ
オサナゴト カクレンボスル ヨハヒヨト ショウコウエンヲ スギツツオモフ

『形成』(形成発行所 1992.5) 第40巻5号(通巻469号) p.21


07277
年月はわれにめぐりていち早く花だいこんの咲く垣根あり
トシツキハ ワレニメグリテ イチハヤク ハナダイコンノ サクカキネアリ

『形成』(形成発行所 1992.5) 第40巻5号(通巻469号) p.21


07278
土いろになりし落ち葉と思へども掃けばまろびて団栗の出づ
ツチイロニ ナリシオチバト オモヘドモ ハケバマロビテ ドングリノイヅ

『形成』(形成発行所 1992.5) 第40巻5号(通巻469号) p.21


07279
子供ゆゑ足の震へて藪のなかの狐落としの罠を見たりき
コドモユヱ アシノフルヘテ ヤブノナカノ キツネオトシノ ワナヲミタリキ

『形成』(形成発行所 1992.5) 第40巻5号(通巻469号) p.21


07280
耳垂れし茶いろの仔犬背の籠にすつぽり嵌めて自転車行けり
ミミタレシ チャイロノコイヌ セノカゴニ スツポリハメテ ジテンシャユケリ

『形成』(形成発行所 1992.5) 第40巻5号(通巻469号) p.21


07281
壬申の春とて何が変はるらむ白木蓮はたちまち褪せぬ
ジンシンノ ハルトテナニガ カハルラム ハクモクレンハ タチマチアセヌ

『形成』(形成発行所 1992.6) 第40巻6号(通巻470号) p.21


07282
畑には何を播きしか笹竹をまじなひのごとく並べて立てて
ハタケニハ ナニヲマキシカ ササタケヲ マジナヒノゴトク ナラベテタテテ

『形成』(形成発行所 1992.6) 第40巻6号(通巻470号) p.21


07283
数枚の小皿洗へばすむものをたゆたひゐたり夕食のあと
スウマイノ コザラアラヘバ スムモノヲ タユタヒヰタリ ユウショクノアト

『形成』(形成発行所 1992.6) 第40巻6号(通巻470号) p.21


07284
水いろのガラスの壼に半ばほどとなりて傾斜す白の砂糖は
ミズイロノ ガラスノツボニ ナカバホド トナリテケイシャス シロノサトウハ

『形成』(形成発行所 1992.6) 第40巻6号(通巻470号) p.21


07285
かぐはしき数値の如し聞きをれば二万本といふコスモスの花
カグハシキ スウチノゴトシ キキヲレバ ニマンボントイフ コスモスノハナ

『形成』(形成発行所 1992.6) 第40巻6号(通巻470号) p.21


07286
みづうみのこなたに住みて休火山青々と立つ日と告げて来ぬ
ミヅウミノ コナタニスミテ キュウカザン アオアオトタツ ヒトツゲテキヌ

『形成』(形成発行所 1992.7) 第40巻7号(通巻471号) p.99


07287
洋車にも乗りしと人の告げくればなさざる事のわれに増えゆく
ヤンチヨニモ ノリシトヒトノ ツゲクレバ ナサザルコトノ ワレニフエユク

『形成』(形成発行所 1992.7) 第40巻7号(通巻471号) p.99


07288
電光石火攻めのぼりしと伝へたる斜面おほひて春の草萌ゆ
デンコウセッカ セメノボリシト ツタヘタル シャメンオホヒテ ハルノクサモユ

『形成』(形成発行所 1992.7) 第40巻7号(通巻471号) p.99


07289
思はざる交通ストゆゑ地中より湧くごとく増えてくる通勤者
オモハザル コウツウストユヱ チチュウヨリ ワクゴトクフエテ クルツウキンシャ

『形成』(形成発行所 1992.7) 第40巻7号(通巻471号) p.99


07290
来ぬ年のために残して摘むといふ蕗のたうは伸びて白き花持つ
