夜色


07508
ジギタリス交錯し立つ夜の苑闇をふかめて誰か人ゐる
ジギタリス コウサクシタツ ヨルノソノ ヤミヲフカメテ タレカヒトヰル

『短歌』(角川書店 1959.11) 第6巻11号(通巻71号) p.52


07509
遺されし塑像が招く追憶に故意にはぐれて逢はぬ夜ありき
ノコサレシ ソゾウガマネク ツイオクニ コイニハグレテ アハヌヨアリキ

『短歌』(角川書店 1959.11) 第6巻11号(通巻71号) p.52


07510
菜の花に鳥ひそみ啼く日なりしをへだてて今も疎水の聲す
ナノハナニ トリヒソミナク ヒナリシヲ ヘダテテイマモ ソスイノコエス

『短歌』(角川書店 1959.11) 第6巻11号(通巻71号) p.52


07511
亂心を裝ほふ罪もをかし得ず過ぎてさびしき執念のあと
ランシンヲ ヨソホフツミモ ヲカシエズ スギテサビシキ シュウネンノアト

『短歌』(角川書店 1959.11) 第6巻11号(通巻71号) p.52


07512
ひといろに昏れて影なす苧環の花踏みわけて遁れ得べしや
ヒトイロニ クレテカゲナス ヲダマキノ ハナフミワケテ ノガレウベシヤ

『短歌』(角川書店 1959.11) 第6巻11号(通巻71号) p.52


07513
嚢み置くことも激しき消耗と夜更けのプールサイド過ぎゆく
ツツミオク コトモハゲシキ ショウモウト ヨフケノプール サイドスギユク

『短歌』(角川書店 1959.11) 第6巻11号(通巻71号) p.52


07514
完計に近づく時間妨げてローマ字たどる少年のこゑ
カンケイニ チカヅクジカン サマタゲテ ローマジタドル ショウネンノコヱ

『短歌』(角川書店 1959.11) 第6巻11号(通巻71号) p.53


07515
波瀾呼ぶたくらみにみづから溺れゆき見えぬプールに水音うごく
ハランヨブ タクラミニミヅカラ オボレユキ ミエヌプールニ ミナオトウゴク

『短歌』(角川書店 1959.11) 第6巻11号(通巻71号) p.53


07516
わが合圖待ちて從ひ來し魔女と落ちあふくらき遮斷機の前
ワガアイズ マチテシタガヒ キシマジョト オチアフクラキ シャダンキノマエ

『短歌』(角川書店 1959.11) 第6巻11号(通巻71号) p.53


07517
激しゆく相手をなだめゐる氣配旅の夜更けの幻聽に似て
ゲキシユク アイテヲナダメ ヰルケハイ タビノヨフケノ ゲンチョウニニテ

『短歌』(角川書店 1959.11) 第6巻11号(通巻71号) p.53


07518
手懸りのなくて歩むにいりくめる道のいづくにも木犀匂ふ
テガカリノ ナクテアユムニ イリクメル ミチノイヅクニモ モクセイニオフ

『短歌』(角川書店 1959.11) 第6巻11号(通巻71号) p.53


07519
錢苔の貼りつける土踏みゆきて先蹤を越えむ歩みに遠し
ゼニゴケノ ハリツケルツチ フミユキテ センシヨウヲコエム アユミニトオシ

『短歌』(角川書店 1959.11) 第6巻11号(通巻71号) p.53


07520
旅先の夜にゐるごとき風の音はづせし耳環机に置きて
タビサキノ ヨニヰルゴトキ カゼノオト ハヅセシミミワ ツクエニオキテ

『短歌』(角川書店 1959.11) 第6巻11号(通巻71号) p.53


07521
草藤の花に殘れる夕の雨告げたき語彙も日々に移ろふ
クサフジノ ハナニノコレル ユフノアメ ツゲタキゴイモ ヒビニウツロフ

『短歌』(角川書店 1959.11) 第6巻11号(通巻71号) p.53


07522
同じバスに乗り合ふのみの日々過ぎて今朝は靜かに霧降る廣場
オナジバスニ ノリアフノミノ ヒビスギテ ケサハシズカニ キリフルヒロバ

『短歌』(角川書店 1959.11) 第6巻11号(通巻71号) p.53