せばめられゆく


07852
幾夜さか野分きの風の吹き荒れて椅の房も小さくなりぬ
イクヨサカ ノワキノカゼノ フキアレテ イイギリノフサモ チイサクナリヌ

『短歌』(角川書店 1975.1) 第22巻1号 p.158


07853
匿まふはこころ一つよ薔薇の木をたわめてかかりゐし梯子あり
カクマフハ ココロヒトツヨ バラノキヲ タワメテカカリ ヰシハシゴアリ

『短歌』(角川書店 1975.1) 第22巻1号 p.158


07854
払ひ切れぬ被害者意識逆光となりて黄を増す欅の梢は
ハラヒキレヌ ヒガイシャイシキ ギャッコウト ナリテキヲマス ケヤキノウレハ

『短歌』(角川書店 1975.1) 第22巻1号 p.158


07855
方角の分き難きまで曇り来ぬいま斥力のごときが欲しき
ホウガクノ ワキガタキマデ クモリキヌ イマセキリョクノ ゴトキガホシキ

『短歌』(角川書店 1975.1) 第22巻1号 p.158


07856
バス降りて家までの距離歩みつつ持ち敢へぬ荷の如しこころは
バスオリテ イエマデノキョリ アユミツツ モチアヘヌニノ ゴトシココロハ

『短歌』(角川書店 1975.1) 第22巻1号 p.158


07857
文字一つ確かめむのみに帰り来し家かと思ふ辞書を繰りつつ
モジヒトツ タシカメムノミニ カエリコシ イエカトオモフ ジショヲクリツツ

『短歌』(角川書店 1975.1) 第22巻1号 p.158


07858
海藻の褐色の束ほどきゐてせばめられゆく砂の音にも
カイソウノ カッショクノタバ ホドキヰテ セバメラレユク スナノオトニモ

『短歌』(角川書店 1975.1) 第22巻1号 p.159


07859
終の日の予感のごとしさかのぼりかぼそく光る水を思ふは
ツヒノヒノ ヨカンノゴトシ サカノボリ カボソクヒカル ミズヲオモフハ

『短歌』(角川書店 1975.1) 第22巻1号 p.159


07860
ドライヤーに吹かれてをればいづこなる縁より砂のこぼれてやまず
ドライヤーニ フカレテヲレバ イヅコナル フチヨリスナノ コボレテヤマズ

『短歌』(角川書店 1975.1) 第22巻1号 p.159


07861
踏み台を蹴るは最後の勇気とぞ意識の底に何か瞠く
フミダイヲ ケルハサイゴノ ユウキトゾ イシキノソコニ ナニカミヒラク

『短歌』(角川書店 1975.1) 第22巻1号 p.159


07862
うなだれてゐては飛び得ず時ありて洞穴のやうに深くなる空
ウナダレテ ヰテハトビエズ トキアリテ ホラアナノヤウニ フカクナルソラ

『短歌』(角川書店 1975.1) 第22巻1号 p.159


07863
風花と仰ぐに間なく降り出でて雪となりつつもう止められぬ
カザハナト アオグニマナク フリイデテ ユキトナリツツ モウトメラレヌ

『短歌』(角川書店 1975.1) 第22巻1号 p.159


07864
死者あまた置きて砦を出づる夜に闇を怖れぬ一騎のあれよ
シシャアマタ オキテトリデヲ イヅルヨニ ヤミヲオソレヌ イッキノアレヨ

『短歌』(角川書店 1975.1) 第22巻1号 p.159