首の無い絵


08091
すきとほるガラス見をれば裏と表に分れしのちの遠き月日よ
スキトホル ガラスミヲレバ ウラトオモテニ ワカレシノチノ トオキツキヒヨ

『短歌』(角川書店 1979.5) 第26巻5号 p.98


08092
敵無くて味方のあらむ筈なけれ再びかかるきれぎれの虹
テキナクテ ミカタノアラム ハズナケレ フタタビカカル キレギレノニジ

『短歌』(角川書店 1979.5) 第26巻5号 p.98


08093
屋上にのぼりて何をなす人か三人をれば心騒がず
オクジョウニ ノボリテナニヲ ナスヒトカ サンニンヲレバ ココロサワガズ

『短歌』(角川書店 1979.5) 第26巻5号 p.98


08094
シャッターのあがる前よりわれの目にさだかに見えてゐたる壺あり
シャッターノ アガルマエヨリ ワレノメニ サダカニミエテ ヰタルツボアリ

『短歌』(角川書店 1979.5) 第26巻5号 p.99


08095
責められて正すべき身に何あらむ首の無い絵に人の集まる
セメラレテ タダスベキミニ ナニアラム クビノナイエニ ヒトノアツマル

『短歌』(角川書店 1979.5) 第26巻5号 p.99


08096
なしがたき旅を思へばゆるやかにくだる煉瓦の道など見え来
ナシガタキ タビヲオモヘバ ユルヤカニ クダルレンガノ ミチナドミエク

『短歌』(角川書店 1979.5) 第26巻5号 p.99


08097
知らぬまに免れ得たる罪あらむ棄つべき子さへ持たざりしかば
シラヌマニ マヌガレエタル ツミアラム スツベキコサヘ モタザリシカバ

『短歌』(角川書店 1979.5) 第26巻5号 p.99


08098
わが顔も仮面の一つ能面の部屋を思へばうす明りせる
ワガカオモ カメンノヒトツ ノウメンノ ヘヤヲオモヘバ ウスアカリセル

『短歌』(角川書店 1979.5) 第26巻5号 p.99


08099
人数の減りて夜勤に入らむとし書庫の暗さの気になりはじむ
ニンズウノ ヘリテヤキンニ イラムトシ ショコノクラサノ キニナリハジム

『短歌』(角川書店 1979.5) 第26巻5号 p.99


08100
力学の当然として倒れたる書架といへどもまた引き起こす
リキガクノ トウゼントシテ タオレタル ショカトイヘドモ マタヒキオコス

『短歌』(角川書店 1979.5) 第26巻5号 p.100


08101
なさざりし見ざりし咎は深からむなしたる罪の多く問はるる
ナサザリシ ミザリシトガハ フカカラム ナシタルツミノ オオクトハルル

『短歌』(角川書店 1979.5) 第26巻5号 p.100


08102
起き出でて一時間がほどのたゆたひにゆだぬることも休みの日ゆゑ
オキイデテ イチジカンガホドノ タユタヒニ ユダヌルコトモ ヤスミノヒユヱ

『短歌』(角川書店 1979.5) 第26巻5号 p.100


08103
けはいなく咲く水中花着色の黄いろのままのはなびらを解く
ケハイナク サクスイチュウカ チャクショクノ キイロノママノ ハナビラヲトク

『短歌』(角川書店 1979.5) 第26巻5号 p.100


08104
仏頭の眉さながらに描きつつ内なる修羅のうとましき日よ
ブットウノ マユサナガラニ エガキツツ ウチナルシュラノ ウトマシキヒヨ

『短歌』(角川書店 1979.5) 第26巻5号 p.100


08105
水のほとりに出づる理由など明かされて狐火もいつか見られずなりぬ
ミズノホトリニ イヅルワケナド アカサレテ キツネビモイツカ ミラレズナリヌ

『短歌』(角川書店 1979.5) 第26巻5号 p.100


08106
救はれしことを負ひめにながらへて瀬音は耳を離れずといふ
スクハレシ コトヲオヒメニ ナガラヘテ セオトハミミヲ ハナレズトイフ

『短歌』(角川書店 1979.5) 第26巻5号 p.101


08107
堪へがたき思ひなりしが手袋をはめて凶器を持つにもあらず
タヘガタキ オモヒナリシガ テブクロヲ ハメテキョウキヲ モツニモアラズ

『短歌』(角川書店 1979.5) 第26巻5号 p.101


08108
石などを落とすごとくに思ひきり突き落としたき願ひと言はむ
イシナドヲ オトスゴトクニ オモヒキリ ツキオトシタキ ネガヒトイハム

『短歌』(角川書店 1979.5) 第26巻5号 p.101


08109
寝返るといふことのあり寝返らば別の世界の見え来るらむか
ネガエルト イフコトノアリ ネガエラバ ベツノセカイノ ミエクルラムカ

『短歌』(角川書店 1979.5) 第26巻5号 p.101


08110
方角のなき闇のなか昼間見し白梅ならむ花明りする
ホウガクノ ナキヤミノナカ ヒルマミシ シラウメナラム ハナアカリスル

『短歌』(角川書店 1979.5) 第26巻5号 p.101


08111
一本の木となりてあれゆさぶりて過ぎにしものを風と呼ぶべく
イッポンノ キトナリテアレ ユサブリテ スギニシモノヲ カゼトヨブベク

『短歌』(角川書店 1979.5) 第26巻5号 p.101