冬の言葉


07523
風のなかに身を反らしあふ冬の木々けぢめなく待つ時間流れて
カゼノナカニ ミヲソラシアフ フユノキギ ケヂメナクマツ ジカンナガレテ

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.34


07524
錆び釘を拾ひて土に書きし文字落ち葉の下に幾日保たむ
サビクギヲ ヒロヒテツチニ カキシモジ オチバノモトニ イクヒタモタム

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.34


07525
駅を出でて枯れ野の口に懸かる橋バスを渡してより渡りゆく
エキヲイデテ カレノノクチニ カカルハシ バスヲワタシテ ヨリワタリユク

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.34


07526
流れつつ向きを変へゆく芥見つ箴言などに拘る日にて
ナガレツツ ムキヲカヘユク アクタミツ シンゲンナドニ コダハルヒニテ

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.35


07527
針山にもつれゐし糸ほぐしつつきれぎれに戻りくる記憶あり
ハリヤマニ モツレヰシイト ホグシツツ キレギレニモドリ クルキオクアリ

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.35


07528
降り出でて石の粗面を濡らす雨人も蹤きゆく犬もしづけし
フリイデテ イシノソメンヲ ヌラスアメ ヒトモツキユク イヌモシヅケシ

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.35


07529
しづくしてゐしアカンサス鎮まれば理詰めに言へることもはかなし
シヅクシテ ヰシアカンサス シズマレバ リヅメニイヘル コトモハカナシ

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.35


07530
へだたりを確かめ合へば足るごとくドア押して出づ夜霧の街に
ヘダタリヲ タシカメアヘバ タルゴトク ドアオシテイヅ ヨギリノマチニ

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.35


07531
塗りつぶしゐる夜の時間風疼く雑木林を背後に置きて
ヌリツブシ ヰルヨノジカン カゼウヅク ゾウキバヤシヲ ソビラニオキテ

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.35


07532
マジヨリカの壷伏せ置きて久しきにシレーヌのこゑも蘇り来ず
マジヨリカノ ツボフセオキテ ヒサシキニ シレーヌノコヱモ ヨミガエリコズ

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.35


07533
前髪に雪のしづくを光らせて訪はむ未知の女のごとく
マエガミニ ユキノシヅクヲ ヒカラセテ オトナハムミチノ オンナノゴトク

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.35


07534
落体となりゆくわが身思ふまで壁に吊られてゆがめるコート
ラクタイト ナリユクワガミ オモフマデ カベニツラレテ ユガメルコート

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.35


07535
ストールのひるがへりつつ歩む影堤の上を遠ざかりゆく
ストールノ ヒルガヘリツツ アユムカゲ ツツミノウエヲ トオザカリユク

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.36


07536
杭を打ちゐたる人らも去りゆけば野になづさひて草火の煙り
クイヲウチ ヰタルヒトラモ サリユケバ ノニナヅサヒテ クサビノケムリ

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.36


07537
袖刳りの曲線を裁つ手もとより夜のほとぼりも失ひ易し
ソデグリノ キョクセンヲタツ テモトヨリ ヨノホトボリモ ウシナヒヤスシ

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.36


07538
語原など知り得しことの何ならむ書庫閉ぢて石の廊下を渡る
ゴゲンナド シリエシコトノ ナニナラム ショコトヂテイシノ ロウカヲワタル

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.36


07539
有機物の燃ゆる臭ひと思ひゐて肩へ集まりくる疲れあり
ユウキブツノ モユルニオヒト オモヒヰテ カタヘアツマリ クルツカレアリ

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.36


07540
死語ばかり知る寂しさか本あまた積みて焚きゐる夢など見つつ
シゴバカリ シルサビシサカ ホンアマタ ツミテタキヰル ユメナドミツツ

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.36


07541
釈明を下待つわれも寂しきに落ち葉は深し轍うづめて
シャクメイヲ シタマツワレモ サビシキニ オチバハフカシ ワダチウヅメテ

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.36


07542
落飾し終れる古き物語りきりきりと堪へてゐる日々に恋ふ
ラクショクシ オワレルフルキ モノガタリ キリキリトタヘテ ヰルヒビニコフ

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.36


07543
鉢の外に魚のはみ出しゐる童画はみ出て赤き尾鰭がそよぐ
ハチノソトニ ウオノハミダシ ヰルドウガ ハミデテアカキ オヒレガソヨグ

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.36


07544
突き落とす刹那に醒めし夢のあと色無き雲の流れてやまず
ツキオトス セツナニサメシ ユメノアト イロナキクモノ ナガレテヤマズ

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.37


07545
待たれゐむ檄さへ今は書き得ぬに組みを解かれてひしめく活字
マタレヰム ゲキサヘイマハ カキエヌニ クミヲトカレテ ヒシメクカツジ

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.37


07546
喪の記事を足して校了とし来し夜の電熱器の渦音なく点る
モノキジヲ タシテコウリョウトシ コシヨルノ ヒーターノウヅ オトナクトモル

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.37


07547
鐘の曲ながれくる朝の窓黄味つぶらかに卵は割らる
カリヨンノ キョクナガレクル アサノマド キミツブラカニ タマゴハワラル

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.37


07548
花の屑散らばる花舗の前過ぎてマツフのなかの手があたたかし
ハナノクズ チラバルカホノ マエスギテ マツフノナカノ テガアタタカシ

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.37


07549
片空の虹もうすれて凪ぎ深しまつはる犬を枯れ木につなぐ
カタソラノ ニジモウスレテ ナギフカシ マツハルイヌヲ カレキニツナグ

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.37


07550
いだきゆく鉢の桜草花ゆらぐ言ひそびれたる語彙が重たし
イダキユク ハチノプリムラ ハナユラグ イヒソビレタル ゴイガオモタシ

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.37


07551
春を待つ木々のしずけさ巣箱幾つ懸け終へて人の去りたる後も
ハルヲマツ キギノシズケサ スバコイクツ カケオヘテヒトノ サリタルノチモ

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.37


07552
遠景をとざして芽ぶく雑木原沼は音なく水湛へゐる
エンケイヲ トザシテメブク ザフキハラ ヌマハオトナク ミズタタヘヰル

『短歌』(角川書店 1960.3) 第7巻3号(通巻75号) p.37