西域の壺


07553
内法を少し撓めて聴きゐたる言葉あり日を経つつ重たし
ウチノリヲ スコシタワメテ キキヰタル コトバアリヒヲ ヘツツオモタシ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号(通巻84号) p.18


07554
すり替へて思ふならねど枯れつくし襤褸溜めたるごとき蓮田
スリカヘテ オモフナラネド カレツクシ ランルタメタル ゴトキハチスダ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号(通巻84号) p.18


07555
鷺草の花に残れる水明りダムサイトはくらき灯を集めゐて
サギサウノ ハナニノコレル ミズアカリ ダムサイトハクラキ ヒヲアツメヰテ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号(通巻84号) p.18


07556
敗訴となりし経緯も聴きて来て見知らぬ祖父の墓標が寒し
ハイソト ナリシケイイモ キキテキテ ミシラヌソフノ ボヒョウガサムシ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号(通巻84号) p.18


07557
措葉色に森は暮れつつ沼尻に水のこだまの光るをりふし
オシバイロニ モリハクレツツ ヌマジリニ ミズノコダマノ ヒカルヲリフシ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号(通巻84号) p.18


07558
奪魂の術などもわれは持ちたきに影近寄せて街灯ともる
ダツコンノ スベナドモワレハ モチタキニ カゲチカヨセテ ガイトウトモル

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号(通巻84号) p.18


07559
ワイパーは硝子擦りゐておもむろに見え来るわれの入り込まむ隙
ワイパーハ ガラススリヰテ オモムロニ ミエクルワレノ イリコマムスキ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号(通巻84号) p.19


07560
発言を封ぜむために示されし数値にてあざやかな負号伴ふ
ハツゲンヲ フウゼムタメニ シメサレシ スウチニテアザヤカナ フゴウトモナフ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号(通巻84号) p.19


07561
如何ならむ薬種か入れしわが夜々の語彙溜めて古代西域の壺
イカナラム ヤクシュカイレシ ワガヨヨノ ゴイタメテコダイ セイイキノツボ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号(通巻84号) p.19


07562
かたまりにくきジエリーを水に冷やしゐて形づくられゆく恐怖あり
カタマリニクキ ジエリーヲミズニ ヒヤシヰテ カタチヅクラレ ユクキョウフアリ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号(通巻84号) p.19


07563
まどろみの間無数に生えゐたる触手うつつのわれは持ち得ず
マドロミノ アイダムスウニ ハエヰタル ショクシュウツツノ ワレハモチエズ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号(通巻84号) p.19


07564
遠き町の便りに聴けば騙られてゐるとふわが名美しからむ
トオキマチノ タヨリニキケバ カタラレテ ヰルトフワガナ ウツクシカラム

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号(通巻84号) p.19


07565
一夏に荒らせし庭とめぐりつつ野芥子の穂わた吹けば飛びかふ
ヒトナツニ アラセシニワト メグリツツ ノゲシノホワタ フケバトビカフ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号(通巻84号) p.19


07566
気折れせし夜々に思へば念力のごときを持ちて生終へし母
キオレセシ ヨヨニオモヘバ ネンリキノ ゴトキヲモチテ ショウオヘシハハ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号 p.19


07567
遺されし香嚢の香のうすれゆき如何に漂ふ未来を思ふ
ノコサレシ コウノウノカノ ウスレユキ イカニタダヨフ ミライヲオモフ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号 p.20


07568
反応を示すことなく聴き終へて立場互角となりし時の間
ハンノウヲ シメスコトナク キキオヘテ タチバゴカクト ナリシトキノマ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号 p.20


07569
マヨネーズ搾り出しゐて寂しきに展性のごときをみづからは持つ
マヨネーズ シボリダシヰテ サビシキニ テンセイノゴトキヲ ミヅカラハモツ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号 p.20


07570
呼び捨てにわが名言ひゐつと聴きしのみ帰り来て若布の砂落としゐる
ヨビステニ ワガナイヰツト キキシノミ カエリキテワカメノ スナオトシヰル

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号 p.20


07571
這いあがり来しわれを突き落とせしもわれにて夢の醒めぎはの声
ハイアガリ コシワレヲツキ オトセシモ ワレニテユメノ サメギハノコエ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号 p.20


07572
草むらにサンダルの片方探しつつ探さむものはまだほかにある
クサムラニ サンダルノカタホウ サガシツツ サガサムモノハ マダホカニアル

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号 p.20


07573
蝕甚のまま昇り来む月待てばわがなす故意のなべて危ふし
ショクジンノ ママノボリコム ツキマテバ ワガナスコイノ ナベテアヤフシ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号 p.20


07574
自在なるさまに伸びゐて百日紅の古りし木が持つ花咲かぬ枝
ジザイナル サマニノビヰテ サルスベリノ フリシキガモツ ハナサカヌエダ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号 p.21


07575
野の起伏川の名などもはるけきに燦爛と過ぎし一夏ありき
ノノキフク カワノナナドモ ハルケキニ サンラントスギシ ヒトナツアリキ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号 p.21


07576
流木は端より水に漬かりゆき仮泊の船の灯の色乱る
リュウボクハ ハジヨリミズニ ツカリユキ カハクノフネノ ヒノイロミダル

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号 p.21


07577
温覚を失ひゆくと思ふまで待ちて如何なる夜の海を見む
オンカクヲ ウシナヒユクト オモフマデ マチテイカナル ヨノウミヲミム

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号 p.21


07578
拝物の徒ともなり得ぬいらだちに木の芯を持てる護符贈りにき
ハイブツノ トトモナリエヌ イラダチニ キノシンヲモテル ゴフオクリニキ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号 p.21


07579
遠き日の打ち身のあとの疼くごと抜かれし陰画のゆくへも寂し
トオキヒノ ウチミノアトノ ウヅクゴト ヌカレシネガノ ユクヘモサビシ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号 p.21


07580
月桂樹の葉を入れてシチユー煮込むとも償ひがたき訃を知りしあと
ローリエノ ハヲイレテシチユー ニコムトモ ツグナヒガタキ フヲシリシアト

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号 p.21


07581
換算し合へる会話をうとみつつ心富めりといふにもあらず
カンサンシ アヘルカイワヲ ウトミツツ ココロトメリト イフニモアラズ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号 p.20


07582
フレームを造る計画持ちあへば来たらむ冬に幸待つごとし
フレームヲ ツクルケイカク モチアヘバ キタラムフユニ サチマツゴトシ

『短歌』(角川書店 1960.12) 第7巻12号 p.21