雲多き日々


07691
咲き残るひなげしの白地のひびき空のひびきにさとき花びら
サキノコル ヒナゲシノシロ チノヒビキ ソラノヒビキニ サトキハナビラ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.54


07692
もの縫ひて二階にあればさまざまの地上の音のわれに集まる
モノヌヒテ ニカイニアレバ サマザマノ チジョウノオトノ ワレニアツマル

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.54


07693
みづからの手では滅ぶなといふ言葉思ひ出づるはいかなる時か
ミヅカラノ テデハホロブナト イフコトバ オモヒイヅルハ イカナルトキカ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.54


07694
昼のサイレン聞こえてゐしが野を遠く積み木の如き貨車流れゆく
ヒルノサイレン キコエテヰシガ ノヲトオク ツミキノゴトキ カシャナガレユク

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.54


07695
少年の義足のあとを歩みつつ曲り角までしばらく間あり
ショウネンノ ギソクノアトヲ アユミツツ マガリカドマデ シバラクマアリ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.55


07696
夕焼がまぶしグアムに果てむとし何の光りを最後に見しや
ユウヤケガ マブシグアムニ ハテムトシ ナンノヒカリヲ サイゴニミシヤ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.55


07697
思ひ来しことの途切れて黒んぼのマヌカンが立つ店先を過ぐ
オモヒコシ コトノトギレテ クロンボノ マヌカンガタツ ミセサキヲスグ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.55


07698
曇り日にかぎろひわたる丘の上白き穂わたのひとところ舞ふ
クモリビニ カギロヒワタル オカノウエ シロキホワタノ ヒトトコロマフ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.55


07699
ふり向けばいつの間に来て草むらに音もなくゐるシャガールの牛
フリムケバ イツノマニキテ クサムラニ オトモナクヰル シャガールノウシ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.55


07700
竹垣の内外となく向きむきに土に散らばる椿の花は
タケガキノ ウチソトトナク ムキムキニ ツチニチラバル ツバキノハナハ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.55


07701
ひとすぢの光りの縄のわれを巻きまたゆるやかに戻りてゆけり
ヒトスヂノ ヒカリノナワノ ワレヲマキ マタユルヤカニ モドリテユケリ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.55


07702
いづくにかまだ母はゐてわがために粽の葉など摘めるならずや
イヅクニカ マダハハハヰテ ワガタメニ チマキノハナド ツメルナラズヤ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.55


07703
もとのわれに戻りて歩む夜の道吹かれゐるものみな音を立つ
モトノワレニ モドリテアユム ヨルノミチ フカレヰルモノ ミナオトヲタツ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.55


07704
帰り来てもの言ふとせぬわれを措き光るまでタイルを磨く妹
カエリキテ モノイフトセヌ ワレヲオキ ヒカルマデタイルヲ ミガクイモウト

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.56


07705
腕などを失ひて還る兵はゐずやジェット機も銀河も曇りに見えず
ウデナドヲ ウシナヒテカエル ヘイハヰズヤ ジェットキモギンガモ クモリニミエズ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.56


07706
夜の運河は水ふくれゐき吊り革に触れ来たる手をいつまで洗ふ
ヨルノウンガハ ミズフクレヰキ ツリカワニ フレキタルテヲ イツマデアラフ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.56


07707
泥のごとき雲ばかり見てゐし夢の醒めつつ風の音がひろがる
ドロノゴトキ クモバカリミテ ヰシユメノ サメツツカゼノ オトガヒロガル

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.56


07708
青柿を拾へば土の冷え持てり何に朝より寂しきわれか
アオガキヲ ヒロヘバツチノ ヒエモテリ ナニニアサヨリ サビシキワレカ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.56


07709
よく廻るかざぐるま持つ幼な子を木蔭にしばし置きて語らふ
ヨクマワル カザグルマモツ オサナゴヲ コカゲニシバシ オキテカタラフ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.56


07710
駆けこみて来し人の息しづまらぬままトンネルに入りゆく電車
カケコミテ コシヒトノイキ シヅマラヌ ママトンネルニ ハイリユクデンシャ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.56


07711
ためらひて贈らむと決めし箱の上淡き影なすリボンを結ぶ
タメラヒテ オクラムトキメシ ハコノウエ アワキカゲナス リボンヲムスブ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.56


07712
褐色の闘魚といふを飼ふ人のひとりいかなるたのしみを持つ
カッショクノ トウギョトイフヲ カフヒトノ ヒトリイカナル タノシミヲモツ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.56


07713
夜々来鳴く水鶏と知りて用水に近き住まひも一年を経ぬ
ヨヨキナク クヒナトシリテ ヨウスイニ チカキスマヒモ イチネンヲヘヌ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.57


07714
ややありて筆談に移るさま見つつ人を待つ間の次第に長し
ヤヤアリテ ヒツダンニウツル サマミツツ ヒトヲマツマノ シダイニナガシ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.57


07715
稀薄なる思ひにゐしが黒き傘不意にすぼめて人の入り来る
キハクナル オモヒニヰシガ クロキカサ フイニスボメテ ヒトノイリクル

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.57


07716
橋の上を風過ぎむとし青鳩の逃ぐる構へを見せてとどまる
ハシノウエヲ カゼスギムトシ アオバトノ ニグルカマヘヲ ミセテトドマル

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.57


07717
雲多き日々となりつつ黄の花粉こぼして終るマーガレットも
クモオオキ ヒビトナリツツ キノカフン コボシテオワル マーガレットモ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻9号 p.57


07718
ヴェロ二カの手巾の意味も知らず来てたたむガーゼの手にやはらかし
ヴェロニカノ シュキンノイミモ シラズキテ タタムガーゼノ テニヤハラカシ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.57


07719
いづくまで行きしや月の夜の更けをつゆけき犬となりて戻り来
イヅクマデ ユキシヤツキノ ヨノフケヲ ツユケキイヌト ナリテモドリク

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.57


07720
河口近き鉄橋を渡る夜汽車見ゆ垂れし双手のさびしき時に
カコウチカキ テッキョウヲワタル ヨギシャミユ タレシモロテノ サビシキトキニ

『短歌』(角川書店 1969.8) 第16巻8号 p.57