コヌトシノ タメニノコシテ ツムトイフ フキノタウハノビテ シロキハナモツ

『形成』(形成発行所 1992.7) 第40巻7号(通巻471号) p.99


07291
稜線のほそりて岬となるあたりかそかにあがる白波の見ゆ
リョウセンノ ホソリテミサキト ナルアタリ カソカニアガル シラナミノミユ

『形成』(形成発行所 1992.8) 第40巻8号(通巻472号) p.21


07292
つぎつぎに失ひてやまずヘアピンのかの一本を失ひてより
ツギツギニ ウシナヒテヤマズ ヘアピンノ カノイッポンヲ ウシナヒテヨリ

『形成』(形成発行所 1992.8) 第40巻8号(通巻472号) p.21


07293
使ひ捨ての注射器となりて消毒の湯気も立ちゐず診察室は
ツカヒステノ チュウシャキトナリテ ショウドクノ ユゲモタチヰズ シンサツシツハ

『形成』(形成発行所 1992.8) 第40巻8号(通巻472号) p.21


07294
何もせぬ時間となりぬ揃へたき三つめの釦は見つからなくて
ナニモセヌ ジカントナリヌ ソロヘタキ ミッツメノボタン ミツカラナクテ

『形成』(形成発行所 1992.8) 第40巻8号(通巻472号) p.21


07295
どの山も古墳に見えて土の下の闇は寒しといつより思ふ
ドノヤマモ コフンニミエテ ツチノシタノ ヤミハサムシト イツヨリオモフ

『形成』(形成発行所 1992.8) 第40巻8号(通巻472号) p.21


07296
幼子の描きし村は夜に入りてどの窓も黄のあかりをともす
オサナゴノ エガキシムラハ ヨニイリテ ドノマドモキノ アカリヲトモス

『形成』(形成発行所 1992.9) 第40巻9号(通巻473号) p.21


07297
直さずに次々に置かれし自転車は角度乱れてスーパーの前
ナオサズニ ツギツギニオカレシ ジテンシャハ カクドミダレテ スーパーノマエ

『形成』(形成発行所 1992.9) 第40巻9号(通巻473号) p.21


07298
きざまれし文字かすかなる不定形たれかの塚の石がまろべり
キザマレシ モジカスカナル フテイケイ タレカノツカノ イシガマロベリ

『形成』(形成発行所 1992.9) 第40巻9号(通巻473号) p.21


07299
こみあぐる思ひにありて幼らは旗を振りにき出陣の日に
コミアグル オモヒニアリテ オサナラハ ハタヲフリニキ シュツジンノヒニ

『形成』(形成発行所 1992.9) 第40巻9号(通巻473号) p.21


07300
じやんけんに弱きか帰りの道になほ鬼にされゐる赤き靴の子
ジヤンケンニ ヨワキカカエリノ ミチニナホ オニニサレヰル アカキクツノコ

『形成』(形成発行所 1992.9) 第40巻9号(通巻473号) p.21


07301
銀鱗のひらめくときを待ち待ちて自らを人は釣るにかあらむ
ギンリンノ ヒラメクトキヲ マチマチテ ミズカラヲヒトハ ツルニカアラム

『形成』(形成発行所 1992.10) 第40巻10号(通巻474号) p.21


07302
戻りたる妹の声してゐしが歯の治療終へてその夜にゆきし
モドリタル イモウトノコエ シテヰシガ ハノチリョウオヘテ ソノヨニユキシ

『形成』(形成発行所 1992.10) 第40巻10号(通巻474号) p.21


07303
押し合ひて炬燵をかこみ五人家族そろひゐたるは幾年間か
オシアヒテ コタツヲカコミ ゴニンカゾク ソロヒヰタルハ イクネンカンカ

『形成』(形成発行所 1992.10) 第40巻10号(通巻474号) p.21


07304
落款の部分も黒く刷られたるカタログを閉ぢてふたたびは見ず
ラッカンノ ブブンモクロク スラレタル カタログヲトヂテ フタタビハミズ

