くつがへらねば


07780
よこしまのことを思へるときのまのありて立ちゆく湯の沸く音に
ヨコシマノ コトヲオモヘル トキノマノ アリテタチユク ユノワクオトニ

『短歌』(角川書店 1974.5) 第21巻5号 p.162


07781
堪へかねて手を放しなばばらばらにほどけて落ちてゆくわれならむ
タヘカネテ テヲハナシナバ バラバラニ ホドケテオチテ ユクワレナラム

『短歌』(角川書店 1974.5) 第21巻5号 p.162


07782
思ひ切り押されしドアの荒ぶ見て出で行ける人をわれは見ざりき
オモヒキリ オサレシドアノ スサブミテ イデユケルヒトヲ ワレハミザリキ

『短歌』(角川書店 1974.5) 第21巻5号 p.162


07783
黒板へ字を書く音と分るまでにしばし間のあり裏側にゐて
コクバンヘ ジヲカクオトト ワカルマデニ シバシマノアリ ウラガワニヰテ

『短歌』(角川書店 1974.5) 第21巻5号 p.162


07784
ときながく洗車の音のしてゐしが雨のひびきとなりつつ暗む
トキナガク センシャノオトノ シテヰシガ アメノヒビキト ナリツツクラム

『短歌』(角川書店 1974.5) 第21巻5号 p.162


07785
氷片をグラスに鳴らしゐて思ふ立ち去らむには体力も要る
ヒョウヘンヲ グラスニナラシ ヰテオモフ タチサラムニハ タイリョクモイル

『短歌』(角川書店 1974.5) 第21巻5号 p.163


07786
あきらめて刃入れたるオレンヂの果肉は赤し思へるよりも
アキラメテ ヤイバイレタル オレンヂノ カニクハアカシ オモヘルヨリモ

『短歌』(角川書店 1974.5) 第21巻5号 p.163


07787
隣の席の人のしてゐし耳飾り乗り換へてまだ意識を去らぬ
トナリノセキノ ヒトノシテヰシ ミミカザリ ノリカヘテマダ イシキヲサラヌ

『短歌』(角川書店 1974.5) 第21巻5号 p.163


07788
旅びとのやうには見えぬわれならむ道を問はるる朝にゆふべに
タビビトノ ヤウニハミエヌ ワレナラム ミチヲトハルル アサニユフベニ

『短歌』(角川書店 1974.5) 第21巻5号 p.162


07789
思うさまくつがへらねば越えられず闇の遠くに耳二つ置く
オモウサマ クツガヘラネバ コエラレズ ヤミノトオクニ ミミフタツオク

『短歌』(角川書店 1974.5) 第21巻5号 p.163


07790
牝牛ともわれともつかず黄の色を塗られてゆけり大き蹄に
メウシトモ ワレトモツカズ キノイロヲ ヌラレテユケリ オオキヒヅメニ

『短歌』(角川書店 1974.5) 第21巻5号 p.163


07791
いづこにて焼かれむわれか金冠の小さき一つ奥歯に持ちて
イヅコニテ ヤカレムワレカ キンカンノ チイサキヒトツ オクバニモチテ

『短歌』(角川書店 1974.5) 第21巻5号 p.163