つひに紅薔薇


08246
水量のつねに戻りてしづかなる川のほとりのをもだかの花
スイリョウノ ツネニモドリテ シヅカナル カワノホトリノ ヲモダカノハナ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.162


08247
いづくまで行く魂か流木のかたちに流れつくことのあり
イヅクマデ ユクタマシイカ リュウボクノ カタチニナガレ ツクコトノアリ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.162


08248
芥ともあらずときをりひるがへり流るるもののふと反照す
アクタトモ アラズトキヲリ ヒルガヘリ ナガルルモノノ フトソリテラス

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.163


08249
浅き瀬に何のひそむやかすかなる水の濁りの見えて音無し
アサキセニ ナンノヒソムヤ カスカナル ミズノニゴリノ ミエテオトナシ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.163


08250
わだかまる藻のかたまりに波は来て力を試すさまに引き摺る
ワダカマル モノカタマリニ ナミハキテ チカラヲタメス サマニヒキズル

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.163


08251
呼ぶ声の水にひびかひ草むらにもう一人ゐて少年のこゑ
ヨブコエノ ミズニヒビカヒ クサムラニ モウヒトリヰテ ショウネンノコヱ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.163


08252
うづ高く積まれし落ち葉おのづから声吐くごとしどこか崩れて
ウヅタカク ツマレシオチバ オノヅカラ コエハクゴトシ ドコカクズレテ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.163


08253
乱るるはわれのこころと思ふまで収穫終へしキャベツの畑
ミダルルハ ワレノココロト オモフマデ シュウカクオヘシ キャベツノハタケ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.163


08254
倒れたる萩を起こしてゐる人に振り向かれつつ歩み来にけり
タオレタル ハギヲオコシテ ヰルヒトニ フリムカレツツ アユミキニケリ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.164


08255
会ひがたき人のみにして石仏の祠を示す道しるべ立つ
アヒガタキ ヒトノミニシテ セキブツノ ホコラヲシメス ミチシルベタツ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.164


08256
音の無き時間ながれて石蕗を離れし蝶のいづくへ帰る
オトノナキ ジカンナガレテ ツワブキヲ ハナレシチョウノ イヅクヘカエル

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.164


08257
はすかひに飛べるフリスビー帰り来て黄の鳥の如く草生に沈む
ハスカヒニ トベルフリスビー カエリキテ キノトリノゴトク クサフニシズム

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.164


08258
窓にさす陽をカーテンにやはらげて何か吊りあふ思ひにゐたり
マドニサス ヒヲカーテンニ ヤハラゲテ ナニカツリアフ オモヒニヰタリ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.164


08259
ガラス絵の薔薇の花びらすきとほる幾重かさねてつひに紅薔薇
ガラスエノ バラノハナビラ スキトホル イクエカサネテ ツヒニベニバラ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.164


08260
若き子を死なしめし人のおもむろに立ち直る日々を共に働く
ワカキコヲ シナシメシヒトノ オモムロニ タチナオルヒビヲ トモニハタラク

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.165


08261
トロイメライ久しく鳴らすこともなくオルゴール置く二階の部屋に
トロイメライ ヒサシクナラス コトモナク オルゴールオク ニカイノヘヤニ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.165


08262
戻り得ぬ家かと思ふ入院の車のバックミラーに見つつ
モドリエヌ イエカトオモフ ニュウインノ クルマノバック ミラーニミツツ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.165


08263
運ばれて来てなす朝餉体温よりやや温かし流動食は
ハコバレテ キテナスアサゲ タイオンヨリ ヤヤアタタカシ リュウドウショクハ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.165


08264
吸呑を濯ぎてをれば効用に合はせて作られしもののかたちよ
スイノミヲ ススギテヲレバ コウヨウニ アハセテツクラレシ モノノカタチヨ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.165


08265
病室にわれのみとなるときのあり滝なして降る暮れがたの雨
ビョウシツニ ワレノミトナル トキノアリ タキナシテフル クレガタノアメ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.165


08266
霧のなかに斜塔のごとき見えながら眠りゆきたり点滴のあと
キリノナカニ シャトウノゴトキ ミエナガラ ネムリユキタリ テンテキノアト

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.166


08267
緊急を告げて呼ばれし医師ならむ雑音のみの放送終る
キンキュウヲ ツゲテヨバレシ イシナラム ザツオンノミノ ホウソウオワル

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.166


08268
病室の片隅に置くハイヒール癒えて履く日のいつとも知れず
ビョウシツノ カタスミニオク ハイヒール イエテハクヒノ イツトモシレズ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.166


08269
忙しき職場なれども光差す場所のごとくに病みをれば恋ふ
イソガシキ ショクバナレドモ ヒカリサス バショノゴトクニ ヤミヲレバコフ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.166


08270
獄中のくらしも知らずたぐへつつ嵐の夜半をながく醒めゐる
ゴクチュウノ クラシモシラズ タグヘツツ アラシノヨワヲ ナガクサメヰル

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.166


08271
癒えて再びこの病院を出で得なば身を粉にしてなすことのあれ
イエテフタタビ コノビョウインヲ イデエナバ ミヲコニシテ ナスコトノアレ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.166


08272
みまかりて空きたる部屋に病む人の間なく入り来て点滴を受く
ミマカリテ アキタルヘヤニ ヤムヒトノ マナクイリキテ テンテキヲウク

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.167


08273
薔薇あまた挿せる病室持ちて来し小さき辞書は開くことなし
バラアマタ サセルビョウシツ モチテコシ チイサキジショハ ヒラクコトナシ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.167


08274
向う側は小児病棟子どもらのつむり幾つも並ぶことあり
ムコウガワハ ショウニビョウトウ コドモラノ ツムリイクツモ ナラブコトアリ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.167


08275
十日ばかりを苦しみてわれの去りゆくに命のきはを病む人多き
トオカバカリヲ クルシミテワレノ サリユクニ イノチノキハヲ ヤムヒトオオキ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.167


08276
あやつりの糸のもつれて立ち得ぬと病みつつ見たる夢のきれぎれ
アヤツリノ イトノモツレテ タチエヌト ヤミツツミタル ユメノキレギレ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.167


08277
トランプの占なひをして夜にをれば隣の部屋はくらやみの箱
トランプノ ウラナヒヲシテ ヨニヲレバ トナリノヘヤハ クラヤミノハコ

『短歌』(角川書店 1982.1) 第29巻1号 p.167