『形成』(形成発行所 1992.10) 第40巻10号(通巻474号) p.21


07305
何をするといふにあらねど駐めをれば黒の車の方が目立たぬ
ナニヲスル トイフニアラネド トメヲレバ クロノクルマノ ホウガメダタヌ

『形成』(形成発行所 1992.10) 第40巻10号(通巻474号) p.21


07306
み仏も手を取り合ふと思ふ日に安曇野を渡る車にゐたり
ミホトケモ テヲトリアフト オモフヒニ アズミノヲワタル クルマニヰタリ

『形成』(形成発行所 1992.11) 第40巻11号(通巻475号) p.21


07307
戯れに主婦と書きたることのあり戯れと何時思ひ初めしや
タワムレニ シュフトカキタル コトノアリ タワムレトイツ オモヒハジメシヤ

『形成』(形成発行所 1992.11) 第40巻11号(通巻475号) p.21


07308
落ちざりし林檎が高き値を呼ぶと台風あとの世に乱れあり
オチザリシ リンゴガタカキ ネヲヨブト タイフウアトノ ヨニミダレアリ

『形成』(形成発行所 1992.11) 第40巻11号(通巻475号) p.21


07309
をりふしに山羊の鳴く声してゐしが村ごと今は滅ぶと伝ふ
ヲリフシニ ヤギノナクコエ シテヰシガ ムラゴトイマハ ホロブトツタフ

『形成』(形成発行所 1992.11) 第40巻11号(通巻475号) p.21


07310
つらなりて咲くとてうすきくれなゐは学級園のひるがほの花
ツラナリテ サクトテウスキ クレナヰハ ガッキュウエンノ ヒルガホノハナ

『形成』(形成発行所 1992.11) 第40巻11号(通巻475号) p.21


07311
箱眼鏡のぞきて余念なかりしが少年の名も少女もおぼろ
ハコメガネ ノゾキテヨネン ナカリシガ ショウネンノナモ ショウジョモオボロ

『形成』(形成発行所 1992.12) 第40巻12号(通巻476号) p.21


07312
起き出づるよすがの如し夕張のメロンが冷えてまだ残りゐて
オキイヅル ヨスガノゴトシ ユウバリノ ロメンガヒエテ マダノコリヰテ

『形成』(形成発行所 1992.12) 第40巻12号(通巻476号) p.21


07313
カフェテラスに会ふ約束に鍔広の帽子かぶれる一人先づ着く
カフェテラスニ アフヤクソクニ ツバヒロノ ボウシカブレル ヒトリマヅツク

『形成』(形成発行所 1992.12) 第40巻12号(通巻476号) p.21


07314
雨だれの曲にかはりてレストランの白く塗られし無人のピアノ
アマダレノ キョクニカハリテ レストランノ シロクヌラレシ ムジンノピアノ

『形成』(形成発行所 1992.12) 第40巻12号(通巻476号) p.21


07315
圏外にありて見てゐる夏の雨しばしののちはしづまりゆけり
ケンガイニ アリテミテヰル ナツノアメ シバシノノチハ シヅマリユケリ

『形成』(形成発行所 1992.12) 第40巻12号(通巻476号) p.21


07316
病院の小春日和に満開といへどまばらよ冬の桜は
ビョウインノ コハルビヨリニ マンカイト イヘドマバラヨ フユノサクラハ

『形成』(形成発行所 1993.1) 第41巻1号(通巻477号) p.21


07317
何を病む異国の人か樺いろのサリーをまとひさむざむと待つ
ナニヲヤム イコクノヒトカ カバイロノ サリーヲマトヒ サムザムトマツ

『形成』(形成発行所 1993.1) 第41巻1号(通巻477号) p.21


07318
花過ぎし薔薇園を来て根元よりがくり傾く鶏頭も見つ
ハナスギシ バラエンヲキテ ネモトヨリ ガクリカタムク ケイトウモミツ

