壁の絵


08338
竜胆の花活けをれば先の世も後の世もひとり棲むかと思ふ
リンドウノ ハナイケヲレバ サキノヨモ ノチノヨモヒトリ スムカトオモフ

『短歌』(角川書店 1985.2) 第32巻2号 p.20


08339
過ぎてゆく足音ばかり音たてて氷を踏むは下校の子らか
スギテユク アシオトバカリ オトタテテ コオリヲフムハ ゲコウノコラカ

『短歌』(角川書店 1985.2) 第32巻2号 p.20


08340
色の無き葡萄摘みゐる夢なりき色無き房の手に重かりき
イロノナキ ブドウツミヰル ユメナリキ イロナキフサノ テニオモカリキ

『短歌』(角川書店 1985.2) 第32巻2号 p.21


08341
遠くまでものの見ゆる日見えざる日視界くらめて今朝は雪降る
トオクマデ モノノミユルヒ ミエザルヒ シカイクラメテ ケサハユキフル

『短歌』(角川書店 1985.2) 第32巻2号 p.21


08342
雪の日の逆光のなかおのづから胸に手を当つマリアの像は
ユキノヒノ ギャッコウノナカ オノヅカラ ムネニテヲアツ マリアノゾウハ

『短歌』(角川書店 1985.2) 第32巻2号 p.21


08343
壁の絵の思はぬ隅に眼あり見られてあらむ幾つもの目に
カベノエノ オモハヌスミニ マナコアリ ミラレテアラム イクツモノメニ

『短歌』(角川書店 1985.2) 第32巻2号 p.21


08344
棒立ちになりし白馬を描きたり馬の恐怖のよみがへるまで
ボウダチニ ナリシハクバヲ エガキタリ ウマノキョウフノ ヨミガヘルマデ

『短歌』(角川書店 1985.2) 第32巻2号 p.22


08345
ランタンを突き出して何を見たりしや絵のなかの女はただにみひらく
ランタンヲ ツキダシテナニヲ ミタリシヤ エノナカノオンナハ タダニミヒラク

『短歌』(角川書店 1985.2) 第32巻2号 p.22


08346
真人間といふ言葉不意に湧きて出づ自画像に光る眼見をれば
マニンゲン トイフコトバフイニ ワキテイヅ ジガゾウニヒカル マナコミヲレバ

『短歌』(角川書店 1985.2) 第32巻2号 p.22


08347
鯉口を切られし如く目の前の窓といふ窓は黒く塗られつ
コイグチヲ キラレシゴトク メノマエノ マドトイフマドハ クロクヌラレツ

『短歌』(角川書店 1985.2) 第32巻2号 p.22


08348
かなしみて人は過ぎゆき足もとに描かれし赤き花のみそよぐ
カナシミテ ヒトハスギユキ アシモトニ カカレシアカキ ハナノミソヨグ

『短歌』(角川書店 1985.2) 第32巻2号 p.23


08349
帰りゆく一人となりて立つバスにたれかかすかにポプリ匂はす
カエリユク ヒトリトナリテ タツバスニ タレカカスカニ ポプリニオハス

『短歌』(角川書店 1985.2) 第32巻2号 p.23


08350
裏側はのつぺらぼうか薬局の朝鮮人参古びて白し
ウラガワハ ノツペラボウカ ヤッキョクノ チョウセンニンジン フルビテシロシ

『短歌』(角川書店 1985.2) 第32巻2号 p.23


08351
在り馴れしひとりの夕餉卓上の塩と胡椒をかそかに振りて
アリナレシ ヒトリノユウゲ タクジョウノ シオトコショウヲ カソカニフリテ

『短歌』(角川書店 1985.2) 第32巻2号 p.23