一匙の塩


07941
ガラス戸の外は夕映えさかさまにとまれる鳥のふと安定す
ガラスドノ ソトハユウバエ サカサマニ トマレルトリノ フトアンテイス

『短歌』(角川書店 1978.1) 第25巻1号 p.90


07942
一人一人の児の挙ぐる声かたまりてこだまして騒音となるまでの距離
ヒトリヒトリノ コノアグルコエ カタマリテ コダマシテソウオント ナルマデノキョリ

『短歌』(角川書店 1978.1) 第25巻1号 p.90


07943
海の近き町ゆゑ雲の美しき空ならむビルの上にひらけて
ウミノチカキ マチユヱクモノ ウツクシキ ソラナラムビルノ ウエニヒラケテ

『短歌』(角川書店 1978.1) 第25巻1号 p.90


07944
一面の穂すすきのなか身をくらますよろこびあらむ子らの声する
イチメンノ ホススキノナカ ミヲクラマス ヨロコビアラム コラノコエスル

『短歌』(角川書店 1978.1) 第25巻1号 p.90


07945
スフィンクスも見てゐむ雲と思ふまで砂丘の上の空の明るさ
スフィンクスモ ミテヰムクモト オモフマデ サキュウノウエノ ソラノアカルサ

『短歌』(角川書店 1978.1) 第25巻1号 p.90


07946
水を差すといふことのあり幼な子の持つ風車回りはじめぬ
ミズヲサス トイフコトノアリ オサナゴノ モツカザグルマ マワリハジメヌ

『短歌』(角川書店 1978.1) 第25巻1号 p.90


07947
暮れて来し海の上なる空は今ステンドグラスの青の色なす
クレテコシ ウミノウエナル ソラハイマ ステンドグラスノ アオノイロナス

『短歌』(角川書店 1978.1) 第25巻1号 p.90


07948
巻き尺の尾を胸に垂りて出でて来ついとけなき日に見たりし少女
マキジャクノ オヲムネニタリテ イデテキツ イトケナキヒニ ミタリシショウジョ

『短歌』(角川書店 1978.1) 第25巻1号 p.90


07949
理由などどのやうにもつくと思へるにつたなきことを人の言ひたり
リユウナド ドノヤウニモツクト オモヘルニ ツタナキコトヲ ヒトノイヒタリ

『短歌』(角川書店 1978.1) 第25巻1号 p.90


07950
喪の服を雨に濡らして帰り来ぬ水を吸ひたる絹のおもたさ
モノフクヲ アメニヌラシテ カエリキヌ ミズヲスヒタル キヌノオモタサ

『短歌』(角川書店 1978.1) 第25巻1号 p.91


07951
人さらひの妖婆などにならむ年齢を思へりマリオネットを見つつ
ヒトサラヒノ ヨウバナドニナラム ネンレイヲ オモヘリマリオ ネットヲミツツ

『短歌』(角川書店 1978.1) 第25巻1号 p.91


07952
帰りたる合図に鳴らすクラクションどの家と知らず夜毎に聞きて
カエリタル アイズニナラス クラクション ドノイエトシラズ ヨゴトニキキテ

『短歌』(角川書店 1978.1) 第25巻1号 p.91


07953
ふるさとは山深き町諭されて一匙の塩も大切にしき
フルサトハ ヤマフカキマチ サトサレテ ヒトサジノシオモ タイセツニシキ

『短歌』(角川書店 1978.1) 第25巻1号 p.91


07954
突き刺さる言葉なりしが鳥か魚の言ひたることとなして忘れむ
ツキササル コトバナリシガ トリカウオノ イヒタルコトト ナシテワスレム

『短歌』(角川書店 1978.1) 第25巻1号 p.91


07955
かき立てて日々いそしめば幕開きを待つ久しさに家の建ちゆく
カキタテテ ヒビイソシメバ マクアキヲ マツヒサシサニ イエノタチユク

『短歌』(角川書店 1978.1) 第25巻1号 p.91


07956
逆説ととられしのみに帰り来ぬ平易に言ふを人は好まず
ギャクセツト トラレシノミニ カエリキヌ ヘイイニイフヲ ヒトハコノマズ

『短歌』(角川書店 1978.1) 第25巻1号 p.91


07957
半ばにて必ず醒めてどの木にも登り詰めしといふことあらず
ナカバニテ カナラズサメテ ドノキニモ ノボリツメシト イフコトアラズ

『短歌』(角川書店 1978.1) 第25巻1号 p.91


07958
地下深く何祝ぎごとのあらむ日か花サフランの湧き出でて咲く
チカフカク ナニホギゴトノ アラムヒカ ハナサフランノ ワキイデテサク

『短歌』(角川書店 1978.1) 第25巻1号 p.91


07959
告げ得ざることの証しにただ白く月のかたちを塗り残したる
ツゲエザル コトノアカシニ タダシロク ツキノカタチヲ ヌリノコシタル

『短歌』(角川書店 1978.1) 第25巻1号 p.91