『形成』(形成発行所 1993.1) 第41巻1号(通巻477号) p.21


07319
目の前を横切らるるは不吉ぞと知れる蛇にも久しく会はず
メノマエヲ ヨコギラルルハ フキツゾト シレルヘビニモ ヒサシクアハズ

『形成』(形成発行所 1993.1) 第41巻1号(通巻477号) p.21


07320
わが家の地下は珪藻土と聞きをれどその混沌は思ひ見難し
ワガイエノ チカハケイソウドト キキヲレド ソノコントンハ オモヒミガタシ

『形成』(形成発行所 1993.1) 第41巻1号(通巻477号) p.21


07321
気迷ひも散ずるごとし丈伸びて分厚く茂るアロエ見をれば
キマヨヒモ サンズルゴトシ タケノビテ ブアツクシゲル アロエミヲレバ

『形成』(形成発行所 1993.2) 第41巻2号(通巻478号) p.21


07322
駐車せるトラックが道に多きこと誰にともなく言ひつつ渡る
チュウシャセル トラックガミチニ オオキコト ダレニトモナク イヒツツワタル

『形成』(形成発行所 1993.2) 第41巻2号(通巻478号) p.21


07323
つぶつぶのつぼみ持ちたる黄の小菊開山の僧の墓にも供ふ
ツブツブノ ツボミモチタル キノコギク カイザンノソウノ ハカニモソナフ

『形成』(形成発行所 1993.2) 第41巻2号(通巻477号) p.21


07324
をさな子の母を呼ぶ声そのままにかさねて若き妻を呼ぶ声
ヲサナゴノ ハハヲヨブコエ ソノママニ カサネテワカキ ツマヲヨブコエ

『形成』(形成発行所 1993.2) 第41巻2号(通巻478号) p.21


07325
拾はれてもう無いピアスと思へども幾日か過ぎて雪の降り出づ
ヒロハレテ モウナイピアスト オモヘドモ イクヒカスギテ ユキノフリイヅ

『形成』(形成発行所 1993.2) 第41巻2号(通巻478号) p.21


07326
目の前に置かれしショパンの左の手石膏なればさほどにあらず
メノマエニ オカレシショパンノ ヒダリノテ セッコウナラバ サボドニアラズ

『形成』(形成発行所 1993.3) 第41巻3号(通巻479号) p.22


07327
辻褄を必ず合はせ給ふよと恨みがましく思ふことあり
ツジツマヲ カナラズアハセ タマフヨト ウラミガマシク オモフコトアリ

『形成』(形成発行所 1993.3) 第41巻3号(通巻479号) p.22


07328
子も親もみな出払ひて昼餉どきこの界隈に人をらずとぞ
コモオヤモ ミナデハラヒテ ヒルゲドキ コノカイワイニ ヒトヲラズトゾ

『形成』(形成発行所 1993.3) 第41巻3号(通巻479号) p.22


07329
括られし十人ほどにわが名ありそのページにてしばらく遊ぶ
ククラレシ ジュウニンホドニ ワガナアリ ソノページニテ シバラクアソブ

『形成』(形成発行所 1993.3) 第41巻3号(通巻479号) p.22


07330
振り向かば狐の顔となりてゐずや前を行く人もわが持つ顔も
フリムカバ キツネノカオト ナリテヰズヤ マエヲユクヒトモ ワガモツカオモ

『形成』(形成発行所 1993.3) 第41巻3号(通巻479号) p.22


07331
書斎には三畳あれば足るといふ見回して苦しわれの三畳
ショサイニハ サンジョウアレバ タルトイフ ミマワシテクルシ ワレノサンジョウ

『形成』(形成発行所 1993.4) 第41巻4号(通巻480号) p.21


07332
穂草そよぐかの空港は思へども約を果たさむよしなし今は
ホグサソヨグ カノクウコウハ オモヘドモ ヤクヲハタサム ヨシナシイマハ

