オーロラの布


07910
仮面つけて大胆になるにもあらず降りしまく雪は白の闇なす
カメンツケテ ダイタンニナル ニモアラズ フリシマクユキハ シロノヤミナス

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.86


07911
かかる夜のかつてもありき額に降る雪は涙のごとく垂りにき
カカルヨノ カツテモアリキ ヌカニフル ユキハナミダノ ゴトクタリニキ

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.86


07912
片方の耳環落として帰り来ぬ耳も落として帰る夜あらむ
カタホウノ ミミワオトシテ カエリキヌ ミミモオトシテ カエルヨアラム

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.87


07913
日中の電車に行けば駅の名のなべてやさしきひらがなの文字
ニッチュウノ デンシャニユケバ エキノナノ ナベテヤサシキ ヒラガナノモジ

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.87


07914
身の内にとぢこめておく何ならむ黒のコートを分厚くまとふ
ミノウチニ トヂコメテオク ナニナラム クロノコートヲ ブアツクマトフ

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.87


07915
前歯もて手袋を脱ぎししぐさなど思はれて恋ほし雪の降る日は
マエバモテ テブクロヲヌギシ シグサナド オモハレテコホシ ユキノフルヒハ

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.87


07916
喉の奥を覗き見られてゐし間何も見ざりしわれと気づきぬ
ノドノオクヲ ノゾキミラレテ ヰシアイダ ナニモミザリシ ワレトキヅキヌ

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.87


07917
機械にてなし得ぬ部分補ふが技術者と言へり白衣に立ちて
キカイニテ ナシエヌブブン オギナフガ ギジュツシャトイヘリ シユルツエニタチテ

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.87


07918
血統といへるはわれも継ぐらむか働きすぎて若く死ににき
ケットウト イヘルハワレモ ツグラムカ ハタラキスギテ ワカクシニニキ

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.88


07919
痩するなと言ひ呉るるなり身痩するは魂痩することの如くに
ヤスルナト イヒクルルナリ ミヤスルハ タマシイヤスル コトノゴトクニ

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.88


07920
オクターブ下げて物言ふわが声に気づきぬ午後となりしゆとりに
オクターブ サゲテモノイフ ワガコエニ キヅキヌゴゴト ナリシユトリニ

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.88


07921
動作から心を測るわが習ひわれを狭めてゐることも知る
ドウサカラ ココロヲハカル ワガナラヒ ワレヲセバメテ ヰルコトモシル

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.88


07922
降りて来て踊り場の鏡に映りたる足のかたちのけものめく日よ
オリテキテ オドリバノカガミニ ウツリタル アシノカタチノ ケモノメクヒヨ

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.88


07923
風のやうにつねにありたき願ひなど願ひのうちに入らぬならむ
カゼノヤウニ ツネニアリタキ ネガヒナド ネガヒノウチニ ハイラヌナラム

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.88


07924
思ひゐしことを阻みて感光のうすきコピイが配られはじむ
オモヒヰシ コトヲハバミテ カンコウノ ウスキコピイガ クバラレハジム

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.89


07925
橋の上に少女のゐしがブラインドのおろされしあといづく行きけむ
ハシノウエニ ショウジョノヰシガ ブラインドノ オロサレシアト イヅクユキケム

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.89


07926
肉体の痛むかと思ふまで胸の痛む夜のあり職場のことに
ニクタイノ イタムカトオモフ マデムネノ イタムヨノアリ ショクバノコトニ

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.89


07927
死魚の浮く湾ありといふわが眠る畳の上といくばくの距離
シギョノウク ワンアリトイフ ワガネムル タタミノウエト イクバクノキョリ

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.89


07928
眠られぬ夜々のあとまた生きてゐるのみに足らむと思ふ日つづく
ネムラレヌ ヨヨノアトマタ イキテヰル ノミニタラムト オモフヒツヅク

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.89


07929
夜の空を鳴きて渡るはひもじきか水をとめたる厨にきこゆ
ヨノソラヲ ナキテワタルハ ヒモジキカ ミズヲトメタル クリヤニキコユ

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.89


07930
スプーンなどの不意におもたく指先の熱にアルミの箔を曇らす
スプーンナドノ フイニオモタク ユビサキノ ネツニアルミノ ハクヲクモラス

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.90


07931
四十年も前に見しのみふるさとの石割り桜咲けりと伝ふ
シジュウネンモ マエニミシノミ フルサトノ イシワリザクラ サケリトツタフ

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.90


07932
匿まひたき一つ二つたれも持つならむ夜の桜を見むと連れだつ
カクマヒタキ ヒトツフタツタレモ モツナラム ヨルノサクラヲ ミムトツレダツ

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.90


07933
たれもゐぬわが家ながらさゐさゐと机上さわだち待つ仕事あり
タレモヰヌ ワガヤナガラ サヰサヰト キジョウサワダチ マツシゴトアリ

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.90


07934
百合の花のみなひらきゐて空間をせばめられたる思ひに坐る
ユリノハナノ ミナヒラキヰテ クウカンヲ セバメラレタル オモヒニスワル

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.90


07935
ハイウエイに出でて日の差すバスの床少年らサイズの大き靴履く
ハイウエイニ イデテヒノサス バスノユカ ショウネンラサイズノ オオキクツハク

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.90


07936
甲子園も雨といへり雨にこもりゐて縫ひさしのコート縫ふにもあらず
コウシエンモ アメトイヘリアメニ コモリヰテ ヌヒサシノコート ヌフニモアラズ

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.91


07937
人の口のかたちなど見えてゐたりしが電話を切ればまた雨の音
ヒトノクチノ カタチナドミエテ ヰタリシガ デンワヲキレバ マタアメノオト

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.91


07938
藤の花の咲ける明りと気づくまで無体に歩み来て立ちどまる
フジノハナノ サケルアカリト キヅクマデ ムタイニアユミ キテタチドマル

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.91


07939
わがために織るとし聞けばいまだ見ぬオーロラのごとし一枚の布
ワガタメニ オルトシキケバ イマダミヌ オーロラノゴトシ イチマイノヌノ

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.91


07940
スプレイに夏の香水詰めてゐて幾年も見ぬ海がひろがる
スプレイニ ナツノコウスイ ツメテヰテ イクトシモミヌ ウミガヒロガル

『短歌』(角川書店 1977.6) 第24巻6号 p.91