木などになれず


07746
押しつけて机の上に置くときに見知らぬ枝のやうなわが手よ
オシツケテ ツクエノウエニ オクトキニ ミシラヌエダノ ヤウナワガテヨ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.42


07747
みどり児のゆびさす方に何もあらずまぶしく空のひろがる日なり
ミドリゴノ ユビサスカタニ ナニモアラズ マブシクソラノ ヒロガルヒナリ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.42


07748
人はみな円筒形をなして立つ赤信号に堰かれゐるとき
ヒトハミナ エントウケイヲ ナシテタツ アカシンゴウニ セカレヰルトキ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.42


07749
決して目を閉ぢてはならず線描のマーガレットは萎れてしまふ
ケッシテメヲ トヂテハナラズ センガキノ マーガレットハ シヲレテシマフ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.42


07750
足もとに降り積む雪を見てをれどさびしくてわれは木などになれず
アシモトニ フリツムユキヲ ミテヲレド サビシクテワレハ キナドニナレズ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.43


07751
書きさしの等高線がとぎれゐてこの崖を墜ちし君かと思ふ
カキサシノ トウコウセンガ トギレヰテ コノガケヲオチシ キミカトオモフ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.43


07752
窓ぎはのひひらぎ咲きてわが思ひ外へ外へと向ふ日のあり
マドギハノ ヒヒラギサキテ ワガオモヒ ソトヘソトヘト ムカフヒノアリ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.43


07753
約束の時を過ぎつつわがバスはタンクローリーとふたたび並ぶ
ヤクソクノ トキヲスギツツ ワガバスハ タンクローリート フタタビナラブ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.43


07754
いきなり目隠しされてサラセンの駱駝か何かに奪ひ去られよ
イキナリ メカクシサレテ サラセンノ ラクダカナニカニ ウバヒサラレヨ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.43


07755
フラメンコの衣裳の裾に鈴をつけどこまで運ばれゆきたるわれか
フラメンコノ イショウノスソニ スズヲツケ ドコマデハコバレ ユキタルワレカ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.43


07756
住む町のふるさとよりも遠き日かひとりひとりの歩幅が違ふ
スムマチノ フルサトヨリモ トオキヒカ ヒトリヒトリノ ホハバガチガフ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.43


07757
われに気づき右手あげたる妹に黒の手袋させゐてさびし
ワレニキヅキ ミギテアゲタル イモウトニ クロノテブクロ サセヰテサビシ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.44


07758
クレーンに吊りあげられし鉄材がどこかで地上のわれと釣り合ふ
クレーンニ ツリアゲラレシ テツザイガ ドコカデチジョウノ ワレトツリアフ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.44


07759
雪の野に残る枯れ木はむらさきの影を短く置きてしづまる
ユキノノニ ノコルカレキハ ムラサキノ カゲヲミジカク オキテシヅマル

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.44


07760
死にたるはいつまでも若くキャンバスをかかへて来るに幾たびか会ふ
シニタルハ イツマデモワカク キャンバスヲ カカヘテクルニ イクタビカアフ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.44


07761
真みどりのクレパスをもてぎざぎざの葉を逞しくたんぽぽは描け
マミドリノ クレパスヲモテ ギザギザノ ハヲタクマシク タンポポハカケ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.44


07762
夜の更けに蛇口を洩るる水の音昨日の音のやうにも思ふ
ヨノフケニ ジャグチヲモルル ミズノオト キノウノオトノ ヤウニモオモフ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.44


07763
夢に見てながく忘れず蛹から出てゆくときのかの恐ろしさ
ユメニミテ ナガクワスレズ サナギカラ デテユクトキノ カノオソロシサ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.44


07764
対岸の森のこころに重き日よそらしてもそらしても焦点が合ふ
タイガンノ モリノココロニ オモキヒヨ ソラシテモソラシテモ ショウテンガアフ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.45


07765
何気なく顔の前にて擦るマッチ鋭き燃えをなすことのあり
ナニゲナク カオノマエニテ スルマッチ スルドキモエヲ ナスコトノアリ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.45


07766
暗き網におほわれしやうな道を来て夜は樹木の匂ひがはげし
クラキアミニ オホワレシヤウナ ミチヲキテ ヨルハジュモクノ ニオヒガハゲシ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.45


07767
アメーバのやうな一枚花びらの花の無数が夜空に開く
アメーバノ ヤウナイチマイ ハナビラノ ハナノムスウガ ヨゾラニヒラク

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.45


07768
人間一人の骨の嵩ふと思ひたり落ちてしづまる棕櫚の葉の雪
ニンゲンヒトリノ ホネノカサフト オモヒタリ オチテシヅマル シュロノハノユキ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.45


07769
知らざれば禍ならず吊り革にすがる手ばかり見えて立ちゐつ
シラザレバ ワザハヒナラズ ツリカワニ スガルテバカリ ミエテタチヰツ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.45


07770
バス降りし人ら夜霧のなかを去る一人一人に切りはなされて
バスオリシ ヒトラヨギリノ ナカヲサル ヒトリヒトリニ キリハナサレテ

『短歌』(角川書店 1972.4) 第19巻4号 p.45