『形成』(形成発行所 1993.4) 第41巻4号(通巻480号) p.21


07333
バス停に待ちて見をれば目の前は耕して立つ春の土の香
バステイニ マチテミヲレバ メノマエハ タガヤシテタツ ハルノツチノカ

『形成』(形成発行所 1993.4) 第41巻4号(通巻480号) p.21


07334
病む前も今もかはらず雉子鳩はとほろとほろと朝を啼くなり
ヤムマエモ イマモカハラズ キジバトハ トホロトホロト アサヲナクナリ

『形成』(形成発行所 1993.4) 第41巻4号(通巻480号) p.21


07335
珍しき花なりにしは何時までか棚にあふれて極楽鳥花
メズラシキ ハナナリニシガ イツマデカ タナニアフレテ ゴクラクチョウカ

『形成』(形成発行所 1993.4) 第41巻4号(通巻480号) p.21


07336
千年の杉にも花の咲くといふ人の遺恨に病むとも伝ふ
センネンノ スギニモハナノ サクトイフ ヒトノイコンニ ヤムトモツタフ

『形成』(形成発行所 1993.5) 第41巻5号(通巻481号) p.21


07337
ゲレンデの人工雪とぞ山腹に雪型のやうに残る模様は
ゲレンデノ ジンコウユキトゾ サンプクニ ユキガタノヤウニ ノコルモヨウハ

『形成』(形成発行所 1993.5) 第41巻5号(通巻481号) p.21


07338
かがまれる後姿のままにゐてわかさぎ釣りは声を発せず
カガマレル ウシロスガタノ ママニヰテ ワカサギツリハ コエヲハッセズ

『形成』(形成発行所 1993.5) 第41巻5号(通巻481号) p.21


07339
北国のみ冬は長く雪掻きをなりはひとする人々のゐき
キタグニノ ミフユハナガク ユキカキヲ ナリハヒトスル ヒトビトノヰキ

『形成』(形成発行所 1993.5) 第41巻5号(通巻481号) p.21


07340
お日さまのやうに真赤な黄身持つと大き玉子の三個置きゆく
オヒサマノ ヤウニマッカナ キミモツト オオキタマゴノ サンコオキユク

『形成』(形成発行所 1993.5) 第41巻5号(通巻481号) p.21


07341
摘み草の土の匂ひの恋ほしきに花乾きをり冬のすみれは
ツミクサノ ツチノニオヒノ コホシキニ ハナカワキヲリ フユノスミレハ

『形成』(形成発行所 1993.6) 第41巻6号(通巻482号) p.23


07342
砂漠には巨大戦車が似合ふとぞなづな花持つまがきの裾に
サバクニハ キョダイセンシャガ ニアフトゾ ナヅナハナモツ マガキノスソニ

『形成』(形成発行所 1993.6) 第41巻6号(通巻482号) p.23


07343
あきらめてゐたるいのちをこの春のうす緑いろの桜にも会ふ
アキラメテ ヰタルイノチヲ コノハルノ ウスミドリイロノ サクラニモアフ

『形成』(形成発行所 1993.6) 第41巻6号(通巻482号) p.23


07344
児童らが草を摘み来て飼ふ山羊の小さきままよ休暇のあとも
ジドウラガ クサヲツミキテ カフヤギノ チイサキママヨ キュウカノアトモ

『形成』(形成発行所 1993.6) 第41巻6号(通巻482号) p.23


07345
考へてどうなるとにもあらねどもしだれて桃の咲けば嘆かゆ
カンガヘテ ドウナルトニモ アラネドモ シダレテモモノ サケバナゲカユ

『形成』(形成発行所 1993.6) 第41巻6号(通巻482号) p.23


07346
さまざまに書きて書かれてわがひと世詳らかには未だ知られず
サマザマニ カキテカカレテ ワガヒトヨ ツマビラカニハ イマダシラレズ

『形成』(形成発行所 1993.7) 第41巻7号(通巻483号) p.21


07347
