目次
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全短歌(歌集等)
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短歌
雨季のうた
竹伐りが
枯れ枝を
吸殻を
草むらに
最後の
執拗に
濡れ髪の
蔓薔薇の
裏返しの
荷台より
葉の折れし
いつのまに
尖端に
煽られし
夢に得て
姿見に
丈長く
一枚の
風鈴の
底ひより
雨のあと
鉄骨の
背伸びして
長雨の
枕木の
燭の火を
暖国を
行き暮れて
傘二つ
遠景に
07583
竹伐りが去りゆきしあとの藪乱れ沼にさしゐるながき夕映え
タケキリガ サリユキシアトノ ヤブミダレ ヌマニサシヰル ナガキユウバエ
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.14
07584
枯れ枝を踏みたる音にたじろげば林はいつか風やみてゐる
カレエダヲ フミタルオトニ タジロゲバ ハヤシハイツカ カゼヤミテヰル
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.14
07585
吸殻を沼に投げ捨て立ちゆけり何決意せし人にかあらむ
スイガラヲ ヌマニナゲステ タチユケリ ナニケツイセシ ヒトニカアラム
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.14
07586
草むらに柵崩え残りまぼろしの胴輝ける馬歩み来る
クサムラニ サククエノコリ マボロシノ ドウカガヤケル ウマアユミクル
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.15
07587
最後のマツチを擦りて確めしおもかげなりき去りてはろけし
サイゴノ マツチヲスリテ タシカメシ オモカゲナリキ サリテハロケシ
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.15
07588
執拗に突堤の灯を砕きゐし波に次第に溶けつつ眠る
ツシヨウニ トッテイノヒヲ クダキヰシ ナミニシダイニ トケツツネムル
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.15
07589
濡れ髪のままの眠りをぬけ出でて藻魚の雌は岩間さまよふ
ヌレカミノ ママノネムリヲ ヌケイデテ モイヲノメスハ イワマサマヨフ
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.15
07590
蔓薔薇の咲きては褪せてゆく日々に太き土管は掘りあげられつ
ツルバラノ サキテハアセテ ユクヒビニ フトキドカンハ ホリアゲラレツ
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.15
07591
裏返しのわれを見たしと言ひしとふ仕事の虫とも言ひゐしといふ
ウラガエシノ ワレヲミタシト イヒシトフ シゴトノムシトモ イヒヰシトイフ
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.15
07592
荷台より素足垂らして児が乗れりきしみつつゆく野の牛車
ニダイヨリ スアシタラシテ コガノレリ キシミツツユク ノノウシグルマ
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.15
07593
葉の折れし葱買ひ持てばすべなきに橋の下まで霧あふれゐる
ハノオレシ ネギカヒモテバ スベナキニ ハシノシタマデ キリアフレヰル
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.15
07594
いつのまに杉菜長けゐる水のほとりわが沈めたる斧も還るや
イツノマニ スギナタケヰル ミズノホトリ ワガシズメタル オノモカエルヤ
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.15
07595
尖端に吊るされてゐし記憶にて耳を離れぬ点滴の音
センタンニ ツルサレテヰシ キオクニテ ミミヲハナレヌ テンテキノオト
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.16
07596
煽られし楽譜を拾ふ時の間にドビユッシーもわれは逃がしてしまふ
アオラレシ ガクフヲヒロフ トキノマニ ドビユッシーモワレハ ニガシテシマフ
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.16
07597
夢に得て必死に握りゐしは何ばらばらに指を解きほぐしたり
ユメニエテ ヒッシニニギリ ヰシハナニ バラバラニユビヲ トキホグシタリ
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.16
07598
姿見に脱ぎし手袋映りゐて囀り倦まぬインコと思ふ
スガタミニ ヌギシテブクロ ウツリヰテ サエズリウマヌ インコトオモフ
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.16
07599
丈長く切り来し菖蒲手向けつつ人に知られぬゆかりも過ぎぬ
タケナガク キリコシアヤメ タムケツツ ヒトニシラレヌ ユカリモスギヌ
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.16
07600
一枚のてのひらをもて蔽はむに溢れて思ふことも少なし
イチマイノ テノヒラヲモテ オオハムニ アフレテオモフ コトモスクナシ
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.16
07601
風鈴の舌ひるがへり音絶ゆる束の間ありて風の過ぎゆく
フウリンノ シタヒルガヘリ オトタユル ツカノマアリテ カゼノスギユク
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.16
07602
底ひより蘇へる鐘の声を待ち夜々に弾く沈める寺のバラード
ソコヒヨリ ヨミガヘルカネノ コエヲマチ ヨヨニヒクシズメル テラノバラード
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.16
07603
雨のあと靄流れつつ地の上は切り株殖えてゆくばかりなり
アメノアト モヤナガレツツ チノウエハ キリカブフエテ ユクバカリナリ
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.16
07604
鉄骨の階ひびきあふ踊り場に海見しごときくるめきに会ふ
テッコツノ カイヒビキアフ オドリバニ ウミミシゴトキ クルメキニアフ
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.17
07605
背伸びして妹の薔薇を覗くさまガラス透かして遠景に似つ
セノビシテ イモウトノバラヲ ノゾクサマ ガラススカシテ エンケイニニツ
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.17
07606
長雨の水を溜めゐむ壕の跡ほろびし墳の木々青みたり
ナガアメノ ミズヲタメヰム ホリノアト ホロビシツカノ キギアオミタリ
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.17
07607
枕木の間隔を読むごとく来て蛇を剥きゐる少年に会ふ
マクラギノ カンカクヲヨム ゴトクキテ ヘビヲムキヰル ショウネンニアフ
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.17
07608
燭の火を消したるあとに蠟匂ふ言ひそびれたる言葉のごとく
ショクノヒヲ ケシタルアトニ ロウニオフ イヒソビレタル コトバノゴトク
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.17
07609
暖国を恋ひゐし日々のよみがへり拇指立てて剥くザボンが匂ふ
ダンコクヲ コイヰシヒビノ ヨミガヘリ オヤユビタテテ ムクザボンガニオフ
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.17
07610
行き暮れて樹氷の森に明かしたる一夜眠らぬために歌ひき
ユキクレシ ジュヒョウノモリニ アカシタル ヒトヨネムラヌ タメニウタヒキ
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.17
07611
傘二つひろげて待てば妹はピアノに鍵をかけて出で来ぬ
カサフタツ ヒロゲテマテバ イモウトハ ピアノニカギヲ カケテイデキヌ
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.17
07612
遠景に触角のごときクレーン見え崩れし石の坂下りゆく
エンケイニ ショッカクノゴトキ クレーンミエ クズレシイシノ サカクダリユク
『短歌』(角川書店 1963.7) 第10巻7号 p.17