曲水のうたげのあとの京の菓子折の木の香を立たせて届く
キョクスイノ ウタゲノアトノ キョウノカシ ヲリノキノカヲ タタセテトドク

『形成』(形成発行所 1993.7) 第41巻7号(通巻483号) p.21


07348
家族らはみなもとのまま集まると浄土のことを教へて行けり
カゾクラハ ミナモトノママ アツマルト ジョウドノコトヲ オシヘテユケリ

『形成』(形成発行所 1993.7) 第41巻7号(通巻483号) p.21


07349
足取りを追ひて思ひてたどりしが月山あたり春のたかむら
アシドリヲ オヒテオモヒテ タドリシガ グワツサンアタリ ハルノタカムラ

『形成』(形成発行所 1993.7) 第41巻7号(通巻483号) p.21


07350
伴天連と呼ばれて潜みゐしころも洞をふさぎて雪は降りけむ
バテレント ヨバレテヒソミ ヰシコロモ ホラヲフサギテ ユキハフリケム

『形成』(形成発行所 1993.7) 第41巻7号(通巻483号) p.21


07351
ときに縮みときにふくらむ浮き沈み不透明なるかたまりわれは
トキニチヂミ トキニフクラム ウキシズミ フトウメイナル カタマリワレハ

『形成』(形成発行所 1993.8) 第41巻8号(通巻484号) p.21


07352
右の手に煽りて消して見てあれば蝋の匂ひはかなしみを呼ぶ
ミギノテニ アオリテケシテ ミテアレバ ロウノニオヒハ カナシミヲヨブ

『形成』(形成発行所 1993.8) 第41巻8号(通巻484号) p.21


07353
近未来の何をか告げてソケットを抜けば鋭き火花が飛びぬ
キンミライノ ナニヲカツゲテ ソケットヲ ヌケバスルドキ ヒバナガトビヌ

『形成』(形成発行所 1993.8) 第41巻8号(通巻484号) p.21


07354
外側より乾きて乾き切れざるは洗濯物のことにありたり
ソトガワヨリ カワキテカワキ キレザルハ センタクモノノ コトニアリタリ

『形成』(形成発行所 1993.8) 第41巻8号(通巻484号) p.21


07355
咲き終へし月下美人は戦ひに敗れ果てたるもののふめきぬ
サキオヘシ ゲッカビジンハ タタカヒニ ヤブレハテタル モノノフメキヌ

『形成』(形成発行所 1993.8) 第41巻8号(通巻484号) p.21


07356
摘み草の土の匂ひの恋ほしきに花乾きをり冬のすみれは
ツミクサノ ツチノニオヒノ コホシキニ ハナカワキヲリ フユノスミレハ

『形成』(形成発行所 1993.1) 第41巻1998/4/9号(通巻485号) p.204


07357
砂漠には巨大戦車が似合ふとぞなづな花持つまがきの裾に
サバクニハ キョダイセンシャガ ニアフトゾ ナヅナハナモツ マガキノスソニ

『形成』(形成発行所 1993.1) 第41巻1998/4/9号(通巻485号) p.204


07358
あきらめてゐたるいのちをこの春のうす緑いろの桜にも会ふ
アキラメテ ヰタルイノチヲ コノハルノ ウスミドリイロノ サクラニモアフ

『形成』(形成発行所 1993.1) 第41巻2004/9/10号(通巻485号) p.204


07359
児童らが草を摘み来て飼ふ山羊の小さきままゐよ休暇のあとも
ジドウラガ クサヲツミキテ カフヤギノ チイサキママヰヨ キュウカノアトモ

『形成』(形成発行所 1993.1) 第41巻2004/9/10号(通巻485号) p.204


07360
考へてどうなるとにもあらねどもしだれて桃の咲けば嘆かゆ
カンガヘテ ドウナルトニモ アラネドモ シダレテモモノ サケバナゲカユ

『形成』(形成発行所 1993.1) 第41巻2004/9/10号(通巻485号) p.204